2-08 我儘  ※挿絵付

 台所で冷蔵庫に食材の確認を取ってみれば、豚ロースの命の灯火が消えようとしているとの悲報があったので、豚生姜しょうが焼きに決定した。味はもちろんのこと、生姜チューブを使えばお手軽であり、俺はこの料理が豚肉の最も適した調理方法だと信じて疑わない。ただ、餓死寸前の人が食えるのかは疑問だが、本人は何でも食えると言っていたので大丈夫だろう……少なくともカップ麺よりはマシなはずだ。

 さっそく米を研いで早炊きセットし、次いで豚肉を焼いてキャベツを千切りにすると、皿の上でマヨネーズをかけて生姜焼きを完成させた。ご飯が炊けるまで時間があるので、ついでに味噌汁も作っておくことにする。

 そうして豆腐と若布わかめの味噌汁が完成したところで、炊飯器のアラームが鳴り響いた。俺は貧困少女を飢餓から救うべく、日本昔話式の由緒正しい漫画盛りにしておく――というのも、一般的小学女児の適量がサッパリ分からないので、大は小を兼ねるの方針である。

 料理と食器を茶の間に運び、ちゃぶ台に並べて座布団に座ると、


「ほらできたぞ。起きろ」


 対面で仰向けに寝る少女に呼びかける。その瞬間――俺は信じられないものを見ることとなった。なんと少女は残像が見えるほどの勢いで上体を起こし、ちゃぶ台に向かうや否や、


「うっわ美味しそーー! いっただきまーす」


 手を合わせて元気よくそう告げて、惚れ惚れする勢いで食べ始めたのだった。

 先ほどまでの餓死寸前の姿はどこへやら、出来立て料理を美味しそうに頬張るその姿を、俺はただただ呆然ぼうぜんと眺めるしかなかった。


(※挿絵:https://kakuyomu.jp/users/mochimochinomochiR/news/16816927861336784046

 

「ん~~~~、おっいしぃー! やっぱパパの料理は最高ね。来た甲斐かいがあったわぁ」 


 ややあって少女は一息つくと、そう感想を告げてまた食べ始める。

 

「待てやこら!」


 そこで我に返った俺がだまされた怒りをぶつければ、リスのように口へ料理を詰め込んだ少女は、少し首を傾げつつ眼でなぁにぃ? と聞いてくる。


「さっきまでの死にそうな姿は何だったんだ。やっぱり俺を騙してやがったのか!」

「…………………………(ふるふるふる)」


 少女は少し考えると、膨らんだほおのまま首を横に振る。


「じゃぁ何か、本当に飢え死にしそうだったとでも?」

「(ふるふるふる)」


 今度も横に振る。


「えぇい、お前は何が言いたいんだ!」


 今度は左の手の平をズイッと前に出して、ちょい待ったのポーズをした後、リスさんは頬袋の中身を飲み込んでこう続けた。


「口に物を入れてしゃべるなって、パパに言われてるから。くちゃらぁって言うんでしょ?」

「素晴らしい教育だなぁ、おい!」

「だよねぇ、えへへぇ」


 今度も我が事のように嬉しそうにしており、まるで皮肉が通じていない……だーめだこりゃ。

 呆れて首を横に振る俺をよそに、少女は先ほどの俺の質問に答え始めた。


「んとそれで、騙したって言われると……そうかもだけど……でもちょっとちがくて、ただパパと遊びたかっただけなの。玄関で言ったでしょ? 遊びに来たよって。昨日はパパの罠に引っかかっちゃったから、今度はあたしがイタズラしてみようかなって。今日はあたしの勝ちねっ、うふふっ♪」


 無邪気な子供らしい満面の笑みを浮かべると、さらに続ける。


「飢え死にしそうだったかと聞かれたら、物凄い腹ペコだったのは確かだけど、二日や三日食べなくても人は死なないよ? あたしが倒れてパパ動揺しちゃったぁ? にゅふふ♪ ……でも、パパならちゃんと救助してくれるかなって思ったよ、ありがとね。あと心配させて、ごめんね?」


 嬉しそうにしていたかと思えば、最後は少し眉尻まゆじりを下げて申し訳なさげにしている。


「――あっそうそう、逆さ吊りするなんて言って試そうとしたみたいだけど、ムダよぉ? だってパパがそんな非道な事できるわけないじゃないの。あぁでもでも! お姫様抱っこだったのは満点よぉ!? 思わず演技をやめて抱きついちゃおうかと思ったくらい。だけど、お腹の音聞かれちゃったのは死ぬほど恥ずかしかったわ! あたしの死因は餓死より恥死よね!?」


 少女は心底嬉しそうに早口でまくし立て、ついでに思い出し照れで頬を赤く染めている。

 ちっきっしょうめぃ! まんまと騙されたっ! くそぉぉ、念入りに疑ってはいたが、こいつの方がさらに一枚上手だったか……やはり下手に情けなんかかけるもんじゃないな。


「おんまえ――」

「あと!」


 少女は俺の文句を遮ると、今度は打って変わって神妙な顔で続ける。


「パパが寂しそうだったから」

「……は?」


 誰が、寂しいって?


「昨日パパが一人で食事してるところを見て、すっごく寂しそうに見えたの。食事だけじゃなくて、パパが家に帰ってからずっと、かな。それを見てるとあたしも辛くて、こう胸がぎゅぅってなって……だから一緒にご飯食べたいなって」

「俺は寂しくなんか――」

「うん。解ってるよ」


 またしても俺の言葉を遮るその少女の様子は、まるで子供の言い訳を包み込んで諭す母親のようであった。


「パパは強いから、心が強くならないと生きてこれなかったから、きっと耐えられるんだと思う。でも、それは耐えられるっていうだけで……あたしはもっと楽しそうなパパをいっぱい知ってるから、やっぱり見ていてとても辛いの」


 そこで少女は、ふぅと一呼吸置く。それはまるでスイッチを切り替える仕草のようで、俺を見つめる眼差しが一段と真剣になったように感じられた。


「だから、これはわたしの自己満足。そう、大地だいちをもっと笑わせたいっていう、ただの私の我侭わがままなの」


 少女は静かに、そしてしんのある強さでそう告げるのだった。その寂しげに微笑んだ少女の顔はとても大人びて見え、先ほどまでの無邪気な子供の可愛らしさとはまた別に、俺をき付ける不思議な何かを秘めていた。また、この少女に反論するほど自分が子供じみてしまう気がしてきて……俺は純粋に疑問を尋ねてみることにした。


「……どうしてだ?」

「なんのこと?」

「どうして俺にそんな事を?」


 こうして俺に構ってくる理由が、さっぱり分からない。この少女にとって、俺は一体何だと言うのだろうか。まさか本当に「パパ」などではあるまいし。

 すると少女は普段の無邪気な子供の笑顔に戻ると、


「そんな事もわかんない鈍感パパにはねぇ……ぜーったい教えてあげませーん。というか教えるのむり、むりでーすっ♪」


 嬉しそうに質問を軽くあしらってきた。どうやら俺が分からない事を本当に楽しんでいるようで、表面上の言葉だけを見ればバカにされているのだが……こうも楽しそうにされると、不思議と腹を立てる気も失せてしまう。


「あいよ、そうかい」


 それで素気すげ無く答えてやったつもりだったが、


「そそ、そうやって笑ってるパパはとっても素敵だよ」


 想定外の返答が返ってきた。慌てて自分の顔を触ってみると……どうやら勝手に笑っていたようだ。不覚ナリ。


「さ、パパも食べないとだよ?」


 少女は食事を勧めてくるが、そもそも俺が用意したわけだし当然食べるとも。

 そういえば、こうして家で誰かと食事するのって随分と――あぁほんとに、久しぶり、だな……。


「食ったらさっさと帰れよ?」

「えぇー、けちぃー! でも大目的は達成できたし、まぁいっかぁ。二兎にと追う者は返り討ち、だわ」

「何じゃそりゃ」


 一兎も得ずだろう。


「今自作したのよ。調子に乗って二兎追うと、獲物と思っていたウサちゃん達に逆にやられちゃうって意味ね。うさぱんち」


 小さな手をしゅしゅっと小刻みに前へ繰り出すちびっこ。おおこわ。


「ちっ、俺は罠にかかった間抜けな獲物ってわけかよ」


 言われたい放題だが、してやられてしまったのは事実……ぐぬぬぅ。


「そうだよ、た~べちゃうぞぉ~♪ なんちってぇ、にゅふ。でも今回は上手くいったけど、次を望めばきっと返り討ちにされちゃうわ。あたしのパパはそんなに甘くないもんね」

「はんっ、今の俺には皮肉にしか聞こえんな」

「うふふ、そんな事ないのになぁ~」


 少女は少し遠くを眺めつつそうつぶやくと、再び楽しそうにご飯を食べ始めるのだった。



   ◇◆◆



「それじゃ、この辺であたしはお暇するわねー」


 そのあと少女は、お代わりも食べて満足したところで、約束通り大人しく帰ろうとしている。……うーむ、根は素直だよなぁ。

 それで少女は割と近くに住んでいるそうだが、時間も遅いので家まで送ろうかと申し出てはみたものの……「ありがと、気持ちだけで」とやんわり断られてしまった。困ったような表情から察するに、何やら複雑な事情がおありのご様子だ。大人顔負けの実に強かな子ではあるが、身体は所詮しょせん女児、せめて玄関から見える範囲あたりまでは見守っておくとしよう。


「ご飯ごちそうさまでした。餓死から救ってくれたこのご恩は、一生かけてカラダでお返しするよぉ!」


 少女はハートマークを振りまきながら元気にそう言うと、くねっとよじれている。


「そうか。恩を感じたのなら、もう来ないでくれ」

「あうっ、この定型句って、スルーされるとすっごく恥ずかしいんだからね? もぉ~!」


 少女は桜色に染まったほおを膨らませて、こちらの連れない態度に文句を言ってくる。自分で言って照れていては、世話ないというものだ。


「――こほん。冗談はさておいて、もちろん恩返しには来るわね」

「だから、もう来ないのが恩返しになると言ってるだろうが……」


 あぁもう、その辺ご理解いただけませんかね!?


「ツンデレのパパも素敵よぉ?」


 だめだこいつ、どうしようもなく話が通じない。


「それじゃまたね」


 少女はそう言って、ほのかな星空の明かりの中、宇宙こすも家から続く坂道をひとり下って行った。

 

「またね、か……まったく、言っても聞かないやつだぜ」


 俺はそう言ってあきれながらも、自分の口元が知らずして緩んでいることに気付き、首を傾げつつ家の中に戻るのであった。



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2日目終了時点の登場人物紹介です。情報整理にご活用ください。https://kakuyomu.jp/works/16816452220140659092/episodes/16816452220148572928


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2日目の区切りまでお読みいただきまして、誠にありがとうございます。

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