第8話 夏の夜の出来事の続き
ヨンが寝たのを確かめ、ニイはレイに小声で話しかけた。
「驚いただろう?」
「うん。ヨンの弱った姿を初めて見た」
「滅多に風邪もひかないからな。昔からヨンは三十七度五分を超えると寝込むんだ」
「ある意味ギャップだよね」
「ギャップと言えばレイの方だ。ヨンはレイを見て熱がさらに上がったんじゃないか。そのパーカーの下はあの恰好か?寝る時はいつもあの恰好か?寝る時は可愛い恰好なんだな」
レイはいつものサイズオーバーの半袖パーカーを着ていたが、ニイはからかうのをやめなかった。
「きっとヨンは熱で覚えてないよ。ニイの記憶は今から消すから」レイはニイに素早く近づき頭を掴んで振った。
「ヨンが起きるからやめろ。遺伝的に心配なのに髪が抜けたらどうすんだ。俺も風呂入ってくる」そう言うとニイはレイからどうにか逃げて風呂場に急いだ。
ニイとレイが小競り合いをしていてもヨンが起きる気配は全くなかった。ヨンは楽な服に着替えさせられ、冷たいタオルを額に乗せると直ぐに寝てしまったのだ。熱を測ると三十七度八分だった。
ヨンは夜中2時にレイの部屋で目が覚めた。
暗闇に目が慣れたところで部屋の中を見渡す。レイの部屋は一階で二階の洋室3つを男3人が使っている。この家は坂の途中に位置しているので洗濯物を干している屋上からの眺めは五階と相当し一階でも道から部屋が見えることがない。古い日本家屋だったが、レイが高校生の頃に建て直した。部屋の広さを優先して一階の戸口は全部引戸だ。ミータのためにレイの部屋の引戸はいつも全開で見る気がなくても目に入ってしまっていた。でも、部屋に入ったのはいつ以来だろう。
レイの部屋はもともとレイの祖母の部屋で家具もそのまま使用しているものが多い。そのためシックな感じを残していた。ベッドが大きいのもレイの祖母のものだからだ。レイの部屋は若い女性の部屋とは思えないほどシンプルだ。壁には風景から人物まで一貫性のない写真が貼ってある。ベッドサイドテーブルには本が積み重ねてあり横にアロマオイルの瓶がいくもあった。
枕からはほのかにラベンダーの香りがする。急に女性の部屋を意識してヨンは身体を起こした。
「どこに行く?」
寝ていると思っていたニイが話しかけてきた。チェアに座ったまま足をベットに投げ出した格好だ。
「起きてたのか。大丈夫なのに」
「俺もそう言ったけどレイが心配して寝ないから仕方なく」
「いちお、ありがとうな。もう大丈夫だから自分の部屋で寝る」
「レイが起きるから、ここで寝てろ」
レイはヨンの腰のあたりでタオルを握ったまま寝ていた。
「ベッドの大きさを実感するな。全く気付かなかった。なんでそこで寝てるんだ?」
「汗がひどくて被れるからと湿布を取って患部を冷やしてたからだ。さっきやっと寝落ちしたところだ」
ヨンは背中に枕を当て楽な姿勢をとりレイを見ながら呟く。
「ばあばを看病した時のことを思い出したのかもな」
こまめに汗を拭いて患部を冷やしてくれていたようだ。ヨンは子供の頃から病気になっても怪我をしても身体を拭いてもらったことなんてなかった。男三人兄弟では期待すらしていない行為だ。だから思い出すのはレイがお喋りしながら、ばあばの背中を拭いている姿だ。
「ヨン……レイと付き合ったらどうだ?」
「えっ?!」
「前から好きだろう?」
ニイは暗闇に慣れた目でヨンの様子を伺うが表情まではわからなかった。
少しの沈黙の後、ヨンがふぅーと息を吐いた。
「簡単に言うんだな」
関係が崩れるかもしれないリスクは考えないのだろうか。それに、こっちか好きなだけで付き合えるものではない。
「簡単じゃない。何年も二人を見てきての発言だ。ヨン、自分が誰かと付き合っても長続きしない原因を考えたことあるか?」
「それはニイに言われたくない。その言葉、そのまま返す」
「俺はレイが原因じゃないってわかってる。自分自身に問題があるんだ!」
偉そうに言えることではないが、なぜかニイは胸を張った。ヨンは思わず笑い、打撲の痛みに顔を歪めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます