059 標11話 降誕!パワード・ルーンジュエリアですわ 3
三人目、四人目、五人目、六人目、七人目。
ルーンジューサーは次々と対戦する騎士達を瞬殺していきます。
もう、やる必要ないんじゃないかなー、とか騎士団員たちの中にそんなムードが広がります。
焦ったのは対戦予定の残りの騎士たちです。
勝ち負けなんか問題じゃない、出場する事に意義があるんだ!
我々選手一同はスポーツマンシップを乗っ取って正々堂々と闘う事を誓う!
等と、愚にも付かない主張を繰り返します。
サンストラックのバケモノは騎士団にとって雲の上のアイドルです。
今日闘えなければ、次にいつ対戦できるかなんて判りません。
彼らが必死になるのも当然と言えばその通りです。
それとは別にお父上は考えます。
今闘っているジューサーの力はジュエリアのものか?それとも身体強化か?
胸で腕組み、仁王立ちで運動場のジューサーを見つめます。
悩むのは面倒と考えたのか、隣に立つウルブスファング騎士団総長に訊ねました。
「もしも俺が納得したならジュエリアは俺の記憶が欲しいと言った。ウルブスファング。うぬはどう考える?」
「良いのではないですか?
八歳であの力。まさにお館様が若返ったのに等しいかと」
「だが、あれは身体強化の力だ。ジュエリアの力ではない」
「そう思われますか?」
「違うと言うのか?」
「確認しましょう」
騎士団総長は前に出ました。
それに気づいたルーンジューサーはウルブスファングに注目します。
「ジュエリアお嬢様!」
「ふみ?いえ、はい!」
「ほう。おかしいとは思っていたが、言葉を矯正していたか」
ポールフリードは独り言の様に口から出します。
それは騎士団総長にとっても訊ねてみたい事柄です。
「ジュエリアお嬢様はお使いになられている言葉を直されているのですか?」
「違います!おそらく、私が十三歳になった時に使う言葉を矯正するものと思います。今の私は十三歳の私に引きずられている状態です!」
ジューサーになると言うのはそう言う事か!
周りの騎士たちも感心の声を上げます。
「ジュエリア!ではお前が自らをジュエリアと呼ぶのは十二歳までと言う事か?」
「その可能性は強いと考えます!」
お父上は娘の言葉に心境複雑です。
自分を名前で呼ぶなどとはおかしな表現ですが、自分の娘がやっています。
耳慣れれば可愛く思えています。
「うむ。それはそれで残念な気もするな」
「十二歳か十三歳の時に何かあるのでしょう。あるいは乙女の気まぐれか」
「ウルブスファング。乙女の気まぐれは本人にとって、とても大切な理由が必ずある。忘れるべからずだ」
「そうですな」
とか考えますが聞きたい事はそれではありません。
騎士団総長は最初の疑問を問い掛けます。
「ジュエリアお嬢様!」
「はい!なんでしょう!」
「ルーンジューサー様の力とは、ジュエリアお嬢様ご自身のお力ですか?」
「そうです!私が十三歳になった時の力になります!
八歳のルーンジュエリアがお父さまの記憶を頂戴頂けたなら、この力に五年間の鍛錬が上乗せされる事になります」
「成る程、良く分かった」
お嬢様は初志貫徹です。
自分を売り込む事を忘れません。
「第三騎士団セフィロタス。前へ!」
「はい!」
「セフィーロ、頑張れよ」
「うん、ありがと」
騎士団員の列から八人目が前へ進み出ます。
「ねえ、フラバ。わたしが勝ったら観念してくれる?」
「そうだなー。お嬢様に一太刀決めたら挨拶に行ってやる」
「よし!俄然やる気が出て来たわ。その言葉、忘れないでね」
「まず決めろ。話はそれからだ」
女性騎士は後ろ手に左手を軽く挙げながら、歩みを進めます。
向かう先にはルーンジューサー、パワード・ルーンジュエリアが待っています。
セフィロタス・オブ・エデンブラック=フォリキュラリスの年は十八歳、辺境伯爵家の第四令嬢です。
黒紫の髪と黒味が強い紫の瞳を持っていて闇夜に潜むネコ科の獣を思わせます。
実家のあるフォリキュラリス辺境伯爵領は東に大きな湖を持つ下流側の湖畔です。
そしてその上流側の峠の向こうは竜魔王国です。
早い話隣国は魔人たちの国です。
そこに育ったセフィロタスは幼少時から脳筋系肉体派でした。
そんな辺境伯令嬢に転機が訪れました。
十五歳の時、父の勧めで入団したサンストラック騎士団に運命の騎士が居たのです。
フラバ・オブ・アトロプルプレア=ルゲリー、当時十七歳、伯爵家の第三令息です。
これが公爵家か侯爵家の息子であれば運命の王子様だった訳ですが、現実にそう旨い話はありません。
ですが辺境伯令嬢は初めて出会った金髪の爽やかなお兄さんに恋をしました。
けれどここで困った事に気付きます。
子供の頃から脳筋で鍛え上げた骨太な鋼の肉体を今更柔かそうな線の細い体に作り替える事など不可能です。
だからそれは諦めます。
目標とするのはウエルス王国魔法騎士団出身のサンストラック現第一夫人グレースジェニア。
凛とした格好良い美人の女騎士を目指しました。
そして十七歳になったセフィロタスはフラバに求婚しました。
プラトニックな恋愛期間を置かずに告白、即プロポーズと言うのはせわしなく感じるでしょうが貴族令嬢の消費期限は結構早いのです。
賞味期限よりも消費期限の方が先にやって来ます。
さてフラバは十九歳になるまで何故独り身だったのでしょうか?
これはセフィロタスの根回しが効いています。
当の本人も、あの娘ならいいかな?等と周りからほだされて心が傾いています。
けれども、いざ告白されると伯爵令息は考えました。
フォリキュラリス辺境伯に挨拶しに行く?やだ。俺はやだ。絶対やだ。怖いから嫌だ。
セフィロタスの父チップスターは娘を見れば判るほどに脳筋でした。
その妻達、セフィロタスの兄弟姉妹である子供たちも脳筋でした。
フォリキュラリス辺境伯爵家は代々、ウエルス王国一の脳筋一家として名を馳せていたのです。
「セフィロタス様、胸をお借りします」
「ジュエリア、ちょっと野暮用でね。一発入れさせなさい」
「それはちょっと。私にも都合がありますので」
顔なじみと言う事で辺境伯令嬢はルーンジューサーに軽口を叩きます。
それはそれで構わないのですが、言葉の内容が不審です。
ルーンジューサーは本人に訊ねました。
「セフィロタス様は何か事情がおありですか?」
「事情と言うか、情事と言うか、あなたに一回決めたらフラバが父に挨拶に行くのよ。
だから痛くても我慢して欲しいな」
「んー。それは女性にとって大切なお話ですね。少々お待ちください」
「え?なに?」
女の口に戸は立てられません。
子供とは言えルーンジュエリアも女です。
セフィロタスとフラバの話題は耳にしていますし、口にしています。
戸惑う本人を置いてけ堀に置いたまま勝手に話を勧めます。
大きく右手を振って父を呼びます。
「お父様ー!この試合、負けてもいいですかー!」
「おい!ちょっと待て‼︎」
「許す‼︎」
「お館様ー!」
包囲網が狭まる気配に青年騎士が焦ります。
けれど、時すでに遅し。
舞台に役者が揃いました。
「ご安心ください。父は話の分かる、素晴らしい男性です」
「いえ、それは知ってるけど拍子抜けするわね」
「では始めましょうか。父には負ける許可を頂きました」
ルーンジューサーは剣を構えます。
対する辺境伯令嬢はゆっくりと腰の剣を抜きました。
「そうね。なんかフラバには悪い気がするけど、始めましょうか」
「セフィロタス様はルゲリー様に後ろめたく思われるのですか?私はセフィロタス様に後ろめたく感じています」
「え?どういう意味?」
ルーンジューサーの構えた剣は水平です。
あからさまな突き狙いです。
その切っ先を見つめながら辺境伯令嬢も剣を構えました。
すでにジューサーは前の試合で突き技を披露しています。
その時は十段突きでした。
ですがセフィロタスはこう考えました。
あれは、途中でやめたから十段突きだった、と。
「ポールフリードの娘に勝てるとお思いでしたらおいで下さい」
「そうか。そう来るか」
辺境伯令嬢だって元は脳筋派筋肉少女でした。
勝ちを譲られても嬉しくありません。
「でも、せっかくの好機ね。約束は守ってよ」
「ご安心ください。瞬殺はしません」
実力の差ははっきりしています。
騎士としては情けない話でしょうが、おそらくあたしは勝てないだろう。
けど、根負けするまで待ってくれると言うなら、その前に一矢報いる!
セフィロタスは振り被った剣を打ち下ろしました。
ガイィーン、ガイィーン、と重量金属物のぶつかり合う音が続きます。
シザーズトライアは三枚の刃を重ねてあるので残響を残します。
右と左から交互に横付きで辺境伯令嬢の打剣を払い飛ばしていたお嬢様ですが、すぐに真正面からの打ち合いへと切り替えます。
軽量級であるお嬢様にとって突き技は身命で極めた得意技です。
このままでは相手に勝機が無いと、慌てて不得意な打ち合いに転向しました。
これで自分に隙が生まれる可能性は大きくなったと信じます。
けれどもそれはお嬢様の判断です。
相手から見ると強敵である事に変わりはありません。
そもそもシザーズトライアは毎年自分の身長体格に合わせて新規製作しています。
手を抜くと言うのならルーンジューサーは得物を変えるべきでした。
かっこ良さ優先で物事を推し進めるお嬢様は重量物の大型武器を使いこなす鍛錬を欠かした事はありません。
「ちぃいい!何故捌ける!」
「サンストラックは無敵です!」
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