094 標16話 ホラー男爵の冒険ですわ 6
ジュニア王女の情報を求めてボルストへの道を急ぐ竜魔王国の勇猛バロン将軍。
現在の目標は中間地点ディアバス子爵領です。
しかしバロンにとってガルン山脈への灯台とも思えていたディアバス子爵領にはクラウドアトラスの片棒を担いだ大勇者ノート一行が待ち構えています。
儂は無事にディアバスを抜けられるのだろうか。
バロン将軍は道を急ぎます。
そして
先ずは辺りを確認します。
「拍子抜けだな」
湖には誰もいません。
罠も見当たりません。
もっとも見当たる様な罠なら役には立ちません。
バロンは湖面を歩きます。
むさ苦しい皮鎧の髭もじゃ冒険者は水の上を歩いてその中央に立ちました。
この湖は
縦十キロメートル、横五キロメートル程の大きさです。
バロンは足元の水の中を覗き込みます。
次に空を仰ぎます。
その瞬間、周囲の湖畔三か所で爆発が起きます。
魔人種であるバロンはその驚異的な動体視力で察知します。
何かが飛んできます。
目標は自分、着弾は同時、弾は三人の人間です。
両手で頭上に剣を掲げた男たちが頭から自分目掛けて突っ込んで来ます!
「なんと!人間砲弾か‼︎」
「「取ったー‼︎」」
迎え撃つバロンはシナノのスキル斬撃二倍でその剣をいなします。
しかしその右後ろからは
それをシナノの牙突三倍で切っ先を突いて押し返します。
「ち!あー」
「ったー!」
ガハマは水面を蹴ってバロンの背中へ切りかかります。
イドは逆さまに落下しながら湖に落ちる直前で向こう脛を薙ごうとします。
バロンは飛び上がると同時に両足を左右へ大きく開き前転する事で二人の剣を交わします。
ですが敵はもう一人います。
「うーーーー。をわっとあー‼︎」
わずかな時間差で
やはりノートは大勇者だけの事はあります。
カウンターを狙ったシナノの斬撃をものともせずにバロンと剣腹を合わせて鍔迫り合います。
「バロン。今日が貴様の、命日だ!」
「その言葉地獄で後悔、せよ!くふふ」
ですが今は三対一です。
「あちゃーあ!」
イドはノートの後ろから飛び出すとその横に並んで剣を振り下ろします。
ガハマは背中から袈裟懸けに首を跳ねようと剣を振ります。
混戦ではまずい!
バロンはノートの剣を呼び込んでそのまま後ろへ飛び退きます。
そして水壁の様に高く飛沫の尾を引きながら一直線に距離を取ります。
残る三人はそれを追います。
湖面に
ホバー走行を続ける四人は空気を切り裂き、爆音を立てます。
やがてその平行線は曲線となり交互に交差し合います。
時々線が途切れるのは空中殺法が振るわれるからです。
前から横から後ろからバロンに向かって三人の勇者の剣が襲い掛かります。
「何故死なぬ!」
イドの叫びにバロンは笑みを浮かべます。
剣だけではとどめをさせん!
勇者たちは剣戟に体術を交え始めます。
イドは腰の鞘に剣を納めて両の拳を交互に打ち出します。
胸元からえぐり込むように打たれたパンチをバロンは剣を持った腕で振り払います。
ですがイドはそれさえも読んでいました。
反対の腕でバロンのこめかみを狙います。
バロンはその腕に自分の腕をクロスさせてカウンターを放ちます。
イドとバロン、二人のストレートパンチは腕を絡ませて互いに相手のテンプルへと突き刺さります。
その背後でガハマは水面に両手を突いて倒立で脚を振り回します。
バロンは腕を絡めたままイドを杖にして倒立します。
イドが湖面へ倒れた時、バロンとガハマは互いの脚を打ち合わせていました。
ガハマはその勢いを殺さずに絡めた足を支点にしてバロンの上を取ります。
バロンはイドの身体に両手を突くと伸身バク転でガハマの下から飛び去ります。
が、既にその真後ろには大勇者が待ち構えています。
両手を胸の前に構えて魔法術の呪文を叫びます。
「
ノートの腕から白熱化したファイアーボールが放たれます。
ぎりぎりのタイミングでバロンはこれをシナノを使って滅多斬りにして抑えます。
「くふふふ。不味いな、これは不味い」
そう言ってバロンは笑います。
口角を上げた笑みを浮かべます。
そう言えばもう一振り剣があったな。
空間収納の中に一度折れた剣を直してしまってある事を思い出します。
(ここで使えば間違いなくまた折れる。だが、折れた剣にはそれなりに使い道があるな)
バロンは取り出した剣を両手で顔の前に立てて持ちます。
次にそのまま体ごと横を向きました。
立てたままのその剣を静かに右肩の前まで引き寄せます。
そして最後にその顔を、顔だけを三人の勇者たちに向けます。
勇者たちは戸惑います。
なぜならバロンは持っている剣で自分を守っていません。
どちらかと言うと相手の攻撃を待ち構えているようです。
肉を切らせて骨を断つ。
カウンター目的だろうと推測できます。
「奴め。恐怖でおかしくなったか」
「何を考えているんだ。隙だらけの身体で覚悟を決めたのか?」
「それともまだ秘策が!」
「しかし、奴の手は既に封じた」
イドとガハマは躊躇します。
ですがノートは決断します。
「勝負だ!バロン‼︎」
ノートは高く飛び上がります。
大きく体を反らせると自分の剣、断空の剣をバロン目掛けて投げつけます。
対するバロンの剣はシナノではありません。
バロンは片膝を突きノートの剣を見事に打ち返しますが、当然の様にその剣は折れ飛びます。
剣の切っ先はノートの胸に突き刺さります。
しかし相手は大勇者ノートです。
この程度の攻撃で致命傷を与える事が無理な事は百も承知ですから一瞬の隙をつくれられたらそれで構いません。
バロンは反撃を開始します。
「インベントリー!」
バロンは空間収納から細く短い棒を取り出します。
その数八本。
両手の五本の指で四本ずつ挟み持ちます。
そして両腕を左右に広げて叫びます。
「ブイワン・ホッパー!ブイツー・ホッパー!」
「奴め、何をする気だ?」
ガハマはその様を観察します。
ノートとイドも、はやる気持ちを抑えます。
バロンの両手に持った棒は筒でした。
そこから射出された火の玉は湖畔に命中すると魔方陣を作成します。
次に前後へ一つずつ、そして斜め方向をも狙います。
「ブイファイブ・ホッパー!ブイシックス・ホッパー!」
バロンは八方の湖畔に魔方陣を展開します。
勇者たちはバロンと魔方陣のどちらに注意を払うべきかで悩みます。
結論、バロン倒すべし。
三人の勇者が前と左右から挑みかかろうとしたその瞬間、バロンはアーマードスケルトンである正体を現します。
「まさか!よけろ、イド!ガハマ‼︎」
大勇者ノートが右横から寄っていたイドに飛びつき、押し飛ばすのと同時にバロンの肋骨の間から前後左右へと太い光束が放出されます。
その光の束は湖畔に展開する魔方陣に反射して上空へホップすると、そのまま直ぐに湖上に立つ勇者たちを直撃します。
「ノート!ガハマ‼︎」
「くはははは」
ノートに助けられたイドだけは無事でした。
不敵に笑うバロンは連続で胸と背中から光線を出し続けます。
「くそ!奴め、魔法術を強化していやがる!」
ノートが知る前回の闘いとはその攻撃力がはっきりと違います。
「あれからまだ一か月も経っていないんだぞ!」
バロンは今、三人を相手に戦っています。
それにも関わらず前回の自分に対する攻撃よりも手数が増えています。
ノートはパーティーを組む二人を見ます。
そして一時的な退却の手順を模索します。
一方でバロンはカクテル常任技術将軍との会見を思い返していました。
天空魔竜エクスバーンとの会見を終え、ハスラー常任将軍からウルトラサインを受け取ったバロンはジュニア王女探索班と会合しました。
そこでハスラーの後続としてやって来たカクテルと顔を合わせたのです。
カクテルは説明します。
「新スターライト・シャワーは従来の反射装甲を使用するものとは違い、反射板搭載魔方陣でレーザー光線を反射します。これによって敵を包囲殲滅できるばかりではなく、反射板の使い捨てを可能にした事で反射装甲の防御と言う煩わしさから解放されます。
バロン将軍、ノートはまだ我々の動きに気付いておりません。叩くなら今です!」
「くははは、くはははははははは」
その笑い声が過去のものか、今のものか、それはバロン自身にも分かりません。
ただ一つはっきりしているのはその白い光が輝く度に三人の勇者たちは窮地に追い込まれていくのです。
もしもノートが一人で戦っていたのなら諦めて逃げたかもしれません。
ですが今のノートには信じられる二人の友がいます。
「イド。ガハマ。あの光線を抑えられるか?」
愚手と分っていてもノートは二人の元へと駆け寄ります。
そして身を捨てる事を願います。
一塊となった三人目掛けて攻撃が集中します。
「勝てるのか?」
「判らん」
「あいやー」
「期待するなよ。やって見るだけだ」
「上は任せろ」
「助かる」
二人の勇者は剣を振り回して傘を作ります。
守るのは大勇者ノート只一人。
敵の攻撃が自分に直撃しようともそれを防御なんかしません。
そしてノートはバロン目掛けて突っ走ります。
上空からの攻撃なんか気にしません。
自分の友がやると言った。
それを疑うのは恥ずべき行為です。
だから見つめるのは目の前の敵だけです。
勇者のパーティーは互いの仕事を確認しません。
自分が為すべき仕事をするだけです。
だからこそ勇猛バロン将軍を追い詰める事が出来るのです。
「くそう。奴らは死ぬ気か?」
今、バロンは有り得ないものを見ていました。
自分に向かって全力で走って来る三人の勇者たちです。
一人は何も考えずに一直線に突っ込んで来ます。
それは大勇者ノートです。
残る二人は走りながら剣を振り回してスターライト・シャワーの攻撃を跳ね返しています。
そして、二人共に自分に命中する攻撃には意を介しません。
バロンはスターライト・シャワーの攻撃を厚くします。
ですが三人の速度は落ちません。
「とどめだ、バローン‼︎」
遂に大勇者ノートの剣はバロンの胸に突き刺さります。
もちろんアーマードスケルトンであるバロンにダメージはありません。
しかしその肋骨の間をすり抜けたノートの剣はスターライト・シャワーの魔法兵器を破壊します。
その爆発はバロンの身体を半壊し、背後の湖畔へと吹き飛ばします。
下半身を吹き飛ばされたバロンは満足に身動きができません。
損傷が大きすぎて空を飛ぶ事も不可能です。
バロンは空を見上げます。
「くふふ。儂もここまでか」
視線を下に戻すと三人の勇者たちが歩み寄って来ます。
せめて最後はきれいに散ろう。
バロンは覚悟を決めました。
「終わったな、バロン」
「うむ、終わったな。儂の負けだよノート」
その柔らかい冒険者の笑顔に三人の勇者たちは気を緩めます。
ノートはバロンの前に立つと剣を両手で逆手に構えます。
「覚悟はいいか?」
「覚悟?そうか、そうだな。覚悟はできたよ。インベントリー」
「バロン!貴様!」
「往生際が悪いぞ、バロン!」
「お前たち二人は飛んだ貧乏くじだったな、イド。ガハマ。」
バロンはその左手に一個の陶器玉を持っています。
対魔石か?抗魔石か?
勇者たちに緊張が走ります。
ですがそれらでは剣の攻撃を防げません。
戸惑う勇者たちを見渡したバロンはノートに向かってこう言います。
「くくくくく、ノート。儂が死ぬ時はお前も死ぬ時だ」
「なんだと?」
「どういう意味だ!」
「これがなんだか解るか?」
緊張が走る三人の勇者はバロンが持つ小さな陶器玉を見つめます。
けれども相手への警戒態勢は崩しません。
バロンはノートの左右に並び立つ二人の勇者を見つめます。
そして大勇者を睨みます。
「お前たち二人に執着は無い。だが、ノート。貴様だけは地獄へ連れてゆく。
これこそはおまえを倒す為にポルターガイスト様から授かった最後の兵器だ。
見よ、ウルトラサイン!」
バロンは手に持ったままで玉を地面にたたきつけます。
二人の勇者は腰の剣に手を掛けます。
玉は割れました。
ですが何も起こりません。
いいえ、起ってはいました。
頭上の空で小さな音がしました。
見上げた空には見た事も無い白いマークが三個並んでいます。
「「「なんだ?」」」
勇者たちは地面に放り出されているバロンを見下ろします。
ですがバロンの顔も戸惑いを隠せていません。
程無くして湖に一本の光束が落ちました。
スターライト・シャワーか‼︎
三人の勇者たちに緊張が走ります。
ですが爆発が起きません。
今の光はなんだったのか?
四人はレーザー光線が落ちてきた空を見上げます。
空に小さな何かが居ます。
だからバロンはつぶやきます。
「なんだ?あれは」
四人が見上げた空には一匹のガーゴイルが浮かんでいました。
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