049 標9話 メイドに魔法を習いますわ 3
「果てしなき空の流れよ、繋げよ、ホークスの流れ。
ちなみに、これが空間転移魔法ですわ。違いにお気づきになられますか?」
「違い?あー。えっ。え‼︎まさか、どこかと繋がったままなのですか!」
水を作る魔法術は水球なり水塊なり、ある大きさのものを一遍に作り上げます。
だから有り得ません。
終わる事なく水が流れる魔法術は水を作り続けていると言う事です。
お嬢様が意図したものかどうかは分かりませんが、水に小魚が混ざります。
グレースジェニアは考えます。
これは見えない所に転移する魔法ですね。
だから頭が痛くなります。
このバケモノがあるだけで我慢するでしょうか?
これを使って何をしでかすのよ!
「ホークス川の水中と繋がったままですわ。これがユリーシャの水汲みの方法ですわ。ユリーシャの魔法が悪意あるものの手に渡ればこの世が滅びますわ」
グレースジェニアはここで思います。
これは誰にも知らせてはいけない魔法術です。
ですがルーンジュエリアは自分に教えてしまいました。
一度やった事は二度目をする。
そう言う風にグレースジェニアは考えています。
「すでにユリーシャの魔法は悪意ある者の手に渡っていませんか?」
「ジュエリアはまだ八歳の子供だと言う事を忘れないで、甘やかして欲しいですわ」
「そうですね。少し時間を下さい。これから頭を抱えて悩みます。その間貴女は自分がしでかした事を反省しなさい」
「山よりも高く反省していますわ」
そんなお嬢様の言葉をお母さんは注意します。
「ジュエリア。その様な照れ隠しをするから他の人に誤解されるのですよ。慎みなさい」
「え?」
「私達は貴女の母ですよ。三人とも知っています」
「申し訳ありません。親に子は選べません」
「そうですね。他の二人にもその言葉は伝えましょう」
いかに聡いお子様でも自分の心は分からないものです。
母の言葉の意味が本当に分かりません。
「ふみ?ジュエリアはまた何か言ったでしょうか?」
「言いましたよ。お母様達の娘に生まれる事が出来てジュエリアは幸せです、ですよね。違いますか?」
「ふみぃ……正しいですゎ」
不出来な子供でごめんなさい。
お嬢様は自分の言葉をそう思っていました。
けれども子供を愛する母親はその奥に隠れている気持ちまで見透かしています。
こういう時にルーンジュエリアは自分の幸せを感じます。
そんなお子様の幸福タイムをよそにお母さんは魔法術師へとジョブチェンジします。
ソファーを立ち、床に散らばるクッキーと皿を修復魔法で直します。
「ふみ?」
「ヤ!」
先程のお嬢様の真似をします。
天井から降って来た細長いコロニーがお菓子と菓子皿を割り飛ばします。
「んー。な・る・ほ・ど。んー」
「お母様、凄いですわ。まさかいきなり十本も同時に出せるとは思いませんでしたわ」
「大した事ではありません。なにせ私では気張ってもこれ以上増やす事は叶わないでしょう。ですがー。うーん。これがドラゴン。これが王城。これが都。んー」
「お母様?」
歴戦の勇者である魔法術師は同じような魔法を知っていました。
物を落として物にぶつける魔法です。
普通の魔法術は威力の増大減少をしてもその見掛けは同じです。
しかしお嬢様の魔法術は違う名前を付けられる程にその見掛けが変わります。
ですがお母さんは知っています。
違って見えても同じ事をしているのです。
だからその良く似ている魔法術の名前を上げて確認してみました。
「んー。ジュエリア。もしかしてこれはメテオ・インフェルノですか?」
「いえ、お母様。見かけや威力はほぼ同じですが全く違いますわ」
「見かけや威力がほぼ同じなら同じ魔法と呼んでいいと思いますが、何が違うのですか?」
やはり同じですか……。
お母さんは頭が痛くなってきています。
まるで頭痛です。
「お母様。メテオ・インフェルノは天空より小衛星……星の欠片を落とす魔法ですわ。ですから落ち来る速度は超速。威力の制御ができません。そして魔法の発動には星の欠片を使いますのでその大きさも自由に選択できず、それも威力の制御ができない理由になっていますし、星の欠片を呼び寄せる時間も使い勝手を悪くしている魔法ですわ。
その不都合を解消したのがネバー・アニメーションですわ。落とす高さ、大きさ、重さ、その全てを自在に制御できますわ。また使うつぶては手元にある何でもいいですわ。部屋に出たゴキカブリを潰す事に使えるメテオ・インフェルノ。それがネバー・アニメーションですわ」
「……ジュエリア」
「はい、お母様」
やっている事はあれですが、本質的には子供の悪さです。
けれども度が過ぎています。
しかし人様に迷惑を掛けている訳ではありません。
むしろ虫退治などで喜ばれています。
お母さんは思います。
一体私にどうしろって言うのよ!
「ルージュリアナ様がこの事を知ったら最低二十回はおしりをはたかれる事と思いますが、覚悟はできていますか?」
「お母様!お待ちください。それだけはお許し願いますわ」
「言える訳が無いでしょ!あー、シルバステラ様がバカ娘と呼ぶ事に共感できるとは思いませんでした。良くも今まで隠しおおせました」
「お母様……。ジュリアナお母様には秘密にして頂けますか?」
母の心子知らずと言いますが、これは視点が違うためです。
お互いに自分を見る事は大変難しいのです。
「何をどう話せと言うのです!安心しなさい。他の誰にもこの事は言いません」
「感謝、極まりましたわ」
「で?」
「ふみ?」
「他のも全て言いなさい」
「しかられるのは嫌ですわ」
「しかりません!もー。母の身にもなりなさい」
お母さんは娘の隠し事を聞き出す事で必死です。
「ステラお母様に按摩で使っているシビビーン・ラプソディですが……」
「ああ、あれ。なんですか?」
「威力を上げたらサンダー・バーステドフィールドを再現できますわ」
「……。他には?」
「ジュエリアが彫刻に使っているスノー・ハレーションを使えば」
「あれもなの?」
「目視確認できないので狙う事はできませんが、百ケロメータ先の大型動物を光で狙撃して殺す事ができるライトですわ。あと土木工事でしたらユリーシャから手に入れた引力魔法でラブラブ・ファンタジーを使える様になりました。直径五メータの岩を数ケロメータ先まで移動する事ができますわ。
他にも色々できるとは思いますけど考えた事が無いので分かりません。念力魔法とか、何にでも使えるものもありますし、何々はできるか?と尋ねて頂ければ明確に答えられると思いますわ」
「……答えなくて結構です。はー。もう嫌」
そう言えばロクアシティ・スキャンダラスでスキャンすれば不確定ながら超長距離でも狙える気がしますわ。
でも、とてもじゃないけど言える雰囲気ではありませんわ。
お嬢様の立場で言えばこの判断は正解です。
お母さんは頭を抱えています。
ですがお母さんは百戦錬磨です。
なんとか自力で立ち直りました。
「それでジュエリアはこれからどうしますか?」
「あんな使いづらい魔法に縛られていてはユリーシャが可哀想ですわ。もっと使い勝手の良い魔法を使う癖を身に付けさせますわ」
「そうですか。成る程」
ユリーシャの日常から上級魔法を遠ざける事で忘れる事を期待するのですね。
手っ取り早くて効果を期待できる良い方法かもしれません。
グレースジェニアはその意見に乗る事としました。
「キサラはどうしますか?」
「お母様方にお任せしますわ」
「んー。そうですね。シルバステラ様に預けるのはどうでしょう。ジュエリアはどう思いますか?」
「ステラお母様との繋がりが太くなる事は好ましいですわ。でも預かって頂けますか?ステラお母様は勤務能力には厳しいお方ですわ」
「ジュエリアはどう思いますか?」
「余裕ですわ」
「では問題ありませんね」
「感謝が極みますわ」
「そうですか。空間転移魔法ですか」
グレースジェニアはは目の前に居る自らの娘を見ます。
一通りしかられ終わったためか背筋を伸ばしてシャキッと座っています。
「ねー、ジュエリアー。真面目に私の養女にならない?」
「成るも成らないもジュエリアはお母様の子供ですわ」
「もー、判って言ってるんでしょ!フレイヤデイの家と繋がりなさいよ」
「既にジュエリアはリア様に売約済みですわ。諦めて下さいな」
「あー。二つ掛け持ちでもいいじゃない。あんたならできるでしょ」
「できますけど、嫌ですわ」
「ま。時間はあるから考えといてね」
ルーンジュエリアはまだ八歳です。
時間はまだあります。
ですが女子の成人は十五歳、それを考えると時間はほとんど無い様にも思えます。
「それで、空間転移魔法だけですか?」
「流石はジェニアお母様ですわ。千里眼、精神感応、順風耳、引力操作、念動力、ユリーシャが伝説にある大魔導士の愛弟子である事を実感しましたわ」
「聞き慣れないと言うべきか、初めて聞く言葉も含まれていますね。それらは教えてもらえるのですか?」
「ジュエリアが許容できる範疇を超えていますわ。近いうちにリア様にはお教えする事になると思いますから、それでお許し願いたいですわ」
「ふー。そうですか。私もサンストラックの女です。魔法に関しては貴女の意向を汲みましょう」
どうやら重要案件は終わったようです。
お母さんは肩の荷を下ろします。
「所でユリーシャからはどの様にしてそれらの魔法術を教えられたのですか?彼女もまた、その価値に気付けなかったお間抜けの一人と言う事ですか?」
「この国には馬鹿しかいないのですか?ジュエリアも自分が賢いと主張する気はさらさらありませんが、いささか酷過ぎますわ」
「ジュエリア。他人を軽んじるのは見苦しいですよ。おやめなさい。そして貴女の質問に答えるのなら、貴女の聡さが常識を逸脱しているからだとしか語れません」
「お言葉、ありがとうございますお母様。ジュエリアは謹んで苦言を受けますわ。
まー、それはそれですわ。ユリーシャが薪も起こせない魔力不足との評価はお耳に届いていますですか?」
「話は聞いています。大層時間が掛かるとか」
グレアリムスの出涸らし。
その名はグレースジェニアの耳にも届いています。
ごく普通の生活魔法を良く失敗する事だけが伝わっています。
ですが見る人が見れば評価は異なるようです。
魔法術に関してはルーンジュエリアの目を誤魔化す事などできません。
「自身の魔力だけを燃料にして空気中に火を灯し、
ユリーシャは家系的に魔力が大きな生まれですからどうにかなっているだけですわ。例えばこの屋敷でユリーシャと同じことができるのはジュエリア以外にはジェニアお母様だけですわ。ダイスキお兄様でさえ苦しいのではないかと思いますわ」
「それが貴女の言葉ならそれは正しいのでしょう。知らないと言う事は愚損ですね」
「この世が地獄になるよりはましですわ」
「まったく、誰がユリーシャをこの家に招き入れたのよ!」
と言ってみますが、その誰かとは自分でした。
「お母様。まさかとは思いますが、フレイヤデイの家が謀ったと言う事は無いですの?」
「うちの実家がですか?どういう意味です?」
「犬も歩けば棒に当たると言う事ですわ。ユリーシャの魔法はグレアリムスの秘法です。そしてフレイヤデイはジュエリアの実力を正しく知る数少ない他家の一つ。これはリア様が頻繁にジュエリアと遊ぶ事からも親がそれを許容していると窺い知れますわ。
普通に考えてジュエリアが手に入れた魔法は一年を待たずにリア様の手に渡る、そう考えるのが当たり前だと思いますわ。
もっともリア様の入手した全てがフレイヤデイに流れる事など無いと言うのも事実ですわ」
「実家で話をする必要はありそうですね。ですが何故ベルの隠匿を断言できるのですか?」
「リア様が全て報告できる程度の魔法なら今ここでジュエリアがお母様に話していますわ」
「確かに。考えずとも真理ですね。では近いうちに実家へ行って見て来ましょう」
他家に嫁いでいる以上、家長である兄から包み隠さない情報が得られるとは考えません。
ですが生の顔を見ていれば気付く何かもあると言うものです。
「あ!様子を探るのはジュエリアが遣りますわ。お母様は世間話をお願いしますわ」
「ジュエリアも一緒に行くのですか?それは好ましいと思いません」
グレアリムスの奇跡の真実を知らないグレースジェニアにはルーンジュエリアの訪問は悪手に感じます。
ですがルーンジュエリアにはユリーシャから入手した他人の顔色や機嫌を窺う魔法術があります。
これを耳にした時には、お嬢様は本当に焦りました。
千里眼と順風耳。
ユリーシャが白光聖女だったなら邸内に居るだけで自分たちの会話は本当に筒抜けでした。
「ご安心くださいお母様。ユリーシャから入手した魔法でロクアシティ・スキャンダラスとパセティック・テレグノシスを使えますわ。いざとなればジャスト・コミュニケーションがありますから、お母様とは心で会話できますわ」
「名前を聞いてもどんな魔法か分かりませんが、貴女の口振りから予想できる所が嘆かわしいですね。何か明るい話題はありませんか?」
「ふみー。ではゼロジー・ラブかセーリング・フライ……あー。お母さまにはお教えできないものですわね。明るい話題はありませんわ」
「参考までに、その二つの魔法はなんですか?」
「空中浮遊魔法と飛行魔法ですわ」
「飛行魔法ですか。鳥くらいの速さですか?」
「王都リーザべスなら直線だから二時間ちょっとですわ」
「転移魔法の方が早そうですね」
「ワープ・ボーイは空中で落下すると言う短所がありますわ。
セーリング・フライには寄り道をできる長所がありますわ」
「空中浮遊魔法は?」
「足を踏み外しても落ちませんわ」
落ちない魔法?
以前ルーンジュエリアに訊ねた空を飛ぶ魔法が落ちない魔法だった筈です。
つまり最も初歩的で最も汎用性がある魔法術だと想像できます。
もしもメイド達が使えるならば仕事の役に立つでしょう。
「ん?それは侍女達に教えたいですね」
「ふみー。常時発動していると魔力量の問題が出ますわ。使うとすれば高い所の物を取るくらいでしょうか?」
「教えたいですねー。どうにかなりませんか?」
「んー。ヤの様に魔力量固定で縛って何とかしてみますわ」
「頼みます」
「ふみ!侍女と言えばラブラブ・ファンタジーがありましたわ。そちらもどうにかしてみますわ」
「それはどう有効な魔法ですか?」
「引力魔法ですわ。洗濯物を均等に引っ張る事で
「それはいいですね。よろしく頼みますよ」
さて実家では何についてを世間話しましょうか?
話題なんてなんでもいいですね。ぼろを出さなければ話す事など幾らでも湧いて出て来る筈です。
グレースジェニアは久しぶりの里帰りに心を浮かせます。
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