119 標18話 ルーン対ユリーシャ対グローリアですわ 13


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




わーれの名はクローバーフィールド。高貴なるファイヤースターター様が冥界に待機せし、勇士ゆーし達を統率せし者なーり。

 若きヒューマよ。お前が今代こんだいの勇者である、かー?われの前に……滅びるが、良ーい!」

「へえ。言ってくれるじゃない。じゃあ、お言葉に甘えて滅びようかな?お前がな‼︎」

「インベントリー!」


 勇者クチョウは剣を振りかぶってクローバーフィールドへ振り下ろします。

 それに対して吸血鬼は空間収納から一本の黒くて細い棒を出しました。


「弱ーい!」

「俺の剣を受けやがった……」


 吸血鬼は棒の様に細く折り畳まれたコウモリ傘を使って勇者クチョウの剣を受けます。

 その傘の持ち手部分は鉤型かぎがたに曲がっており、クローバーフィールドはその握り部分を正しいステッキの持ち方で掴んでいます。

 握りの先を相手に向けた持ち方は杖の握り取っ手に無理な力が掛からず、杖が壊れる心配のない持ち方です。

 クローバーフィールドは自身の傘でクチョウの連打を軽々といなし続けます。


「弱い、弱い、弱ーい!」

「くそッ!くそッ!くそーッ!」


 勇者と吸血鬼の形勢は逆転したままです。

 勇者クチョウはクローバーフィールドの振り下ろす傘を受け止めるだけで精一杯です。


よわー、いぞ勇者よ。これで、とどめだー!」

つええ。あんた、やっぱ、つええ」


 さすがの勇者も次の一手を見つけられません。

 相手が振り上げた傘を見上げるだけです。

 その時、一陣の風が二人の間を吹き抜けました。


「邪ー魔だー!」

「うぐぅ、バカなぁ……」

「なん、だ?」


 クローバーフィールドの胸に大きな穴を明けた疾風しっぷうはクチョウの左頬をかすめて飛び去り、大きく弧を描いて戻ってくると勇者の肩に止まります。

 全長五十センチメートル程の大きな青い鳥はまず頭の羽毛を大きく膨らまします。

 次いで体の羽を大きく膨らませます。

 吸血鬼クローバーフィールドは前のめりに音を立てて倒れます。

 その背中には胸へと続く大きな穴が開いています。

 クチョウは相手の死を確認すると肩に止まった青い鳥に話しかけます。

 黄泉路を越えて現世に舞い戻り、吸血鬼を一撃で亡ぼした魔鳥。

 危険な相手であることは間違いありません。


「なんだい、お前は?」

「俺様だろか?俺、ガイルと呼んでくれ。見ての通りただの可愛い幸せの青い鳥だ。ホーホケキョ、ケキョ、ケキョ、ピピピピピ」


 勇者の肩で青い鳥は鳴き始めます。

 その頭頂部には一枚の冠羽があります。

 勇者が左上腕を水平に上げると大きな青い魔鳥は腕の方へ移動します。


「ガイル。お前、ハーピーだろ?雄とは珍しいな。何を呼んでいる?」

「ピピピピピ。上を気にした方が良いぞ。門が壊れるからな。ホーホケキョ、ケキョ、ケキョ、ピピピピピ」

「なんだって?」


 轟音とともに左右のいしとびらの、それぞれの中央に大きな穴が開きます。

 二つの巨大な火球は山地を越え、山の裏側の先に存在する海まで届く勢いで飛んでいきます。

 扉が砕けた大きな岩塊が勇者の周りに落下します。

 ですがその程度であれば勇者の障害にはなりません。

 クチョウは紙一重でそれをよけます。

 そんな事よりも問題は今の火球です。

 勇者はハーピーに声を掛けますが、それは答えを求めている訳ではありません。

 ただ、勇者でさえ驚く様な攻撃だっただけです。


「あれは……、ファイアーキャノンか!」

「そうだ。俺様の盟友バトルシップのブラスターブレスじゃ」


 扉の中央に開いた二つの穴からブロントサウルスを思い出させる首長竜の頭が顔を出します。

 そして勇者の上腕に止まる青い魔鳥を見つけて怒鳴ります。

 本人たちには怒鳴っているつもりはないのでしょうがその声は門の周りの雪原に響き渡ります。


「「ガイル。扉を壊すぞ、そこを退けい!」」

「おう!」

「双頭三脚連邪だってえ?巨大どでかすぎる!」

「そうだ。俺様たちのキャプテン・セブンスシーの従魔であるドラゴン戦艦、巨大メガザウルスゆうバトルシップが八百年振りに現世げんせいに帰還したんじゃ!」


 勇者クチョウはなすすべを持ちません。

 相手の巨体に気後れしてしまいます。

 そうこうしている間にも扉が壊れたエアメスの門は下方から消え始めます。

 これに青い魔鳥は焦ります。


「急げバトルシップ。門が消える!」

「「慌てるなビガイルド。テレポート・エーション」」

「待て!」

「ピピピピピ。勇者よ、また会おう!」


 続け様に六発ずつのブラスターブレスがそれぞれの扉を突き抜けました。

 いしとびらの下半分が完全に破壊されたエアメスの門を四つん這いで進むバトルシップが通り抜けます。

 それと同時に自分が作った転移魔法術のゲートをくぐる様にその体が消えていきます。

 青い魔鳥は盟友が背中に背負っている甲板の上に降り立ち便乗して転移します。

 今の勇者にはそれを止める力がありません。


「ビガイルドだって?二百年前にノートが倒した筈の、あのビガイルドか?

 やらかしちまったぜ」


 エアメスの門は消えていきます。

 くろがねの勇者はそれに背を向けて歩き出します。

 ビガイルド・オブ・デザイア=アウォーケンフェザーヘッド。

 ハーピー族の真の王を名乗る魔獣です。

 魔族の強さとその身分は一致しています。

 族王を名乗る魔獣はその種族中で最強を自負していると言って過言ではありません。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ルーンジューナは両腕を振り上げます。

 まるでその反動を利用するかの如く飛び上がります。

 そして数度の空中回転ののちに飛び降りてきます。

 着地ポイントに立つのはグローリアジューシーです。

 飛び蹴りで自分を狙ってくる?

 ルーンジューナのまさかの行動に彼女は逃げるのが遅れます。


「え?」

「ダブルキーック」「おーっほっほっほっほっほ」


 飛び降りてきたルーンジューナの陰に隠れてゴーレムジュエリアも飛び降りてきます。

 グローリアジューシーは二人の飛び蹴りを交わす事ができずに、その直撃を受けます。

 吹っ飛び、地面を転がりますが隙を見せてはまずいと慌てて上半身を起こします。

 ですが左右の襟をルーンジューナとゴーレムジュエリアに、それぞれ両手でつかまれます。

 そのまま背中から倒れる二人に引き起こされます。

 受ける技は二人掛かりの巴投げです。


「まずい!」

「二段ダブル投げ」「おーっほっほっほっほっほ」


 グローリアジューシーは背中から投げ飛ばされます。

 しかし何故か二人は襟元をつかんだ両手を放しません。

 寝転がったまま両足で一度地面を蹴るとグローリアジューシーをつかんだまま飛び上がります。

 一塊になった三人は惰性で一度回転します。

 空中でもう一度巴投げを受けたグローリアジューシーは受け身をとれずに背中から落ちて気を失います。


「ガハマ!逃げろ!」

「うおっ‼︎」


 次に狙われたのは勇者ガハマです。

 先程のグローリアジューシーと同様に、左右に立つ二人組に両腕を取られます。

 体をひねったルーンジューナとゴーレムジュエリアが繰り出す技は二人掛かりの背負い投げです。


「二本背負い」「おーっほっほっほっほっほ」


 ガハマも受け身をとれません。

 背中から大地に投げ落とされます。

 そのガハマに二人は飛び込む様に覆いかぶさります。


「黒潮ダブル崩し」「おーっほっほっほっほっほ」


 ルーンジューナとゴーレムジュエリアはガハマの襟を放しません。

 まるで無限に前転を続けるかの如く巴投げを掛け続けます。

 ガハマはなん度も頭を地面に叩き付けられて失神します。


 二人の攻撃を目にしたイドは、油断なく剣を構えます。

 しかしその剣をルーンジューナは蹴り上げます。

 空へ向かって飛び去った剣はそのまま小さく消えていきます。

 得物を失ったイドは左右の襟を二人につかまれます。


「津波ダブル落とし」「おーっほっほっほっほっほ」


 イドは巴投げで空高く放り出されます。

 二人はそれに続いて飛び上がると、足首をつかんで顔から大地にたたきつけます。

 さらに二人掛かりで左右の足をつかんで振り回します。

 そのまま後頭部から地面に叩きつけられたイドは気を失います。


「なめるなー‼︎」


 左右に立つ二人と向かい合い、両腕を取られたノートは今見たばかりの背負い投げを警戒します。

 初見だったとは言えガハマが敗れた技です。

 これを甘く見る訳にはいきません。

 ノートは両腕をつかまれた態勢のままで、引き倒される事を用心します。

 しかし二人は大きくしゃがみ込むと体を使ってノートの腰を掬い上げます。


「天地ダブル返し」「おーっほっほっほっほっほ」


 ノートが受けた攻撃技は連続する体落としです。

 いかに大勇者ノートでも空中であらがう事はできません。

 投げられた先にはすでに二人が先回りしています。

 まるでお手玉の様に何度も空中高く投げられ続けたノートは高速でスピンした状態のまま投げ出されます。

 ゴーレムジュエリアは真横に右手を伸ばします。


「やりなさい、ゴーレムジュエリア」

「おーっほっほっほっほっほ」


 その手には空から落ちてきたイドの剣が握られていました。

 ゴーレムジュエリアは、その剣先を大地に倒れこんだノートに向けます。


「おーっほっほっほっほっほ」

「……だめ、ユーコ、だめ」


 なんとか正気を取り戻したグローリアジューシーですが、まだ体が自由に動きません。

 顔を上げる事で精一杯です。


「おーっほっほっほっほっほ」

「どうしました?ゴーレムジュエリア」

「おーっほっほっほっほっほ」


 何故かゴーレムジュエリアはノートへとどめを刺しません。


「私が命令します!ノートにとどめを刺しなさい!」

「おーっほっほっほっほっほ」

「ユーコ……、駄目ー!」

「おーっほっほっほっほっほ」


 ゴーレムジュエリアは笑い続けます。

 ルーンジューナはこれに違和感を抱きます。

 だから自分のしもべに訊ねます。


「説明しなさいゴーレムジュエリア。なんで私の命令に逆らいます?」

「おーっほっほっほっほっほ。知れた事。

 大いなる我が創造主マスタージュエリア様の御意思ごいしは全てに優先いたしまする。おーっほっほっほっほっほ」


 ゴーレムジュエリアはそう答えます。

 その答えを聞いたルーンジューナは言葉を失います。

 ゴーレムジュエリアはルーンジュエリアと全く同じ知識を持ち、判断をし、行動をします。

 だからこそゴーレムジュエリアがやりたくないと言ったならば、それはルーンジュエリアがしたくないと考えている事なのです。

 ルーンジューナは気付いていなかった自分の心と向かい合いました。

 目を閉じ、空に向かって顔を上げるとつぶやきます。


「……ごめんなさい、チャーリー」


「大いなる創造神ヤハーよ。ここに束ね授けよ!」「痛‼︎」


 ルーンジューナはその後頭部を真下からハリセンではたかれます。


おもしいわね、これ。初めて見た時から一度ユーコにやってみたかったのよ。舞い上れ炎よ、灯れ、火よ起きろ」

「パ……、パラ」

「――何よ」


 ファイヤースターターは笑いながらハリセンを焼処分します。

 ルーンジューナの変身を解いたルーンジュエリアは今日できたばかりの親友に抱き着いて、ぐすぐすと泣き続けます。

 やがて声を立てて泣き始めました。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「生きていたんですの?チャーリー」

「なんで私が死んだと思ったのかそっちの方が不思議だわ」

「魔人種がちりになるのは死んだ時ではないんですの?」

「いいえ。風に乗って空を飛ぶ時よ」


 あきれ顔のファイヤースターターとは異なり、お嬢様は嬉しそうに相手の顔を見続けているだけです。

 ふとファイヤースターターは一つの事を思いつきます。


「そうだ。友情の記念としてユーコとリアに魔法術を教えてあげるわ。いいかしら」

「もちろんいいですわ」

「待ちなさいユーコ」

「ふみ?」

「チャーリー。その魔法術ってどう言うものかを先に教えてもらっていいかしら」

「ええと。魔を滅ぼす神聖魔法よ。私の友人である以上はそれなりの強さを持っていないとね」

「……神聖魔法術。いいわチャーリー。教えてください」


 何故ここで魔法術の伝授になるの?

 そういぶかしげた表情のグローリアベルでしたが、そう言う事もあるのかな?と納得します。

 そして二人の貴族令嬢は吸血姫の唱える呪文を復唱します。

 それが四節目にかかった時です。


「大いなる創造神ヤハーよ。ここに束ね授けよ!」「痛‼︎」


 ルーンジュエリアはハリセンを顕現するとファイヤースターターの頭上に真ん前からはたき落としました。


「痛いじゃないのさー」「ヒ」


 相手の非難を気にも止めずにため息をきながらハリセンを焼処分します。

 ファイヤースターターは抗議を続けます。

 相手の勢いが弱まったことを確認したルーンジュエリアは口を開きます。


「チャーリー。ジュエリアは友人を滅ぼす魔法術を必要とはしませんわ」

「え?」


 一瞬気の抜けた表情をしたファイヤースターターでしたがすぐにきりりと気を引き締めました。


「そ……うなんだ。判るものなのね」

「ふみですわ」

「じゃあね、リア。ユーコ。また逢いましょ」


 エアメスの門はすでに消えています。

 ファイヤースターターは、門があった筈の方角を一度見るとちりになって風に乗ります。

 ブラッドウルフは木立ちの影に沈み込みます。


「また消えましたわ」

「今度は死んだと思わないわよね?」

「いくらジュエリアが馬鹿でも同じ勘違いを二度はしたくないですわ」


 向かい合う二人は微笑み合います。

 ところで二人には気になる事がありました。


「リア様、お気付きになられました?」

「神聖魔法術の事?」

「ですわ」


 魔法術コレクターであるルーンジュエリアが、呪文を伝授されている途中でそれを中断した。

 これはグローリアベルにとって予想の外です。

 自分の気付かない何かがあったのだろうと推測しています。


「チャーリーはわたし達に魔法を教えてどうする気だったのかしら?」

「あの呪文は対ヴァンプ用神聖魔法術ですわ。自分たちを殺せる魔法術を知ったヒューマをアルカディアがどうするか?と考えますわ」

「え?嘘!」

「ふみ」


 グローリアベルの知識のうちでもアルカディアは高貴の種族です。

 むやみやたらと殺戮はしません。

 では、ちゃんとした理由があったらどうなるのか?

 侯爵令嬢はそこに気が付きました。


「殺す理由がないなら、殺す理由を作ったらいい。ユーコはあの時そこまで感づいていたの?」

「いいえ。最後まで聞いてはまずいと思っただけですわ」

「そか。今はそれを感謝するわ。よくやりました」


 侯爵令嬢の言葉を受けたお嬢様はスカートを摘まみました。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 夜は更けました。

 良い子は眠りについている時刻です。

 ルーンジュエリアがベッドにもぐりこんでいるとエリスセイラからの遠距離念話が届きます。


(ルーンジュエリア様、起きてごらんでおられますか?)

(ふみ?セイラ、なんですの?)

(本日新しい魔法術を手に入れてございます。わたくしでは理解できぬ内容でございますが、ルーンジュエリア様ならばお役に立てられるかと)

(教えなさい)

(では。

 何処どこにも無い。しかしいずにでも在る、それは虹たる七つの束。見る事はあたわず、しかし見つける事はさずかるその力。創造神ヤハーよ。いずれ万物に与わるその扉、いずれ万象に与わるその門口かどぐちを我が前に。示せ!開け!オープン・インビテーション!)

(え‼︎)


 突如跳ね起きたお嬢様の様子にユリーシャは目を凝らします。

 ルーンジュエリアは上半身だけベッドから起こしたまま身じろぎもしません。

 ですがやがて口を開きます。


「ジュエリアは、地球に還れますの?」

(ルーンジュエリア様?)


 エリスセイラから声がかかりましたが、お嬢様は答えません。

 扉脇で控えるユリーシャは、ルーンジュエリアの言った耳慣れない単語に首を傾げます。

 ルーンジュエリアはこの世界で生まれたファンタジー世界の住人ですから地球に対して望郷の念とかの持ち合わせはありません。

 けれども、何時いつでも遊びに行ける様に呪文の研究くらいは進めようと考えます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る