098 標17話 出撃!ファイヤースターターですわ 3


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 王都リーザベスは四十年ほど前に遷都された新しい都です。

 長かった争いも終わって久しく、平和の中で作られた街らしい東西南北に正しく導かれた貴族区と商業区、そして居住区が整然と建ち並んでいます。

 唯一で絶対なる創造神ヤハーをあがめるだいせい教会リーザベス神殿は王宮のそばにあります。

 距離で言うと街の二十区画以上も離れていますが、王宮と神殿は共に広大な敷地を持っているので遠目には隣接している様に見えます。

 一年に一度は参拝しようと言う慣習がありますので、近隣の王国民たちによって年明けの参拝者数は大きく増加します。

 ウエルス王国は雪が多い北国ですから冬季に雪で道が埋まる辺境部の王国民は農作業が一段落する夏場に神殿参りを行ないます。

 参拝と言っても、その目的の多くは観光です。

 故郷に帰ってからの土産話を作る為にと、誰もが一つでも多くの名所を回ろうと各所を巡ります。

 冬場である今はおもに王都近郊部の民が参拝をしています。


 この日ルーンジュエリアはリーザベス神殿の中に建つ大イブン聖殿に居ました。

 目的は新年にかこつけた参拝です。

 この聖殿には預言者たちにまつわる数々の品々が保管展示されています。

 お嬢様はグローリアベルの少し後ろを並んで歩きます。

 二人の後ろにはメイドたちが従います。


「相変わらず冬だと言うのに温かいわね」

「暖房用魔道具と言うのは分かりますが、一日にどれだけの魔石を使っているのかが驚きですわ」


 お嬢様は聖殿の上下前後左右を眺めまわします。

 暖房用の魔道具のみならず、照明用の物もかしに設置されています。

 魔石は魔獣の体内から採取します。

 多くの魔石を使うと言う事は大量の魔獣が狩られていると言う事です。

 いずの国で畜産をしているのかとお嬢様は疑問を抱きます。

 ですがその答えは侯爵令嬢の口から語られます。


「ユーコ、魔石ではなく魔鉱石です。王都、王宮はミカエル産のアレキサンダリウムを使っていますが、神殿が竜魔王国ガリアのカミーラシウムを使っているは公然の事実です」

「ガリアですの?」

「入国を禁じているのは魔人種だけですから貿易を行なう人間種の出入りは自由です。

 カミーラシウムは液状ですからアレキサンダリウムよりも水晶鉱石の選別が容易なので魔力純度が高い魔鉱石を入手しやすいのです」

「ふみ。さすがに侯爵令嬢だけあってリア様はジュエリアよりも知識が豊かですわ」

「これでも本物の姫ですから」


 二人の令嬢は時に立ち止まっては陳列してある物を眺め、ゆっくりと奥への道を歩みます。

 すると最奥、突き当りの壁の方に多くは無いけれども人が集まっている様に気付きます。


「ふみ?人だかりですわ?」

「おかしいですね?この先には礼拝用の天窓しかない筈ですが」


 多くの神々を作った唯一絶対神は只ひとはしらです。

 それを信じる人々の中には作られた神々は神にあらず、使徒や天使に相当するとの考えもあります。

 そのような人々は天上にす唯一神のみをあがめ、偶像を拝みません。

 二人が進む先はそう言った人たちの為に礼拝用天窓がある場所です。


「リア様。あそこですわ」

「――きれいな方ね」

「美しい方ですわ」


 そこには一人の銀髪が美しい少女ときつね色の毛並みが美しい狼が、ともに真上を見上げて祈りを捧げていました。

 少女は両手で優しく胸を抱き、狼はお尻を付けて座ったまま微動だにしません。

 二人は人だかりの理由を察します。

 如何に少女が美しいとは言え、それだけでは人は集まりません。

 けれどもそこに、共に唯一神へ祈りを捧げる狼が居るのならどうでしょう。

 人々は信心深い狼を見る為に集まっていたのでした。

 ですが二人の令嬢は別のものに気を取られます。


「ねえユーコ。あの方って……」

「隣の犬もですわ」


 二人の目に前に居る一人と一頭は胸の中に魔石を持っていました。

 ファイヤースターターとブラッドウルフは大勇者ノートとジュニア王女の情報を求める名目でウエルス王国へ観光に来ていたのです。


 やがて礼拝を終えた少女は胸の前で唯一神を讃える装飾の付いた十字を切り終えます。

 頭を横に向けてそれを見ていた狼は少女と同時にお尻を上げます。

 一人と一頭は二人の令嬢の方へと歩み寄って来ます。

 そしてすれ違いざまに軽くスカートを摘まんで会釈すると出口へ向かっていきました。

 なんとなく二人の令嬢はそのあとを付いて行きます。

 ルーンジュエリアは美しい毛並みの狼を気に入ります。


「可愛い犬ですわ。ジュエリアもあんな犬を飼いたいですわ」


 その声が聞こえたのか、狼が振り返ります。

 けれどもお嬢様は狼が自分を見た事には気付きません。


「ユーコ、違うわよ」

「ふみ?」

「あれ、と言うか、あの方は犬ではありません」

「リア様。あのワンちゃんは犬ではありませんの?」

「やめなさいブラッドウルフ」


 狼は立ち止まってお嬢様に向き直りました。

 少女はそれをたしなめます。

 ですが狼の機嫌は直りません。

 グローリアベルは数歩出て狼の前に立つとスカートを摘まんで膝を折ります。


「申し訳ございません、連れの者の無礼はお詫びいたします。無知ゆえの事だとご容赦をお願いいたします」


 訳の分からないお嬢様は侯爵令嬢に訊ねます。


「リア様。ジュエリアは何かそうをしましたの?」

「ユーコ。あちらの方はルガールだと思います」

「ルガール?ふみ!ルガールですの⁉」


 お嬢様のテンションが何故か上がります。

 一度きょとんとしたお姫様はその理由に思いいたって説明を続けます。


「違うわよユーコ、そのルガールじゃないわ。プレノアで王朝を築いている方のルガールよ」

「ふみ!ルガールが王朝を築いているんですの⁉」

「だーかーらー、そのルガールじゃないって言っているでしょ!

 つまり、あちらの方は狼だって言う事よ!」

「え?狼さんですの?」


 ここでやっとお嬢様は自分の犯した間違いに気が付きます。

 種族を間違われる事を気にする人と気にしない人がいますが、何故か狼系の種族は犬系の種族と間違われる事を嫌がります。

 このルガールもそんな狼系種族の一人でした。


「失礼いたしました、狼様。ジュエリアの行なった無礼はここに謝罪申し上げます」

「ブラッドウルフ?」

(ああ、そうだな。謝罪を受け入れよう)

「ふみい!狼さんがしゃべりましたの」


 銀髪の少女に促された狼はルーンジュエリアを許します。

 ですが当のお嬢様はルガールの使った念話に驚きます。

 その事についてグローリアベルが説明します。


「いや。文化を持っていない種族が王朝を作れる訳、無いでしょ」

「それもそうですわ」

「だけど貴女達凄いわねー。良く彼女がルガールだって分かったわね」


 狼の主人が会話に参加します。

 令嬢二人が気になるのは彼女の種族です。


「リア様。こちらの方はなんですの?」

「さあ。わたしでは分かりません」

「えーと。私はヒューマだけど」

「え?」「ふみ?」


 少女の言葉は即断で否定されます。

 しかしファイヤースターターは自分の変装に自信を持っています。

 興奮気味に高飛車な言葉を口にします。


「なんで信じないのよ!」

「なんでと言われてもー」

「困るわね」

「何処からどう見てもヒューマでしょ」

「え?」「ふみ?」


 ファイヤースターターは二人が魔力を目視確認できる事を知りません。

 そもそもこの世界の常識では魔力を確認する方法は魔法術です。

 目で見えるとか、誰も考えすらしません。

 当然ファイヤースターターもそんな事は考えません。

 だから気になります。


 その一方でグローリアベルは考えます。

 相手の魔力量を見る事が出来る方法があると言う事を魔族に知られる事は嬉しくも好ましくも思えません。

 本来なら念話でルーンジュエリアと相談したいのですが、コレクトと言う短縮呪文ははっきりと意味がある事を相手に気付かれる恐れがあります。

 第一に相手は魔人種です。

 魔法術を使えば魔力の気配を察されても全く不思議とは思えません。

 不用意な事はしないに越した事はありません、と考えます。


「ユーコ。そう言う事にしておきます」

「ふみですわ」

「待ちなさい。私がヒューマではないと言うなら何だって言うの?」

「分かりません」「知りませんわ」

「だったら私はヒューマよね?」

「え?」「ふみ?」


 もしかしたらアルカディアである私の正体がばれているの?

 そうも考えますが目の前の二人からはそんな様子が微塵も感じ取れません。

 ファイヤースターターは二百年以上ぶりに感じる不安に戸惑います。


「まあ、いいわ。ファイヤースターター・エマージェンシーよ。こっちはブラッドウルフ・シャドウバースト・ルガールよ」

(ブラッドウルフだ)

「ご丁寧なご紹介を賜りお礼を申し上げます。わたしはフレイヤデイ侯爵第一女グローリアベル・オブ・アルベリッヒと申します」

「ジュエリアはサンストラック伯爵第二女ルーンジュエリア・オブ・ハッピーレイですわ。お近づきになれました事を嬉しく思います」


 三人と一頭は大聖殿の出口へと向かいます。

 本来の数え方だと四人と表現するのが正しいのですが、今は一人が狼に変身しています。

 ファイヤースターターは平民の名前で自己紹介をしていながら貴族の令嬢二人を前にしてもまったく動じていません。

 この辺りで既にヒューマの常識を持っていない事が読み取れるのですが、二人の令嬢はそれを横に置きます。


「ファイヤースターター様は竜魔王国からおいでですの?」

「ええ。私はバースの上級市民よ」

(おい、姫さん。上級市民は不味いぞ)

「ふみ?狼さん、どういう事ですの?」

「ユーコ。そこは流して差し上げなさい」

「ふみ?」


 竜魔王国においての上級市民はハイクラスという意味ではありません。

 魔人種魔獣種などの魔族を意味します。

 問うに落ちず語るに落ちると言った所です。

 ハッとした表情のファイヤースターターは右手の指先で口を押さえますが時すでに遅しです。


「あー、まー、そうね。お礼くらいは言っておくわ。

 ところで何故ルーンジュエリアの愛称がユーコなのかしら」

「私はユーコにとって特別な存在だから特別な呼び方を許されているのです」

「と、言う事ですわ」

「なーに?それ。面白いわね」


 大聖殿正門前の石段を銀髪の少女は微笑みながら下ります。

 石畳を歩き続けるファイヤースターターの口角が上がります。

 もうすぐ九歳と今年十歳と見掛け十一歳。

 最年長に見受けられる少女は強気の提案をします。


「では私がユーコと呼ぶ事も許しなさい」

「どうしましょっか?リア様」

「ユーコ。彼女に勝てる?」

「魔力量五桁に勝てる訳が無いですわ」

「ちょっと!なんでそれを知ってるのよ!」

「上一桁目、四」

(姫さん!こいつら危険だ!)「大いなる創造神ヤハーよ。ここに束ね授けよ」


 お嬢様の言葉を聞いたファイヤースターターとブラッドウルフに緊張が走ります。

 相手の魔力量を測る魔法術は存在します。

 ですが人間種が魔人種である自分に気付かれずにそれを行なった事にファイヤースターターは脅威を感じます。

 自分の主人が魔力量を測られた事に気付かなかった。

 ブラッドウルフはそこに畏怖を感じます。

 二人の心の内が手に取るように読み取れるグローリアベルはルーンジュエリアの後頭部をハリセンでスパーンと真上からはたき抜きます。


つっ‼︎」「ヒ」


 ため息をいた侯爵令嬢は用済みとなったハリセンを焼却します。

 そして少女と狼に向き直るとスカートを摘まんで膝を折ります。


「重ね重ねの友の無礼をお詫びいたします」

「許しましょう」

(姫さん!)


 ブラッドウルフはお尻を突けて座ります。

 ファイヤースターターは真面目な表情で二人を見つめながら彼女の頭に手を置きます。

 主人の自由にされるままの狼は目を閉じて下を向きます。

 ファイヤースターターがその頭を撫でまわし終えるまでしばらくかかりました。


「ブラッドウルフ。私ね。こう思うの」


 床に座ったままの狼は主人の顔を見上げます。


「私の事を正しく理解していて、それでなお私をからかう。この子達はいざとなったらメイド達を連れて私から逃げきる自信があるのよ、この私からね」


 主人の言葉を聞いた狼は驚いたように目の前に立つ二人の令嬢を見上げます。


「既に自己紹介は終わっているから私はこの二人の自宅を知っている。それでもなおこの二人は私をどうにかできると思っているのよ。面白いとは思わない?」


 さて少女と狼に相対する令嬢二人はこの言葉を聞いてどうするのでしょうか?

 顔を寄せ合い小声で言葉を交わします。


「ファイヤースターター様は他人ひとを買いかぶる癖をお持ちだと考えますわ」

「ユーコのせいよ」

「濡れ衣ですわ」

「なら、向こうに聞いてみる?」

「ジュエリアは墓穴ぼけつを掘る事を好みませんわ」


 二人が銀髪の少女と狼を見ると彼女たちは二人を見つめたまま目を逸らしません。

 ここで侯爵令嬢は折れました。


「分かりました。わたしが誤魔化してみます。

 駄目な様でしたらユーコはレアリセアとチェルシーを連れて逃げなさい。わたしはオーロラ姫にあとを任せて一人で逃げます」

「リア様も大概ですわ」


 話をまとめた二人は離れた所に控えるメイドたちに目を向けます。

 会話を聞いていたのかユリーシャは小さく頷きます。


「ファイヤースターターさん。特別な呼び方を許してもらう為には自分も特別な呼び方をされる必要があります。それはお許し頂けますか?」

「ん?何それ?それもそうか」


 いきなりグローリアベルに話を振られたファイヤースターターはほんの少しの間ですが首をひねります。

 考えているのは特別な呼び方についてです。


「特別な呼び方ってどう言う感じ?」

「例えばチャーリーですわ」

「チャーリー?意味は?」

「天使みたいだからですわ」


 侯爵令嬢はもう一度ハリセンを顕現しようかと考えます。

 今のお姫様はそんな心理的状況です。


「ユーコ。それを言うならブラッドウルフさんがチャーリーです。ファイヤースターターさんがエンジェルなのでしょう?」

「何それ!私がチャーリーだとブラッドウルフがエンジェルになるの?いいわ、それいい。私をチャーリーと呼びなさい!」

(姫さん。自分が言っている事を理解しているのか?)

「エンジェル。私はチャーリーよ。今日からチャーリーと呼びなさい」


 自分の主人の命令を聞き終わった狼はしばしの間うなだれると二人を見上げました。


(恨むぞ、お前達)

「知ーらない」

「聞こえない聞こえない」


 グローリアベルとルーンジュエリアは両手で耳を塞ぎます。

 念話ですからそんな事に意味はない訳ですが、そこは気の持ちようです。

 ブラッドウルフも自分が念話で話している事を忘れて愚痴る事を諦めます。


「ではチャーリー。わたしをリアと呼ぶ事を許します」

「ふみ。ジュエリアはユーコです。よろしくですわ、チャーリー。エンジェル」

「ん?リアは普通なんて呼ばれているの?」

「わたしはベルです。リアと呼ぶ事を許しているのはあなた方三人だけです」

(おい、俺もはいっているのか?)

「ですわ。チャーリーとエンジェルはセットですわ」

「うふ。笑ったわ。じゃあね。また会いましょう、リア。ユーコ」

「またお会いしましょうチャーリー」

「ふみ」


 一人と一頭はメイドたちの方へ歩き去る二人の少女を見送ります。


「エンジェル。あの子達の事をどう思う?」

(おい!まだ続けるのか!)

「当然でしょ。ったらかしにはできないでしょ?」

(そうだな)


 再び会う事を考えるなら、この言葉遊びは続けておいた方が無難です。

 ブラッドウルフもその事を理解します。

 メイドがうしろに従うのを確認する振りをしてグローリアベルはルーンジュエリアの後頭部をハリセンで真横からはたきます。

 笑みを浮かべてそれを見守りながらファイヤースターターはつぶやきます。


「野放しにはできないわよね。処分対象かな?」


 一人と一頭はルーンジュエリア達に背を向けて歩き始めました。

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