第10話 飲み会の続き
ヨンは飲み会が終わり、会社の仲間とぞろぞろと店の外に出た。自分の快気祝いだ。アルコールは控え目にしたはずなのに、幻覚か、目の前の二十人ほどの団体の中にレイが見えた。
レイ、ニイ、ヨンは三人とも勤務地は大手町・丸の内界隈だが業種が違うため、ばったり会うことは今までなかった。しかも、ここは会社近辺ではなく神楽坂だ。まさか飲み会の店の前でレイと会うとは思いもしなかった。
レイもヨンを認識した。お互い会社の人がいる。後で電話すると小さなジェスチャーを送った。
二次会に誘われたが、怪我が治ったばかりだからと断り、レイに電話をかけようとスマホを手にした。
「二次会に行きませんか?カラオケ班、飲み足りない班、お姉さんのいるお店に行きたい班と三択です」
レイは若手社員に囲まれていた。
「ごめん。私は帰宅班で。楽しんできて」そう答えてヨンを目で追う。十五人ほどの団体の中でもヨンの姿は直ぐにわかった。
「レイさん、行きましょうよ」
チームの後輩に応えようとした時、後ろから肩をたたかれ、振り向くとイチが立っていた。イチはレイの会社の人達に軽く会釈してレイに話しかける。
「迎えに来た」
「本当は?」
「ミータに締め出された!本屋に行って戻ったら玄関にチェーンがかかってた」
「ってか、どうして私がここにいるってわかったの?」
「GPSで。ねぇ、勝手口の鍵持ってるよね?なかったら、どうする?」
「鍵は持ってるけど。この前入れた、見守りアプリか……」
「自分のいる場所がわからないって電話してくる時以外に役に立つとは思わなかったねぇ」
「ねぇ、じゃない。GPSの前にまずは電話!」
「あっ、姉がお世話になってます」
イチは視線を感じ急いでレイの会社の人達に挨拶をした。
会社の人達の間で「弟なんだ」「焦った」「同棲かと思った」「年下の彼氏かと思った」と好き勝手な会話が飛び交う。
レイが弟と帰るからと二次会を断っていると、突然イチが歩き出し人影に紛れていたヨンの腕を持って手を振った。
「レイ、ここにヨンがいる!一緒に帰ろう」
笑顔のイチの隣でヨンは唖然とした顔で棒立ちになっていた。
この無邪気な弟分は今やプライバシーを垂れ流す危険人物だ。被害を拡大しないようにとヨンはイチの肩に腕を回し、口を押えた。
レイは会社の人達に「お先です」と挨拶をして逃げるように走り去り、二人に合流した。ヨンの表情を見て思わず笑う。
「こいつ、どうする?」ヨンがイチを顎で示す。
「天然ってところが、かえって始末にわるい」レイはイチの額を小突いた。
イチは幼い頃からレイやニイと暮らしてきた。そこに顔見知りだったのヨンが加わったところで、同じだ。同じ家に住んでいることが普通なのだ。
イチは学校行事が嫌いだった。親がいないからではない。運動会にばあばが来るのはわかるが、レイやニイも来ることがあったからだ。レイは喋らなければ可愛がったし、ニイは昔からかっこよかった。とにかく二人は目立ったのだ。その度に好奇心の眼差しにあってきて分かった事がある。恥ずかしいけど嬉しかった。だから、イチは皆んなのことを堂々と「家族」と言えた。今さら態度を変えるつもりはない。
イチは人懐っこい笑顔を見せ、先に歩き出した。ヨンは自分の財布とスマホをレイの鞄に入れ、そのまま肩に担いだ。
「金の延棒でも盗んできたか?クソ重い」
「会社で吐けない不満の塊が入ってる。ヨンの鞄は?」
「重いはずた。今日は飲み会だから鞄は持ってきてない。置き忘れるといけないからな」
「どんだけ飲む気だったの」
ヨンとレイは下らないやりとりをしながらイチの後を歩き出した。
ヨンの会社の人達は、レイの鞄を自然に持ったヨンの行動に驚きを隠せず、レイの会社の若手社員達は「ハデスと住んでいるって言うのは嘘でなかったのかも」「あれがハデスか?」「ハデスに鞄を持たせるか?」とまた想像を膨らませていた。
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