147 標23話 魔のソーラーシフト計画ですわ 4


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 五月某日、陽が落ちた時刻です。

 領都セントラルアイラにあるセントラルアイル子爵邸でルゴサワールド公王国のバンセー第一王子とウエルス王国総軍元帥サンストラック伯爵の非公式な会見が始まろうとしていました。

 すでに二人は幾度となく話し合いの場を持っています。

 今回はルゴサワールド魔法騎士団アルフィン筆頭上席の同席によって新たな事実が判明するかどうかが鍵になっています。

 翌朝にはルーンジュエリア、グローリアベル、エリスセイラ、ユリーシャの四人がバンセー、アルフィンを同行して先遣隊として出発します。

 つまり時間的に見ると六人にとっては出発前最後の会合となります。


 会見の場に選ばれた広間は重苦しい空気に包まれています。

 緊張の糸が張り詰めています。

 メイドたちが出席者の前に紅茶とお茶菓子を並べていきます。

 人数分、出揃ったところでサンストラック側毒見役としてエリスセイラがお茶菓子を食べようとします。

 しかしそれよりも早くルーンジュエリアはそれを口にします。


(今日のお茶請けはあんドーナツですわ。ジュエリアはこれをリヴリの挑戦状と判断しますわ)


 お嬢様は自分の従兄に目を振ります。

 すると、笑みを浮かべる彼と目が合いました。

 あんドーナツを一口で頬張ったお嬢様は口の中で数回それをかみ砕きます。

 驚きで一度大きく目を見開くと再び数回口の中のものをかみ砕いて飲み込みます。

 二つ目を頬張ると目を閉じてゆっくり味わいながらそれを飲み込みます。

 そしてお嬢様は言いました。


「ぎゃふん」

「ほう」


 それを見届けたリヴリフウテンは嬉しそうにうなずきます。

 椅子の上で向きを変えて席を立ったルーンジュエリアはサンストラック伯爵の元へと歩みます。


「お父様、申し訳ございません。中座いたします」

「ん?うむ。急げよ」

「ふみ」


 トイレにでも行くのだろうと考えたポールフリードはこれを許します。

 出口に向かうルーンジュエリアはリヴリフウテンの前に置かれたお茶菓子の皿を持ち上げます。


「もらいますわ」

「どーぞぉ」


 リヴリフウテンは楽しそうにそれを認めます。

 テーブルに座る者たち、その背後に控える騎士たちは疑問の表情を浮かべます。

 とりわけルーンジュエリアを信奉するエリスセイラの狼狽は大きなものです。

 いつもは嫌うグローリアベルに伺いを立てます。


「あの。ルーンジュエリア様は、如何いかがなされたのでございましょう」

「ん?ああ。そうねー」


 これに対して侯爵令嬢はのんびりとお茶菓子を食べながら答えます。


「エリスもこのドーナツを食べなさい。あなたなら分かるでしょ」

「ドーナツでございますか?」


 男爵令嬢は毒見をしようとしましたがルーンジュエリアにその役を取られました。

 ですからまだあんドーナツを食べていません。

 グローリアベルに促されるままに口に入れると咀嚼します。


「これは……。これはまさか『トゥルー』ではございませぬか?」

「エリスもそう思うんだ。わたしとエリスがそう思うなら、ユーコも当然そう思うわよね」

しかりでございます」


 二人の声が聞こえたのかリヴリフウテンがエリスセイラに話しかけます。

 身分の都合上、侯爵令嬢に話しかけることはひと手間てまが必要ですが男爵令嬢が相手なら問題ありません。


「ほう。エリスも『トゥルー』を知っていたか」

「はい、リヴリフウテン様。これは『トゥルー』で間違いございません」

「うむ、そうだろうそうだろう」

「リヴリフウテン、見事です。このわたし、グローリアベルがこのあんドーナツに『トゥルー』の称号を授けます」

「ありがとうございます。謹んでお受けいたします」


 リヴリフウテンは席を立つとみぞおちの高さに右腕を当てて頭を下げます。

 周りの一同は意外な成り行きに理由も分からないままに驚きます。

 それはともかく、エリスセイラの気になるところは別にあります。


「はたしてルーンジュエリア様はどこに行かれたのでございましょう」

「ん?あんドーナツを持って退室したのよ?ユーコが行くところなんて一か所しかないじゃない」


 グローリアベルはお茶菓子の口直しに紅茶を楽しみます。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 サンストラック伯爵領領都ホークスにある自宅へルーンジュエリアは帰宅しました。

 すでに辺りは暗くなっていますが、さすがに自宅は間違いません。

 危うげもなく地面近くでワープアウトして静かに下り立ちます。


「グランブルはいますの?」

「はい、お嬢様。ここにおります。

 どうなされましたかな?セントラルアイラへ出立されたと聞いておりましたが?」

「グランブルに用があって抜けてきましたわ」

「お嬢様にとってはセントラルアイラも隣の家ですな」

「ふみ?お隣の領ですわよ?」

「して、私にご用とはなんでしょう?」

「これですわ」


 サンストラック邸の調理室に現れたルーンジュエリアは料理長グランブルに小皿を差し出します。

 そこに乗っているのは二つの茶色い玉。

 セントラルアイル子爵邸で出されたあんドーナツです。


「これは?」

「食べなさい」

「……?いただきましょう」


 グランブルは差し出されたお菓子の皿を受け取ります。

 これは、もしや。

 ルーンジュエリアがわざわざ自分にこれを持ってきた。

 その事実から当たりを付けて試食します。

 果たしてそれは彼の推測通りのものでした。


「お嬢様。これが『トゥルー』ですな?」

「ふみ。ジュエリアはそう判断します」


 グランブルはもう一個を試食します。

 その彼に向けてお嬢様は復習します。


「あんドーナツはおにぎりや握り寿司と通じるものがありますわ。握り寿司最大の魅力は口の中でばらけることなく混ざりあうシャリとネタの一体感です。ではあんドーナツにとって餡と皮の一体感とはどの様なものか?その答えの一つがこのあんドーナツ『トゥルー』ですわ」

「ふむ。皮はあんぱん、焼き饅頭の様に固く餡はねっとりしていますな。それでいて皮と餡に境い目がないのでがれて分離する事はなく、口の中の唾液でドロドロに溶けた餡が固い皮の欠片に隙間なく絡み付く。

 セントラルアイルの料理長には脱帽ですな」

「グランブル。これが本物、つまりほんま物のあんドーナツ。究極のあんドーナツ『トゥルー』の称号を受けるにふさわしいと言う事で二人の見解は一致しましたわ。

 今回はセントラルアイルに負けましたが次はサンストラックの番ですわよ?」

「かしこまりました。このグランブル、『トゥルー』の再現と次なる至高のあんドーナツ開発に尽力いたします」

「期待しますわ」


 ちょうどその時、お嬢様の頭の中へグローリアベルからの長距離念話が届きます。


(ユーコ、いる?)

「ふみ?コレクト」

うちに帰ってグランブルと会っているの?)

(ですわ)

(やっぱり……)


 お嬢様は侯爵令嬢のため息を感じ取ります。

 ジュエリアは何か、しでかしましたの?

 考えますが何も思いつきません。

 しかしその理由はグローリアベルの次に発した言葉で判明します。


(さっさと帰ってきなさい!サンストラック伯爵がお怒りです!)

「ふみー!

 ではグランブル。ジュエリアはセントラルアイラへ戻りますわ」

「お気をつけて」


 ルーンジュエリアは今回の斥候部隊の主力戦力です。

 お嬢様は自分の立場の重要性に気が付いていませんでした。




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