6-55 本物(1)

 夕の私服お披露目会も終わり、定位置で向かい合う二人。いつもの格好と違うので、お互い少しだけソワソワしてしまうのが、なんともむずがゆい。


「――あっ、さっき作ってたおやつは今冷やしてるから、もちょっと待っててね」

「おっと、そうだったな」


 宅配からのファッションショー騒ぎですっかり忘れていた。


「その間に……まだまだパパから聞きたいこともあるだろうし、なんでもどーぞ?」

「……おうよ」


 ここで再び質問タイムとくれば……さっき一人で考えていた「あの件」について聞いておくべきだよな。――う、うーむ、正直物凄く緊張するが……まずは夕にきちんと誠意を見せないとだ、頑張れ大地!


「あっ、あのさ、夕」

「ええと、なに、かしら?」


 俺の緊張した雰囲気が伝わったのか、夕は戸惑いながら問い返してくる。


「その、なんだ……返事とか、しないとだよなって思ってて、な?」

「ほえ? んっと、返事?」


 勇気を出して切り出したものの、夕には意図が伝わらなかったようで小首を傾げられた。


「いやさ、昨日のアレだよ…………こっ、告白に!」

「っっぁ!!!」


 それを聞いて鮮明に思い出したのか、昨日と同様にして夕の顔がで上がっていく。


「まぁ昨日というか……そもそも出会った最初からだったんだけど! それで昨晩にずっと考えててさ、ちゃんと理解したというか、染み渡ってきたというか……」

「……そっか……気持ち、伝わったんだぁ……うれしい、なぁ」


 夕はゆっくりと目をつむると、両手を胸に当てて柔らかな微笑みを浮かべる。


「それでさ、ちゃんと応えないとって思ったんだ」

「うん…………――って、え!? ま、待って待って、いまなのぉ!? なんでもとは言ったけどぉ、そっそそ、そんな、まだ心の準備とか、えっとえっとそのあの――」

「なぁもう、落ちつけって!」

「は、はい!」


 話の途中でテンパリフェスティバルを開催し始めた夕を、とりあえずなだめておく。突然だと夕はこうなっちまうんだから、そのときはちゃんとソレらしくするってのにさ。


「なんだけどさ……まだその、自分の気持ちがはっきりとは解らなくてな? こんな状態でどう答えて良いか……」


 もちろんそれもあるが、夕の抱える事情があまりに複雑過ぎて、まだ安易に答えを出せる状況にないこともある。


「あ……うん、そうよね」


 案の定と少し気を落とす夕に、俺は申し訳無さを感じてしまう。


「でもその、間違ってたらゴメンなんだが…………夕は今すぐ答えを求めてはいない気がしてるんだ……」


 昨晩に思い悩んで至った考え――というより直感を言ってはみたものの、すぐに自信がなくなってくる。


「ハハハ……なに都合よく解釈してんだって怒られ――」

「ぁ……」


 そこで夕の蒼黒そうこくひとみから、一筋の涙が、ツッとほおを流れ落ちた。

 夕を傷つけてしまったと思い、慌てふためく俺であったが、


「ありが、と……」


 夕は首をゆっくりと振ると……感謝の言葉を告げた。


「大地はそこまで、私のことを理解してくれてて……そんなに、大切に想ってくれてたのね……それでその、うっ、嬉しくてぇ……えへへ」

「……」


 瞳を潤ませて穏やかに微笑む夕が、あまりにも綺麗きれいで、言葉すらも出ない。心臓を直接つかまれて血が全身を逆流したかと思った。


「あっ、あ、ご、ごめんね? 嬉しかったからだから心配しないでね!? あぁんもう、ダメね、泣き虫がすぐ出てきちゃってさ? あはは……」


 俺が心配のあまり固まっているとでも思ったのか、少しバツが悪そうしている。

 そうじゃ、ないんだよなぁ。


「?」

「ソ、ソウカ」


 反応が無い俺を不思議そうに見つめてくるので、思わず目を逸らして生返事をする。

 ははは……見惚みとれて固まってただけなんて、とても言えやしないっての。

 あぁ、なんかもう……ダメかもしれんなぁ。

 夕の正体だ状況だとか言い訳して、気持ちを誤魔化してるだけで……とっくに俺は――。


「――えっと、つまりそういうことだからねっ!」

「!」


 考え込む俺の目を覚ますかのように、夕が元気な声をかけてきた。


「あっ、ああ。それなら良かった」

「うん。もっかい、ありがとっ!」


 それにしても、まさか嬉し涙だったとはな……またやらかしてしまったのかと、くっそ焦っちまったじゃないか。まったく、この泣き虫ちゃんめ。


「でもさ……本当にいいのか? こんな宙ぶらりんでも」

「えぇ、いいわよ――って、んー? そっか、パパってば感覚でそう思っただけなのね。んやまぁ、その感覚は合ってるからいいんだけど?」

「そ、そか」


 夕の言う通り、夕ならそう思うのではという勘でしかなく、その気持ちの理由を説明はできない。だが答えだけは合っていたようなので、ひとまずは及第点をもらえたようだ。


「その、良かったら教えてくれるか?」

「うん。そのね、何度も言ってると思うけど……私にとって、大地はすべてなの。それこそ比喩ひゆでもなんでもなくて」

「!」


 何度聞いても、あまりに大げさではと思ってしまう。だが午前中の騒動も考えると、マジもマジなんだよなぁ……頼むから俺の優先順位をもうちょい下げてくれや。


「大地と結ばれるために、それこそいろんなものを犠牲にして、ここまで来てるの。だから、『大地以外』という選択肢がそもそも無いの。絶対に」


 ぐぅ……そう言ってくれてすごく嬉しい反面……夕の想いがウルトラヘビーすぎて受け切れそうにないんだけど! 俺程度の器じゃつぶれちまうっての!


「あー、えっと、もちろん大地をこの世の誰よりも好きだからなのは当然だけど……そもそもね、大地以外じゃ『筋』が通らないのよ」

「筋……か」


 なるほどな。その犠牲にしたもの――それは恐らくはあちらの世界、そしてその世界の俺なのかな。それへ報いるためにも、必ず目的を完遂すると……義理堅いというか粋というか、ほんと夕らしい。


「だから、返事なんて急がなくていいの。パパの気持ちがバッチシ固まったら教えてね?」

「えーと、そう、なるのか?」


 さっきは感覚でそうは思ったものの、やはり冷静に考えると何故だろうと疑問に感じる。その理屈では、すぐにでも結ばれたい、となりそうなものだ。


「ふふ。返事がすぐ欲しいのは、もちろん先を急ぎたいからなのはあるけど、道を選びたいから、もあるよね? ――――ああえっと、イエスならその人と進む、ノーなら別の道を探すってこと」

「ほう……」


 どちらを選ぶにしろ、早く返事をしてあげないといけないのは、相手の道のためでもあると……なるほどなぁ、そういう考え方もあるのか。それと俺が一瞬怪訝けげんな顔をしただけで、こうして的確に補足してくれたり……うん、さすがは学者さんだよなぁ。


「でもね、それは一般的なごく普通の男女でのお話であって……さっき言った通り、私には道がただ一つしかないんだから……ね?」

「!!!」


 そうか、そういうことだったのか。

 だからこそ……例えただの感覚頼りとは言っても、この夕の状況に特有の考えをみ取れた俺に、涙するほど喜んでくれたんだな。

 ああ、夕はこれほどまでの覚悟を持って……ほんと、甘く見すぎていた。昨日の「永遠にそばにいる」という誓いの根底にあるものが、少し理解できたかもしれない。夕にとっては、自ら離れるという選択はその信念を曲げることであり、それこそ絶対にありえないことなのだ。

 そうなるとこれは、ただの子供のお遊びでは済まされない、夕の人生を大きく左右するレベルの話であり……なおさらに、中途半端な気持ちで返事なんて絶対にできやしないな。それこそ……愛してると心の底から言えるほどになるまで。それに、夕の愛がどんだけウルトラヘビーだろうと、軽く受け切れる程のでっかい器に成らねぇと、だな! ――だから、すまねぇ夕、もうちょっと時間をくれ。


「――ってあぁもう、そんな深刻な顔しないでよ!」

「あ、あぁ。すまんすまん」


 決意を新たにする俺が、どうやら険しい顔に見えたのだろうか。


「そ・れ・にぃ、あたしはそんな受け身じゃないんだよぉ? パパからフラレようが、何度だってアタックするしぃ? それこそイエスって言うまで永久に追い回すんだからね! そういう意味でも、急かしたりなんてしないんだよ♪」

「…………ぷっ、あっはっは。そ、そうだな、それが夕だもんなぁ!」


 昨日考えてた、狂戦士夕のまんまじゃねぇか。あぁほんと、夕らしいわ。


「な、なによ? それは褒めてるのー?」

「もちろんだ」

「そ、そう? ありがとね」


 そうして素直に喜ぶ夕だったが……ここで急に神妙な顔をすると、こちらをじっと見つめてきた。


「…………でもね」

「ん?」


 これまでの経験からすると、言い辛いけれど、とても大切なことを伝えたいといったところだろうか。


「永久に追いかけ続けるって言ったけどさ……ただ一つだけ、あきらめることもあるんだよ」

「え……それ、は?」


 やはりそういう話か。だが、この不屈の塊のような夕が諦める事態って、どんなすげぇ理由なんだよ。


「それはね……」

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