058 標11話 降誕!パワード・ルーンジュエリアですわ 2


 不意にルーンジュエリアは胸の前で手をたたきます。

 そしてとことこと父の前に参じます。


「お父様。ジュエリアは大切な事を忘れていました」

「ほう、なんだ?」

「負傷者が出た場合の魔法術治癒は、これをお許し頂きたく思いますわ」

「ふふふ、それは構わぬ。だが我が騎士団にはつばで治る様な打ち身切り傷で治癒魔法を求めるような腑抜けはおらぬぞ?」

「必要ですわ。何故ならジュエリアは手合わせに真剣を望みます」

「なんだと!」


 ルーンジュエリアの提案にポールフリードは驚きの声を上げます。

 居並ぶ騎士団長たちもお嬢様を押しとどめようと、説得の為に近づきます。

 しかしルーンジュエリアはそれよりも早く左手を頭上に掲げ、右手をその手首に当てました。


「恍惶の柱、数多の揺らめき、数多の煌めき、集い絡まりてそこにあれ」

「ジュエリア!」「「「「「お嬢様‼︎」」」」」「痛ーい、いー‼︎」


 レーザー・ライトの魔法術です。

 父と騎士たちの見守る中でお嬢様の左手首は地面に落ちました。

 誰もこの状態に付いて行くことができず、動けません。

 そんな中で、痛みを我慢しきれないお嬢様は転がる様に地面を這いつくばります。


「いたいいたいいたいいーっ」


 手首を拾い上げるとお尻を付けて座ったまま、その切り口を合わせます。


「ハン!」


 治癒魔法の短縮呪文です。

 繋がった手首を激しく振り続けます。

 傷が治っても、直ぐには痛みの記憶が無くなりません。

 左手首が繋がった事の確認ではなくて、痛い様な気がしているから手首を振り続けている様です。


「はー」


 なんとか気が収まったのか、手首を左右に廻しつつ切断の痕を眺めて呆けます。

 暫くしてようやくお嬢様は自分がみんなの注目を集めている事に気が付きました。

 にっこり笑って立ち上がり、その手首の内側を向けて父の目の前に掲げます。


「ご覧くださいお父様。どのような怪我でもこのようにジュエリアが治しますわ」

「馬っ鹿者ー‼︎」


 しばしの沈黙の後で、父は娘を怒鳴りました。

 そりゃそうだな。

 周りにいる全員が頷きます。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「それでは次にジュエリアの武器と武装を見せますわ」

「うむ。準備しろ」

「総員、注もーく!」


 場外の観客席であっても騎士たちは姿勢を崩しません。

 ルーンジュエリアの一挙一動を見つめます。


「では最初に手心として許しを頂いた魔法術を使いますわ。ふみ!」


 お嬢様は動きやすい短パンにブラウスの姿です。

 こぶしの内側を上に向けて両腰で構えます。

 勢いよく両手で天を突き、そのまま真横を通して大きく回し再び両腰に構えます。


「グロー・アップ!」


 一声叫ぶと左手手刀で右上を突きました。

 続いて高く飛び上がります。

 伸身で十回以上きり揉みます。

 再び大地に着地した時、お嬢様はその姿が変わっていました。

 膝上のミニスカートにボレロ風ジャンバーの美しい少女がそこにいました。

 その少女はこぶしを右腰に当て、人差し指と中指の二本を開いて立てた左手を前に伸ばして叫びます。


「ルーンジューサー!」


 そして背中の長剣を引き抜くとバトンの様に両手でくるくると回しました。

 最後に自分の前に突き立てて叫びます。


「シザーズトライア!」


 少女は立ち位置を横にずれて剣の陰から出るとポールフリードに向かって裾を摘まみ膝を折ります。


「初めてお目に掛けます、お父様。この姿こそが私・ルーンジュエリア十三歳の姿です。

 そしてこれこそが私の剣・シザーズトライアです」

「ジュエリア!その姿はなんだ!」

「まさか成長魔法……」

「そんなものが完成しているなんて、聞いた事は無いぞ」


 いつもは沈着冷静な騎士団からもどよめきが起こります。


「お父様。これは成長促進魔法ではありません。時間魔法です」

「なに!時間魔法だと!」

「はい。成長促進魔法では体そのものの構造が変化します。だから体の内外に多大な損傷を受けます。

 今の私は時間魔法で私の十三歳の姿の一部を切り取って八歳の身体に無理やり当てはめています」

「つまりその方法なら何歳の自分にでも変身できると言う事か?」

「理論上はそうです」

「理論上だと?」


 ルーンジューサーは一度息を吐きました。


「はい。何回か試してみましたが体を維持する為の保有魔力量が大きく影響するようです。

 八歳の私では十三歳が限界でした」

「良く分かった。

 それで、それがお前の剣か?」

「はい。これこそが三足剣シザーズトライア。

 そしてこれが逆丁字形態。並びに人星形態です」


 刀身長百三十センチメートル、刃幅二十センチメートル。

 ただし鍔の下にある握りが五センチメートル程しかありません。

 その代わり柄頭が直系二十センチメートルもあるリングです。

 ルーンジューサーはその輪を握って剣を振ります。

 一本の剣に思えたそれは三本の剣が重なってある物であり、その刃は自在に開閉します。

 ポールフリードは遊撃騎士団長に尋ねます。


「マラソンタイム。お前はどう見る?」

「お館様ー。良くご覧ください。あれ、片手で長剣を三本持っていますよ?

 もしも一本一本が普通の剣と同じ強度ならどう闘えって言うんですか?」

「魔力量の限界が理由で十三歳までしか変身できない。ならば、あの体では魔法術を使えないと言う事ですかな?」


 第三騎士団長が見解を示します。


「ジュエリア!その辺りはどうだ!」

「ヒヤリハット様のお言葉は正しいです。故にこの体を選択した。そうお考え下さい」

「遊撃騎士団、ジュピタークレス!まずはお前だ!」

「おう‼︎」


 身長二メートルを遙かに超えるがっしりした鎧騎士がお嬢様の前へと向かいます。

 手には長剣、頭には兜、髪と顎髭は真っ黒です。


 パワード化したルーンジュエリアであるルーンジューサーは剣を構えて対峙します。

 八歳のルーンジュエリアが身長百三十五センチメートルであるのに対しルーンジューサーは身長百五十五センチメートルですから、このアドバンテージには大きなものがあります。

 そしてその剣の名はシザーズトライア。

 中央に平行四辺形、両側面に台形の両刃剣、合わせて三枚の刃を持たせた剣にも鋏にも使える優れものです。

 握りを柄ではなくリングにする事で三枚の刃が容易にスライドする事を可能にしています。

 そして鋏の様に刃どうしが接する面を凹ませてその滑りを良くしてあります。

 持ち手のリングを両手で掴んだルーンジューサーはシザーズトライアを正眼に構えました。


 対する遊撃騎士団の雄ジュピタークレスは左前腕に盾を付け、右手片腕で長剣を天に構えます。

 その剣を力で振り下ろします。

 サンストラックのバケモノなら余裕でかわすだろうと言う判断です。

 ですがルーンジューサーはその一撃を真正面から受けました。

 いつの間に開いたのか三枚刃の内二枚刃で鋏みます。

 そして残りの一枚刃をブーツで蹴ります。

 すべる様にスライドした刃はジュピタークレスの喉笛を骨まで深く切り裂きました。


「パラ」


 その短縮呪文でルーンジューサーはルーンジュエリアに戻ります。

 治癒魔法術は回数に入れないため、それに関わる変身も回数には含まれません。

 切り裂かれた首筋から血飛沫を噴き上げながら大地に倒れた相手の傷口を押さえます。


「ハン」


 治癒魔法の短縮呪文を唱え終わると立ち上がって父に向き直ります。

 短パンの横を摘まんで膝を折ります。

 やがて観客席から歓声が上がります。

 ルーンジュエリアの後ろでジュピタークレスが頭を振りながら体を起こしたからです。

 ですが騎士団長たちは苦虫を噛み潰しています。

 その心の内は色々です。


「あー、不味い不味い。ありゃ勝てない」


 遊撃騎士団長が軽口を叩きます。

 ポールフリードはその声を耳にしました。


「マラソンタイム。今の一戦をどう見る?」

「ルーンジュエリアお嬢様はまだ子供です。ですから持久戦ではなく速度重視だと思っていましたが、ジュピタークレスの一撃を受けました。

 その上で速度重視の一閃です。立ち止まったら殺られるって事ですよね?

 うちは一騎当千と言えば聞こえは良いですが豪傑揃いですから相性が悪すぎます」

「その辺りはどうなろうと構いません。問題はお嬢様が無敵すぎる事ですね」


 第二騎士団長の言葉を第四騎士団長が聞き咎めます。


「無敵では悪いのか、デフォルトチート?」

「悪いに決まっています。

 お嬢様がおられれば死すら怖くない。自分の命を軽んじる騎士ほど怖いものはありません」

「あー、そこまで考えるべきか。確かにだな」


 ここで重要な事は覚悟すると軽はずみな事をするは違うと言う事です。

 騎士の仕事は時に命を懸けます。

 やり直し前提で一人が行動すると、万一の失敗で周りも巻き込まれる恐れがあります。

 ポールフリードは立ち台に駆け上りました。


「聞けーぃ!」


 注もーく!

 観客席で騎士の一人が声を上げます。


「ジュエリア!及び皆に告ぐ!この対戦において今後一切の治癒魔法術を禁じる。自分の怪我は自分で治せ!

 以上だ!」


 運動場観客席に踵をぶつける音が響きます。

 ですがルーンジュエリアはそれでは困ります。

 何故なら寸止めでお嬢様が勝てる程サンストラック騎士団は甘い相手ではありません。

 切り伏せる前提だからこそこのルールを受け入れたのです。


「お父様!よろしいでしょうか!」

「良い!」


 ポールフリードは運動場内に一人立つルーンジューサーに目を向けます。


「治癒魔法を禁止される理由をお教えください!」

「剣の試合にやり直しはある。しかし、戦争にやり直しは無い。判るか!」

「あ」


 ルーンジューサーは静かに膝を折って頭を下げました。

 それを見たヒヤリハットはデフォルトチートに問います。


「ルーンジュエリアお嬢様は騎士達の話を聞いて実践を習われている筈ですな?」

「その通りですね」

「では、何故、先程のお館様の言葉が理解できたのですかな?」


 第二騎士団長は隣に立つ第三騎士団長の顔を見ました。

 言われてみればその通りです。

 知識は引き出しの中の書類です。

 必要な時に取り出せなければ使う事ができません。

 

「あの言葉は実際に何かをやった経験が無ければ察する事が難しいと思いますが、いかがかな?」

「言われる通りですね」


 人は、しまった事を覚えているから取り出して使う事ができます。

 この、書類をしまう作業を経験すると言います。

 お嬢様はいつ経験したのか?

 それとも耳にしただけで経験した事になるのか?

 どちらにしても常人のレベルを超えています。


「お嬢様は、いつ、どこで、何を経験されたのですか?

 それにまつわる様なお話を耳にした事はありますかな?」

「ありませんね」

「不思議なお方だ。

 まったく読み取れない」


 今度は第四騎士団長が一歩前に出ます。

 それを合図に脇に控える騎士たちの中から一人の雄が歩み出ます。


「第四騎士団!ホーリーウッド!行けーい!」


 ルーンジューサーと対峙した騎士は長剣を同じく正眼に構えます。

 そしてルーンジューサーに訊ねます。


「お嬢様。打ち合いをお願いしてもよろしいでしょうか?」

「はい、どうぞ。ついでですから競り合いも行ないますか?」

「……行きます」


 一合、二合、ホーリーウッドは自分の勘違いに気付きました。

 打ち合えば自分が力勝ちすると思っていたのです。

 ですがシザーズトライアの握りは両手持ちのリングです。

 砲丸投げのハンマーの様に遠心力で相手と刃を合わせる事ができます。

 競り合いに持ち込もうとしてもお嬢様の剣を受け止める事ができません。


 苦労してお嬢様を空振りさせてもバランスが崩れません。

 両かかとを支点に独楽となり、一周回って横薙いで来ます。

 その剣は上から振り下ろしてきます。

 下から振り上げて来ます。

 かわしたと思っても残り二枚の刃が追いかけて来ます。

 のけ反り過ぎたホーリーウッドが倒れると首の左右に刃が突き立ちました。

 そしてルーンジューサーが残り一枚の刃を上で押さえています。

 振り子にすればギロチンとなってその首は跳ねられる状態です。


「参った」


 地べたに寝ころんだままホーリーウッドは負けを認めます。

 ルーンジューサーは剣を引き抜くと刃を一枚に重ねて自分の前に突き立てました。


「あー、駄目ですね。軽口を叩く余裕がありません」

「そうなんですか?十分、剣を振り回していましたが」

「いえいえ、剣に振り回されています。もっとこう、格好良く決めたいと思います」


 腰に両手を当てて肩を回していたルーンジューサーは剣を引き抜き右手で順手にリングを持つと立てたまま前に突き出します。

 そしてたっぷり十秒構え終わると逆手にねじって自分の前に突き立てます。


「対戦中にこれができれば言う事無いのですが」

「そこまでなめた事されたらこちらの立場がありません」

「こちらもお父様に認めてもらう事で一杯一杯なのです」

「それは大丈夫だと思いますよ」

「そうでしょうか?」


 ルーンジューサーは観客席に立つ父を見ます。

 自分の父はそれほど甘い相手だとは思う事ができません。

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