提案

 盗ってくればいい?


 上品な顔から乱暴な提案が飛び出して驚いた。


「そんなこと……」

「できるよ。鈴花なら」


 小さな子どもに言い含めるように、リカルドは優しい声を出す。


「だって、本来ならきみの物だよね? 不当に盗られたものを盗り返して何が悪いの?」


 大したことじゃないでしょとでも言いたげだ。正当なことを言っていると言わんばかりの口調にたじろいでしまう。


「もちろん、危険を犯すんだから少なくない額の報酬をあげる」


「報酬って」


「その金で与古浜にでも戻って知り合いを頼るのでもいいし、居留地に匿ってもらうように話をつけてあげてもいい。……あの家にいるのは辛いんじゃないの?」


 金と引き換えにオルゴールを盗んで来いと言っている割に、彼は的確に鈴花の弱い部分を突いた。不当に財産を奪われ、虐げられた暮らしをしている鈴花に罪はないことを強調され――見世物小屋で優しくされた身としては「怪しげなお話はお断りです」と突っぱねるのも躊躇われる。


(でも、だめよ。どんな理由があっても盗むなんて)


 事故で生き残ったとき、謙虚に、善良に生きると誓った。

 生かされた命で悪事を働くなんて申し訳が立たない。


「……叔父たちにリカルドさんを紹介するという形ではいけないんでしょうか? リカルドさんが頼めば売ってくれると思いますけど……」


「それはできない。私は秘密裏にあのオルゴールを取り戻したいんだ。突然私が引き取りたいと訪ねれば、きっと叔父さん叔母さんは鑑定にでも出すだろうね。あちこち調べまわされたら困るんだ」


 思いのほか強い口調で断られた。


 調べまわされたら困るって……。そのオルゴールにはいったいなんの秘密があるのだろう。


「今からきみを家まで送ろう。玄関先で私が時間を稼ぐから、その隙にオルゴールを探してきて。叔父さんはまだ帰ってこない時間だし、家にいるのは叔母さんと桜子ちゃん、住み込みの家政婦は一人で、他の使用人はもう帰っている時間だよね」


 矢代家のことは既に調べつくされているらしい。まだ引き受けると言っていないのにどんどん話を進められてしまう。


 見世物小屋の前で、リカルドが鈴花に声を掛けてきたのは偶然じゃない。このためなんだ。怖くなって言葉を失う鈴花に、


「…………そもそも、本当にあの屋敷にあるのか? あるかどうかだけ、まず確認させたらどうだ」


 それまで黙っていた付き人の青年が発言した。


 付き人にしてはえらく不遜な物言いに違和感を覚え、まじまじと彼を見つめてしまう。そして気が付いた。


「あ、あなた、ジョー⁉」


 眼鏡をかけて地味ななりをしているが、つい数時間前に間近で見たばかりの奇術師だ。


 鈴花の驚きなど気にも留めず、ジョーが妥協案を出す。


「まずはどこに保管してあるのか調べさせればいい。目立つところに飾られているならともかく、物置に突っ込まれているなら、お前だってさほど罪悪感を感じないだろ」


「……それは、……確かに……」


「ずるいなあ、さく。そういう言い方をして、自分だけ善人ぶるのはどうかと思うよ」


 ジョーのことを朔と呼んだリカルドは拗ねたような顔をする。彼の方が良識があるのかも、と期待した鈴花に対し、「こいつも悪い奴なんだからね」とでも言いたげだ。


「じゃあ、確認するだけでもいいよ。もちろん、盗ってきてくれても構わないけど……。今なら、私たちもきみが家探ししている間の時間稼ぎに協力できる」


(……確認するだけ。盗むわけじゃない、なら……)


 叔母や桜子、使用人たちのいる前で、家の中をごそごそ探り回るよりも手っ取り早い。


 それに、着の身着のまま飛び出してしまった鈴花は家に帰る他ないのだ。すごすご戻って土下座して家に入れてもらうより、リカルドが上手く叔母たちの機嫌を取り結んでくれるならという打算も働いた。


「わかりました。確認するだけなら……やります」


「決まりだね。私が外でレディ二人の話し相手をしよう。鈴花、見つけたら二階の窓から朔に合図を送りなさい。十五分経っても見つけられなかったら我々は引き上げる」


 道中、リカルドは叔母や桜子に関する質問をいくつかした。


 彼女たちの趣味や興味を惹く話題になりそうな情報を集められる。それと同時に、鈴花が余計な質問するのを封じているようだった。


 あなたたちは一体何者で、そのオルゴールにはなんの秘密があるの?


 知りたい気持ちはあったが、深入りするのも怖かった。鈴花が案内するまでもなく、リカルドはもっとも近い道順で矢代家までの道のりを歩いた。


「向こうが出迎えてくれるまで門の外にいようか。鈴花は顔を上げないで、ハンカチを顔に当てていなさい。泣いているように見えるようにね」


「二階の窓から女がこっちを見ている。……階下に行ったな」


 鈴花がハンカチを握りしめて俯き、リカルドが親密そうに優しく声をかけ続けている――という様子は、二階の桜子の部屋からよく見えたことだろう。彼女はすぐさま叔母の元へ飛んで行き、報告したはずだ。


 鈴花が異国人の男を連れて来た! と。


 二人の思惑通り、いつまでも玄関の呼び鈴を鳴らそうとしない客人に痺れを切らし、叔母と桜子が白々しく外まで出迎えにやってきた。


 リカルドは安堵したようにおおげさに胸を撫でおろした。胸に手を当てたままで優雅に腰を折る。

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