第44話 座して待つの続き
1月下旬の金曜日。
レイは少し残業して会社を出た。ヨンと一緒に帰るため駅の改札口で待つ。
最近ヨンは帰る時レイに連絡するようになり、レイが遅くなる日は一緒に帰る事が多くなった。
しばらくして、ヨンはやってきた。2人で電車に乗り、電車の窓から反対側のホームを見るとニイがいた。女性と一緒だ。
「見たか?」ヨンがすかさず言った。
「うん。でも隣の女性が誰だか確認出来なかった」
「彼女だといいな」
レイも心からそう願った。
翌朝、イチは勉強してくると言って早々に図書館に出かけた。レイがゆっくりと朝食をとっていると、ニイが起きてきた。ニイは深夜に帰って来たようだ。
「おはよう」
ニイは爽やかにダイニングに入って来た。
「おはよう。昨日の残りのクリームシチューがあるよ」
「おっ、いいな」
ニイはいつもと変わらない様子でパンとシチューを持ってレイの前に座った。
「ヨンは?」
ニイはレイの視線を追って後ろを見た。
「驚いた!」
ヨンがミータを抱えてぼーっと立っていた。
「コイツに起こされた」
ヨンはミータをレイの膝に落とした。
ヨンは日頃の寝不足を解消するかのように寝る。休日になると朝はなかなか起きてこない。キッチンからニイと同じようにパンとシチューを持って座った。
「イチは?」ヨンはまだ眠そうだ。
「図書館で勉強するって早くから出かけた」
「振られたのに案外平気そうだよな。若いからか」
ニイが何気なく言った。
「まだ、恋愛の『恋』の部分しかしてないからだよ」
「深いな」
レイの言葉にニイが呟いた。
イチは朝早くから区民図書館にいた。
いつもは大学の図書館で勉強をするのだが、彼女に会うかもしれないと避けてしまった。隠れて取った彼女の写真は年始に酔った勢いで捨てた。振られたことは友達には言ったが、彼女を実際に見るて平常心が保てるか自信がなかった。彼女が恋しいのか、寂しいのかわからない。何もできなかった自分を思い出すと悲しいような悔しいような気持ちになる。
彼女のことを考えないように早めから勉強を始めて、デートもないから、やはり勉強した。この分だと今回のテストは成績が良さそうだ。
そんな中で、時々ある舞子からの連絡が嬉しかった。テストが終わったら舞子と御徒町に出かける約束をしている。今はそれだけが楽しみだ。
大学院に行くためにもちゃんと勉強しないと。その前に留年したらレイに殺される。
イチはとりあえず目の前のことに集中しようと本を開いた。
昼食後、ニイは会社で仕事をしてくると言って出かけた。
でもオフィスには入らずに会社の地下にあるカフェに行き、葵にメールをする。もう何ヶ月もできなかったメールだ。
葵とは昨日、駅でばったり会った。その時に話すことができたら良かったのだが、タイミング悪く自分が接待に行かなければならなかった。
葵からの返事は夕方になるまで来なかった。
「明日の13時。場所は連絡して」
それだけだった。安堵と不安が入り混じった複雑な気分だった。いざ会えるとなると何をどう話せばいいのか途方に暮れた。
気持ちが落ち着いたところで家に戻った。
リビングに入るとヨンがレイの膝枕でテレビを見ていて、レイは本を読みながらヨンの顎を触っていた。
「週末にひげを剃らない本当の理由が分かった」
ニイはヨンを見てニヤリと笑った。
この家では週末は皆がそろう夕食は鍋やプレート料理が多い。美味しく食べられるうえに用意も片付けも楽なのだ。今日の夕食はキムチ鍋だ。レイが風呂に入っている間にニイとヨンで夕食の準備を始めた。
ヨンが次々と野菜を切っていく。切り方が大きいが誰も文句をいう人間はいない。
テーブルに鍋の準備ができた頃イチが帰ってきた。
イチはニイの様子がいつもと違うことに気付いた。
「悩みがあったら聞くよ」
イチがニイに言った。悩みが何か想像ができるヨンには言えないセリフだ。
「大人になりやがって」
ヨンがイチの髪の毛をくちゃくちゃにして頭を撫でた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます