150 標23話 魔のソーラーシフト計画ですわ 7


 出発の朝です。

 季節はすでに五月末、朝三時前には東の空が明るくなってきます。

 目的地方向である南東は雲一つありませんが、北の空には黒雲が広がっています。

 六人と見送りの人々はルゴサワールドの方角が晴天であることを安堵します。


 途中ではぐれることを警戒して三人娘とユリーシャ、バンセー、アルフィンは一塊で転移することになりました。

 主導するのはルーンジュエリアです。

 五人と手をつないでジューンブライド領近郊の森へと空を渡る予定です。


「行きますわ」


 ルーンジュエリアの言葉に五人は黙ってうなずきます。


「ワープ!」


 お嬢様たちの使う転移魔法は転移アウトすると自由落下する短所を持っています。

 ルーンジュエリアが現在地と進行方向の目視確認をする時間を作るためにユリーシャは転移アウトするたびに浮遊魔法術を起動します。

 方角支持はアルフィンが担当します。


「領都ソラはあの山の方向で合ってますの?」

「合っている。下を歩くのなら道は違うが、空を渡るのであれば直線で進める」

「お待ちくださいアルフィン様。ルーンジュエリア様お一人であればそれもまかり通りましょう。されどこの大所帯ではまさかに備えて街道から離れぬ事が安全かと」

「馬鹿な!何を今更」

「エリスの提案は正しいわね。これは実際に空を転移しているから気付けた問題でしょ?今になってだけど仕方がないわ。

 殿下。いかがいたしましょうか?」


 空中に立つ五人はジューンブライド領領都ソラの方向にある山を見ます。

 次にジューンブライド領へと続く細い山道の街道を見下ろします。

 しばらくの間考え込んだあとでバンセーは訊ねます。


「セイラ殿。俺達が転移している訳ではないのだからコースはそちらにお任せする。街道上空をルートに選んだとして魔力量は持つものなのか?」

「ルーンジュエリア様の事であれば御心配には及びませんでございます」

「アルフィン、移動手段は転移魔法だ。多少遠回りであっても時間的な制約はない。懸念をふっしょくできる方法があるのならばそれを選択すべきだと俺は考える」

「殿下の御意に従います」

「アルフィン様。街道沿いの進路になんらかのご懸念をお持ちですか?」

「ベル様。敵が待ち構えるなら街道沿いと言うのは常套手段です。しかし……、相手もまさかこちらが空を渡るとは思いませんでしょう。なら殿下に無理な進言をする必要はありません」


 例え魔法術に精通していても実戦に関する経験数は三人の少女は多く持ちません。

 グローリアベルはアルフィンの挙動を怪訝に思い、その思惑を訊ねます。

 バンセーはこれを熟慮します。

 ルーンジュエリアはいつもの様に深く考えず、行き当たりばったりで行動しようとします。


「そうか。アルフィンの言う事ももっともだな」

「どちらでも大差ありませんわ。『下手な考え休むに似たり』、だから今ジュエリア達は休んでいますわ。バンセー様のご判断に従います」

「いや大差あるでしょ。ユリーシャの考えは?」

「……。街道から離れれば、はぐれた時に再合流できるのはソーラー・シフターです。街道に沿って進むのなら、はぐれてもジューンブライド領への道の途中で合流できる期待を持てますが確かに敵が待ち伏せている可能性を否定できません。わたくし達四人は転移魔法が使えますから殿下とアルフィン様を主体に考えてよろしいかと」

「だ、そうです。殿下?」

「ではアルフィンも抜いて、俺だけを前提に考えて良い訳だな。お前なら何かがあってもどうにかできるだろう」

「御意かと」


 アルフィンの答えを聞いたバンセーは山道の先を指さします。


「良し。街道に沿って進もう。何かがあっても俺がけものや魔獣に襲われる可能性が低くなる事は大きい」

「御意のままに。以上の内容を前置きにして行動する事で頼む」

「殿下のこころのままに」

「ふみ」

「分かりましてございます」

「かしこまりました」


 アルフィンの言葉に四人はひざを折りました。

 話がまとまったところで例によってルーンジュエリアが軽口をたたきます。


「セイラ。ジュエリアの素朴な疑問ですわ。みんなの話を聞いているとさも何かが起こりそうですわ。何か起こるんですの?」

「さあ?単なるフラグ立てかと」

「あんた達。それは言ってはいけないお約束でしょ!」

「ベル様!フラグとはなんですか?」


 ユリーシャも素朴な疑問を口にします。

 これにグローリアベルが答えます。


「旗です。旗が立っているからそれを目掛けて敵が攻めてくる意味です。

 ここで言うなら準備が無駄になる事こそ最善ですが、準備が無駄にならない事を苦々しく思う意味です」

「仮定であって決定ではないですよね⁉」

「旗を揚げなければ誰も気付きません。フラグとは自分が使うために立てる事こそ賢い行動です」

「急ごうジュエリア殿、黒雲が追ってくる。越える山は十も二十もある」

「そうねユーコ。今は頼みます」

「行きます。ワープ!」


 ルーンジュエリアは転移魔法の短縮呪文を唱えます。

 道なる街道上空を進むルーンジュエリア。

 その背後には暗黒の雲が渦巻いています。

 ですが連続ワープの前にはそれは障害にすらなりません。

 呪文詠唱のたびにルーンジュエリア一行いっこうは目的地へと近づき続けます。


「思いのほか、村があるわね」

「木が邪魔で街道の位置が分かりませんわ。上から見ればただの山道ですわ」

「それでも石は敷いてある。誰がしているのかは知らないが手入れはされていた」

「私達が通った時にははっきりと区別できる人の道が整備されていた。馬車はともかく、馬なら十分に通れる。ただ、馬一頭の道幅しかなかったから木の上からだと見分けづらい事は間違いない。村が見つけるたび方角ほうがくを修正しよう。

 この村からだと少し山を迂回した先で沢沿いを上って尾根伝いに峠を越える道に入る」

「箱根の旧東海道みたいなものでございますか」

「尾瀬の板橋よりはましですわ。行きますわ。ワー、シールド!」


 転移しようとした直前、空中の一行いっこうに向かって、大きな何かが猛速度ですれ違います。

 転移魔法の詠唱を中断したルーンジュエリアは障壁魔法を起動します。

 そこに二つ目の何かがぶつかります。

 それは一本の矢です。

 太さ十センチメートル、長さは数メートルに及びます。

 それが六本七本と続いて飛んできます。


「ユーコ、降りなさい!あんな矢で射られては飛んで行った先に居る人達が迷惑します!」

「ふみワープ!」


 ルーンジュエリアの転移魔法で六人は森の中へ下ります。

 その彼女たちを追って巨大な物が落ちてきます。

 ユリーシャは防御魔法を起動します。

 エリスセイラもそれに続きます。


「ジャマー!シールド!」

「ロックウォール!」

「リア様!セイラ!殿下とアルフィン様を連れてルゴサワールドへお急ぎください!ここはジュエリアがやります!

 ユリーシャ!全員の護衛をお願いします!ファ、ファ、ファ、ファ!」


 ルーンジュエリアは森の上に現れた巨人の体めがけてファイアー・ボールを連射します。

 体勢を崩した巨人ですが、それも長くはもたないようです。

 これにグローリアベルが攻撃を指示します。

 しかし四人が子供にしか見えないアルフィンは異議を唱えます。


「ユーコ、殿しんがりはまかせます」

「待ちなさい!あのトロールは強い!ジュエリア様お一人では無理です!」

「だから邪魔ですわ!ヒート・アップ!シザーズ・トライア‼︎」


 ルーンジュエリアはルーンジューシーに変身します。

 剣を止められた巨人は競り合いながらも話し掛けてきます。


「ほう。わしの剣を真正面から受けて捌くか。そこのエルフよりは楽しめそうだな。

 うおおおおお!」

「やはりあの時のトロールか」

「アルフィン!ジュエリア様だけではきつい!お前も参戦せよ!」

「は!大いなる神に居並ぶ輝きの柱よ、主神ソラより下りて我に有り、我が前を閉ざす全てを灰と化せ。ファイヤ・ボール」


 アルフィンの放ったファイアー・ボールは鍔迫り合いを続ける巨人に命中します。

 しかしこれにルーンジューシーも巻き込まれます。

 ひるんだ隙にトロールが押し勝ちます。

 ルーンジューシーの危機!

 グローリアベルはこれをファイアー・ボールで援護します。


「ち!ファ!」

「リア様、邪魔ですわ!早く連れて行ってください!」

「分かった!殿下、お早く!

 ユリーシャ!アルフィン様をお願い!」

「はい!」

「待て!ジュエリア様が!」

「殿下、ご安心を。この場にはわたくしも残ります」

「セイラ殿!二人では無理だ!」

「グローリアベル様!ユリーシャ!殿下達をお願いいたします!」

「セイラ殿ー‼︎」

「ユーコをお願い!ワープ!」「ワープ!」

「セタップ・ハイパーエム!グロー・アップ!」

「見せてもらおう。お前に何ができる!」

「エリス‼︎」


 地面に立つエリスセイラの頭上からトロールの大剣が振り下ろされます。

 一人残ったルーンジューシーは彼女が立っていた場所に向かって、親友の名前を叫びます。

 大地を断ち割るように振り下ろされた巨大な剣。

 巻き上がる土砂の中でそれが少しずつ持ち上げられていきます。

 収まりつつある土煙が薄れていく中でルーンジューシーは見ました。

 交差した両手首で大剣を押し上げている少女がいます。


「……ジューサー」

「お忘れでございますか、ルーンジューシー様。わたくしがルーンジュエリア様のすべてを望んでいる事を!」

「はっはっは。わしの剣打を腕で受け止めるとは面白い。お前たちがわしの相手をしてくれると言うのなら、褒美に逃げたやつらは捨て置いてやろう」

「その言葉。確かでございますね?」

「二言は無い」


 トロールは剣を引いて構え直します。


「ルーンジューシー様にご助力頂くなどとはもったいない。このわたくし一人でお相手いたしましょう」

「できるのかな?」

「無論でございます」


 エリスージューサーは腰に両手を当ててトロールの顔を見上げています。

 しかしこれを彼女の親友は否定します。


「駄目ですわ、エリスージューサー。奴は強い。ここは二人掛かりですわ」

「インベントリー、セクス・ユナイト!それはまず、一合打ち合ったあとでもよろしいかと。

 とー‼︎」


 ルーンジューシーの制止を振り切ってエリスージューサーは空間収納から長剣を取り出します。

 継ぎ目こそ見えませんがそれは六節剣です。

 日差しを反射して輝く権を振りかぶってエリスージューサーは飛び上がります。

 白銀の鎧を着たトロールはこれを迎えるように上段の剣を構えます。


「ぬかせー‼︎」

「待ったー‼︎」


 二人の振り下ろした剣が打ち合うかと思った瞬間、黒い影がその間に割り込みました。

 その男は右手の剣で六節剣セクス・ユナイトを受け止めます。

 左肩を前に回して羽織ったマントでトロールの剣を受けます。

 男とエリスージューサーは地面へ降り立ちます。

 着地した男はトロールを見上げて声を掛けます。


「ジャンボマックスの旦那。か弱いお嬢さん達に剣を向けるなんてお天道様が泣くぜ。ここは俺を相手にする事で我慢してはくれねーかな?」

「何者だ?貴様」

「は。俺は見ての通りの駆け出し冒険者だよ。名はバッドニュースベアーズ。気軽にバッドと呼んでくれていいぜ」


 ルーンジューシーとエリスージューサーは自分たちに背中を見せている男の後ろ姿を観察します。

 頭にかぶるのは黄色い網目模様で飾った緑色のヘルムです。

 背中に羽織るマントは両肩で止める丈の短い黄色いものです。

 短い袖とフードがついています。

 両手には小手のように大きな、装飾がない黄色い手袋をはめています。

 腰には黄色いさやの剣をたずさえ、細い黒革ベルトを巻いています。

 両足には紐も飾りもない黄色いブーツを履いています。

 服は着ていません、自前のこげ茶毛皮姿です。

 ルーンジューシーは熊獣人に声を掛けます。


「バッド。先程あいつの剣が背中を打った様に見えましたわ。お体は大丈夫ですの?」

「安心しな、お嬢さん。レーザーでなきゃ俺のイエロー雨ガッパは切れねえ」


 顔だけ振り向いた熊獣人はルーンジューシーにウインクをします。

 ですがルーンジューシーとエリスージューサーの顔色はよくありません。


「不安は不要よ。熊獣人のちからを見るがいい、あとぅとぅあとぅとぅあたー!」


 これに気付いた熊獣人は飛び上がってトロールに対して剣を振ります。

 その実力は二人に大きな口をたたくだけの事はあります。

 バッドニュースベアーズは空中でトロールの剣を受け、捌き続けます

 それを見守る二人は心の内を言葉にします。


「ルーンジューシー様。あの熊獣人、」

「ふみ。私にもじゅうへんに見えます」


 もしも彼が獣人であるならば人間種ですから魔石が体内にないので魔力は体全体を覆っています。

 対して魔人種なら胸にある魔石に魔力が集中しています。

 魔力が体中を覆い、魔石も体内に持っているのはじゅうへんの特徴です。

 百年の時を生き続けた動物がある日突然魔獣になる。

 あの男は獣人でも魔人種でもなく、そう言ったじゅうへんの一種である。

 二人はそう判断しています。

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