第36話 クリスマス・イブ
12月24日19時10分前。
レイは会社のエントランスでヨンを待っていた。
レイの会社のエントランスは駅直結で多くの人が待ち合わせに使っていた。ヨンはニイと違う意味で目立つからすぐわかるだろうと壁側で待つことにした。
レイは会社でからかわれることを覚悟して今日は珍しくおしゃれをして待ち合わせの前に化粧直しまでした。毎日会っているのに妙に緊張している。
「あの……」レイの知らないショートカットの可愛い女性だ。
「新一の、新一くんの彼女ですよね?」知らない女性は突然話しかけてきた。
「彼女ではないですけど、知ってます……」
知っているレベルではないが、相手がどういう人だかわからないので言葉を濁す。この感じ、大学以来だなとレイは冷静に思った。ニイが大学生の時は知らない女性から彼女疑惑をかけられ頻繁に呼び出されたものだ。レイの態度は相手次第だった。相手が最悪だと、ニイにその場で電話をして呼び出し、「直接話せ」、「二度と自分を呼び出すな」と悪態をついた。相手が普通だと、彼女ではないと言うに留まった。
この人はどっちだろうかと相手の言葉を待つ。
「これを彼に返してほしいんですけど」と封筒を出してきた。
「もしかして、ニイの忘れられない人ですか?」
「えっ?」
「ニイ、新一さんと以前付き合てました?」
「……はい」
「それは自分で返して下さい。でも私としては持っていてほしい」
女性はレイを見つめたまま沈黙した。
「レイ、待ったか?服着てるじゃないか!」
ヨンの声が沈黙を打ち破った。レイは紺地に小さな花柄のプリーツスカートタイプのワンピース姿だ。
「まるで裸族みたいな言い方やめてよ!」
ヨンはレイのコート前を開け、まじまじとレイのワンピース姿を眺める。
「いや、驚いた。喪服以外のワンピースを持ってたんだな」
「ヨンがクリスマスなのにロマンチックじゃないって言うから。変なら、いつものボロボロのジーンズに着替えて来ようか?」
「いや、称賛してるんだ。証拠写真撮らないと」
レイはからかい続けるヨンの腕をピシャリと叩いた。そして呆気にとられている女性に向き合う。
「お願いです。ニイと会ってあげてください。直接連絡が取りづらいようでしたら私に連絡してください」
レイは書くものを探すが何もないので、ヨンからペンを借り自分の名刺に個人の携帯電話番号とアドレスを書いて渡した。
「さっきのニイの元彼女か?」ヨンはレイと二人になると直ぐに聞いてきた。
「うん」
「ここ最近の鬱の原因か。うまくいくといいな」
「そうだね。うまくいかなくても、ちゃんと話せばニイも前に進めると思う」
「留まっているタイプか?」
「自称、隠れM」
「自分で言ったのか。それは重症だな」
「ニイを誘う?」
「今日は嫌だ」ヨンは即答した。
ヨンはレイと並んでイルミネーションの下をゆっくりと歩く。手を繋ぎたいが、思春期の中学生のように手が所在なく動いた。
もう少し人が多かったら、どさくさに紛れて手を繋げるのに。ふと、隣を見るとレイがいない。慌てて振り返る。レイは靴のヒールが石畳に挟まって取っているところだった。
「慣れないヒールに翻弄されている」
レイは恥ずかしそうに笑った。
ヨンはレイの手を取って立たせ、そのまま手を繋いで歩き出した。
レイは手を握られるまで手を繋いでいいことを忘れていた。そして、ヨンの手の感触が好きだと再確認する。正直、身体と合わない、ぷっくらとした手。その感触を満喫しながら歩いていた。
丸の内から続いたイルミネーションの終点は有楽町だ。
二人は有楽町のガード下のモツ焼屋に入る。ヨンとレイは客層より年齢が若く、しかもレイの服装はお店にそぐわないが、誰も気にしない。
「おじさん、もつ盛合せと生2つ!」
レイが手をあげて言う。服装は女性らいしいがいつもと変わらないレイがほほえましい。ヨンは追加で串をいくつか注文してレイと向き合った。
「モツって豚だよな?クリスマスだから鶏も注文するか?」
レイは壁に貼ってあるメニュー念入りに見た。
「おじさん、あと鶏皮ポン酢も!」
「俺ららしい、クリスマスだな」
レイが選んだ鶏料理にヨンは思わず笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます