第63話 新しい村と外される梯子
ほどなくしてアーグロヘーラ大迷宮前に到着した。
1年前にはなかった住宅地が作られていたのだからもうここはアーグロヘーラ村とかアーグロヘーラ町にしてしまったほうがいいんじゃなかろうか。
元々は商人が自宅兼店舗として建てた商店でハンター相手の商売を始めていたのだが、1年前の今頃に子供達だけでものすごい量の素材を持ち帰ったという話がまことしやかに噂され、
噂を聞いたハンター達が子供にできるんだから自分達にもできるんじゃないかと大迷宮へ潜る者が急増してきてしまい、最近はどこの店でも対応する人数が足りなくなってきてしまった。
そのため、住み込みの従業員を他の村から雇ってきたのがこの去年は無かった住宅地作られるきっかけとなった。
正しくはその後、住み込みだけでは足りなくなり、住居兼店舗では限界に来てしまったために、
アーグロヘーラ村(仮)の商人達は共同出資して従業員を住まわせる居住地を建てようと相談する。
建物は縦に伸ばすと建設費用が増えるがここはアーグロヘーラ村(仮)、大迷宮が発見されるまでは森の中にぽっかり空いたどこにでもあるダンジョンだったのだから邪魔な木を切り開いてしまえば開墾場所すべてがアーグロヘーラ村(仮)となるので建設費用を抑えるために安い長屋を建てることになる。
心持ち多めの給料を払っても家賃は天引き、迷宮しか無いので娯楽は酒しかないが、酒を出す店は大体この商人達の店なので払った分が帰ってくると思うと笑いが止まらない。
その上、新しく切り開かれた外側は危険が多いが商店で働く新人ほど外側なので多少何かあっても損失は少ないし、ハンターたちも多いため対処も早いといいことづくしだった。
今商人たちの中で次に建てたい施設の話になるとかならず出てくるのが賭場だというがいい用心棒は迷宮に潜るために来ているので雇えない。
そのため、いつも先送りになっているというのはまた、別の話。
きっとその話をカオルが聞くとやめてくれと叫び、イレーネは用心棒になろうとするだろうが街の裏側でされる密談が耳に入ることはないのだから。
1年前に比べて少し大きくなった集落に軽く驚きつつ、きょろきょろしていると、ペドロに肩を叩かれた。
「2回目なのにめずらしいのか」と。
「1年しかたってないのにだいぶ発展してるんだよ」と答えた。
ペドロは興味なさそうにほう、と言いながら見渡してルイス教官と宿を取るためにあるき出した。
聞いといて何だ! とは思ったがまあ、興味はないだろう。
その後イレーネとロペスと共にあれが違うとかいいながら場所の確認のために宿の前まで一緒に行き、チェックインをお願いしてハンター協会へと向かうことにした。
1年前は前を通りかかっただけだったので、曖昧な記憶を頼りに迷宮入り口近くにあるハンター協会に向かった。
総合受付に向かい、ハンターパーティの呼び出しをお願いしたいと伝え、自分たちの組織名と代表者名、呼び出したいパーティを記載して大銅貨2枚を添えて提出した。
1枚は手数料で1枚は呼び出したパーティへの謝礼になるんですよ、と言ってにっこりと微笑んだ美人で巨乳のお姉さんにロペスが鼻の下を伸ばしていた。
これで協会の人がアーテーナの鉾の都合を聞いてきてくれるはずだ。
番号札を持ってハンター協会のロビーにあるベンチに座って回答を待っていると今の私と同じくらいか少し下の男の子が息を切って入ってきた。
こんな時間に子供が働いてるなんて、と思っていると、将来ハンターになりたい学生が小遣い稼ぎと顔つなぎのために学校が終わった後夜まで働いてたりするんだ。と、ロペスが教えてくれた。
ロペスはなんでも知っている、とイレーネと感心していると
「今から来られるそうです」と言って礼をして下がろうとした男の子をロペスが引き止め
「すまんが、ロヴェルジャという宿にいるルイスという男を呼んできてはもらえないか?」と、言って受付に追加料金を払った。
だれも来ないのでぼーっと座っていると、
ルイス教官は私達を見つけると軽く手をあげて合流した。
ルイス教官も私達も制服で一応外なのできちんとしておくべきか、と考えたので3人で立ち上がり報告っぽくする。
敬礼をして
「今から来られるそうなので早めに来ていただきました」というと、頷いて座れ、と言った。
一応外なので。
勝手に発言してるようには見えないように口の端だけを少し開けて小声でせめて着替えてきていればトランプくらいできたんですけどね、というと、まさか面会依頼を出して当日会うと言われるとは思わなかった。と、言っていた。
それからまたしばらくしてアーテーナの鉾がやってきた。
アーテーナの鉾のメンバーは大人なので1年では見た目はそんなに変わってなかったがアルベルトが布で左腕を吊っていた。
「お久しぶりです、覚えてますか」とロペスが嬉しそうに言った。
「もちろんさ、さすが成長期! 去年よりでかくなったな」とアルベルトさんがロペスの筋肉を確かめるように動く方の手で背中をバシバシ叩いていた。
「お久しぶりです、こちらアーテーナの鉾の皆さんです。こちら私の教官のルイスです」
と、紹介し少し立ち話をした。
アンヘルさんにすす、と近寄り、小声でアルベルトさんどうしたんですかと聞くと、
「一昨日
なんとか倒したんだがそのときにぽっきりと」と言ってため息をついた。
「ニコラスの祈りだと重傷者を癒せる奇跡が起こせないから長期休暇を取ることになったのさ」と小声で言った。
ルイス教官とニコラスさんの間で話し合いがされ、アールクドットの
そんな堂々とそんな話をしていていいのだろうか、と心配していると
賞金がかかってる下位の
この剣も協会経由でファラスに送られるだけだからだれも気にしたりしない、と後で教えられた。
せっかくだから一緒に食事でも、と宿ロヴェルジャへ向かう。
そういえば貴族だったルイス教官の対応は言葉が荒くないニコラスに一任された。
「
「事情があって
「報奨金についてはこちらはそんなに困っているわけではないので取っておくといい」とルイス教官が偉そうに言った。
なんだか無理に偉そうに演技しているように見えて、普段の姿を知っていると滑稽に見えてしまう。
「こちらとしても収入がなくなった所だったのでお話しいただけてありがたく存じます」
「ほとぼりが冷めるまでここにいるつもりだ、こいつらの訓練も兼ねて連れて行ってもらっても構わない」ルイス教官が偉そうに言った。
「それは僥倖、我々としても助かります」と言って恭しくお辞儀をした。
ロペスとイレーネを見ると嬉しそうに目を輝かせていた。
理由は異なるのだろうけれども。と、思わず笑ってしまいそうになったが、なんとか表情に出さずにこらえた。
でもよく考えたらロペスの大好きなアルベルトさんは骨折ってるんだから留守番だぜ?
宿に着き、ロビーで着替えたペドロ達が談笑しているのが見える。
「お前らは着替えてここに集合だ」と言って鍵をもらった。
イレーネと一緒に3階の階段近くの部屋に行き、急いで着替えて1階に集合する。
いつもはもっとフランクなんですよ、とルイス教官の正体をアーテーナの鉾に告げ口しているとラフな格好のルイス教官がやってきた。
「ここでの食事は個室がないということなので隣の店に行って個室を借りようと思う」と言って表に出て隣の龍の怒り亭という不吉な名前の食堂に入っていった。
個室を、と言っていくらか渡し、奥に案内される私達。
「この店は西方の料理の専門店なんだ、西方ではちょっといい食事をしようとすると個室を使う文化らしくてな、昔良く使ってたんだ」と言ってルイス教官が円卓の奥の方にどかっと座った。
「ま、好きな席に座るといい」と言って着席を促した。
入り口に近い場所にある席に座ると、イレーネとロペスに挟まれた。
ルイス教官以外は次々と運ばれてくる大皿料理の食べ方がわからないらしく、お互いの顔を見合わせて手を伸ばしかけたり皿をなでたりしていた。
意地が悪いルイス教官は戸惑っている様を見てニヤニヤしていたが、私の方を見て顎をしゃくった。
しょうがないな、とため息をつくと、見るからに辛そうな野菜と肉の炒めものを取皿に取り分けてロペスの前に置いた。
「こうして自分の食べたいものを取皿に取って食べるのですよ」と説明し自分のカトラリーで直接食べてはいけないマナーになっていますからねと付け加えた。
ロペスが真っ赤な料理に悶絶しているのが楽しい。
「さすがカオル、なんでもしっているな」と言って喜んでいた。
「なんでもじゃないです、知ってることだけ知ってるんです」と答えて自分用にピリ辛に味付けされた肉団子を取り分けた。
まさかこのセリフと使うことがあるとは思わなかった。と密かに喜んだ束の間
「何だそのしてやったような顔は」とルイス教官に言われた。
ポーカーフェイスは失敗したようだ。
どんな理不尽も急な仕様変更でも見に覚えのないクレームをつけられた時でも無表情でいられたはずなのにできなくなってしまったのは人として当たり前の感情豊かな生活が出来ているせいなのかもしれない。
ロペスとイレーネはニコラスさんとアンヘルさんと話をして、ルイス教官とアルベルトさんが話をしていた。
私は宴会が得意じゃないのでいつも飲み物を聞いたり皿を下げたり新しく注文したりしてあまり席にいないようにしているので細かい話は聞いていないがロペスとイレーネはやっぱり迷宮に潜りたいらしい。
ロペスはその時にニコラスさんの加護があれば魔法の強化とどう違うか確かめたいとすごく健全なことを言っていた。
イレーネはなるべく簡単で軽くて高く売れる素材についてアンヘルさんに聞いていた。
ペドロ達にもベテランのハンターの話し聞いてほしいんだけどな、と思いながらなんだかよくわからない話で盛り上がるペドロ達を見ていた。
入口近くに座った私が酒や次の料理を頼んだりしているとイレーネが
「なんでそんな下働きみたいなことしてるの?」と疑問を耳打ちした。
「だって他に人いないじゃん?」というと、そういうのは宿の人に言って呼ぶんだよ、と教えてくれた。
そんな話始めて聞いたわ、と思ってルイス教官を見るとニヤニヤしていつ気づくか観察していたようだった。
ルイス教官は手元のベルを鳴らして店の人を呼ぶと、給仕を1人お願いしたい。と言って下がらせた。
ぽかんとしている私はきっと面白い顔をしていたのだろうがみんなして笑わなくてもいいじゃないか、さっきのあれは嫌味か!梯子を外された気分だ!と憤慨しつつ燃えるように辛いチキンと喉を焼くショットグラスに波々と注がれたウィスキーを一気に流し込んだ。
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