3-09 信頼
午後の授業が始まったものの、夕が何者であり一体何の目的で俺に近づいて来ているのか――そんな事を取り留めもなく考えているうちにチャイムが鳴っていた。……マズイ、俺の生活の中に夕が着々と侵略してきている……これは由々しき事態だ。
ただ、夕も問題ではあるが、まず今は小澄案件に対処しなくてはならない。そう考えていたところ、タイミング良くヤスがこちらに近づいてきた。
「大地ー、いいか?」
「あぁ、例の件だな?」
「そうそう、話が早いね。んで何か進展あったか? こっちは収穫ゼロだけど」
ヤスもそれなりに危機感を持って対応してくれているようだ。よろし。
「いや、残念ながら本人へのアプローチはまだできていないな。そもそも、今日はそれどころじゃなかったんだけどな……半分はお前がシツコイからだが!」
「へっ、そうだよなー、大好きな夕ちゃんのこと考えてる方が楽しいもんな。けっ、けっ」
やはりこいつ何か勘違いしてやがる……まったく七面倒くさい。だからバレたくなかったのだ。
「なんで、そうなるんだ! 夕のことはもう置いとけよ」
「うーいういー」
ヤスの実にお座なりな返事に、ため息が出る。
「そいじゃ、昨日と同じくダイレクトアタック作戦でもする?」
「いや、それは望み薄だろう。むしろ、無駄に心証を悪くするだけだな」
「だよなー。んじゃぁ何か他に良い手を考えないとか……でも僕そういうの苦手だからなぁ」
両者打つ手無しかに思えたが……ここで先ほどの夕先生のアリガタイアドバイスを思い出す。
「……策、と言って良いのか判らんが、あるにはある」
「おお、さすがは大地だな。それで?」
俺の提案ではないし、意図もいまひとつ解らないのだが……他に策もない訳だし、まずは試してみるか。
「今日のところは、こっそりと後をつけて様子を
「……へ? なんでさ?」
なんでと言われても困る。むしろこっちが聞きたい。
「あー、情報収集ってやつ? まずは敵情視察が重要かと」
とりあえず、今思いついた理由を言ってみる。
「うーん、こっそり見たところで、何か分かるの……かな? それより、こそこそやっててバレたときのリスクのがキツない?」
「むむ……それは……」
ヤスは
「……………………――はっ!?」
ヤスは考え込んでいたかと思えば、突然目を見開いてこう続けた。
「もしや……夕ちゃん……か?」
「――は? 何を突然?」
「今の案を出したのさ、もしかして夕ちゃんか!?」
「っ!?」
しまった、驚いて顔に出てしまったかも――にしても今日のこいつなんなんだ? エスパーか?
「いや、何言ってんだよ。さっきふと思いついただけだって。夕のことはもう置いとけって言っただろうに、しつけーぞ?」
これ以上、余計な
「いーや、大地がそんな自分でもよう解ってない提案するか? お前はもっと慎重なヤツだ!」
「……おいおい、買いかぶりすぎだろ」
なるほど……あの自信のなさは、俺らしくなかった、ということか。こいつ、意外と見てるんだよなぁ。
「だが、誰かに聞いた案ってなると、こう、スッキリする!」
これは誤魔化せそうにない……ここは、部分的に認めた方が楽だな。
「……あぁ、悪かった。実は中嶋先生に聞いた案――」
「うそだね!」
「ええ!?」
なぜ言い切れるよ。あと目を見開くんじゃない、某田舎の豹変した女の子みたいになってんぞ。今日のヤス、ほんとどうした? 何か乗り移ってんのか?
「お前は、自分で納得してないことを、他人に言われてやるようなヤツじゃぁないっ!」
「そんなことは……ないぞ?」
「へー? んじゃ例えばさ、僕がさっきの案を出したとして、素直にやるか? 絶対やらんよな?」
「ぐっ……たしかに……そうだな。だがそうなると、誰かに聞いた案ってのが矛盾するぞ?」
「だ・か・ら、夕ちゃんしかないって言ってんだよ!」
「はぁー?」
論理が無茶苦茶だ。いくら結論が正しかろうと、こんな説明では納得できる訳がない。
「そう、愛しい彼女の言う事なら、頭の固い大地でもワンチャン聞くはず! くっそぉ、仕事の悩みを聞いてくれる奥さんかよ! リア充爆ぜろ!」
またそれか……こいつの頭はお花畑なのか?
「あーもう、夕とはそんなんじゃねぇって何度――」
「でも信頼してるんだろ?」
ヤスは俺の反論を遮って、やけにハッキリとそう聞いてきた。しかもヤスにしては珍しく、物
「夕への信頼……か」
そう問われて、夕の屈託のない笑顔が脳裏に浮かぶ。毎度毎度騒動を起こすような、兎に角はた迷惑な子ではあるが……そこに悪意があるようには到底思えず、意味不明な言動の裏にも妙な誠実さを感じるのだ。さらに、小学生離れした聡明さを備えた上に、俺に関する異様に正確な情報まで持っており……先ほどはつい助言を聞いてしまった。
だが、これを信頼と呼んで良いものかどうか、自分のことながら良く解らない。
「どうよ? ん~~~?」
「あぁもう、分かったから! 今日のスーパーヤスさんからは逃げられそうにねぇし、この際だから思ってること全部白状しとくわ。はいはい、こーさんだっ!」
両手をぞんざいに上げて、敗北宣言をする。今日は何もかも上手くいかない日だな。
「それがいいね。でも今日だけじゃないぜぇ? スーパーヤスモードは永遠だ!」
「へいへい、言ってろや。……で、まず初めに言っておくが、お前が妄想するような夕との色恋だのは一切ない。そこは勘違いしないように」
ヤスはすぐそういう方向に持って行きたがるので、こうして今一度釘を刺しておかねばならない。
「お前も強情――」
「まぁ聞け」
案の定と反発してくるヤスを、片手を挙げて押し止める。
「だが、お前の言う通り、ある種の信頼のようなものは……あるのかもしれない」
「だろ! だろぉ! それで!?」
「なんでお前そんな嬉しそうなんだよ……」
自分の予想が当たったからだろうか。
「それでお前も見ての通り、夕からは悪意が
ヤスは
「それで、教育レベルが凄く高い賢い子――どこかしらのお嬢様なのかと思いきや……年相応のヤンチャっぷりで、俺に妙なイタズラをして子供っぽく無邪気に喜んでるんだ。ほんと意味わかんねぇのよ」
「そうそう、僕のいじり方がなんとも良い塩梅で……性癖
やはり真正のドMだったか。あとグンバツて……お前どこの業界人だよ。
「それでさっき、話の流れで小澄について相談するはめになってな」
「くっくっ……『するはめに』ってのが……またいいねぇ! いやいや、この大地先生がなぁ~、はっは。やっべぇ、こんなん楽し過ぎんだろ!」
俺が夕にしてやられるのが、よほど愉快なようだな……くっそぉ!
「茶化すならやめにするぞ?」
「すまんすまん」
「それでな、どうも夕と小澄は知り合いっぽい。先に言っておくが、それについてはとても聞けるような空気じゃなかった。ありゃどうにも訳ありだ」
「ほへぇ~不思議な縁もあるもんだね。それにしてもあの美少女二人のセットかぁ……いいなぁ、絵になるなぁ、ぐふふ……ぐふぉぁっ!」
とても気持ち悪いので、一発入れておいた。
「それで夕は少なくとも俺らより小澄について知ってる様子で、その上でさっきの案を提示されたって訳よ。ちなみにその意図は教えてくれなかった。自供内容は以上だが、こんなんで――」
「あい分かった。それじゃぁ早速試してみようか?」
「……おいおい、えらく物分かりいいじゃないか」
先ほどまでのしつこさからして、もう少し渋るかと思ったのだが、割と拍子抜けな反応だった。
「いやぁ、大地がここまで信頼してる子だ、ちゃんとした訳があるはず? それにそもそもの話、夕ちゃんは大地に嫌われるようなことは何があっても絶対にしない。これだけは断言できるね。魂を賭けてもいい。だから大丈夫さ!」
いつもフラフラしてるヤスにしては珍しく、随分と自信に満ち
「ふーん、だから俺が夕を信頼してるか聞いてきたのか」
――ってそうだよ。こいつ、なかなかにこっ恥ずかしいことを……まぁそこまで悪い気は、しないが。
「あー、なるほどそうだったのか! おっと、なんか照れるなっ?」
「お前のことだろが!」
「いやぁ~ははは」
「直感で動く野生動物め……」
それでさっそく作戦に取り掛かろうと思ったものの、スーパーヤスへの自供で休み時間が終わってしまったので、放課後からの行動開始となった。
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