097 標17話 出撃!ファイヤースターターですわ 2


 湖水都市国家ゼニヤは竜魔王国中央部にあります。

 四方を高い山脈に囲まれたゼニア大高原の中心に巨大なセニヤ湖があります。

 天空魔竜大王の居城はそこに浮かぶ四つの島の、その中でも一番大きな島にあります。

 今、その城門をくぐった一人の少女がいました。

 きつね色の美しい毛並みをした普通よりは少し大きな狼の背中に横座りする少女は、見掛け十一歳程度です。

 長いストレートの銀髪は透き通り、なんとなくクリスタルを思わせます。

 肌は白く、頬は美しい桜色が浮かび、瞳はアメジスト。

 雪のように白い華美なワンピースドレスに包まれた体は腕や足、手の指先同様に触っただけで折れてしまいそうです。


 少女を乗せた狼は城の正門へと向かって、石段をゆっくりと登ります。

 そうして左右に大きく開かれた巨大な扉に到達しました。

 ですがここで狼、――狼に乗った少女は止められます。

 今日、城の正門左右で警備する騎士たちはオークの二人組です。


「お嬢ちゃん、済まないな。俺達は門番でね。入城する用事の内容と身分の確認をさせてくれ」

「あら?私の事が分からないの?」


 少女は狼の背中から降り立ちます。

 自分の主人を下ろした狼はその場にお尻を付けて座ります。


「申し訳ない。俺達の不勉強は謝るよ。なにせお嬢ちゃんを見たのは今日が初めてだからね」

「あー、しょうが無いか。百年ぶり位になるものね」

「百年振りかよ。なら俺達が知らなくても当然だ。手間を掛けるね」

「構わないわ。お仕事ご苦労様」

「ありがとうねー。ではすぐに済むからね、お嬢ちゃん」


 門番の二人は少女の言う百年を軽口だとは思いません。

 それなりの立場がある魔人種だろうと考えます。

 少女と話していたオークの騎士に、もう一人が小声で話し掛けます。


「おい。こちらの狼様って、もしかしたらルガールじゃないのか?」

「ルガール?あのぐらいの高い連中が子供なんか乗せるかよ」

「さすがは門番がお仕事ね。彼女はルガールよ」


 ルガールは狼魔人です。

 狼にも人間種にも変身する事ができます。

 ちなみに狼獣人はワーウルフです。


「なんでルガールが子供なんか乗せるんだよ?」

「じゃあ、お嬢ちゃんもルガールなのかい?」

「私はアルカディアよ」

「「ヴァンプ!」」

「あのー。本人がアルカディアと名乗っているのだから、そこは配慮して欲しくてよ?」


 吸血鬼とも呼ばれる吸血魔人の種族名はヴァンプですが異大陸に現れた伝説の同族英雄の名を貰い自分たちをアルカディアの民と呼び、その種族をアルカディアと名乗っています。

 とてもではありませんがオークが太刀打ちできる相手ではありません。


「はひ!失礼致しますたー」「それでご用件はー」

「天空魔竜大王陛下に年末の挨拶よ。通ってもいいかしら」

「「どぞー!」」

「ご苦労様」


 ファイヤースターターは再び狼の背に腰掛けると城内の通路を移動します。

 彼女にとっては見覚えのある壁や柱と調度品が並びます。


「久しぶりねー。何もかも皆、懐かしいわ」

(姫さんは前に来た事があるのか?)

「ええ、良くね。本当に百年振りよ」


 少女はゆっくりと謁見の間へ向かいます。

 扉の前に到着すると見覚えのあるジャック・オー・ランタンが立ち番をしています。

 彼は少女に話しかけます。


「おう、これはお珍しい。お元気そうで何よりだ、ファイヤースターター様」

「あら。まだ生きていたんだ、ヘルボーイ」

「くくく、相変わらずの憎まれ口ですな。本日は何用だ?」

「大王陛下に年末の挨拶よ。ご機嫌が良ければお酒でももらえるんじゃないかって下心込み」

「馬鹿を言われる。噂のブラッドウルフ、ファイヤースターター様が揃って酒に浮かれるとか、物笑いの種になりますぞ」

「私は気にしないわ」


 少女がそんな立ち話をしていると、もう一人の騎士から声が掛かります。

 室内の準備が終わったようです。


「ファイヤースターター様、入室の許可がおりました。扉前中央への移動をお願いいたします」

「ブラッドウルフ。只今参上ー、と行くわよ」

(ああ)


 ファイヤースターターは大扉中央に立ちます。

 二つの扉が内側へと開いていくのを横目に見ながら狼は扉前の騎士の影の中へ沈んで行きます。

 よくよく見てみると少女には影がありません。

 おそらくは鏡にも映らないのでしょう。

 そして扉が開いた部屋の中から入場を告げる呼び出しの声が謁見の間に響きます。


「ファイヤースターター様!只今参上ー‼︎」


 少女が入った部屋の遥かに奥、そこにある玉座に黒衣の騎士が頬杖を突いて座っています。

 彼が組んだ足の上には縫いぐるみ人形が乗っていました。

 不意にその金髪少女の縫いぐるみ人形が顔を上げて少女へ目を向けます。

 そして宙をゆっくりと浮かび漂いながら少女へと近づきます。

 少女とお人形は部屋の中央で出会います。


「久しいわね、ファイヤースターター」

「ご無沙汰しておりますエクスバーン様」


 少女は頭を下げ、スカートを摘まみます。

 お人形は少女の周りに目を配ります。


「それで次元潜航ができるとか言うブラッドウルフはどこかしら?」

「お呼びよ、ブラッドウルフ」

(ご無礼致します)

「おお!」


 不意の自分の影の中から現れた狼に摂政スペースウォーズが驚きの声を上げます。

 狼は少女とお人形の側へと歩み寄ります。


「構わないわ。貴女が噂のブラッドウルフね。会う事が出来て光栄よ」

(恐れ入ります)

「それで、今日の用事は何かしら?」


 やっと挨拶が終わったと、エクスバーンは少女に話しかけます。


「天空魔竜エクスバーン大王陛下へ年末の挨拶をしに参りました」

「戯れはいいわ。そんな理由で貴女は動かないでしょ?」


 少女は上目遣いでお人形に笑い掛けます。


「バロン将軍が負けたと耳にしました。それも婿殿の作った魔法兵器をたずさえながら二度も負けたとか?」


 ポルターガイストはファイヤースターターの姪の婿です。


「本当よ。マスシプーラ家のジュニア王女を探していたんだけどね。

 相手は大勇者ノートよ。まあ、目障りになって来たのは事実よ」


 玉座に腰掛ける黒衣の王がブランデーグラスを持っています。

 宙を漂うお人形に並んで少女と狼はそちらへ向かって歩きます。


「よろしければ私が赴き、ひねり潰して参りましょうか?」

「なーに?また英雄勲章でも欲しくなった?訳は無いわね。

 ポルターガイストの魔法兵器を跳ね返したノートの実力が気になるの?」

「そんな所かしら」

「まあ、よろしく頼むわ。手があいたならジュニア王女の探索もお願いね」

「頼まれました」


 少女は黒衣の王が差し出したグラスを手に取ります。

 今宵は上等なお酒を味わえそうです。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 年が明けて新年の朝になりました。

 サンストラック伯爵ポールフリードも帰宅しており、久しぶりにルーンジュエリアの家族全員が顔を合わせます。

 第一息子であるサントダイスにはこの日とても大切な仕事があります。

 家長を継ぐ予定である長男として家族全員に自分が養う事を宣言しなければなりません。

 家族全員に自分の力だけで用意した食事を提供するのです。

 

 そうは言っても色々な都合や儀式的な意味合いも含まれていますので内容はかなり簡略化されます。

 サントダイスは元旦早々にサンストラック家の全員を代表して一番水を汲みます。

 これを家族全員が飲むのです。

 この一番水は若い水とも呼ばれて邪気をはらい、一年間の家族の健康を守るものと伝えられています。

 この様な儀式を行なうことで家長を継ぐ後継者としての自覚と使命感を育んでいます。

 家臣、メイドたちを含む家族全員が若い水の入ったカップを掲げます。

 そして家長である当主ポールフリードの音頭で全員が同時にこれを飲み干します。


「うむ。昨年は皆健康に過ごす事が出来、幸いであった。本年もよろしく頼むぞ」

「「「「「「はい。よろしくお願いいたします」」」」」」


 次に新年最初の朝食になる訳ですが、ウエルス王国ではここでも儀式的なしきたりがあります。

 それは、元日は全員が休みを取って働かないと言うものです。

 もちろんそれは建て前であり、実際には家臣もメイドたちも働いています。

 ではどのような行動でそれを示すのかと言うと料理を作りません。

 ウエルス王国では大晦日の夜に行なうパーティーと元日の食事は正月用に準備された料理を食べるのです。

 国によっては正月料理を食べ始めるのは元旦からだと言うしきたりもある様ですが、「あるんだから食べましょ」と考えるのがウエルス流です。


 食事も終わりかけた頃、ラララステーラがサントダイスに話しかけます。

 長かった年末休みも終わりです。

 次に帰って来るのは半年先です。


「お兄様達はあしたの朝、出立ですか?」

「ああ。騎士団の先輩方に新年のあいさつをせねばならん。父上とご一緒に出発するつもりだ」

「ジーグおにーちゃん。ダイスキおにーちゃん。ことしは雪のおうちはつくらないの?」

「マリア。丸いお屋根と三角のお屋根はどっちがいいかな?」

「さんかくやねー!」


 マリアステリナは爛漫らんまんの笑顔でジーグフリードに答えます。


「じゃあ食事が終わったらすぐに行くぞ。あったかいかっこしろよ」

「んー!」


 ズボンやパンツは乗馬の為に考案されました。

 ですがそれらは、一度身に付けただけで防寒に優れている事が判ります。

 貴族の女性陣だって冬場はスカートの下履きが必須です。


 六人兄妹は揃って庭へ出かけます。

 かまくらを作るのは雪捨て場の横と相場が決まっています。

 そこに行ってみると騎士団の数人が除雪作業をしていました。

 夜中に降ったのはほんの数センチでしたが庭の雪を集めるとそれなりの量になります。

 雪捨て場となっている雪山は敷地内に何か所もありますが、この庭先には一か所しかありません。

 除雪に使われている道具は主に三種類です。


 跳ね板は長い柄のついた木製の幅広スコップです。

 国によってはジョンバとも呼びます。

 軽いジョンバで重い雪を跳ねるのは意外と楽なのですが、重いジョンバで軽い雪を跳ねるのは予想以上に重労働です。


 押し板はその名の如くところてんの押し棒を大きくしたような道具です。

 安定性が重要なのでコの字型の太い柄が付いており、スノーカッターとか呼ぶ地方もあります。

 地面が凍っている方が積もっている雪を押すのが楽になります。

 地面が溶けている場合は土や砂利に突き刺さって削らない様に少し浮かせて雪を押します。


 押しそりの見掛けはタイヤを外した荷台だけの荷運び用一輪車です。

 そりですから雪の上を滑らせて物を運びます。

 雪を運ぶ事が多いのでスノーダンプとも言われています。

 押しそり自体で雪をすくえる様に形は超幅広大型スコップの様になっています。

 ルーンジュエリアはスノーダンプを使って雪山の上へ雪を運ぶフラバを見つけます。


「フラバ様、おはようございます」

「よー。ジュエリア様、おはよう」

「大変ですねー」

「大丈夫ですよ、ジュエリア様から跳ね板に持ち手を付ける様に指摘されてだいぶ楽になりました。去年の大雪の方がよっぽど、まかたしなかったですから」


 ジョンバは厩の掃除でも活躍します。

 ウエルス王国では大型スコップには柄の先に回転防止の持ち手として短い横棒が付いています。

 なのに何故ジョンバに持ち手を付けませんの?ルーンジュエリアは訊ねました。

 騎士達は柄が長いからだと答えます。

 手の中で柄が回りませんか?と聞くと回ると答えます。

 試しに回転防止の持ち手として短い横棒を付けると作業性が良くなりました。

 

 フラバはスノーダンプで運んだ雪を、雪山の先へ捨てようとします。


「あ!」


 つい気を許したのか、フラバは柔い雪を踏み抜きます。

 積んだばかりの雪に沈んで両腕の脇が引っ掛かる所まで埋まります。

 フラバは照れ隠しの笑みを浮かべながら、片手を挙げて自分の無事を知らせます。

 それを目にしたセフィロタスや他の騎士団員は笑います。


「フラバのばーか」

「「「「はははははははははは」」」」


 不思議な事に誰もフラバの救出に行きません。

 そもそも彼は誰にも助けを求めません。

 けれども沈む様に埋まってからほんの一分も経たないうちにフラバは自力で雪の中から脱出します。

 スノーダンプを片手で押しながら頭を掻いて笑います。


 雪に埋まる事故には三種類のパターンがあります。

 雪をかぶる、固い雪の穴にはまる、柔い雪に埋まる、です。

 先の二つは自力脱出は困難です。

 だから気付き次第、他の人は救出に向かいます。

 屋根からの落雪や雪崩で雪をかぶった場合、両膝から下ならなんとか抜け出せます。

 太ももより上だと自力脱出できない事の方が多くなります。

 胸まで雪に埋まったら絶対に自力脱出はできません。

 固い雪の穴にはまった場合には足を掛けることができなくて脱出できません。


 それらに対して柔い雪に埋まるパターンは自力脱出がとても容易です。

 柔らかい雪の上では他の人が救助に向かっても足場が悪くて何もできません。

 ですが良く誤解されていますが、雪と砂は全く違います。

 砂と違って雪はもがいても崩れて来ないのです。

 だから穴の中で足元の雪を崩して踏みつけます。

 足の下で固めた雪の分だけ穴の底が高くなります。

 雪穴からの脱出は腕力とは関係なくて、雪を踏み固めて穴の深さを浅くすると言う方法なのです。


 除雪作業時に雪に埋もれる事故は良くあります。

 雪山の先に雪を捨てる訳ですが捨てる場所が今の足元と同じ高さになったらその先へと雪を捨てます。

 この時に、さっきまで捨てていた柔い雪に埋まるのです。

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