155 標24話 夜中の夜明けですわ 1
その翌日、ルーンジュエリアたち二人は、別行動を取っていたグローリアベル
警戒の意味をこめて滞在場所はジューンブライド公爵領の外れにある地方都市ミューを選びます。
ミューは人口千人を超える大きな町ですが、現在のルゴサワールド公王国の状況を考えると住人の見知らぬ顔が六人組は多すぎます。
行動は二人連れ三組でと話が進みます。
バンセー、エリスセイラとアルフィン、グローリアベルはそれぞれ別グループで偵察隊。
ルーンジュエリアとユリーシャが闇の破壊部隊・本命として選ばれます。
そして今、偵察部隊出陣の事前準備としてバンセーとアルフィン抜きで下調べをすることになりました。
話はここでこんがらがり始めます。
「殿下とアルフィン殿がお留守番。それに合わせてこちらも二人がお留守番。ここまでは確定でございます」
「そね。で、なんでエリスがユーコと行動するの?」
「グローリアベル様が高貴すぎるからでございます。その点で申し上げるならばわたくしは男爵令嬢。少しばかり裕福な町娘と変わりませぬ。そしてルーンジュエリア様は下々に
「甘いわねエリス。蔗糖の様に甘い。小等学部からお勉強をやり直しなさい。
ではあなたとユーコで二人、ペアを組んだとします。ボケがユーコで突っ込みがエリス。あれ?あなた、ユーコに突っ込みを入れられるのかしら?てか、殿下のご信任が厚いあなたが残らないでどするのよ」
「はて?まさか侯爵家ご令嬢たるお姫様がその程度をできぬと申されるのでございましょうか。お
「言ってくれちゃうわねぇ。あんたがユーコを抑える頭の役目ができるんなら申し分ないのよ。できる?できないでしょ。だからエリスはだーめ!」
「されど次善の策は三番目よりは余程ましかと」
「譲らないわよ」
「ここは自分を殺すべきでございましょう」
「あー!」
パンッ!
突然ユリーシャが手をたたきます。
三令嬢はそれに気を取られて振り向きます。
見るとユリーシャがスカートの両脇をつまんで立っています。
「グー・チョキ・パーで合った人!」
ユリーシャはスカートをつまんだままジャンプします。
ルーンジュエリア、グローリアベル、エリスセイラもスカートをつまむと、それにタイミングを合わせて飛び上がります。
着地したユリーシャは各人の足を見ます。
軽く摘み上げられたスカートから覗いた足先はユリーシャとグローリアベル、エリスセイラは揃っています。
これに対してルーンジュエリアの足は肩幅に開いています。
「合った人!」
ユリーシャの掛け声でまた四人はジャンプします。
今度はルーンジュエリアの足は肩幅に開いています。
グローリアベルとエリスセイラ、ユリーシャの足は前後に並んでいます。
再度ユリーシャは掛け声を掛けて飛び上がります。
「合った人!」
着地した四人がスカートから覗き見せている足先を見るとユリーシャの足は前後に並んでいます。
エリスセイラの足は肩幅に開き、グローリアベルとルーンジュエリアは揃っています。
事前偵察に出る二人はグーの二人に決まりました。
決着が着いたからか、グローリアベルはユリーシャに苦情をのたまいます。
「なんでユリーシャが参加するのよ」
「私だって出掛けたいんです!」
「ま、いいわ。わたしとユーコね」
「これは突然の事でございました。三回勝負が妥当でございます」
「セイラ殿。わがままを言うならばそなたが残ってくれれば俺は嬉しい」
「で、ございますが……」
「セイラ。決まった事です。セイラがバンセー殿下のお世話を見てくれるなら、ジュエリアは心強いですわ」
エリスセイラは唇を噛んでいました。
しかし実直なまなざしでルーンジュエリアを見つめると、直立不動の姿勢をとります。
そして右手を上げます。
「オーラ、ドン・ザウサー!」
「オ……、オーラ、ドン・ザサー」
エリスセイラの勢いに引きずられたのか、バンセーもそれを真似します。
ルーンジュエリアはエリスセイラに優しく微笑むと、一回だけ軽くうなずきました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ジューンブライド公爵領の地方都市ミューにある冒険者ギルドに二人の新人冒険者が訪れました。
年の頃は十七歳と十四歳、しかし問題はそこではありません。
その着ている服装が皮の胸当てを着けているとは言え、小奇麗なワンピースドレスです。
身分を低く見積もっても大手の商家、もしかしたらそれなりの貴族の娘にしか見えません。
普通は馬車で移動する時の身だしなみです。
だからギルド内に居た誰もが依頼客だと考えました。
ですが後ろに居るべきメイドが見当たらない事で疑問が生じます。
何よりも令嬢二人共が腰に剣を携えています。
この冒険者ギルドは入り口から見て右側が組合の受付兼事務所施設、左側が食堂兼酒場になっています。
泥酔するほど飲んでいる冒険者は居ませんが、習慣的に食前酒は日常の話です。
テーブル客が吞気に手を振ります。
年上らしき令嬢がそれに答えて小さく手を振ります。
後ろに続く年下令嬢がその様子に疑問を持ちます。
「知り合い。ユーコ?」
「居る分けありませんでしょ」
「じゃあ気安く手を振るのはやめなさい」
もっともな意見です。
自分達はうら若い令嬢、相手は成人男性です。
会釈ですら絡まれる理由になります。
二人は小声で会話します。
「もー、リア様ったら固いんですから。旅の恥は掻き捨てるべきですよ」
「わたし達はここに本拠を構えるんでしょ!住んでる間ずっと冷やかされるなんて嫌ですからね」
「はー。どうせ私たちにはボケしかできないんですから、どーでもいいじゃないですか」
「達じゃありません!わたしを同列に並べないで下さい!」
「いや、同列でしょ」
「ち・が・い・ま・す!」
二人の令嬢は、あくまでも小声で言い合います。
ですがその様子から言い合いをしている事は周りから一目瞭然です。
四人掛けのテーブルから冒険者の男が一人話し掛けます。
「はっはっは。威勢がいいな、嬢ちゃん方」
「はぁ。申し訳ありません、お騒がせしております」
「だから、ユーコは気安い!」
二人の令嬢は年上側が身長百七十、小さい方が百六十センチメートル程です。
三十歳程の冒険者の男は強気なチビを無視して、話易そうなお姉さんと会話します。
「嬢ちゃんはユーコって言うのか。変わった名だな」
「いえ、ユーコはあだ名で名前はルーンジューナと申します」
「ルーンジューナ?何んでユーコなんだ?」
「秘密です」
「まぁ、あだ名ってのはそんなもんかもな」
その冒険者の前に座る男が残りの令嬢に問い掛けます。
「で、そっちは?」
「はーーー。グローリアジューシーよ。しばらくこの街に居つこうと思っているから、まー、仲良くして下さい」
「おう、俺たちこそよろしくな。俺はアランで、向かいがビーア。その隣がチュエッケルだ」
「ちわー」
「これはご丁寧に。こちらこそよろしくお願いいたします」
「ん、まー、よろしく」
「んで、嬢ちゃん方。ここへの用事は?」
「冒険者登録です」
「あー、そっちのリアだっけ?あんたも新規登録か?」
「ん?わたしとユーコ。二人ともよ?」
「なら今日からご同輩だな。窓口はそっちだ」
「ご親切にありがとうございます」
「ユーコ、行くわよ」
指差された窓口に向かうと繰り広げられていた会話の様子を見聞きしていたのか、受付嬢が立って待っていました。
ルーンジューナがその一つに近付くと相手が声を掛けて来ます。
金髪ショートの二十歳前後。
くりくりとした目が愛らしい猫獣人です。
相変わらずキャットシーの方々は美しいですわ。
ルーンジューナはその笑顔に見とれます。
「いらっしゃいませ、冒険者新規登録お二人でよろしいでしょうか?」
「はい、ご新規様二名です。細かな登録方法を教えてください」
「では先ず、こちらの申請用紙が二銀貨になります。これに必要項目をご記入頂きます。代筆料金は三白銅貨ですが、ご自分で記入されますか?」
「当然代筆で、痛っ!ユーコ。叩かないって打ち合わせでなってるでしょ」
横から口を挟んできたグローリアジューシーの後頭部へルーンジューナの右手刀が落ちました。
グローリアジューシーは苦情を言いつつ振り向きます。
ですがルーンジューナの目は
「リア様。ご自分でご記入ください。これも社会勉強です」
「まさか、わたしに署名以外も自筆で書けって言うの!」
「そ『あう』う『あう』言『あう』っ『あう』て『あう』い『あう』ま『あう』す『あう』」
ウエルス王国では手紙や書類をメイドや侍従が書き、
口答えするグローリアジューシーの額へルーンジューナの空手チョップが落ちます。
ルーンジューナは弟子に厳しいお師匠様なのです。
弟子への躾が終わったルーンジューナは受付嬢へ向き直りました。
「話の腰を折りました。続きをお願いいたします」
「はぁ。基本的に冒険者組合の仕事は三つ、冒険者の登録管理と仕事の斡旋、報奨買取の支払いです。後で渡します登録身分証は紛失しない様にしっかり管理してください。ご質問は?」
「そんなもん、書かなきゃ出るはず――痛っ!ユーコ叩くの禁止!」
「ありがとうございます。不明確な点が出てきましたら
「四銀貨頂戴いたしました。それではこちらをどうぞ。ご記入には後方の机をご利用ください」
紙は高価な世界の為か申請用紙は重ね貼りして割れ辛くした薄経木です。
机の上を見るとと冒険者登録身分証の発行も有償であるとする料金表があります。
普通は全費用を準備してから登録に来るんですよね。
ルーンジューナは横目で辺りを見回すとグローリアジューシーに思いを伝えます。
もしかしてやらかしましたか?
大丈夫でしょ。ドレス着て女二人で冒険者登録している辺りでいいとこのお嬢様だと思われてるから。
ああそうですね、とルーンジューナは納得します。
「ユーコー」
「なんでしょう?」
「これ、本人確認どうするの?」
「性善説じゃないですか?」
「いや、それ、歳喰ったら悪人だから」
「自己申告じゃないですか?」
「そうよねー。たばかり放題じゃない」
「企業秘密で裏技あるんじゃないですかー」
二人はそれぞれ自分の書類を自分で書き上げます。
「できたー」
「ではリア様。私が持って行きます」
グローリアジューシーの記入を待ち構えていたルーンジューナは二人分の申請用紙を窓口へ差し出します。
「もしー。記入内容はこれで合っていますか?」
「はい、確認します」
受付嬢は一枚ずつ確認します。
そして二枚とも読み終わったところでルーンジューナに訊ねます。
「んーんと。お二人はパーティーを組まれるんじゃないんですか?」
「はい」
「でしたらここにパーティー名の記入をお願いします。二枚ともお願いしますね」
「ほいほい。わたし、書く!」
横から二人の会話を覗き込んでいたグローリアジューシーが二枚の申請用紙を奪い取ります。
そしてルーンジューナの前に割り込むと背中を向けたまま窓口で記入を始めます。
「んー、パーティー名かー。リアとユーコ。語呂が悪いか。ユーコとリア」
「え?そんなんで行くんですか?もっと考えてください」
安易なネーミングにルーンジューナはあせります。
日常的に使っているあだ名をパーティー名に使うのはまずいですわ。
それくらいは彼女にだって思いつきます。
「代案出して」
「ビューティペア」
「駄目」
「ダーティペア」
「却下」
とにかく
ルーンジューナは思いつくままに単語を口にします。
「サンユーティペア」
「キューティとかミスティも駄目だからね」
「それじゃ、ハニーです」
「じゃあ、これでお願い」
「あー、無視したー」
「はい。えーえと。パーティー名:第三の太陽。どう言う意味ですか?」
「花の名前よ」
「うわっ。いいとこと言うか、痛いとこ突いてる」
まあいいですわ。これでパーティー名が一人歩きしても私達には関係ありません。
焦った反動からか、ルーンジューナは胸を撫で下ろします。
「はい。んーんと。大丈夫ですね。ではこの引き換え札をお持ちください。身分証の出来上がりは大体四時間後、お昼過ぎになります」
「あれ、意外に早いじゃない」
「ではそう言う事で」
「リア様」
「ん?」
「あのパーティー名って、良かったんですか?またセイラがうるさいですよ?」
「オール・オッケー。あの子はユーコと二人のパーティー名を第三の衝撃にするって言ってたから」
「リア様達二人とも、あっちの世界とは関係ないんですよね?」
「ユーコの記憶よ?」
見知らぬ他人が歩き回るよりも新参冒険者が歩くほうが不信感は減る。
その為には冒険者登録身分証。
いわゆる冒険者プレートの所持は必須です。
それを入手する為の登録申請。
ルーンジューナとグローリアジューシーのファースト・クエストは終わりました。
次なるクエスト『冒険者プレートの受け取り』はお昼過ぎの予定です。
ですがここに居る誰もが知りません。
緊急クエストは冒険者ギルドの扉の外にまで近付いていました。
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