149 標23話 魔のソーラーシフト計画ですわ 6


 竜魔王国東部方面作戦司令本部を兼ねるのが水晶鉱石国家ガリアロデーズ要都レイザーリムにある征夷大将軍ポルターガイストの居城クリスタルアーバンです。

 今、彼の御前左右に立ち並ぶ常任将軍やオブザーバー出席のメイドたちの目を集めて一人の少女がポルターガイストに謁見していました。

 純白のワンピースドレスに銀長髪の少女は下座にありながらも玉座に座るポルターガイストを相手に譲りません。

 逆に上座のポルターガイストが押されています。


「伯母上。今、なんと言われた?」

「まだ耄碌もうろくする年齢じゃないでしょう?婿殿。

 もう一度言うわ。近日中に一度でいい。スターライト・シャワーを借しなさい」

「……駄目だな」

「なぜ?」

「当たり前だ。スターライト・シャワーは我がガリアロデーズの戦術兵器だ。個人に貸せる訳がない」


 少女の名はファイヤースターター・エマージェンシー・アルカディア。

 ポルターガイストの亡き妻チューリップフィーバーの伯母です。


「婿殿。私を誰だと思っているのかしら。ちゃんとその辺りの折り合いは考えていてよ。

 確かにスターライト・シャワーはこの国の戦術国防兵器ね。だけど緊急時に備えてその使用は大将軍である婿殿の判断で柔軟な判断が可能であり、これは天空魔竜大王陛下のこころもとにある。どこか違って?」

いな。間違いはない」

「つまり婿殿が許せば私はスターライト・シャワーを使える。私の言葉は正しくて?」

「正しい。確かにそれはあっている。しかしだ」

「まだ何かあって?」

「スターライト・シャワーの存在理由だ。それこそがスターライト・シャワーの使用権を他人にゆだねられない理由でもある。そもそも何故なにゆえに余がスターライト・シャワーを作ったのかと言えばだ、」

「ナイチェリア大陸の帆船艦隊を近づけないため。違ったかしら?」

「……知っていたのか」

「婿殿。私は貴方よりも年上のつもりよ?」

「ふむ」


 この世界は今、大航海時代の真っ最中にあります。

 船舶のおもな利用目的は輸送です。

 これは船だけではなく、全ての乗り物において共通する目的です。

 ここで障害となるのが魔獣や敵国、海賊の存在です。

 輸送を成功させるためにはこれらを排除しなければなりません。

 よく使われている対策が巨大船化であり、大艦隊化です。

 竜魔王国は南部にある港町スカラゲックと海峡を挟んで存在する隣の大陸に大帆船艦隊の存在を確認していました。

 竜魔王国自体はナイチェリア大陸と貿易を行なっています。

 しかし相手国が敵対視した有事への備えは必要です。

 その一つが反射型可視光光束兵器スターライト・シャワーです。


「伯母上。伯母上はあれを何に使うつもりか?」

「ソーラー・シフターの破壊」

「ヒューマに喧嘩を仕掛けるつもりか!今の一言で貸せない事が決まった様なものだ」

「この世界のために必要な事って言ったら、信じてもらえるかしら」

「日輪正教と開戦する事がこの世界に必要かな?先に教えておくが伯母上。スターライト・シャワーでソーラー・シフターの破壊は不可能だ」

「そうなの?」

「うむ。バオラ一世。あれはおそらく化け物だ。余の知識では太刀打ち不可能な存在の一人だ」


 かつて武者修行の旅と称して諸国を漫遊していたポルターガイストはルゴサワールドにも足を延ばしていました。

 そこで彼はソーラー・シフターのさいを見学しました。

 そしてその内容を考察、把握していました。


「婿殿にそうまで言わせるなんて、凄くてよね」

「ああ。違う時代に生を受ける事ができた余は果報者だ」

「そうなの……。困ったわね」


 ファイヤースターターは眉を寄せます。

 その思案顔にポルターガイストは心を動かされます。


「時に伯母上。何故ソーラー・シフターを壊そうとするのだ?」

「ちょっと常識が吹っ飛ぶような事があって、壊さないと困るのよ」

「ヒューマと戦争になるぞ?」

「ヒューマと戦ったって私は死なないわ」

「ふふふ。つまりだ。ソーラー・シフターが壊れないと伯母上が亡くなるのかな?」

「そうかも知れなくてよ?」

「ははははは。恐ろしい事を言う、伯母上。伯母上が死ぬのであれば余の命も危ういものだ」

「そうね。なにしろこの大地にソラが落ちて来るんだから」

「ソラだと?」


 この瞬間、ファイヤースターターは気配探知を最高レベルで発動していました。

 相手はポルターガイストだけではありません。

 この大広間の、自分の会話を聞く全ての存在が天文学の知識を持つかの調査対象です。

 疑念の声を上げたのはポルターガイスト、一人だけです。

 しかも大した戸惑いではありませんでした。


「ふむ、お日様が落ちて来るのか。それは大事おおごとだな。して、伯母上。それが何処どこであるかは判明しているのかな?」

「ウエルス王国、リーザベスよ」

「リーザベスか。隣の王都だな」


 竜魔王国東方にある水晶鉱石国家ガリアロデーズは峠一つを境にしてウエルス王国フォリキュラス辺境伯爵領と接しています。

 リーザベスへ太陽が落ちるのであれば我が国も他人ひとごとではない。

 これはこの世界の常識と照らし合わせても納得できる言いぶんです。

 ファイヤースターターは自分の意識を話に戻します。


「ところで伯母上。ソラが落ちたら伯母上の命が危ういとか、何処どこで聞いた話かは余に教えてもらえるものかな?」

「ん?パパよ?パパが教えてくれたの」

「パパ?伯母上の父君か?」

「そうだけど?なにか、疑念でも沸いた?」

「いや、なんでもない。そうか。父君か。会ってみたかったものだ」


 ポルターガイストは考えます。

 妻方の祖父に当たる伯母上の父君は地球からの転生者かも知れぬ。

 だが当の昔に亡くなっていたな。

 今はおいておこう。


「伯母上。伯母上の言葉はソーラー・シフターを破壊せねば奇想天外な天変地異が起きる、と言う意味で良いのだな?」

「ええ、そうね。正しくてよ」

「そうか。ふふ、」


 ポルターガイストは笑います。

 そして心を決めます。

 伯母上の父君を信じよう。


 そんな大将軍に少女は語り掛けます。


「婿殿はソーラー・シフターを見た事があって?」

「昔……旅をしていた頃に一度だけある」

「ではソーラー・シフターの中身をご存じなのかしら」

「荷電粒子変換システムの事か?」

「荷電粒子変換システム?」


 ポルターガイストは顎に手を当てると、しばしの瞑想にふけります。

 顔を上げると話を続けます。


「うむ。さいでソラに奉げられた贄の生命せいめい、すなわちオーラのちからは石舞台の地下にいるエンシェントトレントに吸収される。それがスーパーサイコエネルギーとして変換放出されるのだが、」

「待った、婿殿。今、宇宙樹がどうしたこうしたと聞こえた気がするのだけれど?」

「ああ、分け木だ。挿し木らしい」

「宇宙樹の?」


 フルフェイスの兜を被っているので表情を確認することはできません。

 けれどもファイヤースターターは相手が笑みを浮かべていると確信します。

 笑う理由はおそらく一つね。笑うしかできる事がないほどに奇想天外な話だからだわ。


「根付いたと言う事は正規の手続きで譲り受けたと言う事であろうな」

「宇宙樹を?どうやって」

「だから言っているであろう。バオラ一世は化け物だ」

「分かりました。

 婿殿の言っている言葉の意味がようやくはっきりと分かった気がするわ」


 この言葉を受けてファイヤースターターは一つ息をきます。

 しばしのしじに最前列の将軍が声を掛けます。


「マジカルプリンス。よろしいでしょうか?」

「なんだね?」

「お話もたけなわになったと推察します。いかがでしょう、奥様のお部屋で続きをなされては」

「余は構わぬ。伯母上はいかがかな?」

「チューリップの部屋ですか。婿殿に差し支えなければ希望するわ」

「妻の伯母上をご招待することになんの障害があろう。では参ろうか」

「ええ。エスコートをお願いしてよ。お酒は忘れないでね」

「うむ」

「は!」


 ファイヤースターターは玉座を降りて自分に歩み寄るポルターガイストを見つめます。

 情報よ。情報が必要だわ。

 なんでもいいからソーラー・シフターについて思い出してもらわなきゃ始まらなくてよ。


 退場の音楽は運命交響曲第三楽章です。

 今日の会話でファイヤースターターへの疑惑が再燃したポルターガイストはこう考えていました。

 もしも伯母上が転移者か転生者であるならば、この有名な交響曲を知らない訳がない!

 けれどもその目論見はもろくも崩れます。

 十一歳で地球世界を退場したファイヤースターターはこの曲を知りません。




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