第43話 座して待つ

 年明け早々、社会人の三人は残業の日々だった。

 ヨンは毎年二月は一週間ほど出張になる。それに向けて残業が多くなる。そんな中でもヨンはレイと一緒に過ごす週末があるから仕事も張り合いがあった。



 今、この家の問題はミータとお掃除ロボットとの仁義なき戦いだ。

 先日、購入したお掃除ロボットは週一回、二階の部屋を順調に掃除してくれている。月に数回、レイに言われて重い腰をあげていた二階の住人にとっては想定以上の家事軽減になっている。

 肝心の1階の掃除は最初、レイがいる時に動かした。ミータは警戒したものの怖がる様子がないので安心して見ていた。ミータの前をお掃除ロボットが通った瞬間、強烈な猫パンチを見舞った。それはたまたまスイッチに当たり止まった。その後もミータはパンチを見舞い続けて、お掃除ロボットは進路が変更になったり途中で強制停止を繰り返した。

 

 今もお掃除ロボットが動くとミータはジッと自分の前に来るのを待ちパンチを繰り出す。

 お掃除ロボットの上に載っている猫の動画をよく見るが、ミータには訪れそうにない。少しずつ慣れてもらうしかないが、この家のお掃除ロボットの寿命は短そうだ。



*******



 今日、レイはいつもより早く会社についた。

 

 レイはあれから会社のエントランスを通るたびニイの元彼女を見かけないかと気にしているのだが、見かけたこともない。声をかけられたという事は職場が近いのだとは思うのだが。



 ニイの様子を見て、レイはまだ元彼女と会っていないと確信していた。

 ニイは気さくで人懐っこい。美形なのに気取ってないから近寄りにくい感じがしない。行動的でフットワークがいいのも魅力だ。

 行動的なニイが元彼女に対して何もできないことをレイは意外に思った。振られたから慎重になっているのか、スマホを凝視して何もしない。そして最近ニイは妙に明るい。それがレイには痛々しく感じていた。



 レイは今もエントランスを通る時に無意識に女性を目で追っていた。

 「今日もいなかった」

 少し落胆をして会社のエレベーターに乗る。エレベーターが途中の階に止まり、同乗者が下りた時レイは無意識にそのフロアを見た。

 そこに彼女が立っていた。


 同じ会社だったとは、灯台下暗しとはこのことか。

 レイは思わずエレベーターを降りていた。


 「今日、お時間ありますか?」

 レイは自分の言葉がまるでナンパみたいだと可笑しくなった。呆然としているニイの元彼女にもう一度声をかける。

 「私を覚えてますか?お話がしたいんです。いつでもいいのでお時間をください」

 「ランチ……今日のランチはどうですか?」

 ニイの元彼女はレイの気迫に押されるように言った。

  

 レイはニイの元彼女と11時30分にエントランスで会う約束を取り付け席に着いたときは、就業開始時間ぎりぎりだった。


 お昼にレイたちは会社から少しはなれた商業施設に入っている和食屋に行った。そこは個室で落ち着いたお店だった。

 ニイの元彼女の名前はアオイと言った。元はニイと同じ会社で昨年6月にレイの会社に転職していた。

 そしてレイのことはニイと一緒に帰っているところを何度か見かけたことがあると言った。それでレイのことを「新一の彼女」と言ったのだとわかった。


 レイは葵にニイとは兄妹のような関係だと言った。詳しく説明するには時間が足りない。でも、もっと言うべき言葉があった。

 「葵さん、先日ニイに返したいものがあると私に声をかけてきましたよね」

 葵は頷いた。

 「葵さんもニイのことが吹っ切れないから返すことで前に進みたいんじゃないですか?」

 「遠く離れていた時は平気だったのに東京に戻って彼を見かけたら心が沈んでしまって。それなのに彼は可愛い彼女がいる。どんな人か知りたくて。だからあれはレイさんに話しかける口実です。嫌がらせになると分かっていたけど……ごめんなさい」

 葵は頭を下げた。


 レイは葵がニイと会ってくれる可能性があるとようやく希望が持てた。

 


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