7-65 帽子
意を決して再び立ち上がると、大急ぎでひなたの元へと駆ける。林道を抜けてそのまま広場に飛び込むなり、辺りを見回すが……どういうことか、その姿が見えなかった。
「……え、どこ行った? おーい、ひなたー!」
見たところ入口は一つしかないので、途中ですれ違わなかった以上は、必ずここに居るはずなのだ。もしかすると、動かずに
だがそこで、視界の
「まさか……おいおいおい……うそ、だろ……?」
先の思い詰めた様子での罪の告白、それを受け止められず逃げ出した俺、そして姿は無く崖の前に残された帽子……それらが意味する結末は、一つしかなかった。
「あんの、ばっかやろぉがぁ……」
ひなたの帽子を握りしめれば、涙がこぼれ落ちる。
ああ、また俺は、間に合わなかったのか……
俺が逃げずに真っ直ぐ向き合っていれば……
ちきしょうっ、ちきしょうが……
どうして俺はいつもこうなんだ……
なーこ、みんな、すまねぇ……
あまりの絶望に心を打ち砕かれ、その場に力なく崩折れる。
だがそこで――
「……ええ、その通りです」
背後からか細い声が届き、驚いて立ち上がりつつ振り向けば……ひなたが立っていた。まさか幽霊──と一瞬ありえない想像をしてしまったが、もちろん足もちゃんとある。
「どっ、どこにいたんだ!?」
「
「あ、ああ、そうか……じゃぁ、これは?」
「また風で飛んでしまったのですが、取りに行くと危ないので」
「はあぁぁぁぁ……」
状況が状況だけに最悪の展開を想像してしまったが、それも全くの見当違いだったと分かり、思わず特大の
それですぐさま柵を飛び超え、ひなたの隣に立つと、まずは文句をぶつける。
「ビックリさせやがって! てっきり、お前がその……飛び降りちまったのかと思ったっての!」
「そんなことする訳がありません。そんな、そんな程度ことでは到底――えっ、大地君?」
ひなたが途中で言葉を切り、俺の顔を指さしながら驚いて――あっ、早とちりで流れた涙か。
「いや、これは……うん」
色々な意味で気恥ずかしくなり、慌てて
「……まったく大地君はどこまで優しいんですか。まさか戻ってくるなんて思いませんでしたし、まして……こんな私をまだ心配してくれるなんて、正直どうかしています」
「はぁぁ!? 友達なんだから心配するに決まってんだろうが!」
「えっ! …………あはは……まだ、お友達と思ってくれてるんですね」
「当ったり前だ!」
「……はぁ、大地君こそ馬鹿なんじゃないですか。大馬鹿です」
「えぇぇ……」
自暴自棄になってしまっているのか、ひなたがいつになく
「はいはい馬鹿で結構。んで、それはさて置きだ…………まずは話し合おう」
「真実はもう全てお伝えしましたし、話すこともありません。私のことなんて放っておいて下さい」
「いやいや、そんな訳にいくかよ!?」
「大地君が帰らないなら、私が帰りますので」
「ちょ、え」
とりつく島も無いとはこのこと。意気込んで戻ってきたのに、話し合いすらできないとは……これは想定外だった。
「待てって。このままでいい訳ないだろ」
「私は構いません」
帰ろうとするひなたの前に回り込んで引き留め、その顔を見つめると……とても辛そうな表情で、目をキョロキョロと泳がせた。いつもは必ずこちらを真っ直ぐに見て話す、このひなたがだ。それに今の言葉も、表面的に発しているだけで、全然気持ちがこもっていない。……まるで何かを隠すために、無理をして言っているような? 無理して……俺に嫌われようとしている、のか? うーむ、それがナゼかは分らないが……ここから切り崩してみよう。
「……なぁひなた。お前さ、わざと嫌われようとしてないか?」
「――っ!? そ、そんなことありません!」
「いやいや、あるだろ」
「ありませんてばっ!」
やはりひなたは嘘が下手すぎる。ここ最近
「……第一そんなことしなくても、大地君にはもう嫌われてます。これ以上ないくらいに」
「は? 嫌ってないが? あとついでに言っとくが、お前を恨む気もぜんっぜんないからな?」
百パーセントそう言い切れない気持ちもあるが、そうありたいと思ってはいる。
「なっ、なんでそうなるんですか! おかしいでしょう!?」
「ほー、おかしいと思うなら、ちゃんと話を聞くんだな」
「む…………仕方ありません」
渋々といった様子ではあるが、なんとか聞いてくれそうな雰囲気にはなったので、一歩前進と思おう。
「……んでまずな、お前の行動とか気持ちが、チグハグで不可解過ぎなんだよ。真実は全部話したって言ったけどさ、やっぱ肝心なことを色々と隠してないか? だから、例え万一俺がお前を嫌うような事があったとしても、そのあたり全部聞いてからだ」
「何も隠してなんて、いません……」
やはり目を見て話してくれない。嘘発見器いらず。
こんな素直な子相手では少々気が引けるが、なーこ式尋問でも仕掛けて、まずはこの嫌おうとしている理由を問い詰めてみよう。
「ひなたはさ、これまでずっと仲良くなろうとしてくれて、昨日道場でじっくり話し合って友達になれたし、俺を応援するとまで言ってくれた。今日ひなたや皆とBBQやら謎解きやらして、俺はすっげー楽しかったし、お前も楽しそうにしてたよな。それも全部……嘘だったのか?」
「そんな訳ありません!」
ひなたの真剣な様子での否定に、心底安心する。これを肯定されたら、心がバキバキに折れるレベルだ。
「ああ、分かってる。もちろんそうだよな。なのに、今は……俺に嫌われようと無理をしてる。まるで恨んで欲しいようなことまで言う。それは、どうして?」
「それは……」
押し黙ってしまったが否定はしてこないので、やはり俺の予想は当たっており、しかもそこに重要な隠し事があるのだろう。
「予想だが……嫌われたい訳じゃないけど、嫌われなければいけない理由がある……違うか?」
「……」
黙秘は肯定と解釈して、まずは話を進めよう。
「んで不思議なのは、俺に恨まれる必要があるなら、なんで再会した時にすぐ打ち明けなかったんだ? お互いを知って仲良くなる前なら、しかも今よりもっと弱かった俺なら……きっとお前を恨んだろうし、その良く分からない目的は簡単に達成できたはずだ。……それに、お互い今より傷付くこともなかった」
「そ、それは…………単純に勇気がなかっただけ、です」
「……まぁ、それも多少あるかもしれん」
確かに昨日道場でそう言っていたので、これも本当なのだろう。
「でもそれだけじゃないだろ? だって今のひなたは、言うべきことは勇気をもってちゃんと言える、そのくらいは分かってるつもりだ。……そうなると、その頃はまだ話すべきじゃない他の理由があって、それがその恨まれることより重要──いや、より望んだからでは?」
「……」
ひなたは話を聞いてはくれているが、その隠し事の情報を与えないためか、口を閉ざしたままだ。ここはもう、まどろっこしい聞き方はやめにして、核心を突いてみよう。
「分かった、ハッキリ言おう。こうして仲良くなれた後なら、この話を打ち明けてお互いに深く傷付くことになっても、いずれまた必ずやり直せる……そう期待したからじゃないのか? だから、こうして打ち明けてきたのは、助けを求めてきたんだろ? それなら俺だって──」
「違います。全くの見当違いです」
「っえええ!?」
この目を見てのハッキリとした否定からすると、本当に違うのだろう。つまりひなたは、俺との和解を一切望んでおらず、言葉通り俺から恨まれたまま終わりにしたいということだ。
「いや、そんな……なんでだよ……」
これはあまりに想定外であり、それに何よりもショック過ぎた。俺がひなたを許すことができ、それでひなたの罪の意識が少しずつ消えていけば、いつかは元のように戻れると思ったのだが……そんな単純な話ではなかったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます