苧環の標

ちくわ書房

1.入床と退床

 森先生の診療所。

 此処に入院してもう何ヵ月かなあ。入った時の事は余り覚えていない。ただぼんやりと、たまに先生のお手伝いをしながら過ごしているの。

 或日、私と同じぐらいの男の子が運ばれてきた。あの森先生が慌てて走って、薬品、機材をかき集めてた。気になって仕方なくて、寝台を出た。お友だちの縫いぐるみと一緒に。

 痩せた男の子。酷く綺麗な顔立ち。小さな診療所では似合わなかった。

「森先生、お出掛け?」

「往診だよ」

「その子も一緒?」

 片目を包帯でぐるぐる巻き。少し怖い。

「君は?」

 その子が私に訊いてきた。初めて存在を知ったかのように。

「私?私は……此処の患者さん……」

「さ、待たせてはいけないからね。お留守番宜しくね」

 その晩、森先生はとても遅く帰って来た。白衣を真っ赤にして。

 あの包帯の子を、もう見ることはなかった。


「この子は、私の伝の施設で預かります。ええ、御心配無く」

 森先生が電話で誰かと話してた。そして二言三言話して、電話を切った。

「卯羅ちゃん、おいで」

 先生の所に行った。診察室の丸い椅子に腰かけた。

「今日で此処は退院だよ。此れから新しい施設に行く」

「施設?」

「施設といっても養護施設の類いじゃない。言うなれば、異能力者が集う組織だ。君の異能を是非とも使って欲しくてね」

「私の異能力なんて何に使うの?」

「取引、買収、縄張り拡大、色々使い道はある」

 先生は淡々と述べていく。

「其れって怖いこと?」

「生きるためだよ。私たちが生きるための手段」

 ならと、私は自分の道を決めた。生きていく為に。

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