164 標24話 夜中の夜明けですわ 10


 ルーンジュエリアは顕現魔法リアライズで過去に自分が食べた料理を再現することができます。

 ですから単に食事をするだけであれば飲食店に入らなくても支障ありません。

 しかし今は情報収集を兼ねて店内へ突入することにします。

 まずはその為の準備です。

 お嬢様は軍資金を調達します。


「フ」


 スカートのプリーツに隠されたポケットを右手で一つたたきます。

 ポケットから出てきたのは白銅貨が一枚です。

 お嬢様はもう一つポケットをたたきます。

 ポケットから出てきたのは白銅貨が二枚です。

 三つ、四つとポケットをたたくたびに白銅貨、ニッケル黄銅貨が出てきます。

 これで魔法が使えることを確認できました。


 お嬢様は飲食店前にあった自動販売機に五百円白銅貨を入れます。

 全てのボタンに販売可能のランプがきます。

 お釣レバーでお金を戻すと五百円ニッケル黄銅貨を投入します。

 再び同じように自動販売機の全てのボタンが点灯します。

 それを見ていたユリーシャからお嬢様へと質問が飛びます。


「ジュエリア様。それはなんですか?」


 考えてみればルーンジュエリアたちが生きる世界には魔道具はありますが、自動販売機に相当する物はありません。

 これは説明が難しいかな?と考えます。


「無人店舗の魔道具ですわ。それで何をしていたかと言えば、ジュエリアの持つお金がこの国で使えるかを確認していましたわ」

「はー、便利ですねー。ではお金を入れるたびに灯かりがいたのは販売可能の表示ですか?」

「ふみ、そう言う事ですわ。ユリーシャにも見ていて分かりましたの?」

「はい!とても分かりやすいです。それでこれは何を売っているんですか?」

「飲み物ですわ。これから食事ですので今は駄目ですが、食後ならご馳走しますわ。何か欲しい物はありますの?」

「欲しい物ですか?えーとですねー」


 これも情報収集です。

 先程ユリーシャはタクシー運転手の言葉がウエルス普通語に聞こえたと言いました。

 では、文字はどうか?

 英語は読めるのか?

 これを確認します。


「この透明なビンに入ったお水って美味しいんですか?」

「水ですの?」

「はい!力水、超力水、最強力水、今世紀最後の力水。なんとなく強そうです」

「ふみ?DHAはありませんの?」

「無いですねー」


 ルーンジュエリアは、自分も目でDHAを探します。

 そしてふと気が付きます。

 九十四年、九十五年、九十六から九十八年、そして九十九からゼロゼロ年。

 清涼飲料水の消費期限は一年です。

 この四種類が自動販売機に一同に並べられていることは同時期に生産されたことを意味します。

 今は一体何年ですの?

 お嬢様の気掛かりはますます大きくなります。


「そう言えばジュエリア様。こんな所に無人店舗を置いて泥棒は出ないんですか?」

「もんの凄ーく少なくて、ほぼ無いと言っても間違いないですわ」

「へー。そうなんですか?」

「ふみ。この国の国民は今だけではなくて数年後、数十年後の自分を守るために常に正しい行動を取る心掛けを基本としていますわ。だから調和を大切にして相手を裏切る行為を嫌悪しています。つまりこの国は個人がそんな未来を考えられるほど平和で安全な国なのですわ」

「ふーん。いい国ですねー」

「鎌倉幕府ですわ」


 知っている人だけ知っている話ですが、現在では『いい箱つくろう鎌倉幕府』です。



 手持ちのお金が使えることを確認した二人は牛丼屋に入ります。

 自動ドアにユリーシャは驚きますが、さきを歩く主人の様子からここではごく当たり前の事なんですねと判断します。

 いらっしゃいませー。

 変わった服装の外人少女二人組ですが、そこは新宿ですから誰も気にしません。

 店員は一度だけ目を留めた後はまったく視線を向けません。

 対して数人居る客達はたまに目を向けてきます。

 しかしルーンジュエリアは今はそれを気にしません。

 店内BGM、掲示されているメニュー、新商品宣伝ポスターを見回します。

 そして今自分たちが入ってきたドアの横にあり得ない物を見つけます。


「ふみ!」


 お嬢様は驚きの表情を隠せません。

 あるじが何に驚いているのかとユリーシャが視線を向けるとそこにあったのは無人店舗の魔道具です。

 ジュエリア様は何を驚いていらっしゃるんでしょう?

 メイドは主人の心を推測できません。

 一方で絶対にあり得ない物を見つけたルーンジュエリアは混乱しています。


(ここは狂牛病時代に元から中国産を使っていた店でも、豪州産に切り替えた店でもありませんわ。豚丼を初めとする新規メニューの開発開拓で牛肉の輸入再開を待ち続けたチェーン店ですわ。

 だったら何故なぜ……。なんで食券券売機が置いてありますの!)


 衝撃を受けて固まるルーンジュエリアの前で自動ドアが開きます。


「いらっしゃいませー」

「失礼」


 新しく入ってきた来店客は千円札を入れて食券を買うと二人をよけて反対側のカウンターに座ります。


(おそらくジュエリアが死んだあとに券売機が採用されたのですわ)


 意を決したルーンジュエリアは牛丼の食券券売機に歩み寄ります。

 ユリーシャはその姿を頼もしそうに見つめます。

 ですが彼女は不思議に思います。

 今、お嬢様の前にある無人店舗の魔道具には商品のサンプルがありません。

 ボタンに文字が書いてあるだけです。

 ユリーシャは訊ねます。


「あのー、ジュエリア様?ジュエリア様は商品名だけでお分かりになられるのですか?」

「ジュエリアは伯爵令嬢ですわ。商品名を見ればだいたいは分かりますわ」


 この言葉にユリーシャは感激します。

 ここは異国の地です。

 そこで売られている商品を、名前を見ただけで推測できる!

 彼女は「ずっとこのあるじに付いて行こう!」と決意します。


「さすがはジュエリア様です!只者ではありません!」

「ふみ!ジュエリアは、並ではありませんわ!」


 並ではないルーンジュエリアは牛丼特盛の食券を二枚買います。

 発券時刻を見ると二十五年六月二十五日二十時四十六分です。

 ふみ、十二を足して今は平成三十七年ですわ。

 お嬢様はまた一つ情報を得ました。


「感動です。なんでもかんでもひっくるめてお願いしてもよろしいですか!」

「ふみ。ジュエリアが全部まとめて面倒見ますわ!」


 ルーンジュエリアは半熟玉子、コールスロー、ごぼうサラダの食券を二枚ずつ購入します。

 そこでボタンを押す指先が止まります。


「お味噌汁がありませんわ?」


 見るとどのボタンを改めても味噌汁はありません。


「もしー!」

「はーい!」


 お嬢さまが呼ぶとスタッフが「なんでしょうかー?」と聞いてきます。


「お味噌汁はありませんの?」

「味噌汁はお食事とセットになっております」


 え?どう言う事ですの?そんな、馬鹿な!

 予想外の言葉にルーンジュエリアは衝撃を受けますが気を取り直してカウンターに席を取ります。

 手で示されたユリーシャはその隣に座ります。

 今のユリーシャには気がかりな事が一つありました。


「先程からちらちらとほかのお客様達に見られているのですが、私達、何かおかしいのでしょうか?」

「それはユリーシャが美人さんだからですわ」

「もー、ジュエリア様ったら。それを言ったらジュエリア様の方が可愛いです」

「まあ、それは置いておいて。おそらくジュエリア達の着ている服がこの国では珍しい物だからですわ。

 仕付けがどうなっているか、くせやまつりがどうなっているか、裏地がどうなっているか、そう言ったところに興味の視線が集まるのですわ」

「ああ、それなら仕方がありませんね。私もほかのお客様の上下は気になっています」


 などと話をしていると牛丼そのほかが届きます。


 ルーンジュエリアの影響でサンストラック伯爵邸では丼物のメニューが増えています。

 ユリーシャもいつしか、ほかの同僚達同様に箸使いは得手になっています。

 牛丼を覗き込みながらユリーシャは箸を割ります。


「もうできたんですか?早いです。その割には見た目も香りも美味しそうです!」

「味も美味しいですわ」


 二人は丼に載る牛肉の薄切りを食べ始めます。

 ユリーシャの笑顔が幸せに包まれます。

 ルーンジュエリアはごぼうサラダを口にします。

 やはりこの店のごぼうサラダは逸品ですわ。

 お嬢様は懐かしい味に舌鼓を打ちます。

 そんなお嬢様を隣に座るメイドが訝しげな眼差しで見つめます。

 その姿はグローリアベルの親友である時のユリーシャでありオーロラ姫です。


「ところでルーンジュエリア様。ずいぶんとこの国について詳しいようにお見受けできますが、その理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「それは簡単ですわ。おそらくここはジュエリアが頭の中で考えた国。まぼろしですわ」

まぼろし?ここがですか?」

「ふみ。この国、この街にあふれる魔道具の数々を見るといいですわ。ずいぶんと人々の暮らしが豊かで便利になっていると思いませんの?そしてここにはジュエリアの分からない魔道具がありませんわ」

「では、この街がルーンジュエリア様のお考えになられている魔道具の究極の姿なのですか?」

「ですわ。例えばあの天井灯です」

「変わった形の灯かりですね。細長い灯かりは初めて見ました」

「あの天井灯には魔石を組み込んでいません」

「うそ!ではどうやってかりをともしているのですか!」

「別の場所にある大きな魔石から魔力が漏れない被服を施した金属線を使って魔力を送っていますわ」

「魔石が別の場所にある?それがルーンジュエリア様のお考えになられている世界なのですか?」

「ふみ」


 ルーンジュエリアは事も無げに答えます。

 お嬢様はユリーシャに対して自分の前世を秘密にしています。

 なので今いる地球世界を自分の頭の中の世界だと説明します。

 ですがユリーシャの中にいるオーロラ姫は情報に思考が追いつきません。

 そもそも魔力を金属線で送るとか、そんな方法の存在は考えた事も耳にした事もありません。


「けれどもここにはおかしな事があります」

「おかしな事、ですか?」

「ふみ」

「ルーンジュエリア様。それはなんでしょう?」


 この異常な世界でルーンジュエリア様にさえ分からない不思議な事がある。

 どうせ聞いても自分には理解できないでしょうが、聞いてみたくはある。

 それがオーロラ姫の気持ちです。


「ジュエリアたちがこの街に転移してからまだ三十分足らずですわ。ですがジュエリアはすでにジュエリアには理解できますが考えた事もない知らない存在をいくつも見つけました。

 今、ジュエリアはこう考えています。この世界はジュエリア『だけ』が作ったまぼろしではありません。ほかの方々の記憶も混じっています。この街に来てからオーロラ姫の知る『何か』を見た記憶がありますか?」

「わたくしの知る『何か』ですか?……。無いと思います」

「ではオーロラ姫の知る今までで一番衝撃的な記憶はなんですの?」

「一番衝撃的な記憶ですか?――。ドラゴンイーターです」

「えーと。あの『ドラゴンイーター』の事ですの?」

「はい、ルーンジュエリア様」


 そう言えばオーロラ姫の冒険譚を聞くのは初めてですわ。

 これがもしも自分の知らない話であるならこのオーロラ姫は本物であると判断していいんですの?

 お嬢さまはそんな事を考えます。


「よく生きていたものですわ。って、今は死んでいましたわ」

「あの時は最強の六人でしたから」

「ん?どんな状態でしたの?」

「大きなワイバーンの群れに遭遇した時の事です」


 オーロラ姫はドラゴンイーターを見た時の事を話し始めます。


「その『大きな』はどちらに掛かっていますの?ワイバーンですか?群れですか?」

「ワイバーンです。全翼十メータ以上。ですが群れ自体も三十頭以上でしたから大きな群れでした」

「勝ちましたの?」

「ファイナルカウントダウン討伐に向かう最強の六人でしたから、時間は掛かりましたがどうにかしました。ですが残り三頭ほどになった頃に奴が現れました。わたくし達は死を覚悟しました」

「勝てましたの?」

「いいえ。奴はわたくし達には目もくれずに、わたくし達が倒したワイバーンを平らげるといずこかへ飛び去っていきました」

「どんな敵でしたの?」

「七つの首を持つ巨大なおろちです。その水平に伸ばした首の一つ一つには巨大な一つ目がありました。ドラゴンイーターはその単眼の瞳部分から何本もの触手を伸ばして、目の中に巨大なワイバーンを次々と丸呑みしていきました」

「丸呑みって、ワイバーンの大きさは全翼十メータ以上ですわよね?」


 ワイバーンの大きさは先程オーロラ姫から聞いたばかりですから間違いありません。

 彼女が遭遇したドラゴンイーターの大きさはワイバーンとの対比で想像できます。


「つまり目の大きさだけでそれ以上だと言う事です。首の長さは数十メータだったと覚えています」

「もしもこの世界にそいつが出て来たらオーロラ姫のせいですわ」

「え?今のって、そう言うお話だったんですか?」

「まあ問題は、この街からの脱出方法ですわ」


 そう言うとルーンジュエリアは目の前にあるメニューを手に取ります。

 そして自分が知らない、実在するかどうか分からない料理名を見つけます。


「ユリーシャ。もう一杯いけますの?」

「んー。二杯まででしたらなんとか」

「ではこのジンギスカン丼って行ってみたいですわ」

「お供します!」


 ルーンジュエリアの問いに、ユリーシャは明るく答えました。


 ルーンジュエリアは二枚の食券を購入します。

 お客さま、お待たせいたしました。ジンギスカンどんです。

 ものの一分で二人の前にはどんぶりと味噌汁が置かれます。

 ルーンジュエリアはジンギスカン丼を口にします。

 ですが舌鼓を打ちながら半分ほど食べ終えた所でお嬢さまは考えます。


(ジュエリアはまだ九歳のお子様でしたわ。美味しい美味しいと言いながらも、すでにおなかが一杯でもう食べられません。

 ですが昔の偉い人の言葉にあります。『かっこ悪いなんて言うなよ。米はちからが出るぜ!』。お米農家さん達が八十八日間以上の手間てまひまかけて育てた美味しいお米を一粒たりとも無駄に捨てる訳にはいきませんわ)


 ルーンジュエリアは湯飲みを持ち上げます。

 ですが今はおなかが一杯です。

 ここでお茶を飲んでしまったら残りのご飯を食べられなくなると判断します。

 お嬢様は口直しをやめておきます。


 オーロラ姫はルーンジュエリアの様子がおかしい事に気付きます。

 もしかしたらもうおなか一杯なのではないでしょうか?

 お互いの手と手の合図だけで了承を得ると味噌汁はそのままに、ジンギスカン丼だけ自分の前へずらします。


(ユリーシャは気がきますわ。これで安心してお茶を楽しめます)


 ルーンジュエリアはお茶で口を直します。

 そしてお嬢様は出汁だしの利いた味噌汁もゆっくりと味わいます。


 ありがとうございましたー。

 二人が腰を上げるとカウンターの中の店員が食器を下げに来ます。

 ふと思い付いたルーンジュエリアは、そこで食券購入時から気になっていたことを訊ねます。


「もし。お訊ねしますわ」

なんでしょう」

「こちらのお店は、いつからお食事にお味噌汁が付くようになりましたの?」

「はい。創業当時からになります」

「え?創業当時って、一号店の最初からお味噌汁が付いていましたの?」

「はい。そうです」


 言葉を失って意気消沈した姿でルーンジュエリアは店を出ます。

 ユリーシャは心配そうにその後ろを追いかけます。

 店の前で立ち止まったお嬢さまに声を掛けます。


「ジュエリア様。どうかなされましたか」

「み!み!み!っとめません!ジュエリアは認めません!ジュエリアは認めませんわ!」


 振り向き様にルーンジュエリアは店を指差します。

 自動ドアのガラス越しに指差す先は出てきたばかりの店内です。


「こんな店はありえません!この世界は偽物です!こんな世界は偽物ですわ!」


 夜のとばりの中、街灯と自動車のライトに照らされていた薄暗い世界が白い闇に包まれていきました。




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