073 標13話 リア様補完計画ですわ 4


 あさが終わったあと、侯爵令嬢が隔離病室となっているお嬢様の寝室へお見舞いに来ました。

 実際の内容が経過観察である事を全員が知っていますので、遊びに来たのとさして変わりません。

 侯爵令嬢は椅子に座って開口一番、ベッドに腰掛けるお嬢様に命じます。


「ユーコ。わたしに全ての記憶を差し出しなさい」

「ふみ。ジュエリアはリア様のこころに従いますわ」


 例えバカモノと呼ばれていてもお嬢様とて貴族の一員です。

 他家をたたきつぶしたサンストラックの覇権を望まぬ以上、くいとして出る事は賢くないと判断します。

 わざわざ自家の味方である他家に喧嘩を売る必要はありません。

 フレイヤデイは自家と長い付き合いの良い関係であると共に、無理を言ってこない相手です。

 フレイヤデイの子孫がサンストラックの子孫と良好な付き合いを保ったまま、共に栄えるのがお嬢様の希望です。

 貴族の娘は自分の子孫よりも実家の繁栄を優先します。――出産までは。


「それで、わたしがユーコの記憶を貰ったらどうなると思う?」

「魔法術の失敗は無いと断言できますわ。問題は記憶の混濁にリア様の心が耐えられるかですわ」

「あなたの常識がわたしの頭に入る事はそんなに大ごとな話だと思うのかしら?」

「ジュエリアは非常識を知っているから問題が出なかっただけですわ。けれどもリア様はジュエリアが知っている非常識を全く知りませんわ」

「そか。やって見ないと分からないかー。そんじゃまー、やるしかないわね」


 他人の知っている事が自分の知識になる。

 これが公爵令嬢には想像できません。

 だから生まれ持った楽観主義で軽く考えてしまっています。


「ジュエリアはリア様に記憶を譲る事に関してお願いがありますわ」

「何?」

「ジュエリアはリア様の記憶を賜りたいですわ」

「どういう事?わたしに判るように説明しなさい」


 グローリアベルはルーンジュエリアの持つ魔法術の知識を入手する手段として記憶の提供を命じています。

 もちろん必要な部分は魔法術ですからそれ以外は不要です。

 ですがお嬢様の魔法術、そもそも魔法理論と呼ぶべきものが前世の記憶と密接に絡んでいて、これらを分別する事は不可能です。

 人間の知識は教育であり人格形成の大元です。

 だから侯爵令嬢がお嬢様の記憶を入手する事はグローリアベルのルーンジュエリア化を意味する。

 お嬢様は自分の経験からそう判断しています。


「ジュエリアはお父様から記憶を頂戴した結果から推測しました。リア様がジュエリアの記憶を手に入れられた時に、ジュエリア同様サンストラックに愛着を持つ事が容易に想像できますわ。これは意味を返すとジュエリアがリア様よりも優位に立つ可能性があると言う事ですわ」

「あなたは嘘を言わないわね」

「だからジュエリアがリア様の記憶を賜ってフレイヤデイを愛する必要があるのですわ」


 だから二人の釣り合いを保つ為には自分のグローリアベル化が必須である。

 お嬢様はそう決断しました。

 彼女が持つフレイヤデイの魔法術はあくまでもついでです。

 魔法術の特殊な使い方に秀でるお嬢様は、その程度の事を調べるのならどうとでもできる手段を既に手に入れています。


「本音は?」

「リア様がジュエリアの家来になってしまっては後々あとあと両家の関係が悪くなってしまいますわ」

「そか。そう言う事か」


 記憶の融合って、そこまで深刻な話なの?

 この世界にも洗脳や帝王学はありますが、人格形成は定義づけられていません。

 だから怪我や病気で人が変わる理由は全くの不明です。

 記憶の書き換えは人為的な脳障害と言い換える事ができます。


「わたしは殿下の妃になってウエルス皇帝妃になりたい。それが全てよ。

 ユーコ。それは叶う夢なのね?」

「夢ではありませんわ。最初の目標ですわ」


 その言葉でグローリアベルは心を決めます。


「いいわ。やりなさい。そしてわたしと共にフレイヤデイを守りなさい」

「ふみ」

「「おぃ様、お待ちください!」」


 さすがに後ろで話を聞いていたメイドが自分の主人を止めに入ります。

 その内容は個人で判断する物事ではありません。

 家として行なうべき決断です。


「何?レアリセア。チェルシー」

「おぃ様のご判断を否定する事は致しません。再考も望みません。けれども事が事です。お館様への具申をお願い致します!」


 もはやメイドである自分の出番はありません。

 当主と執事長の判断を仰ぐ案件です。

 レアリセアはそう判断しました。


「チェルシーも同じ意見なの?」

「進言致します。

 グレアリムスの奇跡はおぃ様がご存知になられているフレイヤデイの全ての秘密をルーンジュエリアご令嬢に渡すと考えます。これは良くないと愚考いたします」

「ふみ?確かにお父様の記憶がリア様に渡るのは拙いですわ。

 リア様。お父様の記憶は渡さない事でご了解願えますか?」

「選別できるの?」

「できますわ。何を選別したかは記憶の移動後なら確認できますわ」

「なんで知らない事を確認できるのよ」

「ジュエリアが知っていると言う記憶が残りますわ」


 侯爵令嬢は左頬を立てた人差し指で叩き続けます。

 その指を唇の前に回します。


「あなた方の気持ちは理解しました。再考しますのでしばらく待ちなさい」

「「ありがとうございます、おぃ様」」

「リア様」

「なに?」

「その、お姫様みたいな言葉遣いとジュエリアへの砕けた態度と、どちらが地なんですの?」

「お姫様の方よ」


 侯爵令嬢は相手に合わせた行動をしていると言いたいのでしょう。

 お嬢様の質問に砕けた言葉で答えます。

 グローリアベルの後ろに控える二人のメイドは黙って二回ずつ首を縦に振ります。

 それを見たお嬢様は自分の後ろを振り返ります。


「ユリーシャはジュエリアが同じ事を言ったらどうしますの?」

「はい!そちらの方々と同様に黙って首を振ります!」

「ふみ。――ふみ?どちら向きに首を振りますの?」

「キサラさんと同じ方向です!」


 メイドは自分の責任を壁際に移動した同僚へと投げました。

 けれどもその判断も結果も正しいと思われます。

 二人の会話を見る侯爵令嬢は左手指先で口元を隠して笑みを浮かべます。

 後ろのメイド達は笑いを殺しています。


「リア様?」

「ぷ。なに?」

「ジュエリアの記憶が混ざったら今のジュエリアはこれからのリア様ですわ」

「ん?ならわたしの記憶が混ざったユーコは姫としての身だしなみが身に付くと言う事かしら」

「ふみ?それは是非とも頂きたいですわ」

「あー、なんか無理矢理にでもあげたくなってきたかな?」


 侯爵令嬢は決断しました。

 たとえ、話が明日あしたでも来週でも来年でもお嬢様から記憶を入手する事は確定事項です。

 ならば自分の父に相談しても結果は変わりません。

 そう言う話ならたった今ここで入手した方が安全です。

 今ならこの屋敷には父も自分が信じる魔法騎士団もいます。


「ユーコ。たった今すぐにわたし達お互いの記憶贈与をします。準備しなさい」

「ふみ。リア様のご意向はジュエリアの意思ですわ。アイ、オー」


 その瞬間です!

 魔法術の発動が起こったのは‼︎




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