156 標24話 夜中の夜明けですわ 2
「お願い!みんな、手伝って!」
冒険者ギルドの扉が開くと同時に顔を
現われたのは皮鎧をまとった二十歳過ぎの冒険者です。
掲示板前、事務所、窓口、飲食コーナーで知り合いの大声を耳にした人々が入り口へ目を向けます。
受付嬢の一人がカウンターを横飛びで越えて入り口へ走ります。
「どうされましたー!」
「怪我人です!」
「マックスがデッドライオンにやられた!手を貸してくれー!」
入り口からは続いて両側から肩を貸し合う三人組の男が入ってきます。
中央のけが人は腹部を服の上から布で巻いて締め付けられています。
「マックスが!」
「やられたって!」
「「「おう!」」」
受付嬢の支持の下、居合わせた冒険者達も手伝ってけが人を長椅子に寝かせます。
パーティーメンバーの女性は
「こりゃ、ひでえ」
「誰か、教会に連絡を!」
「大丈夫だ。ここにくる途中でジョアンが走った。時期に
「じゃあ、水だ!湯も持って来い!」
「分かった!」
けが人のお腹に巻かれていた布と服が切り裂かれ、負傷部の手当てが始まります。
細菌の概念はなくても汚れていては化膿するくらいの経験側的な知識は誰もが持っています。
ギルドを出て行くタイミングを失ったルーンジューナとグローリアジューシーはそれを傍観します。
先程ルーンジューナたちの相手をしたキャットシーの受付嬢はカウンター内で待機しています。
「どったの?」
「デッドライオンに噛まれてますね。多分、お
「お
「ここに連れて来るまで結構な時間が経っている筈ですが、お連れのヒーラーがいい仕事をしています。良く持ってると思いますよ」
「やる?」
「いえ、待ち人来たりです。もうしばらく様子を見ましょう」
「分かた」
「待ち人って
「蹄の音が聞こえませんか?」
「え?」
猫獣人であるシルビアは耳に自信を持っています。
ですが彼女はまだ、馬の音を聞き取れていません。
しばらく耳を澄ましていると早駆けの蹄の音を聞き取る事ができました。
負傷者の
「エリシア!
「
「馬か?」
「誰か見て来て!
「おう!」
外へ出た男はすぐに戻ってきました。
その後ろには三人の巫女が続きます。
前を行く二人は十八、十九。続く一人が十六歳ほどです。
「怪我人はどこですか!」
「こちらです!」
「まあ!」
「メイプルフラワー様、こちらです。お急ぎください」
「メイプルフラワー様だと!」
「マックス!あんた助かるよ。マックス!」
緊迫した空気に包まれていた冒険者ギルド内に安堵の空気が広がります。
ルーンジューナは羨望の眼差しを集める少女へ目を向けます。
メイプルフラワー・オブ・オートミーアル=スタートテスは浮遊破城砕の操騎士ハニービー・オブ・ヴァルターノーベルの妹であり、次代日輪聖女候補の一人です。
負傷者の怪我の深さを確認した彼女は数度のヒールの後で違う魔法術の呪文を唱えます。
「神聖治癒魔法術ですね」
「なんか、人望が厚そうね。大丈夫かなー」
「大丈夫でしょう」
「ま。駄目じゃないなら手を出す必要はないわね」
待機を続けるシルビアは大怪我をしたマックスの事が気になります。
しかし、それ以上に聖女候補であるメイプルフラワーを値踏みする二人の新人冒険者から目を離せません。
なに?この子達、メイプルフラワー様が失敗したら自分達が出て行くつもりなの?
自分達なら余裕でマックスを助けられるって言うの?
受付嬢シルビアの心の内とは無関係に治療は続きます。
メイプルフラワーは呪文詠唱を続けます。
「われらが主神、天空に輝けるソラよ。そのあふれる慈しみと加護を我等に、貴方様に仕える子羊達にお与えください。酒は血となり、パンは肉となり、この者の糧となる恵みをお与えください、ソーラー・ブレッシング」
「おい!メイプルフラワー様の身体が聖なる光に包まれていくぞ」
「最も神に近きお方、メイプルフラワー様の噂は本当だったのか」
「ありがたい事だ」
素晴らしい。
メイプルフラワーの治癒魔法術を目にしたシルビアは感動に打ち震えます。
日輪正教を国教とするルゴサワールドでは全ての生活習慣に日輪正教が根付いています。
各個人の崇拝する教義とは別に単なる行動や感謝には誰もが日輪正教の流儀で動いてしまいます。
シルビアはメイプルフラワーの身体を覆う神秘の光に思わず祈りを捧げようとします。
そんなシルビアの耳に信じられない言葉が聞こえました。
「……下手ね」
「あれを見てリア様はどの様にご理解されていますか?」
「魔法術は自分の体の中に内包する魔力を起動する。で、あの巫女は治癒魔法と意味のない光魔法を同時に発動している。んと、この明るさの中で見えるって事は光魔法の比率が三割以上?魔力の無駄遣いよ。
んで、なんで発光しているかと言うと自分の治癒魔法の使い方が下手で放出している魔力の全てを治癒魔法に換えられていないから。で、いい?」
「概略で言うとそんなものです。ではどうして魔力の全てを治癒魔法に変換できないんでしょうか?」
「変換が遅い理由よね?大怪我なのに一部分ずつ治しているから?」
これまでにもシルビアは聖女に近い力を持つメイプルフラワーをねたんで
これまでだとそれを言うのは所詮はその程度の人物でした。
ですが今シルビアの目の前にいる二人はメイプルフラワーのどこがどう悪いかを具体的に指摘しています。
彼女が失敗したら自分達でどうにかすると言っています。
その言葉が法螺である様には彼女には聞こえません。
だからシルビアは観察します。
この二人、いったい何者?
「当たらずとも遠からずですね。中身がどうなっているか知らないから全体を把握できていません。要は知識不足と経験不足です。
ま。それに関しては教えてくれる人がいるかと、自分で学び取れるかが大きく影響しますね」
「教えてくれる人がいるのと、自分で学び取るのとに違いがあるの?」
「自分で学び取る場合には間違いに気付かない事があります。教えてくれる人がいたら間違った理解を正しく修正してもらえる可能性が増えます。
ですが……、教える側がそこを知らないんでしょうね。間違った経験を積んでも経験値の上昇には結び付きません。無印ですら経験値上昇中なのに」
「そか。わたしはユーコと出会えて幸せハイテンションだって事か、成る程ね。それが分かっていて、なしてユーコは失敗が多いの?」
「私のミスの多くは思い込み間違いです。おっちょこちょいを直す良い方法を知ったら教えてください」
「気には留めとくわ」
「お願いします」
二人が言う様にメイプルフラワーの治癒魔法はその効果を挙げていません。
これはマックスの負傷が致命傷である大怪我であることが原因なのですが、ここには肉体の欠損部を再生できる魔法術士は
彼女を補佐する二人の
個別に次の策を提案します。
「メイプルフラワー様、血の巡りが回復しません。まだソーラー・ブレッシングをお使いになられる余裕はございますか?」
「いえ、傷付いた内臓の修復が遅れています。リカバリー・ヒールをお願いいたします」
「ビータブルガリスお姉さま。サカラムお姉さまのご判断を受け入れます。ご譲歩ください」
「分かりましたメイプルフラワー様はソーラー・ブレッシングをお願いいたします。
「お願いします。
われらが主神、天空に輝けるソラよ。そのあふれる慈しみと加護を我等に、貴方様に仕える子羊達にお与えください。酒は血となり、パンは肉となり、この者の糧となる恵みをお与えください、ソーラー・ブレッシング」
シルビアは目の前の少女のため息を聞きます。
あくびのようにさえ聞こえます。
「あああ、これ、駄目なやつだ」
「リア様にも分かります?」
「うん。ちょっとの差で間に合わない。ちっと、行ってく」
「ばれないようにして下さいね」
「ん!」
カウンターを挟んでシルビアの目の前に立っていた新米冒険者の一人、グローリアジューシーは治癒魔法を掛け続けるメイプルフラワーたちに向かって歩き出します。
彼女は幼少の時からメイプルフラワーの姉巫女として妹巫女を見守ってきました。
だからこそ知っています。
メイプルフラワーはできる子です。同世代にナリアムカラ様がおられなければ数年の
この子の
その思いはビータブルガリスも同じです。
彼女もメイプルフラワーの成功を疑わず、長椅子に横たわる重傷者が必ず助かると信じています。
思いを同じくする二人の詠唱は重なります。
「「ソラの日差しは
ライトニング・ヒールは日の光を真似て病魔を滅ぼす光魔法です。
傷を癒すことはできませんが、疲れを和らげる効果があります。
メイプルフラワーは二人の介助を受けて魔力を回復し、ソーラー・ブレッシングを掛け続けます。
ですが治癒魔法術を使っている本人だけは気付いていました。
だめ。傷が深くて大きすぎる。
メイプルフラワーの胸に焦燥感が広がり始めます。
もちろん彼女は自分を囲み見守る人々の救いを求めるまなざしを理解しています。
かと言ってこの土壇場に在って自分の力不足がはっきりと感じられます。
一度治癒魔法の手を止めて、大きな丸を載せた十字を切り太陽神へ祈りを捧げたい心持ちです。
しかしそんな時間的余裕はありません。
事は一刻を争っています。
そんな三人に一人の少女が話し掛けました。
「ちょっといい?」
誰も答えません。
無駄話をしている暇があるなら治癒魔法を唱えていたい、そんな状況です。
少女の方もそれを理解しているのか、相手の返事抜きで話を続けます。
「ねえ、巫女さん。あなた達ではもう間に合わないっしょ。わたしがこの人、楽にしてあげようか?」
ビータブルガリスは話し掛けてきた少女が両腰に
どれ程暇でも自分が仕える妹巫女を揶揄する相手に構う時間の持ち合わせはありません。
特に今は一秒二秒を争う緊急時です。
ならば答えは一つしかありません。
相手を一瞥する事もなく即答します。
「結構です」
「あそ」
グローリアジューシーは踵を返します。
ルーンジューナと目が合うと、両手のひらを体の左右で上に向けて、取り付く島無しを伝えます。
そして親指を立てた右握りこぶしで背後を指差します。
それを見て取ったルーンジューナは右手で両目を隠してうつむきます。
ゆっくりと長く、ため息を吐きます。
そしてつぶやきます。
「ハン」
「え?」
魔法を掛けるのが楽に、なりました?これは……、身体の奥の負傷が治療されたのですか?
突如、自分の掛けている治癒魔法の消費魔力量が減少してメイプルフラワーは驚きます。
消費魔力量の減少とは治癒の完了した部分が現われた事を意味する感覚です。
突如とは、自分の魔法術ではなくて誰か別の人の治癒魔法術で負傷者が助けられた事を意味します。
そしてこの突如にはもう一つの意味があります。
つまり自分に気付かれることなく治癒魔法を瞬間的に発動して怪我人を救った、自分よりも優秀な魔法術士がここに居る事を意味します。
メイプルフラワーは顔を上げて周りを見回します。
しかしその行動はすぐに止まります。
今は負傷者の救護が最優先だからです。
「メイプルフラワー様!負傷者の生気が戻りました。もう一息です!」
「ここからの追い込みが勝負です!気を引き締めてくださいメイプルフラワー様!」
「はい!ビータブルガリスお姉さま。サカラムお姉さま。お力をお貸しください!」
「「ソラのご加護の
「も、大丈夫かな。
「そうですね。お昼まで時間潰しですか」
顔なじみの冒険者、マックスの無事を猫獣人の受付嬢シルビアはソラに感謝します。
ですが一安心したシルビアの胸に別の不安がこみ上げます。
彼女にとってルーンジューナとグローリアジューシーは、まだ顔見知りになったばかりに過ぎません。
そんなシルビアですがこれだけはなんとなく感じ取れます。
今聞いた二人の会話を誰かに話してはいけない!
そう思いながらもあの二人がマックスを助ける手助けをしたことは信じられるような気がしています。
シルビアは冒険者ギルドを出て行く二人に対して静かに頭を下げました。
「ありがとうございました!メイプルフラワー様!」
「傷もふさがり、顔色も戻りましたが失われた血液と体力は戻っていません。もうしばらくはこのまま安静にして置いてください」
「はい!」
ああ。
良かったな。
メイプルフラワー様のお手を受けるなんて、マックスの癖に生意気ね。
なんにしても助かって良かった。
同じパーティーを組むメンバーはもちろん、経緯を見守っていた冒険者達からも喜びの声とメイプルフラワーを讃える声が上がります。
しかし当の
ギルド内の手前と奥、建物の内部全体に視線をさまよわせて何かを探しています。
そして不振がる冒険者ギルドの受付嬢エリシアに
「もし。
「出て行った方ですか?」
「ああ、あの二人くらいだな」
「あのお二人とは?」
「今さっき新規登録に来た、いいとこのお嬢さん二人組みだよ」
「その方たちにはどこへ行けば会えますでしょうか?」
「会うって?」
「さあ?」
ここに居る冒険者たちにはメイプルフラワーの心のうちは分かりません。
その内容の重大さを気付ける道理はありません。
彼女を補佐する
「メイプルフラワー様。何かありましたか?」
「いえ、なんでもありません」
それは
メイプルフラワーは膝を突き、ソラを讃える大きな丸の付いた十字を切ると負傷者を助けた見知らぬ女性に感謝を捧げました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
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