標六章 ジュエリアズ・ウォー 潺湲ユリーシャ編

172 標26話 そうだ、豪徳寺へ行こう!ですわ 1


 ルーンジュエリアは宮の坂へ来ていました。

 もっと具体的な位置を知りたい人のために説明すると東急世田谷線の駅です。

 時刻は午前十時過ぎ、街はとっくの昔に動き始めています。

 会社の内勤をしていると都会はどうして一日中、道に人がいるのだろうか?と不思議になります。

 もちろん会社には外勤の社員もいますし、店舗従業員は街の中にいて当然です。

 しかし山手線の車両には始発から最終まで一編成に最低一人は制服姿の女子学生がいるとか、都会にはいくつの不思議があるのでしょうか?

 宮の坂駅前のコンビニで何かしら買い込んだルーンジュエリアとユリーシャは城山通りを南東へくだります。


 二人が買い物をしたのには訳があります。

 徒歩や電車で移動を続ける間にルーンジュエリアは気付きました。

 この服装は目立ちすぎますわ!

 これが地球から異世界へ転移したのであれば自分の着ている服を高値で売って安い古着を買って着替えるのがセオリーです。

 けれども現代日本では中古買取には身分証の提示を求められます。

 そもそも二人は九歳と十四歳です。

 買取には保護者の委任状を要求されます。


 ルーンジュエリアは困りました。

 お金ならいくらでも魔法で本物を作れます。

 ドレスを空間収納にしまって、新らしい服を買うことを考えます。

 ですが今のルーンジュエリアにはそれができません。

 何故なぜかと言うとお嬢様は異世界の服を着て現代日本の街を歩く魅力に目覚めてしまったのです。

 そしてふと気付きます。


「そうですわ。この国には持つと誰もが違和感無く風景に溶け込む便利グッズがありますわ!」

「え?意味が分かりません!持っただけで風景に溶け込む便利グッズって、そんな魔道具があるんですか!」

「ふみですわ。それを持つとどんな髪の色であろうと、どんな服装であろうと、どんな人種であろうと、誰も気にならなくなると言う画期的な魔道具です。

 付いて来なさいユリーシャ。それを手に入れに行きますわ!」

「お供します、ジュエリア様!」


 こうしてコンビニの白い手提げビニール袋を手に入れた二人はそれをぶら下げて城山通りを歩きます。

 案の定、すれ違う地元住人は多くいますが異世界から来た二人を気にする人は一人もいません。

 もしかしてコンビニ袋をぶら下げていたら、例え獣人達が歩いていても誰も気にしませんの?

 お嬢様はそんな事さえ考えます。

 一例として都会のハイキングである戸山公園で有名な箱根山を熊獣人が登山することを考えます。


(登山道を目指して現代日本の住宅街を獣人が歩く、これは明らかに異常な風景ですわ。けれども、もしもその手にコンビニ袋をぶらさげていたらどうですの?

 ありですわ)


 そう、ルーンジュエリアは結論を下しました。


 やがて世田谷城址公園の入り口に着いた二人は置かれているベンチに座ります。

 郷に入っては郷に従え。

 ここは現代日本ですから身分制度の無い現代日本の常識に従ってユリーシャはルーンジュエリアの隣に腰掛けます。


(これに慣れきってしまったらホークスに帰ったあとで、うっかりさんをやってしまいそうですね)


 ユリーシャの中のオーロラ姫はそんな危惧を拭い切れません。

 ですがユリーシャ本人はルーンジュエリアの横で美味しそうに菓子パンを頬張ります。

 食べているのは桜餅あんぱんです。

 そんなおかしなパンってあるの?と思う時点でどの大手メーカーなのかを推測できます。


「けれどここは暑い地方ですね。サンストラックに比べるとフレイヤデイやルゴサワールドは暑いですが、この辺りは桁違いです」

「この周辺地区を意味する世田谷区は神奈川よりの気候ですわ。言うなれば南関東南部側。内陸の湘南です。もちろん地震震源地で有名な沼の南ではありませんわ」


 またあそこか、と言う震源地では東北新幹線が通る茨城県も有名ですが天災だけはどうにもなりません。


「良く分かりませんけれど、やっぱり暑い所なんですね。これからどうされますか?」

「予定は考えてありますわ。けれども予定変更があるかどうかを新たな情報の確認で吟味します。ユリーシャもこれを読みなさい」

「はい。分かりました!」


 お嬢様は女性週刊誌を二冊、コンビニ袋から取り出して一冊をユリーシャに手渡します。

 残り一冊は自分が読むための物です。

 パラパラとページをめくったお嬢様はあるページで目を留めます。

 ユリーシャが覗き込むと、それはとある殺人事件の続報でした。


「資産家殴打殺人事件。犯行に使用された鈍器は糖度計のようなものか?現場から紛失した黄金の糖度計の謎!

 糖度計ってなんですか?」

「それはバールのようなものよりも破壊力を持ち、モンキーレンチのようなものよりも打撃力を持つ金属の塊です。もしも犯行に使われた凶器が本当に糖度計のようなものだとしたら被害者は即死ですわ」

「犯行現場から消えた黄金の糖度計は古代インカ・マヤ文明の発掘品とか書いていますよ?」

「被害者は糖度計コレクターだと書いてあります。ほかにも人間国宝・おがみ氏作の『一刀彫いっとうぼり』が無くなっていたとも書いてありますわ」

「犯行の動機が不明だから事件か事故かの両面で捜査中との事ですが、この記事を読む限りでは歴史的価値がある芸術品の貴重な糖度計が二つも無くなっているから事件ではないか?とまとめられていますね」

「状況的に普通はそう判断するとの見解です。確かにジュエリアでもそう考えます」

「窃盗目的の殺人ですか。人間のごうって深いですね」

「ですわ」


 お嬢様は次のページをめくります。

 ユリーシャも自分が手にする週刊誌のページをめくりました。

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