021 標4話 親友フレイヤデイ侯爵第一令嬢グローリアベル様ですわ 4


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「来たわよ」

「いらっしゃいませリア様」


 フレイヤデイのお姫様グローリアベルが単身サンストラック邸へ遊びに来ました。

 目的は魔力量の向上です。

 日の出とともにダーリングを出立してお昼前での到着です。

 よほど馬車を急いだのでしょう。

 その意気込みが伺えます。


 出迎えた執事長セラフィンへの挨拶も早々にルーンジュエリアを馬車に乗せて訓練場へ出発です。

 訓練場と言っても只の小さな川原です。

 蛇行するホークス川のうねりは川原の向かいに必ず崖を持っています。

 それを的にするのです。


 とは言っても時刻はお昼前。

 先立つものはなんでしょう?

 お弁当です。

 簡易な椅子とテーブルが用意されてお姫様とお嬢様の昼食が始まります。

 騎士、従者、メイド達は別席にてお食事です。


 お弁当の中身はサンドイッチと肉料理。

 サンストラックの振る舞いです。


「なんでパンが柔らかいのよ?」

「柔かくなる様に作ったからですわ」

「教えなさい!」

「ふみ?グレースジェニアお母様から話が言っていませんか?」

「そうなの?帰ったら確認するけど、出直すのは嫌だからもう一回教えなさい」

「構いませんわ」


 ふみ?

 干しぶどうを水に漬けて湧いた酵母を混ぜるだけですわ。

 手紙のやり取りに行き違いがあったんですの?


「それでこの黄色いソースだけれど、」

「タルタルソースですわ」

「美味しいわね、教えなさい」

「安全な生玉子は手に入ります?」

「生玉子?生の玉子なの?」

「食中毒が心配ですわ。絶対安全を厳守ですわ」


 サルモネラ菌があるかどうかは分かりませんが、あったら毒そのものですわ。

 あれの食中毒だけは絶対回避ですわ。


「なんとかさせるわ。それでこのお肉の香ばしい味付けだけど、」

「お醤油ですわ。試作品ですので出来損ないですわ」

「これで未完成なの?完成はいつ?」

「来春ですわ。この調味料は寒い時期にゆっくり発酵させるのが最も美味しくできますわ。

 冬を待てないから寒い地下蔵で作っていますが自分の舌は誤魔化せませんわ」

「試作品でいいわ。分けなさい」


 試作品の火入れは済んでいますわ。

 半端を混ぜて一樽でっち上げて渡してもいいでしょうか?

 ふみ、それは拙いですわ。

 不具合品でも外に出すのは一種で無いと後々のちのちで困りますわ。

 フレイヤデイには一樽有るもので無いと駄目ですわ。


「パーティーで使わないなら量的にはどうにかなると思いますわ」

「ん。手持ちの量は少ないの?」

「ふみー。製造場所の都合ですわ。ぶどう酒を作るのと同じ設備が必要ですわ。けれども二つを並べては作れないですわ」

「どちらか専用ならぶどう酒を減らす訳にはいかないから新設と言う事ね。何故並べては作れないの?」

「味が移ったら両方ともパーですわ」

「つまり、味が移らないためには距離を置かなければならない作り方なのね?分かった。もらえる分だけで我慢する」

「感謝しますわ」


 商談と言うのでしょうか?

 次々と話がまとまります。

 料理長を連れてきた方が良かったかな?

 お姫様は考えます。

 それにしても気前がいいお嬢様よねー。


「不思議ねー」

「ふみ?」

「なんで気軽に譲ってくれるの?うちが侯爵家だから?」

「買い手がいれば量産できますわ」

「あ!そこまで考えているんだ」

「一番最初に考えるのは運転資金ですわ。今ジュエリアは農場が欲しいですわ」

「うふ。羊でも飼う?」

「哺乳類は規模が大きくなって手広くできませんわ。植物中心ですわ」


 言われてみれば家畜は一種一目的が無難よねーとか考えます。

 このお姫様は大規模経営の考え方を持っています。

 やはりお貴族様はスケールが違います。

 野菜は一株、家畜は一頭、その必要広さが異なります。

 多種多目的なら植物こそが無難です。


「ん?鳥はやるの?」

「玉子は欲しいですわ。でも鳥肉は思案中ですわ。それをやるなら魚が先ですわ」

「魚?魚を増やすの?」

「やらない方がおかしいですわ」

「魚って何やるの。ヤマベ?」

「オニギョですわ」

「あー、あの美味しいホッチャレ」

「オニギョとホッチャレは同じ仲間ですが違う魚ですわ。大きなヤマベと考えた方が正しいですわ。他にはサルガニですわ」


 ザリガニの別名は複数ありますがサルガニは去る蟹です。

 後ろに逃げる蟹の意味です。

 エビガニは蟹みたいな海老です。

 海老みたいな蟹ではありません。

 ザリガニはいざる蟹です。

 普通のカニは足を横に出して歩くからいざっていないと言う判断なのでしょう。


「なーる。それも増やして売るの?うちは買うわよ」

「アキアジの無い季節に捌く事は考えていますわ。そうなると問題は輸送と塩ですわ」

「急いで運ぶか、生かして運ぶか、ゆっくり運ぶかって事?もしかしたら王都を目指しているの?」

「ジュエリアは高く売れる場所で売りますわ」

「ふーん。わたしも領の繁栄に貢献しなきゃ駄目かな?」


 イトウはサケ科の淡水魚です。

 ルーンジュエリアはイトウ養殖の餌としてザリガニを考えています。

 サケの対抗食材を狙うのならやはり甲殻類を食べて育った旨味が必要です。

 カワエビが自生しているならそれでどうにかしたいのですが、山地であるサンストラック領にはカワエビの自生がありません。

 苦肉の策としてのザリガニです。


 メインディッシュの肉料理が終わりました。

 サンドイッチも残りわずかです。

 歯磨き代わりに残ったサラダを食べながら水筒の紅茶をティーカップで飲みます。

 ピクニック気分ですからお湯で紅茶を淹れたりしません。

 食後のお茶は食事中とは別の味です。

 これにお姫様が反応します。


「何!これ、甘味が違う!」

「ふみ?」

「ふーん?わたしを試すつもりなんだー。甘茶でも甘草でもないわよね。蜂蜜でもないと。林檎か白ぶどうの汁を乾かしたもの。違う?」

「ふみ!正解ではないですけどそれを提案できるだけでも凄いですわ」

「ざーんねん。違うんだー。で?正解は何?」

「砂糖ですわ」

「嘘よ!これは砂糖の味じゃないわ!」

「砂糖の味ですわ。足りないのは砂糖に混ざっている物の味ですわ」


 サンストラック家でもまだ量は少ない黄砂糖ですが、今回はお披露目の意味で使いました。

 評価は上々の様です。

 ルーンジュエリアはお姫様の様子に安堵します。

 これは王都でも売れそうですわ。


「これが砂糖。よこしなさい!」

「品切れですわ」

「次ができるのはいつ頃?」

「リア様はもうジュエリアを理解していますわ。んーと。予定表を確認しないと分かりませんわ」

「見せなさい」

「それはご遠慮願いますわ。さもあらんば金のかりですわ」

「何よ、それは?」

「昔々、一日に一個だけ金の玉子を産むかりが居たと言う話ですわ」

「一攫千金を狙って腹を捌いたとか言わないでしょうね?」

「大切なのはそこではありませんわ。腹を捌いた方のお名前がリア様とかベル様とか言うか言わないかと言うところですわ」

「判った判った判りました。余裕ができたら送りなさい」

「ふみ」


 ここは引くが得策かしら。

 くれると言うなら待ちましょう。

 今日の旅行は正解でした。

 今夜の料理も期待大ね。

 そうお姫様は考えます。


「ところで、このサラダはチシャよね?」

「ですわ」

「なんか美味しいのよね?いえ、この黄色いソースは分かっているわ。さっきのと同じ物でしょ?それを別にしても口の中が美味しいのよ。何したの?」

「ふみ?チシャの味が美味しいと言う意味ですか?」

「んーん。歯触りー、舌触りーではないわね。口触りと言うのかしら。とにかく美味しいわ。何?」

「何と言われても何も無いですわ」

「そーなんだ。なんだろ?」


 パン。

 不意にルーンジュエリアが手をはたきました。

 両手を胸の前で軽く合わせます。

 握りこぶしでポン!などと無粋な音は立てたりしません。


「あー、キサラ。鉄包丁で切ったサラダのお替わりをお願いしますわ」

「……?かしこまりました」

「お替わりで何をするの?」

「ちょっとした実験ですわ。食べ比べをお願いしますわ?」

「んー。いいわよ。付き合ってあげる」


 魔法だけかと思っていたけどそれ以外も優秀そうね。

 お姫様は会話を楽しみます。


「ルーンジュエリア様、お待たせいたしました」

「ふみ。リア様、味見をお願いいたしますわ」

「頂くわ」


 何も付けずに口にします。

 レタスそのものの味見です。

 お姫様は満足げです。


「そう、これが普通の味よ。何したの?」

「チシャの切り口を見ればお判り頂けますわ」

「チシャの切り口が赤いのは当たり前でしょ?」

「ふみ!それをご存じとはさすがですわ」

「褒められている気がしないんだけど。レアリセア。最初のサラダと同じ物が有ったらもらってきて」

「かしこまりました」

「いいんでしょ?」

「もちろんですわ」


 待っている間は紅茶を飲んでつぶします。

 お姫様は砂糖の甘味を楽しみます。


「お待たせいたしました、グローリアベル様」

「ふーん、千切ってるんだー」


 トングでつまみ上げるとその切り口を眺めます。

 そして何も付けずに口にします。

 口の中、頬の裏への当たりが優しくなっています。

 最初に食べたサラダの味です。


「この程度で味が変わるものなのね」

「全ての野菜は千切った方が美味しいですわ。食べづらいから切っているだけですわ。サンストラック邸では食べやすい大きさにできるなら千切る様に申し付けてありますわ」


 レタスやキャベツを千切ると口の中に突き刺さらないので甘味を多く感じ取れます。

 一番固い状態は生ですから、生で最も差が際立ちます。

 では加熱料理では差が小さいかと言うと煮物は結構差が出ます。

 鍋物の白菜も手で千切ると食べ易く、かつ甘味が強く感じます。


「まさか肉は千切っていないわよね?」

「あれは繊維を横切るか、刃を鋭くする事で対応していますわ」

「刃をいだら意味があるの?」

「潰れたお肉は美味しくありませんわ」

「ああ、そりゃそうね」


 潰す、混ぜる、切る。

 すり身は練っていますがひき肉は切っています。

 潰れた肉は肉汁が逃げるのでステーキには不向きです。


「あとはせいぜい茹で肉を煮こぼして、ぬるま湯で洗うくらいですわ」

「それはうちもやっているわね。たぶんだけど」

「ふみ?やらない方が料理の材料はいいですわ」

「そうなの?待って。自信が無いな。いえ、やってる。骨で見たわ」

「それは基本ができてる証拠ですわ」


 骨に付着している肉はきが悪くなっていますから牛骨、豚骨、鳥ガラは肉と血合いを取り除くのが基本です。

 それが雑味の原因です。

 茹でる前に掃除するとなっていますが、素人は湯通ししたあとの方が掃除は楽です。


「ん?じゃあサンストラックはなんで肉を洗うのよ」

「餌が悪いせいですわ。臭みがひどくて酒精で飛ばすだけでは取れません。洗わない方が美味しいのですから、あくまでも例外的な方法ですわ」


 ウエルス王国には食肉用として品種改良された家畜はまだ存在しません。

 野趣あふれる味わいの肉だけです。

 だから下処理が大変です。

 草食動物なら問題ありませんが、雑食動物、肉食動物の脂は臭みの塊です。


「ルーンジュエリア様。もうそろそろお時間になります」

「ふみ。リア様。ご準備は宜しいですか?」

「ふみ。ジュエ、リア様。ご準備は宜しいですわ」

「言いますわ」

「うふ。結構好きなの」

「行きますわよ!」

「連れて行きなさい!」


 鍛錬のお時間です。

 無駄をお嫌いなお嬢様の無駄がない魔力向上鍛錬が始まります。




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