6-57 本物(1)
夕の私服お披露目会も終わり、定位置で向かい合う二人。いつもの格好と違うので、お互い少しだけソワソワしてしまうのが、なんともむずがゆい。
「――あっ、さっき作ってたおやつは今冷やしてるから、もちょっと待っててね」
「おっと、そうだったな」
宅配からのファッションショー騒ぎですっかり忘れていた。
「その間に……まだまだパパから聞きたいこともあるだろうし、なんでもどーぞ?」
「……おうよ」
ここで再び質問タイムとくれば……さっき一人で考えていた「あの件」について聞いておくべきだよな。――う、うーむ、正直物凄く緊張するが……まずは夕にきちんと誠意を見せないとだ、頑張れ大地!
「あっ、あのさ、夕」
「ええと、なに、かしら?」
俺の緊張した雰囲気が伝わったのか、夕は戸惑いながら問い返してくる。
「その、なんだ……返事とか、しないとだよなって思ってて、な?」
「ほえ? んっと、返事?」
勇気を出して切り出したものの、夕には意図が伝わらなかったようで小首を傾げられた。
「いやさ、昨日のアレだよ…………こっ、告白に!」
「っっぁ!!!」
それを聞いて鮮明に思い出したのか、昨日と同様にして夕の顔が
「まぁ昨日というか……そもそも出会った最初からだったんだけど! それで昨晩にずっと考えててさ、ちゃんと理解したというか、染み渡ってきたというか……」
「……そっか……気持ち、伝わったんだぁ……うれしい、なぁ」
夕はゆっくりと目を
「それでさ、ちゃんと応えないとって思ったんだ」
「うん…………――って、え!? ま、待って待って、いまなのぉ!? なんでもとは言ったけどぉ、そっそそ、そんな、まだ心の準備とか、えっとえっとそのあの――」
「なぁもう、落ちつけって!」
「は、はい!」
話の途中でテンパリフェスティバルを開催し始めた夕を、とりあえずなだめておく。突然だと夕はこうなっちまうんだから、そのときはちゃんとソレらしくするってのにさ。
「なんだけどさ……まだその、自分の気持ちがはっきりとは解らなくてな? こんな状態でどう答えて良いか……」
もちろんそれもあるが、夕の抱える事情があまりに複雑過ぎて、まだ安易に答えを出せる状況にないこともある。
「あ……うん、そうよね」
案の定と少し気を落とす夕に、俺は申し訳無さを感じてしまう。
「でもその、間違ってたらゴメンなんだが…………夕は今すぐ答えを求めてはいない気がしてるんだ……」
昨晩に思い悩んで至った考え――というより直感を言ってはみたものの、すぐに自信がなくなってくる。
「ハハハ……なに都合よく解釈してんだって怒られ――」
「ぁ……」
そこで夕の
夕を傷つけてしまったと思い、慌てふためく俺であったが、
「ありが、と……」
夕は首をゆっくりと振ると……感謝の言葉を告げた。
「大地はそこまで、私のことを理解してくれてて……そんなに、大切に想ってくれてたのね……それでその、うっ、嬉しくてぇ……えへへ」
「……」
瞳を潤ませて穏やかに微笑む夕が、あまりにも
「あっ、あ、ご、ごめんね? 嬉しかったからだから心配しないでね!? あぁんもう、ダメね、泣き虫がすぐ出てきちゃってさ? あはは……」
俺が心配のあまり固まっているとでも思ったのか、少しバツが悪そうしている。
そうじゃ、ないんだよなぁ。
「?」
「ソ、ソウカ」
反応が無い俺を不思議そうに見つめてくるので、思わず目を逸らして生返事をする。
ははは……
あぁ、なんかもう……ダメかもしれんなぁ。
夕の正体だ状況だとか言い訳して、気持ちを誤魔化してるだけで……とっくに俺は――。
「――えっと、つまりそういうことだからねっ!」
「!」
考え込む俺の目を覚ますかのように、夕が元気な声をかけてきた。
「あっ、ああ。それなら良かった」
「うん。もっかい、ありがとっ!」
それにしても、まさか嬉し涙だったとはな……またやらかしてしまったのかと、くっそ焦っちまったじゃないか。まったく、この泣き虫ちゃんめ。
「でもさ……本当にいいのか? こんな宙ぶらりんでも」
「えぇ、いいわよ――って、んー? そっか、パパってば感覚でそう思っただけなのね。んやまぁ、その感覚は合ってるからいいんだけど?」
「そ、そか」
夕の言う通り、夕ならそう思うのではという勘でしかなく、その気持ちの理由を説明はできない。だが答えだけは合っていたようなので、ひとまずは及第点をもらえたようだ。
「その、良かったら教えてくれるか?」
「うん。そのね、何度も言ってると思うけど……私にとって、大地はすべてなの。それこそ
「!」
何度聞いても、あまりに大げさではと思ってしまう。だが午前中の騒動も考えると、マジもマジなんだよなぁ……頼むから俺の優先順位をもうちょい下げてくれや。
「大地と結ばれるために、それこそいろんなものを犠牲にして、ここまで来てるの。だから、『大地以外』という選択肢がそもそも無いの。絶対に」
ぐぅ……そう言ってくれてすごく嬉しい反面……夕の想いがウルトラヘビーすぎて受け切れそうにないんだけど! 俺程度の器じゃ
「あー、えっと、もちろん大地をこの世の誰よりも好きだからなのは当然だけど……そもそもね、大地以外じゃ『筋』が通らないのよ」
「筋……か」
なるほどな。その犠牲にしたもの――それは恐らくはあちらの世界、そしてその世界の俺なのかな。それへ報いるためにも、必ず目的を完遂すると……義理堅いというか粋というか、ほんと夕らしい。
「だから、返事なんて急がなくていいの。パパの気持ちがバッチシ固まったら教えてね?」
「えーと、そう、なるのか?」
さっきは感覚でそうは思ったものの、やはり冷静に考えると何故だろうと疑問に感じる。その理屈では、すぐにでも結ばれたい、となりそうなものだ。
「ふふ。返事がすぐ欲しいのは、もちろん先を急ぎたいからなのはあるけど、道を選びたいから、もあるよね? ――――ああえっと、イエスならその人と進む、ノーなら別の道を探すってこと」
「ほう……」
どちらを選ぶにしろ、早く返事をしてあげないといけないのは、相手の道のためでもあると……なるほどなぁ、そういう考え方もあるのか。それと俺が一瞬
「でもね、それは一般的なごく普通の男女でのお話であって……さっき言った通り、私には道がただ一つしかないんだから……ね?」
「!!!」
そうか、そういうことだったのか。
だからこそ……例えただの感覚頼りとは言っても、この夕の状況に特有の考えを
ああ、夕はこれほどまでの覚悟を持って……ほんと、甘く見すぎていた。昨日の「永遠にそばにいる」という誓いの根底にあるものが、少し理解できたかもしれない。夕にとっては、自ら離れるという選択はその信念を曲げることであり、それこそ絶対にありえないことなのだ。
そうなるとこれは、ただの子供のお遊びでは済まされない、夕の人生を大きく左右するレベルの話であり……なおさらに、中途半端な気持ちで返事なんて絶対にできやしないな。それこそ……愛してると心の底から言えるほどになるまで。それに、夕の愛がどんだけウルトラヘビーだろうと、軽く受け切れる程のでっかい器に成らねぇと、だな! ――だから、すまねぇ夕、もうちょっと時間をくれ。
「――ってあぁもう、そんな深刻な顔しないでよ!」
「あ、あぁ。すまんすまん」
決意を新たにする俺が、どうやら険しい顔に見えたのだろうか。
「そ・れ・にぃ、あたしはそんな受け身じゃないんだよぉ? パパからフラレようが、何度だってアタックするしぃ? それこそイエスって言うまで永久に追い回すんだからね! そういう意味でも、急かしたりなんてしないんだよ♪」
「…………ぷっ、あっはっは。そ、そうだな、それが夕だもんなぁ!」
昨日考えてた、狂戦士夕のまんまじゃねぇか。あぁほんと、夕らしいわ。
「な、なによ? それは褒めてるのー?」
「もちろんだ」
「そ、そう? ありがとね」
そうして素直に喜ぶ夕だったが……ここで急に神妙な顔をすると、こちらをじっと見つめてきた。
「…………でもね」
「ん?」
これまでの経験からすると、言い辛いけれど、とても大切なことを伝えたいといったところだろうか。
「永久に追いかけ続けるって言ったけどさ……ただ一つだけ、
「え……それ、は?」
やはりそういう話か。だが、この不屈の塊のような夕が諦める事態って、どんなすげぇ理由なんだよ。
「それはね……」
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