061 標11話 降誕!パワード・ルーンジュエリアですわ 5
弓士とは仮の姿。ベストマンフォルテの持ち味はその徒手肉弾戦ですわ。
ルーンジューサーはそう気を引き締めます。
考えてみれば彼も有能な騎士団の一員です。
射撃不可能となった近距離での肉弾戦に対応できない訳はありません。
お嬢様自身が魔法術を使えなくなった時の為に剣術の鍛錬を欠かさないのです。
他人が自分と同じ考えを持たないと想定する方が大間違いです。
正面から近づけば力押しの鍔迫り合いに引き込まれます。
離れれば矢を射かけられます。
この二つを押さえ込む手段としてお嬢様は円月殺法を選択しました。
そうは言っても剣をゆっくり一周しただけではすぐに終わってしまいます。
途切れる事無くゆっくりと、ただぐるぐる両手を振り回します。
しかしそれだけでベストマンフォルテの動きが止まります。
隙だらけである事は間違いありませんが、お嬢様の速さならどこからでも対応できます。
そしてお嬢様に一息つく事を許してしまった事も彼は理解しています。
何よりもこの世界の剣術にこんな剣の構えや動きはありません。
弓士は相手が反撃の準備を整えた事をうかがい知ります。
その全てを見て取れる実力があるからこそ動けないのです。
二人の沈黙を破って先に動いたのは弓士でした。
やはりスピード重視の力押し肉弾派ですわ。
お嬢様はそう確信します。
速さに頼るからこそすぐに引いてすぐに動いたのだろうと考えます。
中腰で突進して来たベストマンフォルテが弓を起こした時には既に矢がつがえてありました。
弦を引き終わった状態で体を起こしてきます。
ゼロ距離なら狙う必要さえないと考えているかのようです。
ですが彼はそんな生易しい相手ではありません。
サーベルを生かして弓を寝せて来ました。
分かっていても矢先が見えません。
つまり弦の引き具合が分かりません。
弓のしぼりでだけでは初見の相手には、矢を放つタイミングが見当つきません。
今のルーンジューサーはその初見の相手なのです。
弓をはじくか矢をはじくか、お嬢様は真下からサーベルを打ち上げて仰け反ります。
その鼻先をアローが通り抜けます。
仰け反っても視線は相手から離しません。
わずかに見える相手の頭頂部の位置と向きで次の攻撃を予測します。
飛び上がってバク転を決めると、ちょうど逆立ちした時に頭の下を薙いできた弓が通り抜けます。
(まずい。見えませんわ!)
矢の通過を待ったせいで頭を仰け反らして足元を見る事が間に合わなくなりました。
首をひねって振り返ると、既に相手は矢をつがえた弓を右から引き起こしている途中です。
お嬢様は無理やり体をねじって肩越しに剣を突きます。
受けた弓を支点として地面に立つと相手に向き直りました。
と、お嬢様は着地した両足を大きく開きます。
その股下をアローが通過します。
弓士はリムを大地にぶつけてバネにすると伸身でお嬢様の頭を棒高飛びして越えます。
お嬢様は腰の高さで前方に一回転して剣を背後上部へ振り下ろします。
が、ルーンジューサーは見ました。
頭上で体をねじって下を向いた弓士が肘を落としてきます。
だから剣を地面に突き刺して横っ飛びです。
弓士は空振った腕を支点にして回し蹴りで攻めて来ます。
足から飛び退いたお嬢様は、そのまま頭から突撃です。
再び剣と弓の剣戟が始まります。
ベストマンフォルテは弓での殴打を繰り返しながら矢をつがえて射ってきます。
お嬢様は円月殺法のつもりでちらほらと燕返しを繰り出します。
余りにも相手の組み立てが早すぎてシザーズトライアを開くチャンスに恵まれません。
相手が振るう上下のリムと中央のサーベルはまさにお嬢様が使う三足剣です。
それぞれの間にある小さな補助スタビライザーは十手のカギの様にお嬢様の剣を受けます。
右手のアローが暗器の様に突いて来ます。
(力だけでは駄目ですわ。経験こそがまさに宝)
そしてお嬢様は一瞬の隙を見つけます。
その一点目掛けて剣を突きます。
(やっと弦に届きましたわ)
奇麗なピチカートを奏でて弓のリムが大きく開きます。
と思ったのもつかの間、剣戟は止まりません。
弓士は殴打の合間を縫って上下のリムを外し捨てました。
弓のハンドルを右手に持ち替えてサーベルで突いて来ます。
刃の無いサーベルで闘いに意味はあるのか?
けれどもベストマンフォルテは実戦のたたき上げです。
だから知っています。
(サーベルの刃なんて只の飾りだ)
自分の武器だ。自分が信じなくて誰が信じると言うのだ!
が、さすがの弓士もここまで追い詰められたのは初めてです。
ハンドルのみを使った手合わせはこれが初めてです。
だからこうも考えます。
サーベルを俺は使いこなせるだろうか?
(いや、俺の剣士としての能力は未知数だ。勝てる!)
しかしここで弓士は大きな誤算をしました。
突き技こそがお嬢様の真骨頂です。
如何にたたき上げの優秀な騎士とは言え、弓士であるベストマンフォルテには勝てる道理がありません。
サーベルを巻き上げられ、握ったハンドルを五段突きで飛ばされます。
「参った!」
剣先を胸に突き付けられた弓士は明るくはっきりした声でそう宣言します。
力の限り闘ったベストマンフォルテには残る悔いがありません。
お嬢様は剣を地面に突き立て、両肩を回しながらその健闘を讃えます
「ベストマンフォルテ。貴方は強すぎますね。私も武術には慢心を持っていましたが、経験の差と言うものを理解できました。ありがとう」
「いや。俺こそ自分の至らぬ点をあぶり出す事が出来た。ジュエリア様には感謝している」
ベストマンフォルテは右手を胸に当てると深く頭を下げました。
しかしお嬢様はこれを気にしません。
自分に対して子爵令息が頭を下げるのは当然の事だからです。
これが騎士団員同士であれば階級位が優先されます。
今の場合ではお嬢様が騎士団員で無い為、貴族位が優先されます。
それよりも気がかりなのは次の対戦相手です。
「話は変わりますが、ハイランダー様の盾が反則だと言う事について教えて頂けますか?」
「ああ、ジュエリア様はご存じ無さそうだな」
「はい。まったくの初耳です」
特に秘密ではないですから弓士の口は軽くなります。
そもそもお嬢様と話ができるのなら話題はなんでも構いません。
「奴の盾は魔法術がエンチャントされている魔道具だ」
「魔道具ですか?魔法武器ではなく?」
「ああ。ガルーダの盾は魔道具で間違いない。三百年ほど前に預言者スライムマン様がフレイヤデイ侯爵家へ授けたものを令嬢が嫁入り道具として公爵家へ献上したと聞いている」
「ああ、反則と言うのはフレイヤデイ侯爵家の事ですか」
今でこそ魔のフレイヤデイと呼ばれていますが、遠い昔には反則のフレイヤデイと呼ばれていました。
それ位の事はお嬢様でも知っています。
ですがそれは否定されました。
「いや、違う。反則とはガルーダの盾にエンチャントされている魔法術の事だ」
「ベストマンフォルテはそれがどの様な効果かを知っていますか?」
「ペナルティーキャンセラーだ」
「はい?」
この答えにはお嬢様の声をあげます。
千円銀貨だと思っていたら純金の五円玉でした。
価値の基準が分かりません。
それほどまでにエンチャントされている魔法術に問題があります
「ペナルティーキャンセラーだ」
「いえ、二回言うくらい大事な事だと言うのは判りますが……。
ペナルティーキャンセラーとは伝説の最上級神聖治癒魔法術である、あれですか?」
「スライムマン様の作らしいから、その辺りについて突っ込む事は皆自粛している。
確か、威力無制限、回数無制限だ」
お嬢様は思います。
お父様、お母様方ごめんなさい。
ジュエリアは個人の非常識と言うものがどれほど他人に迷惑を掛けるのかについて気付きました。
「それは家宝ではないのですか?」
「本人はそうだと言っていたな」
「そんなものがどうして男子寮にあるのですか?」
「知らん」
お嬢様は、これも聞いてはいけない事なのかと悩みます。
「私はどう闘えば良いのでしょうか?」
「判らん」
「そうですよね」
さすがにお嬢様でもこれには頭を抱えます。
相手は絶対ま剣の使い手の様です。
「ベストマンフォルテ。教えてくれた事に感謝します」
「いや、健闘を期待する」
「どうにかしてみましょう」
「第一騎士団ハイランダー‼︎」
「ちーっす」
騎士団の端から金属枠の付いた大きな木製盾を抱えた黒髪の青年が前に出ました。
その盾の上下には小さくもない剣が付いています。
腰の剣は飾りですね。
お嬢様はなんとなくそう考えます。
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