023 標5話 闇最強の魔獣?ジュエリア危機一髪ですわ 1


 ルーンジュエリアは庭に立ち、石造りの屋敷を見上げます。

 そして色々と思いを巡らせます。


 石造りの屋敷があると言う事は柔らかい石があると言う事です。

 たぶん発見したのは子供でしょう。

 文明のレベルは彼女の思い出にあるヨーロッパ中世記。

 ヨーロッパへ行った事は無いので本当にそうかは分かりません。

 なんとなくそう思います。


 文明が中世記。

 その発達を阻害しているのが魔法術です。

 何故魔法術が実行できるのかは誰も知りません。

 ですが簡単な生活魔法はほぼ誰でも使えます。


 理由は分からないけれども簡単にできる方法がある。

 だから誰も難しい事は考えません。

 これはいけません。

 ですが、誰もおかしいとは思いません。

 何故なら生活が苦しいからです。

 だからこそ科学が必要です。

 けれど魔法で済ませます。

 堂々巡りです。


 発見するのは子供です。

 歩き始めた子供が最初にするのは探検です。

 次に水遊びと土遊びです。

 石を割ります。

 壊します。砕きます。削ります。

 石墨せきぼくと柔らかい石の発見です。

 それを大人になったあとで思い出して生活に組み込みます。


 柔らかい石。

 結局柔らかい石とは何だったのでしょうか?

 ルーンジュエリアは考えます。

 ああ、最後まで読んでおいたら良かったですわ。


 ルーンジュエリアは後ろに控えるメイドに視線を振りました。

 そして地下倉庫への階段へ向かいます。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 そこは屋敷の奥深く、調理場の奥にあります。

 サンストラック邸には二か所の地下施設があります。

 一つは倉庫です。

 そこへの階段は調理場のそばにあります。

 食材保管とか物置として使っています。

 そしてもう一つが作業場です。

 昔は使っていたのですが、今はほとんど使っていません。

 滅多に使わない物をしまう物置と、万一の時の牢屋があります。

 ルーンジュエリアとキサラはその、奥の階段を歩み下ります。


「お足元にご注意ください」


 キサラが先に歩きます。

 右手のひらには魔法術で出したトーチを載せています。

 普通は魔力が長続きしないのでろうそくが組み込まれた行燈あんどんを使います。

 提灯ちょうちんですね。

 油ランプは据え置き用には有効ですが、持ち運びには不便です。

 鎮火対策と防火対策の技術がありません。

 火が消えやすい上に、火事を起こしやすいと言う事です。


 ですがルーンジュエリアの魔力は大したものです。

 キサラは安心してルーンジュエリアの出したトーチを使います。

 ……他人の出した魔法術を手に持っている事に違和感を持っていないようです。



「ジュエリア様。本当に大丈夫なのですか?」

「あの方がその気になればどこに居ても同じですわ」


 覚悟を決めたキサラは扉を開きます。

 扉を岸に見立てた深淵があります。

 キサラは深淵を覗きます。

 何故か深淵に覗かれているような恐怖を感じます。

 キサラは知っています。

 この深淵の奥にやつが居ます。


「ルールルルルル、ルールルルルル、ルールルルルル」


 部屋の中へ歩み入ったルーンジュエリアは歌うように声を上げます。

 キサラも一歩だけ中へ入ります。


「ルールルルルル、ルールルルルル、ルールルルルル」


 ルーンジュエリアの記憶が正しければ、この声が動物を呼び出す最も正しい言葉です。

 闇の中に子猫ほどの動物の骸骨が浮かび上がります。

 二人はそれに気づきます。

 骨に見えたのはその小動物の白い模様でした。


 トビリスです。

 それも只のトビリスではありません。

 百年の時を生き、じゅうへんとなったトビリスです。

 この魔獣は以前の飼い主の名前と自分の名前を知っていました。

 つまり、その頃にはすでにじゅうへんとなっていた。

 ルーンジュエリアはそう考えています。


「ルールルルルル」

(……なんだ?)

「ご機嫌よう、ラッシー。ただのご機嫌伺いですわ」

(……互いに、触れず、触らず。だったので、はないのか?)

「ジュエリアにも都合位はありますわ」


 ラッシーは考えます。

 こんなひとも無い魔獣が住む場所へ来る。

 何をしているんだ?


(……こちらの、都合、も、考えてくれる、と嬉しいな)

「まあまあまあ。お茶菓子くらいは持参しましたわ」


 キサラが、たずさえてきたやなぎかごから何かを取り出して床に置きます。

 籠の中身はお茶菓子と言うのですから食べ物である事に間違いありません。

 ラッシーは一度そちらへ目を向けた後、独り言の様につぶやきます。


(……危険だ、な)

「ふみ?」


 意味が分かりませんとルーンジュエリアが声を上げます。

 本人に自覚はありません。

 双方はお互いに相手の出方を窺がいます。


「ジュエリアに危険はありませんわ」

(……おまえ、はサンテ、レイアと、同じ香り、がする)

「ジュエリアはサンテレイア様のように可愛いのですの?」

(……ヒューマ、の美醜、は解からん)


 小型動物のくりくり目玉は可愛いです。

 ラッシーもそれは変わりません。

 いつかモフモフしたいですわ。

 ルーンジュエリアの野望は尽きません。


「ああ、色は分からないんですわよね」

「色?ジュエリア様。色が分からないとはどういう事でしょうか?こちらの方は目が悪いのですか?」

「ふみ?んー。けものには色よりも夜目の方が大切だからそういう風にはなっていないと言う話ですわ。ヒューマは夜目よりも色の方が大切だったと言う事ですわね。

 例えるなら、目が光る動物は熱が色で見えますが、色は分からない、とかですわ」

「温度が色で見えるんですか?」

「闇夜に獲物を探すなら必要ですわ」


 そう言えば獣人もいるんですわよね。

 獣人たちの目の作りはどうなっているんでしょ?

 本人たちに聞いてもいいですけど、果たして色の認識はあるのでしょうか?

 ルーンジュエリアの疑問は尽きません。


(……博識、だな)

「ですわ」

(……用は、なんだ?)

「ふみ?」


 ここでルーンジュエリアは困りました。

 彼女は小動物が大好きです。

 ペットを飼いたいとか思っています。

 最近になって自宅の中にモフモフが居る事を知りました。

 だから遊びに来ました。

 しかしそれを知能がある本人に言ってもいいのでしょうか?


(……用、が無け、れば来な、いだろ?)

「まあ、そうですわね。やりたい事が多少行き詰っていまして、気分転換と発想転換に無駄話をしたいと思いましたわ」

(……それで、来た、のか)

「お邪魔しますわ」

(……邪魔、だ、な。……ま、あいい。何、が行き、詰ってい、る?)

「スクロールを作りたいのですが、魔力を蓄積する呪文が見つかりませんわ」


 スクロールは魔道具の一種です。

 魔法用紙に呪文と呪文発動用の魔力が組み込まれています。

 使用者がそれを開いた状態で呪文を唱えると魔法術が起動する仕組みです。

 起動呪文には間違い防止も兼ねて目的となる魔法術の名前を使う事が一般的です。


(……ん?、スクロ、ールから、魔法、を起動、するた、めの魔力、を蓄積、する呪文、か?)

「いいえ、そちらではなくて。起動すると蓄積してある魔力を発動開放するスクロールが作りたいのですわ」


 もしかしたらひょうたんからこまでしょうか?

 ルーンジュエリアはちょっとだけ期待します。

 ですがラッシーのつぶらな瞳は澄み切ったままです。

 何かを見通されている気になります。


(……戦争、でも、する、つもり、か?)

「ふみ?魔力量は大切ですわ」


 あ!何をしたいのか理解していますわ。話が通じるのって楽ですわ。

 いえ、それよりも大きさが手頃です。頭に乗せてみたいですわ。


(……おれが、自分、を殺す、ための、魔法、術をおま、えに教え、る程な、馬鹿、に見える、か?)

「見えますわ」

(……危険、だ、な。……お前、はサンテ、レイア、と同、じだ)

「構いませんわ。気晴らしにお話ししているだけですわ」


 ルーンジュエリアがスクロールに興味を示した理由。

 それは高度な並列処理を実行しやすいからです。

 イベント処理と表現した方が通りがいいかも知れません。

 直列処理。つまりバッチ処理は順番に動作を行ないます。

 対して並列処理は順番に関わらず、検知されたらそれを実行します。


(……起動、しなけ、ればいい)

「ふみ?でも起動しなければ発動しませんわ?」


 ルーンジュエリアが一番悩んでいたのはそこでした。

 スクロールから魔法を起動するための呪文。

 スクロール内に蓄積されている魔力を消費して魔力解放の呪文を起動、そして蓄積されている魔力を解放する。

 そんな判り辛い状態です。


 魔道具には魔法術の呪文が書かれたテキストファイルが含まれています。

 組み込まれた魔石の魔力を動力源にして動きます。

 一回に使用する魔力量を固定化する事で魔石内の魔力が無くなるまで何回でも使用できます。


 対してスクロールは魔石を使いません。

 その為スクロール内には起動用の蓄積魔力と魔法術の呪文が書かれたテキストファイルが含まれています。

 スクロール内の起動用蓄積魔力は使い捨てなのです。


 さてルーンジュエリアが目的とするスクロールです。

 魔力を一度開放し、次に移動させます。

 元々スクロールはそこに存在する魔力を全て魔法術の起動に使う形に設計されています。

 だから移動しようとして魔力を起動開放すると移動させる魔力が残らないのです。


(……発動、する必、要があ、るのか?……おまえ、がやり、たい事、は魔力、の、移動で、はない、のか?)

「確かにそうですわ。んー。では魔力の保管はあの呪文でいいのでしょうか?」


 魔力蓄積の呪文と魔力保管の呪文は見つけてあります。

 起動する魔力と移動する魔力を区別できなかっただけです。

 魔力保管スクロールの魔力保管をやめただけで発動中の魔力集積スクロールへ移動してくれるなら問題ありません。

 そうなると後は蓄積した魔力を使って目的とする魔法術の威力を上げればいいだけです。


 方法は簡単です。

 魔力保管をやめる呪文を魔道具の様に使用量固定にしてスクロールへ書き込めば良いのです。

 すると使用されなかった残りの魔力が全てスクロールから解放されます。

 元々スクロールの魔力が使い捨てなのは残り使用回数が判らなくなるからですが、スクロールも魔道具の一つですからできない事ではありません。


 そうこう考えていると、ラッシーがルーンジュエリアに話しかけました。


(……おれ、が質問、して、もいい、か?)

「今のが一個目ですわ」

(……性悪、女)

「数は制限していませんわ」


 ルーンジュエリアは伯爵令嬢です。

 軽口を叩いてくれるのは家族だけです。

 上から目線で軽口を叩いてくれる会話は新鮮です。

 心が弾みます。


(おまえ、に保管、した魔、力で、魔法術、の効果を、上昇、する、必要、があるの、か?)

「スクロールを使うのはジュエリアだけとは限りませんわ。他の方が使う事も考えていますわ。当然ジュエリアが使う時はそう言う威力の魔法術ですわ」


 ふみ?何を当たり前のことを聞くんですの?

 スクロールを作ったのでしたら、それが他人に渡ることも考慮すべきですわ。

 第一にジュエリアの保有魔力だけで発動する程度の魔法術ならスクロールは要りませんわ。

 ルーンジュエリアは小首を傾げます。


(……おいメ、イド!)

「はひっ!なんでしょう!」


 キサラの声がうわずります。

 今までの流れからこの魔獣が十分に知能が高くて人の言葉を理解していると判断しました。

 機嫌をそこねる事が怖くなります。

 そんなキサラにラッシーは指示を出します。

 拒否は許さない。

 そんな重い命令です。


(……こいつ、が作っ、たスクロ、ールが他人、に渡らな、いよう、に監、視しろ!こい、つは大地、を焼き、払うつもり、だ!)

「偏見ですわ」

(……で、は聞く、その魔法、ではで、きないのか?)


 ルーンジュエリアの言葉がまごつきます。

 まるでいたずらを見つかった子供です。


「ジュエリアはエターナル・ブレーズをそんな事に使いませんわ」

「ジュエリア様!できないのですか!」


 思わずキサラが怒鳴りました。

 できないのかと聞かれてやらないと答える。

 これを聞き過ごす事はできません。


「で・き・る・ん・で・す・ね?」

「ふみー」


 メイドの迫力にルーンジュエリアが尾々びびります。

 おもわず頭を両手で抑えます。

 ルーンジュエリアが八歳。

 対するキサラは十六歳。

 年齢は八歳差です。

 大人と子供です。

 魔獣の瞳も冷たくルーンジュエリアを見つめます。

 くりくりしているのが余計に怖いです。


(……見張っ、とけ。お前、がここに、来ること、は許す。自由に、相談、に来い)

「かしこまりました」


 被害者の会、結成です。


「ジュエリアはただ、リーザベスへの道を作ろうと思っただけですわ」

「え?道ならありますよ?」


 サンストラック領領都ホークスから王都リーザベスへの街道は存在します。

 これは意味が分かりません。

 道を広げるのでしょうか?

 ルーンジュエリアが補足します。


「ジェントライト領からリーザベスへの道ですわ」

「山がありますよね?」


 サンストラック伯爵領は国王陛下より与えられた領地です。

 ジェントライト男爵領はサンストラック伯爵領奥の一部を貸し与えている土地です。

 運営決裁権がある代官でしょうか?


 そのジェントライト領からリーザベスまでは山地を迂回している街道を通るよりは近道です。

 けれども連なる山地を越える峠道です。

 馬や人はともかく、馬車にはかなり辛い道です。


「だから崩して平らな直線道路を作りますわ」


 立ちはだかる山地はこちら側が四十メートル。

 向こうが七十メートル程でしょうか?

 山の両側がサンストラック領ですので道路工事自体はなにも問題がありません。

 問題は道路を作る方法です。

 魔法で崩して平らな道を作るとか言ってますよ。

 攻城兵器、真っ青です。


 これはお館様への報告案件です。

 できるんですよね?

 できるからやりたいって言っているんですよね?

 キサラの顔が引きつります。


「ジュエリア様、行きますよ」

「あ!キサラ、待って」


 帰ると言われて黙って帰る訳にはいきません。

 他人の家を立ち去る以上挨拶は欠かせません。

 家で考えるから判り辛いのです。

 縄張りで考えましょう。


「ラッシー。ご指導くださりありがとうございましたわ。わずかな時間ではありましたがジュエリアの成長にとって必要なものと確信いたしますわ」


 とりあえず下の者としてお礼を言うのは当然ですわ。

 ジュエリアは別れの挨拶へと繋げます。


「ではラッシー。ご機嫌よう」

「失礼いたします、ラッシー様」


 扉が閉まりきるのを見届けたラッシーは床に置かれている野菜を見ます。

 キサラが、たずさえてきたやなぎかごから出して置いた物です。

 瑞々みずみずしく甘い香りの根菜です。


(……セリニンジン、か)


 ラッシーは長髪で明るい髪の少女を思います。

 サンテレイアもあんな明るさの髪だったな。

 ラッシーは人参に食いつきました。


(……うまい、な)


 一本目の人参を食べ終えたラッシーは二本目に噛り付きました。

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