114 標18話 ルーン対ユリーシャ対グローリアですわ 8


 エリスジューサーはフィルリッチ大聖堂の屋根の上へと転移します。

 地上では良く分かりませんでしたが、少し高い所へ上ると降り積もっている雪によって見渡す景色は真っ白になっています。


「さてとさてと、ルーンジューナ様の先に見えますのがグローリアベルと勇者なる者達でございますか」


 そうつぶやいた所でその体が固まります。

 何故ならその左肩を後ろから誰かに掴まれたからです。

 その握力はエリスジューサーが太刀打ちできるものではありません。

 それが判るからこそ振り向く事さえできずにいました。


「危害を加えるつもりはないわ。少々貴女に聞きたい事があるの。手を離すから騒がないでもらえるかしら」


 自由になったエリスジューサーが振り向くとそこには銀髪の少女が立っていました。

 年の頃は十か十一。

 エリスジューサーは知らない話ですが先程までの装いとは異なり薄茶色のダッフルコートと厚手の白いドレスではなく、赤いロングコートに黄色のドレスを身に着けています。

 少女はエリスジューサーに訊ねます。


「ヒューマでありながら自分に対して転移魔法を使えるのは貴女がユーコの知り合いだからね?」

「ユーコとは何方どなたの事でございましょう?」


 あえて対面せず、斜めに立ちます。

 顔も背けて逃げ出す体勢を確保します。


「ああそうね。私はユーコとリアに特別な名前で呼び合う許可をもらっているわ。信じられないとは思うけれど、見ての通りの只のヒューマよ」


 エリスジューサーは何も言いません。

 ですが驚きのあまりにうっかりと体ごと少女に向き直ってしまいました。


「と、自己紹介したらユーコとリアは、え?って言っていたわ」

「左様でございましょうね」

「ふーん、貴女にも判るんだ。どこをどう見てそう言っているのか、二人には内緒でそこの辺りを教えてもらえると嬉しくてよ?」


(四万越えでございますか……、と言うかほぼ五万?)


 エリスジューサーから見ると銀髪の少女は少しばかり身長が下です。

 けれども保有魔力量は遥かに上です。

 敵なら逃げ道はないと覚悟を決めます。


「駄目と申しましたら?」

(おい!)

「まさか、ルガール!」


 いつの間にか銀髪の少女の背後に狼がいました。

 その狼は少女の隣に座ります。

 人語を解する狼族は複数いますが赤茶できつね色の毛並みを持つ種族といえば一つしか思いつきません。

 最強最悪の種族です。

 ですが、そうは言ってもその隣に立つ少女が論外すぎます。

 ルガール程度ならどうでも良いとか考えてしまっているエリスジューサーがここにいました。


(言っておくが俺よりも姫さんの方が数百倍怖いぞ)

「それに関しましてが是否ぜひがございませぬ」

「それを知りながら嫌だと言うのかしら?」

「ルーンジュエリア様のご友人を自称するお方はそれをいたしません」


 エリスジューサーの言葉に少女は何も言いません。


(ならば本当にルーンジュエリア様のご友人であらせられますか。ではそれなりの対応を)


 腕を組み、ヒントくらいは授けようかと考えます。


「そうでございますねー。お姫様はシルフィードをご覧になった事がございますか?」

「ある訳ないでしょ。魔族になつく精霊なんていないわ」

「と言うのが皆様の常識でございます」

「どう言った意味かしら?」


 銀髪の少女はエリスジューサーを見つめます。

 しかしその当人はそれを意に介さず目の前の宙を掴みます。


「これがシルフィードでございます」

(離せよ離せよ離せよ)

(そんな馬鹿な!どうやって精霊を捕まえた!)


 差し出された右手の握りに小人の姿が浮かび始めます。

 短髪ですが服装の様子から女性であろうと推測できます。


「おそらくはあちらの皆様の馬鹿騒ぎに興を抱いて参られたのでございましょう」

(離せよ離せよ離せよ)


 精霊は両腕を振り回して逃げようとしますがエリスジューサーの握りは固く、いえ実際には軟らかいのですが精霊に逃げる隙はありません。


「お姫様。手のひらを上に向けて顔の前へ出して頂けますでしょうか」

「こう?」

(離せよ離せよ離してくれよ)


 騒ぐ精霊には目もくれず、エリスジューサーは真横の宙をを見つめます。


「そちらの貴女。わたくしのお願いしたい望みはお分かりになりますか?」

(駄目だ駄目だ駄目だ逃げろ!)


 少女と狼には何が起こっているのかが分かりません。


(駄目だ駄目だ駄目だー!)


 けれども騒ぐ精霊の姿から一つの事を想像します。

 それはこの世界の常識ではありえない事です。


(駄目だ……)


 エリスジューサーに掴まれた精霊は騒ぐ事を諦めます。

 その一方で当の本人は差し出されている少女の手のひらを見つめています。

 そしてその口が開きます。


「お姫様。手のひらに乗っておられる方をルガール様にお見せして頂けますでしょうか?」

「手のひらの上?」

(誰か居るのか?)


 少女と狼は目を凝らします。

 すると少女の手のひらの上で自分の肩を抱き震えている小人の少女が見えてきます。


(馬鹿な!)

「ふーん。これがユーコの知り合いのあかしか」


 既に銀髪少女の興味はシルフィード達にありません。

 面白いものを見つけた喜びを瞳に浮かべながらエリスジューサーを見上げています。


「わたくしが教えられるのはここまでです。これ以上はルーンジュエリア様にお訊ねください。本当にご友人であるならば快く教えてくださるでしょう。

 さあ、これからゆっくりと手を開きます。貴女のご友人と共にお帰り下さい」


 エリスジューサーの手を飛び立った精霊は銀髪少女の手でしゃがみ込む仲間の手を取って飛び去ります。

 十分に離れた所で一度振り返ると、右下まぶたを指で下げ舌を出します。

 そしてそのまま姿を消しました。

 これを見られたのはエリスジューサーだけです。

 銀髪少女と狼は精霊たちが手のひらを飛び立った所でその姿を見失いました。


「ふーん。つまり私にプライドがあるんだったら自分で考えろと言う事かしら。

 ところで話は変わるけれども、貴女も私の魔力量は分かってよね?」

「恐れながら」

「それとこれとは関係があるの?」

「ご賢察には驚嘆してございます」

「まあ、分かったわ。ここは貴女の趣向に付き合いましょう」

「謝意を表するものでございます」


 エリスジューサーの持って回った言葉遣いが気になってきたのか、銀髪少女は顔の前で両手を振ります。


「あー、めーめー。貴女はユーコの友達なんでしょ?固い事は抜きにしなさい」

(おい、姫さん。やわすぎるぞ)

「いいのよ。私は硬派ではなく、軟派だから」


 ファイヤースターターは砕けた表情をやめるとエリスジューサーに向き直ります。


「そーれで?ユーコとリアは何してるの?」

「それに答える為には少しばかり情報が必要でございます。まず、お姫様は先刻勇者なる者に危害を受けられたお方でございましょうか?」

「危害?」

(服を破られた事じゃないか?)

「ああ。それなら私よ。ドレスとコートが破れたから着替えをして来たわ」


 ファイヤースターターは素直に答えます。

 そしてたったそれだけの情報でエリスジューサーはルーンジューナの思考を看破します。


「なるほどなるほど。謎は全て解けましてございます」

「まさかあの二人。私が殺されたとでも思っているの?」

「お姫様はどの様にしてルーンジュエリア様の元より立ち去られたのでございましょうか?」

「いつもの様にちりになって風に乗ったわ」

「あのー。それはルーンジュエリア様の知識では魔族の滅びる姿でございます」

「はあ?なんでそんな勘違いをするのよ?」


 エリスセイラ、すなわちエリスジューサーはルーンジュエリアの記憶を持っています。

 だからこそ知っています。

 地球世界の日本ではそれがお約束にまでなっています。


「平たく申しましてルーンジュエリア様はまだ八歳。魔人種の事なぞ詳しく知る様な奇特さはございません」

(ああ。俺達には当たり前すぎる事だが、ヒューマの民は知らなくて当然だろうな)

「分かった。あの二人に言ってくる」


 はあ、と一つ息をついて動き出したファイヤースターターは後ろからの声に歩みを止めます。

 ファイヤースターターは背をそらせ、頭越しに振り向きます。


「お待ちを。お亡くなりでないのであれば吉報など何時いつでも構いませぬ。今はルーンジュエリア様の憂さ晴らしにお付き合い頂けませぬでしょうか?」

「どう言う事?」

「ルーンジュエリア様は人並み以上に魔法術がお得意でございます。されど宝の持ち腐れと言いましょうか、使う理由がございません。

 なればこそたびは良き機会。かのお方と手を合わせては頂けませぬでしょうか?」


 立てた人差し指を唇に当ててファイヤースターターは考えます。


「貴女はどっちにつくの?」

「グローリアベルと勇者なる者達だけでは力不足。わたくしはかの者達を助力します」

「ふーん、ずいぶんと殊勝な態度ね。それで貴女にはどんな得があって?」

「ルーンジュエリア様が勇者達に敵対するとグローリアベルが困りまする。これを長々と続けたいかと」

「あは!判りやすい理由ね。じゃあ共闘ね」

「いいえいいえ、独自判断による個別行動でお願いいたします」

「なんで?」

「その方がルーンジュエリア様にとって楽しいかと」


 目を閉じ首を傾げいたファイヤースターターは遥か前方の山を見上げます。

 釣られたエリスジューサーも同じ方角へと目を向けます。


「貴女も大概にいい性格しているわね。

 それでは山向こうのメイドはどっち側かしら?」

「はて?メイドとは?」

なんちゅう前にリーザベスの大聖殿でユーコ達の後ろにいた、ユーコより荒事で場慣れしていそうな十三、四の魔法術師よ」

「ああ、ああ成る程。ユリーシャなればルーンジュエリア様の侍女であるにも関わらずグローリアベルのとも。察するに勇者側でございましょう」

「と言う事は味方側か。注意しないとね」

「何よりも只今のルーンジュエリア様は天涯孤独。全ては我らが味方でございます」


 同盟は結ばれました。

 エリスセイラは事態を戦争ごっこに持ち込むことでルーンジュエリアの気持ちを抑えるつもりです。

 さて、参りましょうか。

 エリスジューサーは湖のそばの林へと転移しました。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ガンリ大湖水はL字型の湖です。

 その形は南端をかどにして北へ縦に、西へ横に広がっています。

 その西端はルーンジュエリア達のいる北端から見ると山向こうになります。

 そこには今、ユリーシャがいます。


 ユリーシャの中にいる白光聖女オーロラはルーンジュエリアの足止めに自らの力不足を感じて離脱しました。

 ですがユリーシャにとってグローリアベルは幼馴染の親友です。

 その願いを聞き届ける事に何一つ疑問を感じません。

 しかし相手は白光聖女を押し倒したルーンジューナです。

 オーロラと同じく一対一で闘っては勝ち目が全くない事くらいは理解しています。


「どーしよ。ベル様は山の向こうだよねー。ここから援護できるかな?」


 ユリーシャは目を閉じます。

 手のひらを下に向けた両手を斜め前方に伸ばすと魔法術を詠唱します。


「ねーんーりーきーぃ」


 発動した魔法術はユリーシャが立つ周りの地面に積もる雪を吹き飛ばし、石や木片を宙に浮き上がらせます。

 目を開いて前方に立つ大木を狙って次の呪文を詠唱します。


「シュート!」


 目標へ飛んで行った弾は全て命中します。

 けれどもユリーシャはその結果に満足しません。

 何故なら飛ばした弾は狙った辺りに当たっただけだからです。


「うーん。今一つピンとこないな。なんとなくだけど狙いが甘いよね」


 もっとピンポイントの攻撃をするにはどうしようか。

 右手を顎に、左手は右肘の下に、座る所がないかときょろきょろ体を回して探します。

 するとそのダンスにも似た動作が一つの事を思い出させます。


「そう言えば、リリーの踊りに狙いを付けるいい動作があったっけ」


 この世界に鉄砲はありませんが物を指さす事は誰だってします。

 ですがそれは人差し指一本です。

 ある日ユリーシャが見かけたリリーアンティークのダンスは親指と人差し指で鉤型かぎがたを作って空を狙っていました。

 何故かリリーアンティークにはそのダンスの事を秘密にしてほしいと頼まれたので誰にも言ってはいないのですが、親指を立てると狙いを定めやすい様に感じます。

 試しにそれで地面の石を直接飛ばします。


「シュート!」


 先程と比べて狙いが定まった様に感じます。

 続けて太めの枝に石をぶつけます。

 大きく音を立てて枝の上に載った雪が落下します。


「シュート!」


 ユリーシャは両手で指鉄砲を作って狙います。

 リリーアンティークのダンスを思い出しつつ、軽く両手を上下に振ってリズムをとります。

 飛ばす石は面白いように狙いをたがわず当たります。


「シュート!ベル様に仇なす者はー、」


 指鉄砲は両手を揃えて右上狙いに左上狙い、交互に振り回します。

 両手に加えて両膝も揃えて曲げて右を左を狙います。


「死刑!じゃない、シュート!」


 明らかに命中精度が上がっています。

 見上げた山の頂上付近、裸の林を狙います。

 葉の茂った夏場なら緑豊かな森なのでしょうが、落葉した冬の木々は閑散とした林にしか見えません。


「シュート!シュート!シュート!シュート!」


 自分の作戦に確かな手応えを感じたユリーシャは山の向こうを狙います。

 主砲全開!目標ルーンジューナ‼︎

 ルーンジュエリアの改良したオリジナル魔法ほどではありませんが、索敵魔法ならオーロラ姫も持っています。

 援護射撃くらいならどうにかなるだろうと考えます。

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