120 標19話 お姉ちゃん育成計画2ですわ 1


 ウエルス王国王都リーザベス中心部に国王アルブデュラー・オブ・チャーチカル=ウエルスの住む王宮グースベリー宮殿はあります。

 その南側に建つ執務宮カーラントかーりんず宮殿にある謁見の間では貴族たちの立ち並ぶ中で、国王アルブデュラーの引見いんけんが行なわれていました。

 謁見しているのはフレイヤデイ侯爵プロムナード・オブ・メインルーチン、要するにグローリアベルの父親です。

 広間は重苦しい雰囲気に包まれており、国王、王妃、宰相や警備の騎士たち、立ち並ぶ貴族たちの顔色は優れません。

 そして室内にいる全員のまなざしが広間中央にひざまずくフレイヤデイ侯爵と付き従う銀髪の少女に注がれています。

 国王は大きな溜め息をくと、今までの内容を確かめる様にこれまでの内容を繰り返してその正否を促します。


「プロムナード。我が国にアルカディアが侵入した事は間違いないのだな?」

「御意」

「そしてお前と妻たち、及びフレイヤデイ騎士団、フレイヤデイ魔法騎士団が討伐を試みたが返り討ちにあった。これも事実なのだな?」

「その通りでございます。申し開きのすべがございません」

「ザラタンの脅威が去ってまだ七日。何故にこうも不幸が続くのだ」


 国王はたった今報告を受けた脅威の侵入を嘆きます。

 年明け早々に巨大海亀ザラタンが上陸して王都リーザベス壊滅の危機が訪れたのはほんの一週間前です。

 この事件はルーンジュエリア、グローリアベル、ユリーシャの活躍で未然に防がれたのですが、真実をそのまま伝えたのでは荒唐無稽すぎて誰も信じることなどありえません。

 ですから三人は口裏を合わせて真実をゆがめました。

 曰く、「ザラタンを鬼にして追い駆けっこをしましたわ」。


 これに頭を痛めたのがサンストラック伯爵とフレイヤデイ侯爵です。

 巨大海亀ザラタンを誘導していたかに見えたアースウォールはザラタンの巻き起こした土煙です。

 そう言ったところで誰が信じるのかと。

 しかし事実は曲げられました。

 実際にザラタンの通った跡を調査してみると存在するのは巨大なわだちとも呼ぶべき丘だけです。

 ならばアースウォールに見えたのは目の錯覚だったに違いないとの結論が国王へ報告されました。


 それはさておき、ファイヤースターターとの親交を深めたルーンジュエリアは悩みます。

 ウエルス王国では魔族の入国が禁止されています。

 もしもファイヤースターターの存在がばれたならばサンストラックに謀反の意志ありと判断されます。

 どうすればいいんですの?

 これにグローリアベルが尻拭いを申し出ます。


「ユーコにまかせたら今よりひどい事になるのは目に見えてるじゃない!わたしが預かります!」


 と言う流れでファイヤースターターの身柄はフレイヤデイ邸での預かりになります。

 魔族を住まわせているのではなくて、魔族に住居を占拠されていると言う筋書きを書き上げます。

 真実味を肉付けする為にフレイヤデイ魔法騎士団が総力をもって対戦しましたが、彼女に勝つことはできませんでした。

 本日ただ今、フレイヤデイ侯爵はこれを国王に報告する為の謁見を行なっている真っ最中です。

 王妃が口を開きます。


「フレイヤデイ侯。貴方の見立てではどう対処する事が望ましいと考えますか?」

「恐れながら王妃陛下。脅威となる魔族は一刻も早く打ち滅ぼすべきかと」

「だがプロムナードよ。お前が勝てなかった相手なのだよな?」

「御意。わたくしの力不足は隠せません」

「フレイヤデイが勝てぬ魔族に誰が勝てると言うのだ?」

「フォリキュラリス辺境伯爵に命じるのもいっかと」

「駄目だ。奴には国境を守る役目がある。無闇にこれを動かすべきではない。

 ポールフリードはどうだ?」

「誉れ高き総軍元帥と言えども所詮は指揮官。一騎当千のアルカディアと闘うには分不相応を否定できません」

「ではフォリキュラリスでも同じではないか」


 フォリキュラリス辺境伯爵領はウエルス王国最西端のさんちゅうです。

 その広さは広大で、主に一領地で隣接する竜魔王国との国境を警備していると言って過言ではありません。

 ゆえに国王としてはフォリキュラリス辺境騎士団を動かす気はありません。


「ところで……、そのアルカディアの目的は何だ?」

「陛下、目的とは?」

「何をしにウエルスへ来たかだ。その目的次第では監視のみでも構わぬかも知れぬ」


 その吸血種が竜魔王国魔族軍の先兵として来たのであれば王都リーザベスではなくフレイヤデイ領へ赴いた理由は何でしょうか?

 国王アルブデュラーはこれを不思議に思います。


「成る程。それはもっともな御判断。陛下、確認の為にしばしの時間を頂けますか?」

「うむ」


 フレイヤデイ侯爵は後ろに付き従う銀髪の少女と小声で打ち合わせをします。

 国王と王妃は初めて目にする少女に気を魅かれます。

 あのフレイヤデイ侯爵の参謀をするのだから若くても有能であろうと考えます。


「陛下。くだんのアルカディアの目的は人捜しでございます」

「何?人捜しだと?」

「フレイヤデイ侯。それは確かですか?それが事実ならば、かの吸血種は誰を捜しているのでしょう?」

「王妃陛下。尋ね人は十年前に行方知れずとなったローパー王家の姫です。竜魔王国ではその探索に力を注いでおり、東部方面辺境探索にはのアルカディアが参って来たと言う所の様です」

「ローパーの姫……」「ローパーに王家があるのか……」


 控える貴族たちの間からどよめきが起きます。

 それを意に介さず、フレイヤデイ侯爵プロムナードは言葉を続けます。


「陛下。魔族の寿命に比べれば短いとは言え、我がウエルス王国にも誇るべき歴史があります。のアルカディアの闊歩を許すべきではありません」

「うむ。だがプロムナードよ。お前ですら負けたのであるな?」

「面目次第もございません」


 頭を下げるフレイヤデイ侯爵が言葉を切ったのに合わせて玉座前に控えていた宰相が声を上げます。


「陛下、よろしいでしょうか?」

「なんだ?ウインチェスター」

「仮にも相手はフレイヤデイ侯爵騎士団を退しりぞけた魔族です。戦わずに黙殺するのもいっかと」

「ふむ。お前はそう考えるか?」


 宰相ウインチェスター・オブ・フェアラム=アンドゥーバ公爵の進言を受けた国王はあごの下に手を当てて考えます。


「ウインチェスター。そのアルカディアの行動を目こぼしたとしてどうなる?」

「こう申してはなんでしょうが、敵対した筈のフレイヤデイ侯爵は未だ健在です。これはの者が我らを相手にしていない証拠と考えます。

 それを根拠に藪を突かねば蛇が出て来る事はないのではないかと愚考します」

「プロムナードよ。これがウインチェスターの判断だ。その方向から見たお前の意見を聞きたい」

「アンドゥーバ公爵のご懸念もごもっとも。確かに奴と戦うのであれば大勇者ノート、あるいは同程度の戦力は必須でしょう。

 陛下。確認の為に今しばらくの時間を頂きたく思います」

「うむ、良かろう」


 フレイヤデイ侯爵は、再び後ろに控える銀髪の少女と小声で打ち合わせます。

 貴族たちの目が二人に集まります。


「陛下。確かにのアルカディアには我らと敵対する意思はない様です。理由としましては行方知れずの姫探しが何よりも優先される事だとのことです」

「うむ、余はプロムナードの言葉を信じよう。

 ところで先程よりそなたの参謀をしている令嬢がいるな。彼女を余に紹介してはもらえぬかな?」

「この者を、でございますか?」

「うむ。そなたもそれを意図しているからこそ引き連れて来たのであろう。何よりもその令嬢はの魔族に対する情報をそなたよりも詳しく知っていると見た。

 話を聞く為にもそなたからの紹介が必要だ」


 王の言葉にフレイヤデイ侯爵はうなづきます。


「左様でございますな。この者はわたくしの知る中で今現在の竜魔王国の動きについて最も詳しく知る者でございます。名はファイヤースターターと申します。

 ファイヤースターター。国王陛下、王妃陛下に対してご挨拶をせよ」


 侯爵の言葉に銀髪の少女は立ち上がります。

 一歩前へ出てフレイヤデイ侯爵のすぐ後ろに立つと純白のドレスをつまみます。

 アルブデュラーは少女の礼を見下ろします。

 片手でスカートをつまむのはウエルス王国の礼ではありません。

 公式の場でそれをするのですから、少女が異国の者であると確信します。


「国王陛下並びに王妃陛下におかれましてはご機嫌麗しく、これを至上の喜びと感じます。只今ご紹介を頂きました様にその名をファイヤースターター・エマージェンシーと申します」

「うむ、直答を許す。そなたの知っている事を教えよ」

「かしこまりました、陛下」


 ファイヤースターターはつまんでいたスカートから指を放し、折っていたひざを伸ばすと顔を上げました。

 見掛け十一歳の美しい少女は立ち並ぶ貴族たちの目を集めます。

 その清楚な美しさに息をのんだのか、「おもてを上げよ」の言葉もなしに顔を上げたことに対する非難のヤジが起きません。

 凛とした気高さを持つ少女に対して国王アルブデュラーは、驚きの表情を現わしながらも質問を始めます。

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