006 標2話 敵は家族と家臣達ですわ 2


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 ルーンジュエリアの一日は朝、目覚めるところから始まります。

 当たり前ですね。

 だらだらします。

 ぽけーっとします。

 ルーンジュエリアは目覚めたらすぐに気持ちよく起きるような素晴らしい人間ではありません。

 ごく普通の子供です。


 そしてベッドの中で考えます。

 起きたくないですわ。寝ていたいですわ。

 続けて考えるのは今日の予定です。

 どう言い訳すれば今日の鍛錬をさぼれますの?

 さぼりたいですわ。一日くらい大丈夫ですわ。

 いつも頑張っているのだから今日一日くらいは自分にご褒美ですわ。


 ルーンジュエリアの日課である鍛錬は自分の為に自分で決めてやっています。

 ですが、それとさぼりたいと言う今の気持ちは無関係です。

 鍛錬の成果は必ず自分の身に付きます。

 けれども鍛錬で体を鍛える理由はそもそも大人になってからだらだらと楽をする為です。

 子供の内は甘やかして大人になったら厳しく躾ける日本風。

 子供の内は厳しく躾けて大人になったら甘やかす欧米風。

 ルーンジュエリアの希望は、子供の内は甘やかして大人になっても甘やかす現代日本風です。

 それはおそらく親と家臣たちがしてくれるでしょう。

 だからルーンジュエリア自身は自分に対して欧米風を選択します。


 そうこう考えているとキサラがやって来ます。

 キサラはルーンジュエリアのお付きメイドです。

 八歳の子供にメイドを付けるのは贅沢なように感じますが、領民国民が生きる為の仕事を作るのも貴族の仕事です。

 たくさんの家臣を抱える事は貴族の義務です。

 ルーンジュエリアは貴族である領主の娘なのでそのだしに使われているにすぎません。


「おはようキサラ。今日もすがすがしい朝ですわ」

「お早うございます、ジュエリア様」


 あー、今日もなんとかさぼれる言い訳が思いつきませんでしたわ。

 ジュエリアはもう少し賢くなりたいですわ。

 そう思いながらもキサラに対してそんな素振りは見せません。

 さもキサラの入室で目が覚めた振りを貫きます。


 中庭へ行くと侍従たちが剣の素振りをしています。

 日中は割り当てられた仕事が有るので鍛錬は朝食前と夕食後です。


「ガルガント、おはようですわ」

「お早うございますジュエリア様」

「ジュエリアは体を温めますから、ガルガントがへばった頃合いで剣合わせをお願いしますわ」

「ははっは。なんぼ怖くてもジュエリア様のお相手なら喜んで負けますよ」

「近いうちに実力だけで勝って見せますわ」

「お待ちしていますぞ」


 当然の事ですがウエルス王国にはラジオ体操など有りませんでした。

 この実用的でバランスの取れた体操はルーンジュエリアの発案とされています。

 音楽に合わせて無理なく全身体操をする辺りが画期的だと高評価です。

 侍従もメイドもやっています。


 ルーンジュエリアは軽く柔軟をしてから中庭を走ります。

 幼い貴族の子供ですから屋敷の外は走りません。

 外を走れば護衛に付く侍従が鍛錬をできない事になります。

 それはルーンジュエリアにとって本意ではありません。

 延べ五キロメートル位走った頃に侍従たちの剣合わせが一段落着きます。


「ガルガント。行きますわ」

「どうぞ、ジュエリア様」


 軽めの木剣を持ったルーンジュエリアにガルガントは翻弄ほんろうされます。

 鋳物の金属剣でたたき割るのがウエルス王国の剣術です。

 それに対してルーンジュエリアの剣は撫で切ります。突いて来ます。

 摺り足の知識を持たないガルガントはフットワークで追い込まれます。

 なんとか手足の長さと力任せの剣速で勝利を収めてもその表情は苦笑いです。

 今はわざと負けているが明日実力で負けてもおかしくないな。

 すでに心が負けています。

 お館様のお嬢様に負けるのならそれも悪くはない。

 そう考えるので一杯です。


「ふー。ジュエリアの勝ちですわ」

「ははっは。また負けましたな」

「それでジュエリアの上達はどうですか?」

「何度も言っていますが、俺の知らない剣技を使われると非常に困ります。今朝の突きは五段ですか?あれなどは逃げるだけで精一杯です。かわして反撃は俺の腕だと無理ですね」

「ふみ。ジュエリアは日々成長していますわ。大体子供の突きがかわせない等と言われてはジュエリアが困りますわ」

「では、三段でめて下さい」

「考慮しますわ」


 そうこうしていると従士たちの剣合わせが再開します。

 ルーンジュエリアは両手を肩幅で前に突き出し、指を握ったり開いたりと繰り返します。

 あれ、きついんだよな。

 ああ。俺もやったけどできないって。

 その様子を見る従士たちが言葉を交わします。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 朝七時ごろから約一時間の朝食が終わるとルーンジュエリアは庭を散歩します。

 朝食前の庭掃除は終わっています。

 きれいな庭できれいな花々に囲まれる。

 自然とハミングを口ずさみます。

 調子に乗ってスキャットも始めます。

 これも毎日の日課です。


 その歌声に聞き惚れたメイド達が手を休めても、この時だけは黙認されています。

 そこにメイドを二人引き連れた女性が一人歩み寄ります。

 レディエリア・オブ・インターリッチ=サンストラック。十七歳。

 ルーンジュエリアの父ポールフリードの妹、つまりルーンジュエリアの叔母です。

 三か月後にはリリカルネット公爵家第一令息の第二夫人となるべく嫁ぐことが決まっています。


「いつも通りにきれいな歌声ね、ジュエリア」

「ご機嫌ようございます、叔母様」

「いつか聞いてみたいと思っていたのですが、毎朝歌っている曲はジュエリアの考えた曲なの?」

「違いますわ、叔母様。この国では誰も知らない天才の作ですわ」

「そうなの。どなたの曲?」

「……ヒロシです」

「ふーん。ヒロスさんなの」

「……ヒロシです」

「あら、ごめんなさい。ヒロシさんね。まだご存命なの?」

「……既に亡くなったとです」

「そうなの。お会いしてみたかったわ」

「ですが、その作品だけは消える事無く残っていますわ」


 ルーンジュエリアは次の曲を歌い始めました。

 麗しい彼女の叔母はそれに耳を澄ませます。


 朝の散歩が終わった後にルーンジュエリアを迎えるのは座学、つまりお勉強です。

 教師役はリナ様。

 第一夫人グレースジェニアの乳母にして、嫁入りについてきたお付きメイドです。

 午前中二時間ほどの座学が終わった後、昼食を摂り、午後は魔法術の鍛錬です。

 その内容は主に剣技と魔法術の混合実技です。

 何故なら魔法術の制御鍛錬は自室に戻った後でも行なえるからです。

 異変はこの後起こりました。


「ラーララーーーラーラーラー、ラーララーーーラーラーラー、」

「ジュエリア様、」

「ふみ?」


 右手にファイアーの火球を載せながら歩くルーンジュエリアにキサラが問い掛けます。

 質問の内容は魔法力の制御鍛錬についてです。


「ジュエリア様ほどの才能をお持ちだと、魔法術の制御鍛錬は必要ないと思いますが、何故未だにされているのですか?」

「ああ、キサラは勘違いをしていますわ」

「勘違いですか?」

「ふみ。今ジュエリアがやっているのは制御鍛錬ではありませんわ。頭で考えなくても体が動くように体へ覚え込ませているのですわ」

おっしゃっている意味が分かりません」

「んー、例えるならー、歩く練習ですわ」

「歩く練習ですか?」

「そうですわ。例えばキサラ。子供は転びやすいけれども大人は転ばない。その理由はなんだと思います?」

「大人だからではないのですか?」

「違いますわ。子供は頭で考えて歩いているのですわ。大人は頭で考えなくても勝手に足が動くのですわ。この、ほんのちょっとの時間差で転ぶ転ばないが決まるのですわ」

「んー。そんなものなのですか?」

「ですわ。それが経験の差であり、鍛錬の差ですわ」

「わたしは歩く鍛錬をした覚えがありません」

「歩く事、それ自体が鍛錬ですわ。歩かなければ大人だって転ぶ。お年寄りが転びやすいのは体の動きが悪くなっただけではないのですわ。歩かなければ体が歩き方を忘れるのですわ」


 自室に入ったルーンジュエリアは違和感を感じます。


「ふみ?」


 その原因はすぐに判りました。

 手の上に載せていた火球が消えています。


「ヒ。ヒ。ヒ」


 ルーンジュエリアはファイアーの短縮呪文を唱えます。

 けれどもファイアーが発動する感触はありません。


「ヒ。ヒ。ヒ。ヒ。ヒ。ヒ。ヒ」


 ルーンジュエリアは別の違和感を感じます。

 起動呪文を詠唱しているのに、魔力が減少する感覚がありません。

 魔法術の起動に失敗すると魔力量は減少しない。

 この知識は意外な収穫ですわ。

 いえ、そんな事を言っている場合ではありません。

 ルーンジュエリアは短縮呪文ではなく普通の呪文を詠唱します。


「昇る炎よ、灯れ、火よ起きれ。

 昇る炎よ、光れ、火よ起きよ。

 舞い上る炎よ、灯れ、火よ起きろ」


 魔法術の起動呪文は方言や各家庭の料理の様に数多の微妙な違いがあり、消費魔力量さえ異なっています。

 簡単に言うと一つの目的に対して色々な手段や方法があるのと同じ事です。

 魔法術のコレクターであるお嬢様は家族や家臣などあらゆる伝手つてから呪文を聞き集めていました。

 ルーンジュエリアはファイアー以外の魔法術も詠唱します。

 ですが不発です。

 詠唱した全ての魔法術が起動しません。

 ファイアーの火球が発生しない自分の右手のひらを驚きのまなこで見つめます。


「なんじゃこりゃあー‼︎」


 部屋の中にお嬢様の叫びが轟きます。

 自分に何が起きているのか理解できていません。

 後ろで見守るキサラはおろおろとたじろぎ、主人に対して声を掛ける事さえできないでいました。




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