幕間

幕間90 フクツ

「早くても二十年かな」


 大地のその言葉を聞いた私は、ショックのあまりフラフラになり、そのまま研究室の外へと出て行った。


「はあぁぁぁ~~~」


 廊下に出て扉が閉まると同時に、聞かせまいと堪えていた溜息ためいきが特大サイズとなって飛び出す。


「ほんっと、上手くいかないものね……」


 私が大地に引き取られた頃に飛び、さっさと大地に告白するようけしかけて、いい感じにくっついたところで未来へ戻ってハッピーエンド――タイムトラベルを決意した時の私は、そんな漫画みたいなご都合展開を思い描いていたけど……現実はそんなに甘くはなかった。なぜなら、過去の私と遭遇した時点で世界が分岐するので、その「私が二人居る世界」で未来へ飛んでも、大地と結ばれている別の私が居るだけという。自分がライバルなんて笑い話にもならない。

 半年ほど前にその事実に気付いて、ショックで一日寝込んでしまったけど……それでも私はあきらめなかった。大地が過去の私と出会う前に先取りして添い遂げる計画に変更し、こちらの大地と今生の別れをする一大決心もしたのだ。

 その揺るがぬ決意を持って大地と日夜研究に明け暮れた甲斐かいもあって、ワームホールを使って過去へ移動する理論と具体的方針も固まり、つい先日に原子を過去に飛ばすことには成功した……とは言っても、平行世界に飛んだ物は当然こちらで観測できないので、ホールを抜けて消えたことを確認できたのみだけど。それで、私を送れるようになる日も近いと思っていた矢先で……人間が通れるサイズへホールを拡張する際のダークエナジーの制御が、大地も想定外なほどの超難易度だったという……まさにブラックホール級の落とし穴。


「二十年……かぁ……」


 人類がその技術水準に到達するには、大地の試算によれば早くてもその程度はかかるそうで……つまり、それまで人間はどうやっても過去へ行けないのだ。もちろん二十年経っても大地だけを好きなのは確実だけど……こちらの大地が行き遅れてしまうし、それに若くても四十歳の私が少年大地を落とすのはなかなか厳しい。

 そういう訳で、私の一世一代の大勝負、「後悔先に立つ計画」が再び頓挫とんざしたのだった。



   ◇◆◆



 私がこの絶望的な事実を受け止めきれず、暗澹あんたんたる気持ちで薄暗い研究棟の廊下を歩いていたところ……


「あ~っ! ゆっちゃーーーん!」


 前方から太陽のような元気の塊が駆け寄ってきた。


「ねぇゆっちゃんゆっちゃん、聞いて聞いて~!」

「……」


 いつも通りまぶしいその人を見て、私は無言できびすを返したのだが、


「もぉ~、待ってよぉ~」

「っちょ!」


 後ろから抱きつかれて捕獲されてしまった。


「……はぁ、何よ。今もんっっっのすごい落ち込んでて、正直ほっといてほしいんだけど?」

「そんなこと言わないでぇ。おねがーい、聞いて聞いて?」


 さらにはゆさゆさと身体を揺らしてきて、聞いてくれるまで離しませんと言った様子だ。これであの大人びた大地と同い年なんて、ほんと信じらんないよ……やっぱ大地はこういう無邪気な人が、好き、なのかなぁ? 背伸びして大人ぶってた私がバカみたいじゃないの……。


「もうすっごい大発見なんだよぉ?」

「あぁもう、分かったわよ! その大発見? 聞いたげるから離して!」

「うふふ、ゆっちゃん大好き♪」


 この人は最初に会った時からこんな調子であり、仲良くしたいオーラを常時バッチバチに放出している。なので、本来は恋のライバルでしかないのだけど……どうにも憎めないんだよねぇ……嫌いじゃないけど、とにかくすっごい苦手!


「……で?」

「それでね! 見つけちゃったの!」

「……何を?」

「たましい!」

「……はい?」


 この人ってば、ついに魂までお花畑になってしまったのかしら?


「あうぅ、そんな目で見ないでよぉ……。ほら、もし見つかったらたまちゃんにしようねって私が言ったら、ゆっちゃんがファンダメンタル・ソウル・コアにすべきよ! って前に言ってた、あれのことだよぉ?」

「――うっそ!? ほんとに見つかったんだ!?」


 まさか、生物の意識を司る器官が本当に存在していたなんて。さっきまでの憂鬱ゆううつな気持ちも吹っ飛んで、すっかりワクワク祭りなんだけど!


「この前ゆっちゃんが言ってた方法について考えてたんだけど、それが大きなヒントになったの! それもあって、真っ先にゆっちゃんにお知らせしたかったんだぁ。それでねぇ――」


 こうして事あるごとに研究の進捗しんちょくを強引に教えてくるもんだから、医学に詳しくなかった私も少し話に付いていけるようになっていて、たまに素人の思いつきを言ったりしていた。一応私も研究者の端くれなので、分野違いでもそれなりに役立つアイディアを提供できていたらしい。


「――そういう訳で、本当に魂があったの!」

「なるほどぉ――ってこんなとこで話してて、盗み聞きでもされたらマズイでしょ! ひなさんってば迂闊うかつすぎよ?」


 世紀の大発見の情報が漏洩ろうえいするのではと、今更ながら慌てる私だったが、


「うふっ、こんなの誰も信じないよぉ。そうでしょ?」

「…………それもそうね」


 言われて納得する。これまでの発見に至る過程を逐一聞いていなければ、私も信じられなかったと思う。


「魂の発見、かぁ」


 この若さでの大偉業、やっぱりこの人は天才なんだなぁって思う。私の方は、また行き詰まっちゃったばかりだし……ほんと色々と勝ち目がなくって、何だか泣けてきちゃう……私のような余計な邪念が無いからなのかなぁ? きっとこの人の魂は、何ものにも縛られず自由にふわふわ飛んで――んっ? 魂が…………飛ぶ? むむむ、もしこれがいけるなら……。


「ねぇ……今説明してくれた特性からすると……記憶と一緒に移動できたりするんじゃ?」

「えっ!? あー……言われてみれば、できる気がする、かも?」

「ほんとっ!?」

「うん! ナイスアイディアね、ゆっちゃん! やっぱりゆっちゃんは天才だよぉ♪」

「あはは……」


 本物の天才に言われてもなぁとは思うけど……この人は心の底からそう思っていそうだし、素直に喜んでおこうかしら。

 それはさておき、もし魂の移動が可能なのだとしたら、こちらも新たな道が開けるかもしれない。私の身体は通れないけど、記憶と魂だけなら今のホールサイズでも通れるのだから。

 ただそうなると、送り先は過去の私の身体しかなく……幼女の姿で大地を攻略することになるのかぁ……まぁ、おばちゃんよりは望みがあるよね! よしっ、早速この方向にかじを切り直すわよ!


「ねぇひなさん……」


 そこで私は少し悩んだ末、


「私もそっちのお手伝いして、いいかしら? タイムトラベルの研究に組み込めそうなの」


 思い切ってそう申し出てみた。この計画を成功させるには、魂の詳細な解明を急ぐ必要があり、また両方の研究をしっかりと理解している橋渡し役も必要なのだ。ひなさんが苦手などと言っている場合ではない。


「うーん……私としてはもちろん大歓迎だし、とってもうれしいんだけど……二つの研究を同時にって、すっごく大変だよぉ? 今だってタイムトラベルの研究にかかりっきりで、いつもあんまり寝てないし……ゆっちゃんの身体が心配かもぉ……」

「ふふっ、私を甘くみないでね? 高校までもずっと家事と勉強をこなしてきたし、研究のダブルワークくらい、ドンとこいよ!」


 死ぬほどキツイ生活になるのは分かってるけど……才能が無い分は努力でカバーしなきゃだもんね。大地との幸せな未来のためなら、何だってやってやるわ。


「そこまで言うなら……わかったわ。でも、ゆっちゃんが無理しない範囲で、だからね?」

「うん」


 倒れてしまっては本末転倒だし、大地やひなさんにも心配をかけてしまう。体調にはくれぐれも気を付けよう。


「それに、あんまりこっちで頑張り過ぎると……大地君が浮気されたぁ~ってねちゃうかもしれないよぉ? うふふ」

「あはは。そうだったら……」


 どれだけ嬉しいか。


「……ゆっちゃん?」

「んーん、なんでも。――よーし! 早速大地と三人で打ち合わせしましょ!」

「うん、三人で頑張りましょうね♪」


 そう言って両手を握ってきたので、こちらも握り返す。


「ふふふ、絶対に成功させてみせるわ!」


 そうして新たな決意を口に出すと、大地の居る部屋へと二人で歩き出した。

 さあ、後悔先に立つ計画、これにて再始動よ!

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