そうだっのね……

ちい。

第1話

「その生き方が善か悪かなんて分からない。それは貴方が死んだ後に、誰が勝手に決めてくれるでしょう。今、貴方に必要な事は、生きる事。泥水をすすろうが、地べたを舐めようが、どんなに情けなくても生きる事。それが今の貴方に必要な事です」


 彼女はそう言うと、雨の中、一人項垂れている少女を置いて迎えの馬車の中へと乗り込んだ。ぬかるんだ地面に馬の蹄跡と轍だけを残して去っていく。


 少女は傷だらけであった。顔にも、服から見える至る所に包帯が巻かれ、血が滲んできていた。特に、片足は酷いようであり、ギブスで固定されている。


 しかし、そんな少女など知ったことかと、視界や聴覚、いや五感の全てを奪い取ってしまうかの様に降り続く鬼雨きう。満足に息をす事さえ許してくれない。


「何を知ったふうな事を……」


 少女は顔中に張り付く髪を全く気にしない様子で、馬車の去って行った方向を恨めしそうな目で睨んでいる。


「当たり前だろうが、私は何が何でも生き抜いてやる……例え、それが悪魔の所業と言われようとも……」


 強く握りしめている拳が、否、身体全体が小刻みに震え、隙あらば己を飲み込もうとしている怒りの渦に必死で抗っているようであった。


「……だがな、お前らの思う様にだけはならないさ……私は私の道を行く。そして、必ずやり遂げてみせる」


 ぬかるむ土の上を片足をひきずりながら、一歩一歩進む少女。満身創痍の身体であった少女のその瞳だけは光りを失わず、強く先を見ている。


 びちゃり……びちゃりと、ゆっくりと歩く。


 靴は泥にまみれ、洋服は元の形が分からないくらいに濡れ身体に纏わりついている。


「やってやる……やってやる……やってやる……生き延びて……絶対……生き延びて」


 熱病にうなされた譫言の様にぶつぶつと呟き続けながら、ふらふらと進み続けている。


 身体中に叩きつける小石の様な雨粒は、まるで少女へその先に進むなと警告しているのではないかと思わせる。


 ずるり……足元が滑りぬかるみの中へと倒れ込む少女。身体中が泥にまみれ、見るも無残な姿となった。それでもぬかるみの中に両手を着き立ち上がろうとする。


「負けるか……負けるか……負けるか……負けるか……必ず……お前らの所に……負けるか……」


 何が少女をそこまで動かすのかは分からない。ただ、泥まみれの顔にぎらりと光る双眸だけが目立っている。それだけ少女の生への執着が強いのだろう。


 何とか立ち上がりゆっくりと進み続ける少女の姿が遠ざかって行く。全てを洗い流してしまおうとする雨の中、少女の姿が完全に見えなくなった。



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