088 標15話 エリスセイラ・哀しく美しくですわ 6


 二人の後ろに広がる小さな草原の奥にある林から現れた騎士たちはエリスセイラとトビーに歩み寄ります。

 両者の距離が十メートルほどに近づいた時、エリスセイラは前に出て声を上げました。


「このわたくしをエリスセイラ・オブ・ローゼンヘレン=ジェントライトと知っての狼藉ですか!」

「そうだよ。エリス令嬢」


 六騎士の中ほどから一人だけ歩み出た男がそれに答えます。

 エリスセイラの後ろではトビーが訴える様に言葉を発します。


「何故……。何故お前達、サイバーキメラがここにいる?」

「簡単な事だ」

「トビトカゲスフィンクスがいるのだ。私達がいてもおかしくないだろう」


 さして大きくもないその声は騎士たちに届きました。

 まるでそれが当然の事であるかの様な内容の返答が届きます。

 エリスセイラは自分に答えた騎士を見つめて要件を問います。


「それで?わたくしにどの様な御用でございますか?」

「死んで頂きたい」「貴様‼︎」


 相手の答えと同時にトビーが叫びます。

 前に飛び出そうとする彼をエリスセイラは右腕で制します。


「左様でございますか。ところで、訊ねればその理由を教えて頂けるものでございますか?」

「そうだな……」

「化け物!」


 エリスセイラと会話していた騎士は自分が被っていた兜を外します。

 そこから出てきたものは異形の顔です。

 右半分と口元は蜂、左半分はすずめ、どう見ても魔獣ではありません。

 人と虫と鳥の合体したその姿は、キメラとトビーが呼んだのもあながち間違いないと思わせます。


「そうだ、俺は化け物だ。竜巻よ、いかづちよ、れ‼︎」


 外した兜を左手で腰に持った騎士は右手を振るいます。

 百メートルほど離れた先に直径十メートルを超える竜巻が吹き荒れます。

 それは天に昇るほど大きく広がり、空に広がる黒雲の中では雲雷が荒れ狂います。


(あり得ません!この魔法術の力はまさにルーンジュエリア様――いいえ、それ以上!)


 エリスセイラはルーンジュエリアに同じ事ができるかどうかと考えます。

 できないかも知れませぬ。

 相手の魔法術は脅威です。

 恐れおののくエリスセイラに対して異形の騎士は言葉を続けます。


「しかしこのキイロスズメバチ!いな!我々、ベール騎士団は人間ひとの心を捨ててはいない!」

「ならば何故なにゆえにか弱き子供であるわたくしの命を狙います!」

「全てはヒューマの為!人と世界の未来の為!我々の非道をゆるして頂きたい」

「許さん。許せる訳がない。ハン!」

「トビー……。なぜ貴方がその治癒魔法術を……」


 突如二人の会話に割って入ったトビーはエリスセイラの前に立ちます。

 自分の肩に刺さった矢を鷲掴みにして引き抜くと短縮呪文を詠唱して、その怪我を治します。

 エリスセイラは一瞬で深手を癒したその魔力量に驚きます。

 とてもではありませんが、一介の商人には見えません。

 そのトビーの姿に触発されたのか、相手側でも動きがありました。

 一人の騎士がキイロスズメバチ士団長に近づいて具申します。


「士団長。この者の相手はわたくしにお任せください」

「焦るな、ミドリカニコウモリ。大総裁閣下のお言葉を思い出せ。閣下は歴史の強制修正力を懸念されておられた。

 もしも無理にエリス令嬢に危害を加えようものなら、彼女の二人の親友がその窮地を救いに来るかも知れない。現れるのが自分ならば良い。けれども大神官だけは敵に回してはならぬ。大総裁閣下がそうおおせられていたのは覚えていよう」


 キイロスズメバチ士団長と騎士はエリスセイラへ顔を向けます。


「我々の使命は万難を排し達成せねばならぬ。まずはあの者の排斥はいせきを優先すべきだろう」

「は!」


 その言葉に残りの四騎士もトビーへ顔を向けます。

 もしも自分の排除が優先されるのならば、まだセイラ様を守るチャンスはある!

 決意したトビーは騎士たちに向かって叫びます。


「確認しておきたい‼︎」

「なにかな⁉」


 キイロスズメバチ士団長はトビーに体ごと向き合います。


「私が倒れるまでお前達がエリス様に手を出さないと約束してくれるか⁉」

「ふっ。出したくても手を出せないという表現が正しいな。

 よかろう!約束しよう!しかし、まず最初に我々全員でお前を倒す!これは変えられぬ!」

「いいだろう‼︎」


 エリスセイラはトビーの服をつかみます。

 自分を見つめるまなざしに対して、何度も首を横に振って見せます。

 トビーはその手を握ります。

 彼女の指を一本ずつ離していきます。


「エリス様、お聞きになられた通りです。行って参ります」

「なりません。あの様な化け物達が相手ではトビーが……トビーが殺されます!」

「ご安心ください。おれも、化け物っスよ」

「トビー……」


 トビーは片膝を突いて、エリスセイラの顔を見上げる様にのぞき込みます。


「エリス様に、一つだけお願いがあるんスけどいいっスか?」

「――はい……」

「ルーンジュエリア様にお頼みして、その記憶をご入手してください」

「――それは、……何故でございましょう?」

「もう一度、おれ達二人が巡り合う為っス。例えおれがここで死んでもいつかまたもう一度、二人は巡り会えます。その為の布石って言うやつっス」

「なりません、トビー!あなたは死んではいけません」

「おれだって死ぬ気はさらさらないっスよ」

「分かりました……必ずやトビーのご意思を叶えます。ですから、終わったら共に屋敷へ帰りましょう」

「はい、エリス様」


 そう言うとトビーは立ち上がり、騎士たちの方へ歩き出します。

 ですがその歩みはすぐに止まります。

 エリスセイラが再び背中の裾をつかんでいました。

 トビーは優しくその手を、その指を外します。


「じゃあ、行ってくるっス。ちゃちゃーっと片付けてくるっスから」

「ご武運を」


 トビーは再び歩き始めます。

 けれど頭上の違和感を感じ取り、振り向きざまに魔法術を起動します。


「キャー!」

「く!ヤー、ハン」


 転移魔法でしょうか?

 剣を振りかぶった一人の騎士がエリスセイラ目掛けて空中から飛び降りてきました。

 トビーはその騎士を自分の髪で作ったコロニーで串刺します。

 負傷した騎士は自力でコロニーを抜き取ると、治癒魔法術でその怪我を癒します。

 トビーは怒鳴ります。


「卑怯だぞ、ベール騎士団!」

「クロイタチザメ!」


 キイロスズメバチ士団長が叫びます。


「戻れ!これは俺の命令だ」

「は!」


 先走った部下の帰還を確認したあとで彼はエリスセイラに頭を下げました。


「エリス令嬢!――部下の無礼を謝罪する」


 そして草原の奥にある林へ向かいます。

 五人の騎士がその後ろを従います。

 そして最後にトビーが続きます。


 やがて七人が消えた林の中からいくつもの爆発音が聞こえ始めます。

 木々の倒れる音が何度も聞こえてきます。

 居ても立ってもいられなくなったエリスセイラは林に向かって駆け出しました。


「トビー‼︎」


 下草の深い林の中をドレスの破れる事さえ意に介さず走り続けます。


「トビー!トビー!トビー‼︎」


 エリスセイラは戦場と思われる広場へたどり着きます。

 ですがそこに立っているのは四人の騎士だけです。

 トビーの姿はありません。

 そして彼女が目にしたのは、一人の騎士が逆手に持った剣を地面に向かって突き下ろす姿でした。


「トビー‼︎」


 大きく叫んだエリスセイラはよろよろとふらつく足取りで、騎士たちの元へと歩き始めます。

 それに気づいた騎士の一人が彼女へと迫ります。

 ですがエリスセイラはそれを気にしません。

 瞳に移るのは騎士たちの足元にある草むらです。

 歩みながらその場所へ向かって両手を差し出します。

 キイロスズメバチ士団長は剣を振り上げます。


「お覚悟を」


 エリスセイラがキイロスズメバチ士団長の横を通り過ぎようとした時にそれは起きました。

 騎士たちのさらに奥の草むらに地面から天に向かって光の柱が立ち昇ります。

 三人の騎士たちに緊張が走ります。

 エリスセイラは呆けた瞳でその光柱を眺めます。


「ゴーレム、エリスー」


 その光柱の中に両手を開いた人影が浮かびます。

 その声は女性です。

 やがて光が消え去るとそこには一人の貴婦人が立っていました。


「女官長!」

「ゴーレムエリス女官長」

「ばかな。なんでゴーレムエリス女官長がここにる……」

「あらあらあらあらあら、うふふふふふふふふふ」


 騒然とする騎士たちに対して、貴婦人は優しい笑みを浮かべています。


「騒ぐな!女官長がここにいると言う事は向こうにはいないと言う事だ!」

「そうか!」

「確かに。で、あるなら」

「死ねー!」

「うふふふふふふふふふ」


 貴婦人に対して三人の騎士は剣を振りかざして飛び掛かります。

 そしてその剣が貴婦人に触れた瞬間、轟音を伴った爆発が起きます。

 その爆発で三人の騎士は体ごと大地に打ち付けられ、動きを止めます。

 残ったのはキイロスズメバチ士団長、一人です。


「これが歴史の強制修正力。もはやここまでか!」

「あらあらあらあらあら。貴方で最後のようね。さっさと終わらせましょう?」

「ああ、そうだな。しかし、お前にも道連れになってもらうぞ女官長。滅びよ!ゴーレムエリス‼︎」

「うふふふふふふふふふ」


 キイロスズメバチ士団長はゴーレムエリスの額目掛けて剣を振り下ろします。

 しかしその剣はゴーレムエリスを傷つける事、叶いません。

 さきの三騎士と同様に剣が当たった瞬間に起きた爆発で爆死します。

 貴婦人は地面に横たわっているトビーの体を抱き起しました。


「トビー」


 彼の姿を目にしたエリスセイラはその名を呼びました。

 トビーの体を横抱きにした貴婦人は、その声に気付いたのか、エリスセイラへ優しく微笑みかけます。

 その笑顔は優しい淑女ですがその実力は魔族に匹敵するとエリスセイラは考えます。

 ですが意を決して願い出ます。


「お願いでございます。トビーをわたくしにお返しください。お願いでございます……」


 優しく微笑む貴婦人は困った様に首を傾げます。

 エリスセイラはゆっくりと、小さくながらもしっかりとした足取りで彼女に歩み寄ります。

 貴婦人はそれに合わせて後ろへ下がります。

 エリスセイラが立ち止まった事で貴婦人は後ずさるのをやめました。

 それでいて傾げた首でうつむいて、困り顔で上目を使います。

 ワープ。

 貴婦人は小さくつぶやきます。

 そしてそれはエリスセイラへ事の終わりを教えます。


 誰もいない林の中でエリスセイラの時間が止まります。

 あっと気付いて左右、前後、上空へと目を走らせます。

 視線だけでなく、顔ごと、体ごと目を皿にして辺りを見渡します。


「トビー‼︎ィ」


 それが無駄な努力だと気づいたのか、少女は自分の屋敷に向かって走り出していました。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 馬の世話をしていたリリーアンティークは息を切らした自分の主人を目にしました。


「あれ?エリスセイラ様、何か御用ですか?」


 しかしすぐにその様子がいつもと違う事に気付きます。

 陽が高い頃にエリスセイラはトビーと二人で出かけました。

 そして今、自分の主人は一人でここに帰ってきました。

 何かがあったのか?

 リリーアンティークの胸に不安が広がります。


「あのー。トビー様と何かあったんですか?」


 ジェントライト領に危険な魔獣はいませんが、不安は最悪の状況すら予想させます。

 リリーアンティークの主人は簡単に慌てる様な人間ではありません。


「エリスセイラ様!」


 息が整ったためかエリスセイラの目に生気が戻ります。

 

「リリー」

「はい」

「これより、今すぐに、わたくしをルーンジュエリア様のもとへとお連れなさい」

「受命いたしました」


 二人が乗った馬は日暮れの山道を駆けました。

 侍従の報告を受けたルーンジュエリアは玄関先まで出てエリスセイラを迎えます。


「セイラ。ジュエリアに何か用ですの?」


 エリスセイラが馬で山道を駆けたのは一時間ほどです。

 その間に彼女の決意は固まっていました。

 お嬢様はそれに気が付きます。


 男爵令嬢は優雅にスカートをつまみます。

 そして、言葉を口にします。


「ルーンジュエリア様。……わたくしは、ルーンジュエリア様にお願いがあって参りましてございます

 わたくしにルーンジュエリア様のご英知をお授けください!」

「セイラ……。何がありましたの?」


 ルーンジュエリア様のご記憶など、恐れ多くて頂けない。

 かつてそう言っていた自分の親友がその言葉を返しました。

 お嬢様はそれを驚きます。


「わたくしでは分からぬ事でございます。何卒なにとぞ今すぐにわたくしの記憶をお受け取りください。

 そして、ルーンジュエリア様のご智慧をわたくしにお授けください。わたくしがトビーの意志を受け継ぐ、その為のご助力を賜りたくございます」

「それは構いませんわ。ですがそこにセイラの意思はありますの?」

「トビーの言葉が真実であれば、それこそがこれよりのわたくしの意志でございます。それを見極める力をわたくしにお授けください。

 その為にご必要なればこそ、わたくしの全ての記憶をルーンジュエリア様に献上するものでございます」

「ふみ。よく言いましたセイラ。アイ、オー」


 エリスセイラはトビーの言葉を確かめる為に、新たに手に入れた自分の記憶を探ります。

 ですがそこに有ったものは妄想と空想の世界です。

 けれども自分の記憶だからこそ判ります。

 これらは現実にあった実際の記憶です。


「――これは。ルーンジュエリア様。あなた様は一体……」


 一方でルーンジュエリアはエリスセイラが経験した何かについて思い返します。

 その中でも恐るべきはゴーレムエリスの存在です。

 ですがその攻撃は意外な事に自分が知っている内容です。


「はあ?地雷回路。あり得ないですわ!」


 ルーンジュエリアはエリスセイラの肩をつかみ、顔を自分に向かせます。

 男爵令嬢はこれに驚きます。

 一番驚いたのは初めて見るルーンジュエリアの険しい顔です。


「セイラ、確認です。地雷回路について思い出しなさい。そしてそれを見た事があるかを思い返しなさい。セイラはそれを見た事がありますか?」

「……ございます。間違いございません。わたくしはそれを見た事がございます!」

「ゴーレムエリス。いったい、誰の作ですの?」


 ルーンジュエリアは考えます。

 自分の推測が正しければゴーレムエリスの創造者は地球世界の知識を持っています。

 ですがここでお嬢様は一つのミスをします。

 いくら魔法がある世界でも、未来人の登場は荒唐無稽ですわ。

 地球世界の科学知識を持つ故の失敗です。


 そんなお嬢様はふと、親友へと目を向けます。

 その哀しい姿を言葉で慰められる状況とは思えません。

 かと言って、お嬢様にはそれ以外の方法は思いつきませんでした。


「貴族の娘が家を盛り立てる方法は他家とえにしを結ぶだけとは限らない。今のセイラはその事を知っています。もしもセイラが望むならジュエリアは応援しますわ」


 はっとした表情で顔を上げたエリスセイラは、口元を緩めます。

 そして答えます。


「ありがとうございます、大帝」

「セイラー。そこは『感謝の極み』ですわ」

「こちらの方がルーンジュエリア様がお喜びになると考えましてございます」

「確かに今のセリフは楽しめましたわ」


 ルーンジュエリアはわざと明るく振舞う親友の姿に、その失ったものの大きさを感じ取ります。

 ですがそれを取り戻す事は叶いそうにありません。

 誰よりも本人がそれを理解している事は間違いありません。


「セイラ」

「はい」

「愛することは信じること。ですわ」

「信じることは愛――」


 エリスセイラは胸に両手を当てて目を閉じます。

 そしてはち切れんばかりのまぶしい笑顔をお嬢様に向けます。


「存じ上げております、ルーンジュエリア様」


 ですがその、両の瞳はうるんでいます。


「ルーンジュエリア様」

「ふみ?」

「魔石ボルトを一つ、頂けますか?」

「インベントリー。お持ちなさい」

「ありがとうございますルーンジュエリア様。それでは失礼いたします。

 リリー。わたくしは寄る所がございますので先に帰ります。ワープ」


 エリスセイラは空へ飛び立ちます。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 エリスセイラは先ほどまでトビーと二人で立っていた丘の上にいました。

 ドレスのポケットから魔石ボルトを取り出すと指で頭上に弾きます。


「セタップ・ハイパーエム」


 短縮呪文を詠唱すると魔石ボルトは右手の甲に装着します。


「トビー。あなたは一つだけしくじってございます。わたくしは、わたくしたちの再会がいつになるのかをあなたから伺っておりません。

 ですがわたくしはあなたをお待ちする事に決めました」


 エリスセイラは上に向けた二つのこぶしを腰に構えます。

 勢いよく両手で天を突き、そのまま真横を通して大きく回し再び両腰に構えます。


「グロー・アップ!」


 大きく叫ぶと左手手刀で右上を突いて高く飛び上がります。

 伸身で十回以上の伸身きり揉みです。

 そして軽やかに着地すると左こぶしは腰に当て、人差し指と中指の二本を開いて立てた右手を前に伸ばして叫びます。


「エリスジューサー!」


 エリスセイラが何故エリスジューサーに変身したのか?

 それはトビーにルーンジュエリアの記憶を手に入れた事を知らせる為です。

 ですがその相手はここにはいません。

 けれどもエリスジューサーにとってそれはもはやどうでも良い事です。


「トビー、今であるからこそ分かります。

 あなたがわたくしに、ルーンジュエリア様から受け取って欲しかったのはかたの記憶ではございません。あなたを信じられる確証こそを手に入れて欲しかった、でございますね」


 夜のとばりは下りています。

 やがて完全に暗くなります。

 エリスジューサーは、まだ少しだけ明るさの残る山の稜線を見つめます。

 今日だけは、西の空が完全に暗くなるまでは、自分の隣にトビーがいる。そんな気がしています。


「わたくしは信じます、トビー。

 いつの日にかもう一度巡り合えるその時を、あなたの言葉を信じます」


 セイラ……、いやジューサーは歌を口ずさみます。

 それはかつてルーンジュエリアが彼女に聞かせた歌です。

 地球世界では同時期に二人の歌手が歌い、女性歌手の歌った方は大ヒット曲となりました。

 けれどもエリスジューサーが口ずさむのは男性歌手の歌ったバージョンの歌詞です。

 ルーンジュエリアの記憶を手に入れたエリスジューサーには、そちらこそが親しみのある歌だからです。


 その歌声はワンコーラス目のさわりの手前で止まります。

 つい二時間ほど前に二人で見下ろした風景を、今は一人で見下ろす彼女の胸の内でダイナミックなピアノサウンドのイントロが響き始めます。

 新たに手に入れた記憶を思い返すエリスジューサーの胸の中で、先にリリースされた男性歌手の歌声が高らかに響きます。


 やがて夜は更け、山々の稜線に残っていたわずかな光も消えました。

 夜の闇に包まれたジェントライト領には、点々と家々の明かりがともっています。

 エリスジューサーはトビーが消えた林へと振り返ります。

 そしてスカートをつまむと、優雅にひざを折りました。

 最愛の相手に別れを告げた少女は、自宅への帰路につきました。

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