095 標16話 ホラー男爵の冒険ですわ 7
竜魔王国東方にある水晶鉱石国家ガリアロデーズ。
その中央大平原にある要都レイザーリムに征夷大将軍ポルターガイストの居城はあります。
玉座に鎮座する紅衣の仮面騎士、彼こそがポルターガイストです。
今、彼はカクテル常任将軍の報告を受けています。
その御前、左右に五つずつ並ぶ常任将軍立ち席には黒衣の軍服を着こんだ数人の将軍が控えます。
不在の将軍席にはメイド服を身にまとった副官、あるいは補佐官が控えます。
慣例として代理出席であれば軍服、オブザーバー出席であれば執事服かメイド服です。
カクテルはその将軍たちの前、御前中央に立っています。
「月面基地のヘルバスターからの報告では水晶結晶の成長を終了。
「うむ。ヘルバスターには慌てず急いで正確になと伝えよ」
「は!」
その言葉を聞いたカクテルはヘルバスターを
ヘルバスターはザダムと呼ばれるドラゴン種です。
一般的には双頭三脚連邪の方が通りが良いでしょう。
それぞれ二本ずつの角を持つ二つの頭に二本の前足、複胴の体に三本の後ろ足。
たぐい稀なる力を持つドラゴンだからこそ彼は宇宙での任務を与えられたのです。
目的は超破壊兵器の製造。
超常の寿命を持つ魔人種にとっては誇れる仕事です。
ガリアロデーズでは二種類のエネルギー鉱石、いわゆる魔力鉱石・魔鉱石が産出されます。
その力を用いてポルターガイストは宇宙へ進出しました。
魔鉱石の一つはアレキサンダリウム、植物魔獣の魔石が地中に埋もれて鉱質化した物です。
これとは別に動物魔獣の魔石が鉱質化した魔力鉱石もあります。
魔力鉱石の魔力が再結晶化した純度の高い物を特に水晶鉱石と呼んで珍重します。
植物が石炭に、動物の脂が石油に、珊瑚が石灰岩になった様な物です。
「今更ながらマジカルプリンスのご聡明には頭が下がります。
「うん?カクテル。お前たちには言っていなかったな」
「は?何がでございましょう」
特に重要な案件ではないかの如くポルターガイストは口にします。
しかしそれは聞く者にとって驚くべき内容です。
「ヘルレーザーの考案者は余ではない。余はそれを知っていたに過ぎぬ」
「まさか。あれを考え出した方がマジカルプリンスではないと言われるのですか?」
「そうだ。余は賢者に過ぎぬ。ただ、知っているものに形を与えただけである」
「まさか」「そんな馬鹿な」「有り得ん!」
ヘルレーザー。それは単純な構造です。
ゴドム式成長法で無重力真空中に巨大な単一結晶の水晶を作ります。
これを研磨加工して凸レンズを作ります。
その四方に姿勢制御用魔道具を設置して終わりです。
ただ、問題はその大きさです。
長径三十キロメートル。
これができるからこそポルターガイストです。
「では、一体だれが……」
「そうだな」
玉座に腰掛けて頬杖を突く大将軍を居並ぶ将軍たちは見つめます。
「天才。そう、只の天才だ。余は彼の知識を知るすべを持っていた。それ以上の何者でもあらぬ」
そう言ったポルターガイストは過去を思い出します。
それは若かりし日の事です。
彼はスクリーン大山脈を登りました。
目的は確認です。
大地が丸いか?この大地は球なのか?その確認です。
前人未踏とも思える過酷な旅でした。
そしてポルターガイストの見下ろす山頂の向こうには雲海が広がっていました。
彼は雲が消えるのを待ちました。
三日たち、四日経ち、一週間が過ぎました。
そして彼は見ました。
眼下に広がる緑の大森林と大平原。
そして気高い山麓と丸い水平線の彼方に浮かぶ大きな三つの島と一つの群島です。
「おおーー!」
この日、ポルターガイストは見えない筈のものを見ました。
遥かな波の向こう、水平線の彼方に隠れている筈の大陸です。
その上空にある大魔法陣ハピネス・レストアが作る屈折はその大陸の姿をポルターガイストに示しました。
大ウルップ大陸、自分達とは交わる筈が無い阿修羅の国。
これこそが彼の仮想敵国です。
戦えば負ける。戦う前に勝たなければならぬ。
ポルターガイストはそう決意しました。
大将軍は物思いにふけります。
控える将軍たちはそれを見守ります。
その静寂に包まれていた玉座の
初めて聞く種類の音に居並ぶ全員が辺りを見回します。
しかし、その中においてポルターガイストただ一人だけが事態を把握します。
玉座より立ち上がって呟きます。
「バロン将軍が敗れる。見殺しにはできん」
そして左手を大きくかざし目の前に立つカクテル将軍の足元、床へと目を向けます。
「ハスラー‼︎」
『は!マジカルプリンス万歳!』
その床は大将軍の声と共にパネルスクリーンへと変わります。
そこに映ったハスラー将軍は手のひらを見せた右手の指先を自分のこめかみに当てました。
赤き水の流れが如く、バロン将軍救出の準備は既に整っていたのです。
「ポルターガイスト閣下の勅令が下った。ハスラー軍・全飛行魔獣軍団、出撃!」
陣頭指揮をとるハスラーは小山の上に立っています。
眼下にはせわしく動き回る魔人兵と魔獣兵たちの姿があります。
「全ワープカタパルト、起動準備よろし」
「光波ベルト、探査開始。探査と同時に瞬間転送を行なう」
「第一陣ワープカタパルト起動。続いて第二陣はワープカタパルトへの移動を開始せよ」
「第二陣のワープカタパルト転送終了後、第三陣はワープカタパルトへの移動を行なう。第三陣は待機せよ」
それぞれの魔方陣からは光束が空の彼方へ
その光線は一度横へ折れ曲がると更に反射して再び地上を目指す事が見て取れます。
「ワープカタパルトの転送は個別の判断で実行せよ。一刻も早く、一体でも多くが念頭だ!」
十基の転送魔方陣を見下ろしてハスラーは檄を飛ばします。
ですがこの世界の常識では見えない所への転移は危険な行動です。
ハスラー軍はどの様にして安全を確認しているのでしょうか?
かつてルーンジュエリアは高高度上空において目視確認を行なう超長距離転移手段を考案しました。
それに対してポルターガイストはレーザー光線の反射所要時間を算出する事での安全確認手段を完成します。
光が通過するのであれば障害物は無いからそのルート上は安全であると言う根拠です。
この安全探査に使われる光波ベルトはそれなりの太さと空気中しか通過できない特性を持っています。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なんだ!何が起こっている!」
「空に魔獣が次々と現れているぞ!」
衛星軌道上にある反射板搭載魔道具はスターライト・シャワーを始め、複数の目的で兼用されています。
ですから勇者たちには光波ベルトとスターライト・シャワーの区別ができません。
命中しても爆発しないのだからスターライト・シャワーではないだろうと言う判断です。
もちろんバロンも光波ベルトの存在は知りません。
レーザー光線の通過ルート上に現れる飛行魔獣たちは勇者たち四人から見ると、まるで光波ベルトで移送された如くです。
次々に出現する空中の魔獣たちに勇者たちは困惑します。
しかしこの程度の魔獣であれば我々だけで対処できる。
イドとガハマはそう考えます。
ですがノートだけは光波ベルトを見た事がありました。
それはかつての戦いです。
相手は魔獣軍団を率いた恐るべき常任将軍でした。
「ハスラーだ」
「ハスラー?」
「これはハスラーだ。奴が出て来たんだ」
「ハスラーが?」
二人の勇者もハスラーの手強さ、恐ろしさはノートから聞いて知っています。
当然バロンは彼を知っています。
大勇者ノートは地面に横たわるバロン将軍に提案します。
「バロン。ここは痛み分けと行かないか?」
「なんだと?ノート。どういう意味だ?」
バロンはノートに目を合わせたまま問い掛けます。
「ハスラーの目的はお前の安全な退却だ。上空にいる魔獣は俺達に対する脅しに過ぎない」
「脅し?」
「そうだ。
俺達とてお前たち全てを相手に勝つ自信はある。しかしハスラーはこれ以上の数の飛行魔獣軍団をリーザベスに送る事ができる。
王都を戦場にする事は俺達の本意ではない」
この台詞はバロンを驚かせます。
彼は自分の価値をもっと軽く見積もっていました。
「儂一人の命の為に竜魔王国が人間種と全面戦争に入る訳か。この老いぼれの命を高く見積もり過ぎだな」
「ハスラーが出てきたと言う事はその覚悟があると言う事だ」
「分かった、転進しよう」
「感謝する」
バロンの合図に気付いたのか、ガーゴイルが二体下りて来ました。
そしてバロンの身体を両側から支え持つと、空へ向かって飛び立ちます。
三人の勇者は黙ってそれを見送ります。
理屈の不明な魔法兵器で予想できない攻撃を仕掛けてくる、恐るべき敵ポルターガイスト。
大勇者ノート一行はその力、まだ隠されている筈の秘密兵器の数々を思って心が重くなります。
しかしウエルス王国にはたった一人だけこれらの魔法兵器を正しく理解できるお嬢様がいます。
もしもそのお嬢様がこの空想科学兵器群を見たらどう行動するのでしょうか?
ですがお嬢様とポルターガイストが運命の出会いを
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