141 標22話 危機を招く脱走者ですわ 3


 太陽は南の空に高く輝き、二つのソーラー・シフターの中央にあります。

 左右の石舞台を見下ろすコントロール・タワーの広場の端に立った大神官大主教は空を見上げます。

 両手を斜め左右にかかげ、さいの開始を表明します。


いーのーちーさーさーげーよー!」


 その言葉を受けてそれぞれの石舞台ではキクロップスの大男たちが計二頭のワイバーンをソラに捧げます。

 いつもなら羊の四肢を縛り付けていた石の台はワイバーンには小さすぎました。

 首と羽と尾がだらしなく垂れ落ちています。

 少しばかりの時間をおいて石舞台はゆっくりと輝き始めます。

 二つの石舞台中央に置かれたワイバーンから光束が立ち上り、天上へと向かいます。

 それぞれの光束は各々のソーラー・シフター全体を包み込む大きさへと膨らみ、太陽へと放出されます。

 今まではバオラ十三世が使っていた椅子に座るナリアムカラ、――バオラ十四世はソーラー・シフトビームが天空へと消え去るのを見届け満足そうにうなづきます。

 さいを終えたトリスタンはバオラ十四世へと向き直ります。


「バオラ様。ソーラー・シフトの運行路修正、最初の儀式が終わりましてございます」

「見事ですトリスタン。して。貴方は今後の予定をどう考えますか?」

「ではソーラー・シフト運行路修正の手順をご説明いたします。

 バオラ様もご存じの様にワイバーンの魔力、すなわちハイパーオーラをソーラー・シフターの荷電粒子機構で変換増幅いたします。これをソーラー・シフトビームとしてソラ目掛けて放出する事でソーラー・シフトの運行路に対して修正を行なう事ができる訳です。ですがソラとは主神のいくさしゃでございます。その運行軌道に対して補正を行なうのですから十分に安全な手順を踏まなければなりません。

 このため、ワイバーン二頭を使ったソーラー・シフトビームでは必要魔力量の二十分の一程度の補給が限界だと推測されます。また安定した軌道補正のためには中三日間の休憩が必要となっており、つまりソーラー・シフトの運行路修正には本日の分を含めてワイバーン四十頭と七十七日間が必要となりましょう。

 最後のさいが終わると同時にソーラー・シフトの運行路は変更となる手筈です。よってリーザベスにソラが落ちるのは更に二百八十八日後。落ちてきたソラはリーザベスのみならずウエルス王国そのものを焼き尽くすでございましょう」


 額の汗を拭きながら行なったトリスタンの説明が終わります。

 ナリアムカラは組んでいた腕と足を外して立ち上がります。

 ソーラー・シフターを見下ろせる広場の端まで歩み寄り、そしてトリスタンへ振り返ります。


「同意します。私の計算でも一回のさいでソラへ送る事ができるハイパーオーラは二十分の一が限界でしょう。

 親愛なるトリスタン。ポリペーモスには私から話を通します。この予定を守ってください」

「ははー」


 左手のひらを胸に当て、右手で大きな丸を載せた十字を切るトリスタンを横目にしてナリアムカラは一つ目の巨人を見上げます。


「親愛なるポリペーモス!聞いての通りです。捧げものの確保は頼みます」

「バオラー!結果を楽しみにしておるぞ!」

「期待には応えましょう。三百六十五日後をお待ちください。ふふ」


 ナリアムカラは目を閉じて太陽へと顔を向けます。

 燦々と降り注ぐ日差しは暖かな恵みを大地とそこに生けるものたちへ施し続けています。

 自分の背後に近づく気配を感じ取ったナリアムカラはそのままの姿勢で話しかけます。


「親愛なるトリスタン。貴方はハイパーオーラを荷電粒子機構で変換する、それが具体的に何をどうしているのか知っていますか?」

「申し訳ございません。恐れながら、まったく存じません」

「恐れ入ることはありません。私もまったく知らないのですから」


 そう言ってナリアムカラは目を開いて二つの石舞台を見ます。


「初代聖女に最も近い聖女。かの英傑聖女メッセージを超えた聖女。人にそう言われようとも私自身は自分の何処どこが初代聖女に近づいているのか、見当もつきません」

「バオラ一世は神の住む世界より遣わされた神子みこであったそうでございます。神の子ゆえに長じて神になられたとか」

「自分で使っておいてなんですが、初代聖女の編み出した魔法術の数々はまさに奇跡ですね。呪文を読めば何をしているのかは分かります。ですが、何故そうなるのかをまったく理由が理解できません」

「理解できずともよろしいのではないでしょうか?それができるだけでバオラ様は、バオラ一世に最も近い聖女でございます」


 そんな会話を続けるトリスタンとナリアムカラです。

 これを見守る日巫女ひみこや操騎士、聖騎士たちの陰に隠れて、二つの人影があります。

 第一王子バンセーとアルフィンです。

 二人はほかの者たちに気付かれないように、向き合わず小声で話をしています。


「アルフィン。俺はサンストラックへ行こうと思う。お前はどうする?」

「殿下。魔人たちがどう動くか分かりません。この状況での早計な決断はおやめになり、時期を見計らうべきかと」

「だがソーラー・シフトが実行可能だと分かった今、悠長な事を言っている暇はない」

「すでに御意は決しているのですね?では、もしもの時はお一人だけでも走られますか?」

「アルフィンよ。ウエルス王国滅亡と言われる日まで、あと三百と六十五日。あと三百と六十五日しかないのだ。悩んでいる時間はないぞ」

「判りました。ならば殿しんがりは私にお任せください」

「頼む!」


 二人はコントロール・タワーの側面として積み上げられた石段を駆け下ります。

 ですがこれに逸早いちはやく気付いた存在がありました。

 キクロップスの巨人ポリペーモスです。

 彼は自らの横に生えていた庭木を引き抜くとバンセー目掛けて投げつけます。

 自身の盟友であるナリアムカラの名を呼び、注意を喚起します。


「バオラー!」


 ですがそれは届きません。

 ポリペーモスの投げた庭木はナリアムカラの投じた錫杖で撃ち落とされます。


「バオラー!何をする!」

「親愛なるポリペーモス。彼はあれでも我がルゴサワールドの次期公王です。貴方方は手出し無用です。こちらにお任せください」

「やって見せよ!」


 ポリペーモスに一礼したナリアムカラは操騎士たちに体ごと振り向きます。

 すると騎士たちの中の一人、ハニービーが彼女に上申します。


「ナリアムカラ様。二人はウエルスへ向かったのではないでしょうか?わたくしに殿下の保護をご命じ下さい!」

「放っておきなさい」

「しかし!」

「そうですね。バンセーの身に万が一があっては私が困りますか。親愛なるハニービー。それは私がやります。

 親愛なるチャリアット」

「は!」

「ウエルス王国にも戦う力はあるでしょう。もしもウエルス王国の者たちが我が国に進攻してくるなら対応が必要です。貴方を迎撃指揮官に任命します。ソーラー・シフターを守りなさい」

「御意のままに」


 ナリアムカラは広場の端に立ち、走り去る二人の背中を見つめます。


「他国の民を守るために命を懸ける王子がいる。そんな王子を守るために命を懸ける臣下がいる。様々ですね」


 バンセーはルゴサワールド次期公王です。

 アルフィンは彼を守るために必要な存在です。

 ですがそれ以外は必要ありません。

 来るなら来なさい、ウエルスの兵よ。

 貴方方は祖国より少し先に死ぬだけです。


 ナリアムカラはなんちゅうのソラに対してひざまづきます。

 そして左の手のひらを胸に当てて、右手で大きな丸を載せた美しい十字を切りました。

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