065 標12話 ホークスの大決闘!ジュエリア対ゴーレムジュエリアですわ 1
今から八年ほど時間を遡ります。
セフィロタス・オブ・エデンブラック=フォリキュラリス辺境伯爵家第四令嬢はまだ十歳です。
ある日、セフィロタスは屋敷から離れた湖畔を散策していました。
父を含めた家族総出の遠乗りです。
家臣やメイドも多く参加しています。
兄たちの馬術鍛錬に付き添い、彼女自身は父の馬に相乗りです。
すでに乗馬用の仔馬は貰っていますが、遠乗りである事と万一の事故を考えて今日はお預けです。
イベント内容としては馬車を使うべきハイキングなのですがフォリキュラリス家は質実重視がモットーです。
メイドたちは一見メイド服ですが、左右のロングスカートを前後で大きく重ねて足が開くようになっています。
スカートの中は見えてもいい様に革ブーツとズボンを履いています。
そもそもズボンが誕生したのは乗馬の為ですから理にかなっています。
やがて男たちは剣を合わせる模擬大会を始めました。
女性陣はその応援です。
黄色い声が飛び交います。
ふとセフィロタスはキツネを見つけました。
近くにいるメイドに教えますが、ウエルス王国国民にとってキツネなんかは見慣れた存在です。
だからフォリキュラリス領の領民たちもキツネを見たってなんとも思いません。
模擬試合の方がよっぽど大切な話です。
セフィロタスはまったく相手にしてもらえません。
なので少女は一人でとことこと追いかけます。
セフィロタスが見つけたのは子ギツネです。
道の草で遊んでは少女の足にまとわりつきます。
少女も子ギツネを連れて草原を歩きます。
うー、わんわん!
広場の端、ヨシ原の近くで何かが少女を威嚇しました。
吠えたのは母ギツネの様です。
子ギツネは自分の親ですから全く気にしていません。
母ギツネは広場の真ん中に座って少女を睨みつけています。
基本的にキツネは何かをする時、周りを警戒できる広場の中央で行動します。
威嚇の声が犬と似ているのは意外な事実です。
鹿の啼き声なんかはヤギが一番似ていますが、人が発声できる音ではありません。
少女がお別れの手を振ると子ギツネは母ギツネと共にヨシの中へと消えて行きました。
そして少女が家族の元へ帰ろうかと思っていた時です。
広場の先、山が湖までせり出している辺りから何かが聞こえてきました。
それは人の声の様でした。
誰かが隠れているのだろうかと、少女は声の主を捜します。
小さくて高い声だから子供だろうかと想像します。
「めしー!めしー!」
その声は山から流れ込んでいる沢の上流から聞こえています。
好奇心旺盛な少女は靴の汚れも気に留めず、泥だらけの崖を登ります。
「めしー!めしー!」
湖のほとりから少し沢の上流へと
沢の流れよりも上の山肌。
生えているのはちょうど少女の胸の高さです。
少女に気付いたその草は言葉を発しながら、くにょくにょと細長い葉を動かします。
地球世界の知識で表現するなら立ち上がる茎はありません。
株元から直接生えている葉は輪生しています。
一番外側の動き回っている細長い中空の葉はサラセニアを思わせます。
蓋を使って物を掴めるようです。
内側に輪生する広い葉はハエトリソウを思わせます。
ですが葉の先にある捕虫葉の付き方が違います。
まるで動物の口の様に捕虫葉の中央が葉と繋がっています。
そして数枚ある捕虫葉の一つだけが口ではなく目になっていました。
少女に語り掛けるその言葉は、まるで歌の様にメロディーが付いています。
「腹減ったー、飯喰わせ!腹減ったー、飯喰わせ!」
少女は、その不思議な草に話しかけます。
「お腹が
「おー。
どうやら餌が無くても枯れはしないようです。
ですがこれを見つけた少女はまだ十歳の子供です。
餌をあげたらどう食べるのかを見たくて堪りません。
付近を見回して一枚の葉っぱに小さな芋虫を見つけました。
それを指でつまみます。
「虫さん、食べる?」
「虫?」
不思議な草は一つだけある目で少女の指先を見つめました。
芋虫は長さ二センチメートル程です。
人間から見ると小さな虫ですが、不思議な草から見ると十分に大きい食品です。
喜びの声を上げます。
「喰うぜー喰うぜー、虫喰うぜー」
「何処にあげたらいいの?」
「直接口ん中でいいぜー。人間の指なんか噛み切れねーから心配ねーぜー」
「うん。はい、あーん」
「あーん」
少女の前に差し出された捕虫葉の一つが大きく口を開けました。
指でつまんでいた芋虫を少女が口の中に入れると捕虫葉が勢いよく閉じます。
指先がぶつかりましたが、確かに言われた通りまったく痛くありません。
どちらかと言えば指でちぎれそうな柔かさです。
(ああ。魔獣に見えるけれど草なんだー)
少女はそこを感心します。
「美味かったぜー。久しぶりの餌だったぜー」
「ねえ。あなたのお名前はなんて言うの?」
「オレかー?オレはディオニアジュニア・マスシプーラ・ローパーだ。ディオでもジュニアでも好きに呼んでいいぜー」
「ディオ?あなたって男の子だったの?」
「雌だぜー。植物系は大概雌だぜー。雄は滅多にいないぜー」
多くの植物は両性花です。
この草はそれを雌と判断しているようです。
「女の子なのにジュニアっておかしくない?」
「オレの母親の名前がディオニアだぜー。だからディオニアジュニアだぜー」
確かにジュニアよりは二世の方がふさわしそうです。
けれども少女は女の子です。
もっと可愛い名前を付けたくなります。
「じゃあシンディってのはどう?」
「いいぜー。名前なんてどうでもいいぜー。飯喰わせてくれるなら改名するぜー」
この時のセフィロタスまだ子供でした。
けれども子供は子供なりの常識を弁えています。
魔人の入国は禁忌ですが、魔獣の飼育は疎まれるどころか貴族のステータスでさえあります。
魔人か魔獣か、そこが一番大切です。
少女はそれを確認します。
「ねえ。シンディって魔人種なの?」
「オレは魔獣だぜー」
「だけどシンディは話ができるわよ?」
「ドラゴンだって話はできるぜー」
「そうか。それもそうね。
でもシンディって大きくなるの?」
「地植えだとでっかくなるぜー。鉢に植えれば小さいままだぜー」
「鉢植えかー。だったら大丈夫ね」
こうしてシンディはフォリキュラリス邸の玄関ロビーに飾られました。
高さ一メートルに大きくなった頃、彼女は花を咲かせたいと願います。
滋養を付ける為に死んだ子羊を餌として与えた所、一メートル半の高さまで花茎を伸ばしました。
そしてその上に可愛い綿羊を中央にした奇麗で大きな花を咲かせます。
それを見た館の人々は、これが噂に聞く異国の綿が成る木かと感心しました。
違いますよ。
あれはヤギが成る木です。
久しぶりの帰郷で感傷的になっているのでしょうか?
セフィロタスはそんな昔を思い出します。
「シンディ……、元気かな?」
その小さな呟きを隣で馬を並べる騎士が耳に留めました。
「ん?セフィーロ。なんか言ったか?」
「なんでもー、ない!」
辺境伯令嬢は恋人の側へ馬を寄せます。
「そうだ!うちに着いたらフラバに友達を紹介するわ」
「可愛い子か?」
「可愛いわよ。とーっても可愛い子だわ」
セフィロタスはフラバの隣を離れます。
「期待していいわよ!」
「おー!」
フラバだってセフィロタスの性格は知っています。
だからその言葉を額面通りには受け取りません。
二人の騎士が乗る二頭の馬はかつてその険しさゆえにデスバレーと呼ばれた、死骨の渓谷沿いを上っていきます。
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