第52話 初めての旅行

 その週の金曜日。


 レイは東京発19時発のぞみ新幹線の中にいた。二列シートの窓側の席に座る。出張帰りだろうか、スーツ姿の人が多かったが、車内は意外と空いていた。


 泊まりがけの旅行は大学の時に行ったきりだ。京都はなんと中学校の修学旅行以来となる。

 東京駅で買った駅弁を食べ終わると、座席の暖かさもあり眠ってしまった。目が覚めるともうすぐ京都だった。


 レイは駅の改札を出て地下鉄でホテルのある駅で降りた。方向音痴のレイにとって、ここからが試練だ。

 地図アプリを駆使しても迷っていると、電話がなった。レイからの到着の連絡がないことに痺れを切らしたイチからだった。見守りアプリを確認したイチに誘導してもらい無事にホテルに着いた。


 イチが予約してくれたホテルはラウンジはギャラリーのようで部屋はシンプルだがお洒落だった。それなのにとても安い。だから長期滞在する人も多いのだろう、ホテルの一階にコインランドリーと各フロアの廊下には貸し出し用のアイロンがある。レイたちの部屋は二人部屋のためバスタブもバスルームも広かった。


 レイは風呂から出るとやることがなくなって急に寂しくなった。今まで一人になったことがない。あの家の男たち全員がいない時でもミータがいてくれていたのだ。



 出張中、ヨンは毎晩寝る前に電話をくれた。朝は「行ってくる」と必ずメールをしてきた。そんなにマメなタイプだとは思っていなかったのでレイは驚いていた。

 今日は大学時代の友達と飲むと言ってたから連絡はないと思っていたが、22時頃電話があった。それも「今からそっちに行く。部屋は何号室だ?」と。

 


 「ただいま」

 五分もしないうちにやってきたヨンは大きな荷物を持ったまま、はにかんだ。

 「お帰り。おいで」

 レイは笑って、ハグをしようと両手を広げた。ヨンは荷物をソファーに置いた。そして、そんなレイをヨンは逆に抱きしめた。


 「ねぇ、ヨン。すぐにお風呂に入って」

 レイの言葉にヨンは驚いた。アルコールが入っているせいか一気に鼓動が激しくなり、抱きしめた腕に力が入ってしまった。

 いや、俺もそうしたいけど、会って早々……大胆な。心の中で答える。

 ヨンが動揺していると、レイは続けて言った。

 「タバコ臭い」


 ヨンは期待した分、落胆も大きく風呂から上がっても直ぐには気持ちを切り替えられなかった。ベッドに座り、レイがまだ湿気の残るバスルールにヨンの服を干しに行くのを見ていた。

 タバコ臭い服を隔離したレイは冷蔵庫から出したペットボトルの水をヨンに渡し、隣に座った。


 「楽しかった?」

 レイはヨンの気持ちも知らずに聞く。


 ヨンは気を取り直してレイをまじまじと見た。月曜日の朝会ったきりだ。顔を見るのは3日ぶりだ。レイはシャツタイプの見慣れないルームウェアを着ていた。

 「新しい服だな」ヨンは思わず呟いた。

 「このホテルのナイトウェアだよ」

 ヨンはレイに渡されたTシャツとスエットのズボンに何も考えずに着替えていた。

 「持ってきてくれてんだ」

 「明日からの着替えを宅急便で送ったから。ついでに」

 「このナイトウェア、ヨンのもあるよ。着てみる?」

 「俺が着たら囚人服みたいだろう」

 「確かに」

 想像したヨンの姿に二人で笑った。


 「機嫌が治って良かった。お仕事、お疲れさん」

 レイは俺が仕事で疲れていると思っている。確かに疲れてるいるが、そうじゃない。勘違いをしたせいだと言いたくなるのを我慢して苦笑した。


 「それと毎日電話してくれて、ありがとう。ヨンと京都でデートできるなんて思ってもみなかった。明日が楽しみだね」

 レイは屈託ない笑顔を見せた。その笑顔にヨンもつられて笑顔になる。

 「やけに素直だな」

 恨めしい気持ちは吹っ飛んでいた。

 「素直になったついでに、もう一つ。この部屋で一人で待っている時間が一番寂しかった。来てくれて、ありがとう」


 「疲れてるからかな。俺も無性に会いたかった」

 ヨンはレイの顔にかかっている前髪を直し、そのままその手をレイの首の後ろに回した。そしてキスをした。二人の最初のキスの様に感情のままに。

 レイは今度はヨンの腕をしっかりと握っていた。

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