171 標25話 特別編・祝!お姫さまのお誕生日ですわ


これまでのあらすじ…


文学・漫画などの文字作品、ラジオなどの音声作品、テレビ・映画などの映像作品において話が終わっていない場合現代ではそのラストに『続く』を提示することが一般的である。

しかし弁士が講釈を垂れていた数世代前においては『これまで』が使用されていた。

つまり『これまでのあらすじ』における『これまで』とは場所を表す単語ではなく慣用句である。


余談ではあるが、本作品における『これまでのあらすじ』においてあらすじが語られた過去は存在していない。


 青い風書房刊『民明ミンメイちゃん、カワイイ!』より




――――――――――――――――――――




 時は一年ばかりさかのぼります。

 一人の狼獣人が山道を歩いていました。

 その男の名はターニングポイント。

 路銀を使い果たしてはこそ泥を繰り返し、お金と食べ物を盗み取っては人に追われて逃げ隠れするさもしい旅を続けていたのです。

 ノーソンビレッジ公爵領からけわしい峠道を越えた彼はボーライビート侯爵領の海辺へとたどり着きました。

 そこは海岸線を崖に囲まれたこの一帯の中で唯一存在する小さな村です。

 山から流れ落ちた川の水が気の遠くなるような時間を費やして造り上げた小さな平地でした。


 そんな所に何故なぜ集落ができたのかとかれたなら答えは簡単です。

 住人は漁師たちであり、舟でやってきたのです。

 始まりは夏季の作業場として。

 やがて定住する人たちが現われて村が出来上がりました。

 狼獣人ターニングポイントが見つけた漁村ゴキビルバンヤはそんな小さな集落でした。


 こそ泥を生業なりわいとするターニングポイントは心さもしい狼人ろうにんですが身なりだけは小奇麗です。

 たまに出会う村人達にも気安く声を掛けることを忘れません。

 仕事と引き換えで食事が欲しいと頼み込むと、年寄りの一人が浜へ案内をしてくれました。

 ちょうどこれから地引網を引くそうです。

 村人達としても食事は集団で浜鍋です。

 施しのつもりでターニングポイントを輪の中へと招き入れました。

 どこかの海なら海中は岩浜ですが、ここの海は砂浜のようです。


「「「「「「よ、イッと巻、け。よ、イッと巻、け」」」」」」


 掛け声も勇ましく老若男女が声を合わせてつなを引きます。


「「「「「「よ、イッと巻、け。よ、イッと巻、け」」」」」」


 掛け声を合わせてターニングポイントも力強くあみを引きます。


 やがてあみが姿を現し始めた時にその異変は起こりました。

 どんなに頑張っても、みんなでちからを合わせてもあみは何かに引っ掛かったように動きません。

 ターニングポイントは心配になってきます。

 何故なぜって、漁が終わらなければ料理をご馳走にはなれないからです。


「おい、あんた。一体全体、あみがどうなっていやがるのかってのは分からねえのかい?」

「ああ。大体なら分かるぜ。あみが引っ掛かるのは大漁か大物だ。この様子だと多分大物のほうだな」

「大物?だったら振る舞い飯は食い放題って事かよ」

「ああそうだ。けどおかしいな。前の方はどうなっていやがるんだ?」

「ちょっと俺が見てくるぜ!」


 ターニングポイントは砂浜を走り出します。

 あみの先に着くと数人の男達が膝まで水にかってあみを両手で広げています。

 狼獣人は彼らに声を掛けます。


「どうしたんだ?大物か?」

「ああ、大物だ。こいつを見てくれ」


 ターニングポイントがあみの中を覗き込むと黒くて巨大な何かがいます。

 彼はこの大漁に喜びます。


「なんだ、なんだあ?鮫か?海豚か?どっちにしても今日はご馳走だな!」


 サメは肉からアンモニアが発生するので保存や輸送には適しませんが、当日なら脂が美味しい刺身になります。

 ハクジラはヒゲクジラに美味しさで負けると言われますが、それは陸生の雑食動物と比べてもそうなのではありません。


「あんちゃん、違うぞ。こいつはカレイだ」

カレイ?この大物でかぶつが、か?」

「そうだ。こいつはヒョウだ」


 オヒョウは世界最大のカレイです。

 その大きさはゆうに四メートル。

 テレビ番組で流れるクレーンにぶら下がったマグロの映像をカレイに置き換えて下さい。

 それがオヒョウです。

 味の評価は大味ですが、それゆえに醤油の味が生きてきます。

 煮ても焼いても刺身でも美味しい魚です。


「よし!俺はこう見えても冒険者だ。こいつの水揚げは俺に任せろ!」


 ターニングポイントは重量三百キログラムを超えると思われるオヒョウの尾びれをつかんで浜に引っ張り上げます。

 英雄となった狼獣人は振る舞い酒に舌鼓を打ちます。

 そんな所へ一人の男がやってきます。

 手には何かを持っています。


「すいやせん、かしら

「ん?なんだ。どうかしたのか?」

「さっきのヒョウをさばいていたら腹の中から変な物が出て来やした」

「変な物?」

「へい、これです」


 男は手に持っていた物を前に出します。

 それは一点の曇りも無い透明な水晶の玉でした。

 こいつは判定の宝玉か?上手くできたらまた儲け話に繋がるぜ!

 判定の宝玉は持ち主の人生の最期を文字で表し、その次の持ち主は前の持ち主が残した文字に人生を左右されると言われています。

 ターニングポイントの下心に火が点きます


「おい、これは危ねえ。見ろよ、水晶玉の中に字が浮かんでいるだろ?こいつは『災い』だ!」

「なるほど。玉の中に字が見えるな。それで『わざわい』ってのはどう言う事だ?」

「文字通り災いよ。幸いは来にくくて去りやすし。災いは来易くて去り難し。こいつはすぐにでもどこか遠くに捨ててこないと村が滅びるぞ!」

「遠くってどこだよ。海の中か?」

「駄目だ駄目だ!

 そうだな。これも何かの縁だ。こいつは俺が捨ててきてやる。なあに、この村から遠い所まで持って行けばいいんだからな」

「済まん、頼む」


 へっへっへ。あーほ。騙されてやんの。

 ターニングポイントは再び旅路に着きました。

 こいつはどこで売っぱらってやろうかな?




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 判定の宝玉を手に入れた狼獣人ターニングポイントはボーライビート侯爵領領都シートピアにやって来ました。

 シートピアがあるシートアイランドは最大幅二千百メートルの人工島で、海岸都市アッタコタンから伸びる長い埠頭とシーアイ大橋で繋がるシートピア街道の終着地です。


 九年ほど昔の話になります。

 彼は些細な縁で知り合った商家の大旦那に、孫娘へ贈ると言って水晶玉を売ったことがありました。

 あの大旦那ならもう一個くらい高値で買ってくれるだろうと言う皮算用をしています。


 ターニングポイントが商家の屋敷に向かっていると、傍らに仕立ての良い箱馬車が止まります。

 窓から声を掛けてきたのはその大旦那でした。


「失礼。もしや貴方はターニングポイントさんではありませんかな?」

「ん?そうだが、あんたは?」

「お忘れですか?私ですよ」

「ああ、大旦那さんか。ちょうど良かった。あんたの屋敷に行く途中だったんだよ」

「ほう。私に何か御用で?」

「ああ。またお宝を手に入れたんで差し上げようと思って持ってきたんだ」

「それはそれは。ではこの車にお乗り下さい。話は道中で」

「そうかい。じゃあ、邪魔するよ」


 馬車の中には番頭、女中のほかに小さな少女が乗っていました。

 ターニングポイントはその少女はにらみ付けられた様な気がしました。

 しかしその笑顔を見直してもそんな様子は見当たりません。

 おかしい、錯覚かな?しかしここは用心して、と。

 彼は向かいに座る大旦那や自分の左右の番頭と女中の様子をうかがいます。

 やっぱり勘違いかよ。俺ももうろくしたもんだぜ。

 やがて馬車は領主ボーライビート侯爵家シートピア本邸へ到着しました。

 商家の孫娘リギアエクソチカは同い年であるせいか領主の令嬢ブルーシートピアと親しい関係にあるようです。

 狼獣人ターニングポイントは二人に招かれて庭園の中を散策します。


「時にターニングポイントとやら。わたくしに貢物を持ってきてくれたそうですね。見せてください」

「はい、お嬢様。こちらでございます」


 狼獣人の差し出す判定の宝玉は警護の騎士の手を介してブルーシートピアに渡ります。

 侯爵令嬢はその玉を見て眉をひそめます。


「……これが、わたくしの宿命なのでしょうか。

 ターニングポイント。貴方はこの宝玉が浮かべている文字の意味をご存知ですか?」

「申し訳ありません。存じません」

「でしょうね。もしも知っていたら貴族の家には持ち込まないでしょう」


 ターニングポイントは焦ります。

 ちっ!しくじったのか?あの玉の文字には何があるって言うんだ?

 いつの間にか騎士はすぐ横に、リギアエクソチカは真後ろに来ています。

 ブルーシートピアは言葉を続けます。


「人には良い心と悪い心があります。わたくしにも良い心と悪い心があります。

 良い心は願います。仇討ちなど不毛な行ない。例え自分の父の仇でも許す心が人の心だと」

「だけどよー。あたしの中の悪い心はこう囁くんだ」


 その声にターニングポイントは振り返ります。

 そこには『 こん 』の文字が浮かぶ判定の宝玉を持ったリギアエクソチカが立っていました。


「俺を殺した恨みは忘れねえ。ただし!だ。俺に利用されている間は生かしておいてやる」

「好きな方を選べよ。生きるも死ぬもお前の自由だぞ?」


 ターニングポイントは更に振り返ります。

 少女達二人の場所は入れ替わっていません。

 その汚い言葉を使ったのはブルーシートピアです。


「わたくしは願います。人を害するのが愚かと言うなら、わたくしにその愚を冒させないでください」


 リギアエクソチカは涙で目を潤ませて訴えます。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「そうだわ、忘れていたわ。お誕生日おめでとう、リギア」

「ありがとう、ブルー」


 ブルーシートピアの言葉にリギアエクソチカは答えます。


「ではわたくしも。お誕生日おめでとう、ブルー」

「ありがとう、リギア」


 そしてブルーシートピアの言葉にリギアエクソチカは答えました。

 名前は書き間違っていません。


「「あーした、戦争になーああれ。こーんな、苦しい人生なんて、終わってしまえー!」」


 庭園の中でブルーシートピアはターニングポイントから贈られた宝玉を見つめます。

 彼女達二人は苦労してジッポ系魔法文字を学習していました。

 だからそこに浮かび上がっている文字を読めます。

 宝玉に浮かび上がる魔法文字は彼女のこれからの人生を示す一文字、……『 にん 』。


 のちの歴史書にて売国の悪女とうたわれる薄幸の悪役令嬢リギアエクソチカ・マサリカップはこの日、九歳の誕生日を迎えました。

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