第74話 告白
八月の週末。
今日は葵と舞子がこの家にやってきた。
ニイと葵は一緒に暮らす日を心待ちにしていた。二人は新居探しに苦戦していたが、先日二人で住む家が無事に決まった。ヨンのアドバイスで候補地を広げた場所で公団マンションに空きが出たのだ。入居できるのは12月以降だが、ニイと葵の挙式が来年1月だから二人にとっても好都合だった。
ニイと葵は週末になると新居近くを散策している。
二人の新居はこの家から徒歩で十分もかからない。坂を上がったところだ。この家に近いからか、ニイは葵をこの家に連れてくることが多くなった。
そして休日の夕食に葵が加わる時はレイは舞子を誘った。
ニイは夕食が終わると葵を送っていく。でも、ニイがその日に帰って来ることは一度もない。
そして舞子のことはイチが毎回、家まで送るようになっていた。
今日も葵が来るからとレイは舞子を夕食に誘ったのだ。
女性それぞれが食べたいものを持ち寄った。レイはサラダやおつまみを作り、葵は水餃子を持ってきた。大阪にいたことのある舞子はたこ焼き機を持参し、イチをアシスタントに器用に焼いていく。ニイは舞子に代わって、たこ焼きを作りたくてウズウズしていた。
舞子は焼きたてのたこ焼きを一つ竹串にさしイチの口に持っていく。
「お食べ」
「おいひぃ」
熱くてきちんと話す事ができないイチをみんなが微笑んで見ていた。
「その指輪は?」
レイの右手薬指にある指輪を葵が気にした。
「ヨンのお母さんに貰ったの」
その指輪は先日ヨンの両親がこの家に来た際にヨンの母からレイが貰ったものだ。ヨンの母が若い頃に使っていたもので細く繊細なリングだった。
「プロポーズの時に貰ったのかと思った」
葵の言葉にレイは笑っただけだった。
「プロポーズはベッドの中だったし」とレイは心の中で答えた。
「レイの結婚式はいつ?」
舞子はたこ焼きを作るのをニイと交代しレイに話しかけた。
「全く考えてなかった」レイは笑ってヨンを見た。
「身内だけだ。全員空いてたら明日でもできる。人数少ないから旨いもんが食えるとこでやろう」
ヨンは何でもない事のように答えた。
「結婚式は和式?洋式?」
「その言い方はトイレみたいだ。神前式、教会式と言ってくれ」
ニイがイチの言葉をすかさず直す。
「人前式だ」
「よく両親が納得したね」
ヨンに舞子が驚いて言った。
「伝統的な結婚式はきっと兄貴がやるからいいだろうって言ったら案外あっさりと許してもらった」
「二人を見てると何でも簡単に感じるわ」
葵が苦笑した。
ニイと葵も親しい人だけの挙式だか、それでも親戚や友達を呼ぶ。それなりに大変だった。ニイの両親は何も言わないが、自分の母とはウエディングドレスを選ぶ時から意見が合わず揉めていた。母は娘に着せたいウエディングドレスがある様だった。
レイと舞子はニイの結婚式で何を着て行くかという話題で盛り上がっていた。
運動部の合宿のような食事が終わり、ニイと舞子が帰って行った。
イチは舞子を家まで送ると言って急いで舞子と一緒に家を出ると並んで歩き出した。そしてすぐに舞子の手を握った。舞子はイチと手を繋ぐことに慣れたようで、何も言わなかった。
昼間の暑さも夜になると和らいで、風が吹くと気持ち良かった。
「カズくん、歩かない?」
舞子の家までは地下鉄で一駅だ。昼だったら歩くが夜は人通りが少ないため電車で帰ることが多い。
「うん。舞ちゃん、酔っぱらった?コンビニで飲み物買う?」
「酔ってないよ。気持ちいいから歩きたい気分」
ここからなら20分は手を繋いでいられる。イチは舞子の手を強く握り直し、ゆっくりと歩き始めた。
舞子の家に着く直前、イチは立ち止まった。
「どうした?」
舞子は本当に鈍感だ。
イチは両手で舞子の華奢な肩を掴んで正面に立った。
「舞ちゃん、俺は舞ちゃんのことが好きなんだ」
舞子は驚いてイチを呆然と見ていいるだけだ。
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