109 標18話 ルーン対ユリーシャ対グローリアですわ 3
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「ファ!ジャマー!」
大勇者一行を抱き連れたグローリアベルは地面へと舞い降ります。
ともに降りる勇者たちは荒事など日常茶飯事です。
階段を下りるように悠然と大地を踏みしめます。
そして辺りを見渡します。
そこは巨大な水辺でした。
グローリアベルは逃亡先の着地場所として
けれども人がいないのは今が雪深い冬だからです。
夏は水の遊び場として
四人の目の前には左右に大きく広がる湖があります。
反対側には湖岸が見えますが、左右には岸など見えません。
今、四人が立っているのは津のように飛び出た湖のほとりです。
「ここは?」
大勇者ノートは口を開きました。
転移魔法で移動した事は判っていますが、周りの風景がリーザベスとは違っています。
象徴的には一メートル以上積雪が違います。
グローリアベルは転移魔法を三回しか使っていませんので、推定現在位置はリーザベス南部か東部です。
しかしそれでは周りの風景がおかしすぎます。
三勇者は現状をつかむ事ができずにいました。
「ガンリ大湖水の筈です、――ああ。反対岸の林の向こうに小さく見える屋根が
「フィルリッチ?ノーソンビレッジ公爵領領都だと言うのか?」
「いや、離れすぎているだろう。馬で丸一日の距離だぞ!」
「フレイヤデイの秘匿魔法に関係がありますので詳細の説明はご容赦ください。
少々用事を済ませます。しばしの間ですがお待ち願います。コレクト」
グローリアベルは遠距離念話の短縮呪文を詠唱します。
侯爵令嬢はユリーシャにルーンジュエリアの足止めを頼みました。
ですが彼女にそれは難しいだろうと推測しています。
魔法術を使えるのが魔法術師、魔法術を編み出した魔法術師が大魔法術師であり、これらは分類です。
対して魔導士と大魔導士は国王や権威ある方々から与えられた称号になります。
確かにユリーシャの中にいる白光聖女オーロラは歴史に名を残している優れた大魔導士です。
けれどもグローリアベルは知っています。
ルーンジュエリアの持つ異世界の常識はこの世界において秀でた優位性を確保します。
多大な魔力量を保持する歴戦の勇士であるオーロラであってもルーンジュエリアを抑え込む事は難しいと考えます。
いいえ。殺すのであればどうにか出来るかも知れませんが、それですらどちらに転ぶかは不明です。
まして手を抜いて殺さない様に配慮するのであればそれは相当に難しいと考えています。
だから応援を呼ぶ事に決めました。
使わない安全策を準備しておく事は有事どころか日常的にも当然です。
(エリス、グローリアベルです。今すぐ助けに来なさい)
(これはこれはグローリアベル様。助けるとはいかなる御用でございましょうか?)
グローリアベルがエリスセイラを選んだ理由は簡単です。
男爵令嬢はルーンジュエリアの為ならば間違いなく動くからです。
そして、これが最大の理由ですが、彼女はお嬢様からその記憶を受け継いでいました。
異世界の常識を持つ唯一の助っ人、それこそがエリスセイラなのです。
(言葉通りです。事態は急を要します。どれくらいで来れますか?)
(ふわああぁ。申し訳ございません、ただいま
(
(大変申し訳ございませんグローリアベル様。これより次に何をするかを考える用事がございます故、当面手詰まりでございます)
「あんた、男爵家のくせにいい度胸ね!」
言葉を荒げるグローリアベルはそんな言葉を口にします。
勇者たちが独り言を言う自分を理解できずに見ているなんて事には気付いていません。
エリスセイラがグローリアベルに敵対心を持つ理由は簡単です。
フレイヤデイは侯爵家の立場を利用してサンストラック伯爵家を取り込もうとしていると考えている為です。
実際のグローリアベルはサンストラックのバケモノの力に畏怖を感じて取り込もうとしているのですが、エリスセイラからはそう見えていません。
男爵令嬢である彼女は
そして
二人ともこの世界の住人ですから身分社会に疑問は感じません。
けれども人類平等を知識として持ってしまいました。
だからグローリアベルがルーンジュエリアの手前上、自分に身分差をもって
(さて、なんの事でございましょう?フレイヤデイでは下々の心の内を罪として洗い出されるのでございましょうか?なんと恐ろしい領地でございましょう)
「くっ!――良く聞きなさい。ユーコの危機です。今すぐユーコを助けに来なさい」
(今、どこにおられますか?)
ルーンジュエリアの名を聞いたエリスセイラの口調が変わります。
やっと話が進むわ。
これにグローリアベルは安堵します。
「ガンリ大湖水です。フィルリッチ大聖堂は判りますか?」
(例によって代わり映えのしない聖堂でございましょうか?それならば見当は付きます。
ガンリ大湖水は直角に曲がった
「直角じゃない
(軽口はお控えください、ルーンジュエリア様がお困りなのでございます!
して、状況をお聞かせ願いますでしょうか?)
どう伝えるのが最も効果的かな?
グローリアベルは考えます。
エリスセイラにとって最優先はルーンジュエリアです。
だからルーンジュエリアに非が有る様に伝わる事を避けなければなりません。
(ユーコに新しい友人ができました。ですがその方は魔人種であった為に勇者が討伐しました。これを怒ったユーコが今、勇者たちを追い込んでいます)
(はあ?自業自得ではございませんか。勇者なる者がルーンジュエリア様に討伐されて終わりでございましょう)
(勇者は他国の貴族と同列に扱われています。これに害を
(ではグローリアベル様のお考えでは、勇者の身を守る事こそがルーンジュエリア様の
(そこはエリスも理解できていますね?)
あくまでも自分の見解で相手を動かすのではなく、相手が相手自身の見解で動いていると思える様に誘導します。
(分かりました。例えルーンジュエリア様の
(感謝します)
(最低限の用意をもってそちらへ馳せ参じのますでお待ちのほどを)
グローリアベルは小さく息を
自分を見れば喧嘩を売ってくるような相手ですが、潜在的なルーンジュエリアへ向ける敬意に嘘偽りは感じません。
必ずや共通の友人を守るために手を貸してくれるだろうと、疑う気さえ起きません。
一安心して勇者たちと向き合います。
「勇者様方、応援を呼びました。ですが万一の事があると困ります。皆様はさらにご避難をお願いいたします」
「令嬢、心遣いには感謝する。だが少しばかり教えてほしい」
そんな侯爵令嬢に勇者ガハマが問い掛けます。
迷惑をかけているのは自分たちだ、とグローリアベルはそれを受けます。
「わたしでお答えできる事であれば承ります」
「先ほどの令嬢は
ガハマの問いは根本的な質問でした。
この世界は剣と魔法の世界であると同時に、
魔人種を倒して人間種に恨まれる理由が思いつきません。
これについてグローリアベルは勇者たちに申し訳なく思っています。
「万物に貴賎無し、とは申しません。けれどもあの子にとっては人間種も魔人種も同じ命の重さなのです」
「魔人種は人間種の敵だぞ?あの令嬢はそこを正しく理解しておらぬのか?」
「いいえ。あの子にとって
ですが自分が相手を理解できないからと言ってそれを相手の非とするならば、それは相手を理解できない
グローリアベルは異世界の存在に懐疑的です。
ルーンジュエリアはあくまでも先進的な天才であって、彼女の前世が異世界人だと言うのはただの妄想だと判断しています。
だから人権とか平等と言った概念はルーンジュエリアの単なるわがままだと考えています。
何故ルーンジュエリアの記憶と知識を持つグローリアベルが異世界の存在に否定的なのか?
それはルーンジュエリア自身が異世界の存在を自分の妄想だと考え、その存在について疑心暗鬼だからです。
けれどもグローリアベルはその思想・理想が素晴らしいものである事は認めています。
これに対してエリスセイラの見解は真逆です。
男爵令嬢にとってルーンジュエリアの言葉は神の声です。
ルーンジュエリアが自分の前世は異世界だと言うのならばエリスセイラの生きる世界には異世界があるのです。
現実的に考えて、一人の天才が思い付くにしてはルーンジュエリアの知識は多岐・多彩に
ルーンジュエリアの常識は数多の事実によって裏打ちされ、その有無によるそれぞれの見解も実証済みに感じられるからです。
それらは数百、数千万の人々が数千年の長きに渡って歩いてきた歴史の存在を疑わせません。
何よりも
この辺りでも見解の不一致でエリスセイラがグローリアベルを嫌う理由になっています。
「身分は違っても命の価値は同じと言う訳だね?それとあの魔人種にどんな関係があるのかい?」
「人間皆平等。ユーコにとっては魔人種も人間です」
「そんな馬鹿な!」「ありえない!」
「お嬢さん。ではあのお嬢ちゃんにとって僕は、罪も無い少女を殺した悪党なのかい?」
勇者たちは見解の不一致に戸惑います。
子供のたわ言と笑い飛ばす事は簡単です。
しかし、貴族の令嬢が
そこに興味を感じ始めます。
少なくとも目の前にいるもう一人の令嬢はその考えに染まり始めているとしか思えません。
「あの子は常識が違います。わたし達とは違うんです!」
「何故だい?そんな考えを持った理由があるんだよね?」
だからノートはその訳を訊ねます。
グローリアベルはそれに答えます。
「ユーコは、万一の時には自分が敵を抑えれば良いと考えています。負ける事を選択肢に入れていません」
「子供だな」
「俺たちが人間種を守っている苦労を知らないのだろう」
「言うなよガハマ」
やはり相手は子供だったな。
イドとガハマは笑います。
それをノートは戒めます。
「自分の努力をひけらかすのはかっこ悪いじゃないか」
グローリアベルとて上位貴族である侯爵家の令嬢です。
勇者たちの苦労は聞き学んでいます。
「皆様の努力は重々存じています。だからわたしは皆様を守ります」
「言うねー。君みたいな子供に守ってもらわないといけないくらい俺達が弱い様に見えるか?」
「それは関係ありません。我が国の臣民が勇者様に
「気にしなくていいよ。降り掛かる火の粉くらいは自分でどうにかするから」
「そうだな。君が案じる必要はない」
「勝てますか?あの子に。あの、ユーコはバケモノです!」
「所詮は子供」
「インベントリー。スタート!」
「――早い……」
背中から地を這う様に振り上げられたグローリアベルの太刀筋をイドは交わせません。
鼻先に突き付けられた紙筒を静かに見つめます。
「ユーコはわたしの師です。わたしの剣技を交わせない様では話になりません」
「今のは、――今のはスクロール剣術ではないのか?なぜ、お前が知っている!」
「それはユーコがわたしの師だからです。インベントリー」
グローリアベルは空間収納から木の板の束を取り出します。
スクロールは元々魔道具の一種ですから巻物形状や羊皮紙材質に縛られる必要はありません。
だからグローリアベルは板がるた形状のスクロールを作成していました。
使い方はフリックなのですが
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