第51話 降って湧いたキャンプの話

「ねえ、ロペス、イレーネ、あれなんだと思う?」

 ロペスが目を凝らして見て言った。

「大き目の牝鹿だな、魔物化もしていないし、大人しい草食だから襲ってはこない」

「おいしい?」と、聞くと

「あれは雌だし、春は出産を控えて栄養をつけている最中だからな」

「つまり?」

「ほどよく脂がのってておいしい」

「狩ろう!」イレーネと声をそろえて言った。


「しかし、難しいぞ?もう姿を見られている上に警戒されているこの距離だと魔法を使っても逃げられるぞ」

 ぐぬぬ、銃があれば!


 帰る振りしてミラージュボディをかけて回り込むしかなさそうだ。

 幸い木が生い茂っているためそんなにいかなくても見失ってくれるだろう。

 その後、前から後ろにカエンテを使って魔法的に風下に回る。

 打合せ通りに歩きながらミラージュボディをかけ、背の高い草と木が重なったタイミングで木の陰に入り、姿勢を低くした。


 草が揺れない程度のカエンテを各々が使い、鹿に接近する。

 違和感は覚えているようだが、狙われているとも知らずに低木の新芽を食べる鹿。

 ロペスとイレーネは左右から、私は後ろから回り込む。

 しゃがんで歩こうとするので、匍匐前進ほふくぜんしんを教えて一緒にやってもらう。


 私が一番遠回りなのでロペスとイレーネは私に歩調を合わせて進む。

 10分ほどかけて鹿の後ろに回り込み、死角をとった誰かが氷の矢ヒェロ・エクハで頭を打ち抜くという算段になる。


 鹿は斜め右、ロペスの方を向いているので私かイレーネがやることになる。

 どちらにしても微妙に位置が悪いように感じてためらった。

 イレーネも動く気配がないので、ゆっくりと後頭部を正面に捕捉できる位置に移動した。

 しゃがんだイレーネを見ると小さく親指を立てているので私が狩ることにした。

氷の矢ヒェロ・エクハ」小さい声でつぶやく。


 くるくると回転しながら鋭利に白く硬く育っていく氷の矢ヒェロ・エクハを見て、狩猟にはずいぶん抵抗がなくなったことを実感した。

 解体はきっと年単位で無理だが。


 全力の魔力を込めて弧を描いて打ち出した氷の矢ヒェロ・エクハは鹿の後頭部に刺さり、口から抜けて飛んで行って鹿はその場に崩れ落ちた。

「素晴らしい腕前だな!将来は猟師か?」とロペスが楽しそうにいう。

「解体できないの知ってんじゃん」と文句を言うと

「なんでも慣れさ、さ、ここはおれがみてるから教官呼んできてくれ、あとおれの籠も頼む」と言ってアグーラで鹿を洗った。

 籠を二つもって山を下る。


「きょうかーん、鹿取れたんでてつだってくださーい」と叫ぶとルイス教官は少し青ざめたように見えた。

 遠目だから見間違えか?とも思ったが近寄ってみるとやっぱり顔色がよくない。

「もしかして超でかい牝鹿?」うなづいた。

「やってくれたな」何かしてしまったらしい。

 ルイス教官が頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。

「まあ、話はあとで聞くので一人で待ってるロペスを迎えに行きましょう」

 と促すとため息をついて

「まあ、事前に話しておかなかったのはこっちだしな、ケガをする前に迎えに行こうか」と立ち上がった。

 ロペスのもとにみんなで向かい、こっそりと

「これ、とっちゃダメな鹿らしいよ」というとまじかよ、と驚いていた。

 しょうがないのでみんなで足を持って元の集合場所へ戻る。


 待っている間に身体強化の練習ついでに後ろ足をつかんでジャイアントスイングをして血抜きをしながら凍える風グリエール・カエンテで内臓まで冷やしていた。

 秘技 脳筋血抜き。

 この鹿について話を聞く。

 実はこの鹿はこの森林の主の妃だ。


「普段はおとなしい、普通の鹿を目の前で狩っても逃げていくし、近くにいても何もしない。しかし、妃が殺された場合は話が別だ。近隣の村まで行って人間を皆殺しにしようとする。なので、狩る場合はセットで狩る必要がある。これより治安維持のため主が現れるまで野営し、討伐後帰投するとする」

 というと、返事はするもののラウルとフリオはいやそうな顔をしていた。

 これは軍として初任務じゃなかろうか。

 とはいえ、出てきてくれるまでやることもないので焚き木を探して暇つぶしに火を焚くことにした。

 しばらく火を眺めていると、おなかが空いてきた。

「ロペス、カオル、イレーネ」とルイス教官に声を掛けられ少し離れたところへ移動する。

「おまえらは、いったん手を出すな。フリオとラウルにも体験させたい」

 というと、ロペスはやっと試し切りができると思っていたのでショックを受けていた。


「まあ、楽できる分には文句ないですよ」と答え、ショックをうけているロペスを置いてイレーネと焚火に戻った。

 その後、ペドロ、フリオとラウルを連れて少し離れて話をしていた。

 ルディは指示を受けた後、空の籠を担いでどこかに行ってしまった。

 暇つぶしになるなら私がそっちやりたかった。何するかしらないけど。

 しょんぼりしながら戻ってきたロペスに疾風の剣の素振りでもしてたら?

 と声をかけるとそうだな!と気を取り直して元気に振り回されていた。

 まともに振り回せもしないのに試し切りするつもりだったとは恐れ入る。


 身体強化をかけなければかっ飛んで行く刃を御しきれず、身体強化をかけてしまうと全身に回った魔力で風がでるという中々に難しい武器になってしまったな。


 ボタン押してる間だけ風が出るようにすればよかったな、次作るときはアドバイスしよう、と心に誓った。

 まるで強敵と戦っているような声を上げ剣に振り回される姿にやじを飛ばしながら暇をつぶしていると息を切らせてルディが返ってきた。

 何をしてきたのかと思ったら食料と主の狩猟のためのキャンプをすると伝言しに行ってきたらしい。

「おつかれー」と手を振るとルディも一緒に座ってロペスにヤジを飛ばした。


 うるさい!気が散る!とかいいながらも風を出すことなく上段に構えることができるようになっていた。


 きりっと表情を引き締め、ぐっと手に力が入るのがわかる。

 ヤジを忘れてみていると、意を決したロペスがまっすぐに振り下ろした。

 風切り音を立てて中段でピタリ、と止まった。

 ついに制御しきったかと腰を浮かせた瞬間、首をかしげた。

 どうやら今度は出せなかったようだ。

「なんだよーお前にはがっかりだよー」というと


「うるさい!やってみろ!」というので貸してもらった。

 代わりに私のヌリカベスティックも貸してあげることにする。

 実際持とうとするだけで恐ろしい。


「すでに怖いのだが!」と叫ぶとロペスははははと笑っていた。

 さすがに鞘に収まった状態では風はでないようなのでぐっと力を込めて刃を水平にして横向きに持ち、イレーネに鞘を引き抜いてもらう。

 なぜなら刃を上向きか下向きにした瞬間、切り上げて転ぶか、足に向かって刃が飛んでくるからだ。

 水平なら殺人独楽になるだけで済む。


 ゴォォと聞いたことがない風の音を聞きながらちょっとでも気を緩めたら持っていかれそうな負荷が体にかかる。

「ロォォォペェェェェス!ちょっともう無理どうしよう!」


 身体強化をすれば出てくる風の量も増えるし、増えた状態で身体強化を弱めたら飛んで行ってしまう。

 二刀流にしたら空飛べるんじゃない?と一瞬現実逃避しそうになる。


「待て待て待て!あきらめるな!今考える!」慌てたロペスが剣の届かないところで止めようと手を伸ばす。


 ふと、横を見るとルイス教官がニッカニカ笑いながらこの大惨事を眺めていた。


 文句をいう余裕がないのであとでいうことにして対処を任せたロペスを見る。

 彼が一言、折れてもいいから地面にたたきつけろと言ってくれればすべて丸く収まるのだが、いや、思いついていないだけかもしれない。

 言ってみればきっと、なるほどやってくれとこの友達思いの男は言うに違いない。

「剣が折れても構わないから地面にたたきつけて良いと言ってくれないか」

 というと「言うと思うか!馬鹿か!」という返事が返ってきた。

 なんてこった、現時点での最速の解決法が否決された。


「カオル、お前の棒を借りるぞ」と何か思いついたロペスが私のヌリカベスティックを持って正面に立った。

「今から棒を押し当てるからゆっくり身体強化を抜くんだ」

「なるほど、素晴らしい!やるじゃないか」と言ってヌリカベスティックが押し当てられ身体強化を抜いていく。

 30分もたってないはずなのに延々とやっていた気がする。


「カオルには渡しちゃいけないな」とロペスがつぶやき、イレーネも自分の黒炎のナイフダークフレイムを見た。

 私は鞘に納めてから大の字に転がった。

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