弐、シュウクリームの蟲毒
目的
なんで、素敵だなあと思った人に何度も格好悪いところを見られる羽目になるのだろう……。
「すみません……」
差し伸べられた手に掴まらせてもらいながら、鈴花は自己嫌悪に陥った。
「in luck……」
「え?」
「いえ。こんなに早くきみと再開できるなんて夢のようだと思って」
歯の浮くような台詞を言われて困惑する。
リカルドは付き人らしき青年と一緒だった。丸眼鏡をかけ、重そうなトランクをぶら下げた日本人だ。主人の助けた小娘に興味はないらしく、手持ちぶさたに突っ立っている。
「もうすぐ日が暮れる。若いお嬢さんが出歩くには感心できない時間ですので、家まで送りますよ」
親切な申し出に返事を躊躇った。
たった今、帰るべき家から飛び出してきたばかりなのだ。だが、知り合ったばかりの異国人にどう説明すればよいのか。口ごもってしまう。
強張った表情の鈴花の前に、折りたたまれたハンカチが差し出された。
「家族と喧嘩してきた、って顔をしているね。でも、大丈夫。私がいれば大抵の女性は門を開けてくれる」
「……どうしてですか?」
「私の容姿が優れているから」
自信たっぷりの微笑み。鈴花も思わず笑ってしまった。
確かに、こんなに美貌の麗人が訪ねてきたら話くらいは聞いてくれるだろう。優しい冗談に涙を拭って頭を下げる。
「ありがとうございます。……大丈夫です」
「大丈夫じゃないよね。そんな泣き顔で言われても説得力がないよ」
眉尻を下げたリカルドは鈴花の肩に優しく手を置いた。そのまま軽く抱き寄せられて驚く。
「鈴花。私はきみに接触できる機会をずっと窺っていた。ようやく阿佐草で話せたと思ったのに、きみは慌てて帰ってしまうから、話を切り出せなかったじゃないか」
「話?」
「そうだよ。きみのことを探していたんだ」
「わたしのことをですか?」
今日、声を掛けてきたのは偶然でも気まぐれでもなかったのだろうか。
「きみが困っているのなら力になりたい。だって、私は……」
意味深に言葉を切ったリカルドを見上げると、情熱的に見つめ返された。
薄い青色の瞳。戸惑いつつも目が離せない。
もしかして、鈴花が覚えていないだけで、以前どこかでリカルドと会っていて――それで会いに来てくれたのだろうか。
真剣な眼差しを向けられて動けないでいる鈴花に、リカルドはとろけるような甘い微笑みをくれる。
「矢代家にあったミュージックボックスの話を聞きたくて、与古浜から帝都まで追いかけてきたんだから!」
「へ……?」
「ああ! やっと持ち主を見つけた! 何年も探し続けてきたんだよ!」
リカルドは感極まったように鈴花を抱きしめ、手を握り、上下に振る。ぱあっと花が咲いたように満面の笑みを見せられて目がちかちかした。
(え? え?)
一瞬でも色恋沙汰を期待したときめきが木端微塵に散った。
「あ、あの……、なんですか、その」
「ミュージックボックス。オルゴールのことだ」
ぼそっと低い声を出したのは付き人の青年だった。そう言えばこの人、いたんだった。自分がリカルドに抱きしめられていた所や、愛の告白でもされるのかと勘違いして、潤んだ瞳で縋るように見つめてしまった所もばっちり見られているだろう。
(恥ずかしい!)
「それで、オルゴールのことだけどね」
リカルドは懐から写真を取り出すと鈴花に見せた。
蓋を開けた状態の四角い箱が写っている。オルゴールというのは機械仕掛けで曲を奏でてくれる楽器の一種らしい。可愛らしい箱の中には筒状の器具がおさめられており、ぜんまいを巻くと動き出す仕組みになっているのだという。
箱の外側はくるりと巻いた蔦と葉、正面には西洋の王様がつける
「きみのご両親が十年前に買ったと、与古浜の商人の記録にあったんだ。見覚えはない?」
「……ごめんなさい、両親は……」
「事故で亡くなられたんだってね。残念なことだ。そしてきみも記憶を失ってしまっていると聞いたよ」
リカルドは悼むように胸の前で十字をきった。
「もしかして、両親の形見としてきみの手元にあることを期待していたんだけど……。その様子だと無いようだね」
オルゴールの写真を見てもぴんとこない顔をしていたのでリカルドも察したらしい。
「失礼ながら、ここに来る前に売りに出された屋敷の中を拝見させてもらった。金目のものはあらかたきみの叔父夫妻が引き取られたようで、オルゴールが売られた形跡はなかった。と、いうことは今きみが住んでいる屋敷にある可能性が非常に高い」
つまり、叔父か叔母、あるいは桜子の手元にあるのか。
誰でも目にすることが出来る居間や玄関には飾られていなかったと思う。
「リカルドさんはそのオルゴールを探しているんですか?」
「……そうだよ。訳あって手放してしまったけれど、取り戻したいんだ。だからね、鈴花。きみがあの家の中から探して、とってきてくれる?」
柔らかな微笑みと共に頼まれて戸惑った。
「あの、叔父か叔母に聞いてみないと……。わたしが勝手に持ち出すことはできないと思うので……」
そんなことをしたら叱られてしまう。
リカルドからしたらおつかいを頼むような気軽さかもしれないが、家の中で爪弾きにされている鈴花が頼んだところで了承してくれるとは思えなかった。なぜ必要なんだ、誰に見せるんだと詮索される気がする。
「……頼んでもだめだと言われるかもしれません」
リカルドはぱちぱちと瞬きした。
「頼む必要なんてないよ。黙って
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