殺傷力をあげすぎた令嬢、攻略対象の手を借りずに魔境で生き残れるようになりました

仲仁へび(旧:離久)

第1話






 その乙女ゲームをプレイした時。

 私は思った。

 制作陣はきっと狂っている、と。






 剣を手に取って魔物の群れに飛び込む私。

 切り裂いた魔物の返り血を浴びて、真っ赤になった。

 この間の授業で「鮮血の女神」だなんて言われた理由がこれた。


 一人で魔物を血祭にしてしまうので、そう呼ばれるようになったのだ。


「おいおい、あんまり前に出すぎんなよ」


 私に声をかけてくるのは一人の男性。


「撲殺の貴公子」なんて呼ばれている人間だ。


 見た目は爽やかだけど、武器の鈍器を使って力任せに魔物を撲殺するので、そんなあだ名がついた。

 こっちも物騒。


「そろそろ休憩にしようぜ」


 彼からそう言われたので、私は一息つく。


 この周辺にいた魔物は、全部倒し終えたようだ。


 これなら、少しくらい休憩していても大丈夫だろう。


 私は、彼と並んで近くにある石に腰かけた。









 狂った制作スタッフによって作られた、狂気の乙女ゲームがある。


 発売当日から、そのゲームは話題になっていた。


 乙女ゲームらしく攻略対象とヒロインがいるのは変わらないが、なぜか死亡率が高い。


 そして物騒。


 かつ、頻繁に命の危険にさらされる。


 内容の特徴は、ドシリアス。ラブもあるけれど、基本はシリアスなのが目を引く。


 物語の始まりは、学園に通っている貴族の生徒達が事故で、遠くの魔境に転移してしまう所からはじまる。


 主人公達が飛ばされた場所。そこは、魔物ひしめく未開の地だった。


 救助の手が差し伸べられるまで、生徒達は自力で生き延びなければならない。果たしてこれから彼らはどうなってしまうのか。


 というのがストーリー。


 のっけから物騒すぎる。


 しかし、学園で魔法の使い方や護身術をならっていたのが不幸中の幸い。


 登場人物達は、なんとか苦労しつつも生き延びる。そして、共に転移してしまったヒロインと攻略対象がなんやかんやありつつ絆を深めていく、というのがゲームの基本の流れだった。


 けれども、だけれども。


 御覧の通りにかなり周囲の環境が物騒。何度もしつこいくらい言うが、物騒なのだ。


 ここは魔物ひしめく森。


 そんな危ない場所に転移してしまったため、一瞬のミスが命取りになってしまう。


 乙女ゲームでは、それでいくつものパターンのバッドエンドがあった。


 ほのぼのしている最中に急にBGMが不穏になったり、景色の色が抜けてセピア色になっていったりする時はまぎれもなく、バッドルートに入った証拠。


 ヒロインの頭にかぶりつく魔物。

 または魔物に切り裂かれる攻略対象。


 魔物に丸呑みされて消化待ちする絶望顔のヒロイン。

 体とさよならしてしまったヒロインが、頭だけになる。

 そんなヒロインを呆然とかかえて、絶望顔になる攻略対象。


 えぐい。


 まだある。

 その他にも、いろいろある。


 バッドエンドのバリエーションは、ひっじょーに豊かだ。


 プレイヤーである乙女達を何人戦慄させて、嘆かせた事か。


 トラウマになった人が大勢いたとかなんとか、聞いたことがある。


 何もそんなハードな乙女ゲームの世界に転生させなくても良いじゃないだろうか。


 私は、運が悪いのだろうか。


 気が付いたらそんな世界に生まれていて、物心ついた頃によく絶望顔して両親二人を大いに心配させていた。







「よし、そろそろ体力回復したな。移動するか」

「そうね」


 休憩が終わったので、魔境から脱出するために移動を開始。


 他の攻略対象達とはバラバラになってしまったので、まずは彼らを拾い集めるところから始めていかなければならばい。


「しかし、授業で魔物に対する戦い方を教えてもらっておいてよかったな。受けた時は、こんなん役に立つのかよって思ったけど」

「えっ、ええ、偶然受けておいてよかったわ」


 彼の口から話題に出たのは、つい先日の授業内容の事だ。


 きたるべき時に備えて、やるべき事をやっておきたいと考えた私は、教師に直談判。苦労して、その授業を行わせたのだ。


 結果、事前に行っておいた魔物戦闘の経験は大いに役立っている。


 先生に頼み込んで授業を実施してもらっていなかったら、ここまで動けていたかどうか分からない。


 その影響で、攻略対象の何人かが原作より早い段階で、才能を開花させて、物騒なあだ名をつけられてしまったが。まあ些末な問題だ。


「魔物とやりあえって言われたときは、どこでそんな経験役に経つんだって思ったけど、人生何があるか分かんないな」

「本当にそうよね。まったく同意だわ」


 私だって、乙女ゲームの世界に転生するとは思わなかった。


 死んだと思ったらいきなり、神様っぽい姿をしたフランクなお兄さんが出現して、私を転生させたんだから。







 そういうわけで、私達は定期的に魔物を撃退しながら、魔境を脱出すべく歩く。


 グォォォ!


 ざしゅっ。


 ガルルルルゥゥゥ!


 ばごっ!


 ガァァーーーーーーーー!


 どがぁぁっ!


 登場した魔物を、あらかじめ隠し持ってきていた剣で切り、手甲で殴り、あるいは鍛え上げた蹴りでふっとばした。


「やっ、やけに準備が良いな。お前ひょっとして黒幕とかじゃねぇよな?」

「そんなわけないじゃない。黒幕だったら、なんで自分までこんな危ない魔境まで飛ばされてるのよ」

「そうだよな。悪い」


 ガチでやりすぎてちょっと攻略対象に怪しまれたものの、それなりに戦えている事に安堵した。


 生まれ変わる前の自分だったらどうなっていたか分からないが、今の自分はそこそこ優秀なようだ。

 乙女ゲームの主人公補正が効いているのか、状況に順応しつつあるようだった。


 魔物の死骸を見ていた攻略対象が、つぶやく。


「しかも、一撃で魔物しとめてるし。すげぇ」

「生かしておいたら、反撃されちゃうじゃないの」


 すると、私の返答を聞いた彼が、表情をきごちなくさせながら「そっ、そうか」と身をのけぞらせていた。


 心なしか、ちょっと引いているように見える。


「まあ、でも。さすがにお前も、キリングタイガーに出会ったらそうはいかねぇだろ。もしもの時は俺の後ろにいろよ」

「ありがとう。頼もしいわ」


 キリングタイガーとは初見殺しで有名な魔物だ。


 目で追えないほど速いスピードで行動するため、接近してきたと思った時にはもう遅い。すぐ攻撃されてしまう。


 用心しなければならない相手だ。


 そう思っていたら、ふと背後から殺気が近づいてくるのが分かった。


 狙いは、彼だ。


 私は攻略対象である彼を突き飛ばした。


「危ないっ」


 そして、そこにとびかかろうとしていたキリングタイガーに、持っていた剣で力任せにカウンターを入れる。


「ギャウウッ」


 キリングタイガーの急所を突いたようだ。


 地面に力なく落下したその魔物は、赤い血だまりの中で動かなくなった。


 攻略対象は無言になった。


 放心状態のようだ。


 大丈夫だろうか。


 こちらの顔を見てようやく言葉を発したかと思えば、「どう鍛えたらそうなるんだよ! 殺傷力高すぎる!」 とそんな発言だ。


 何を言うのかと思えば、うら若き乙女にそんな暴言を吐くとは。


 その時、先ほどとは反対の方向から茂みがガサガサ。


 殺気が近づいてきたので、反射的に手甲のはまった拳をつきだした。


 バキっ。


「グルァァァ!」


 こんどはグレートヘルベアだ。


 とんでもない馬鹿力で、狙った獲物を殴り殺すとかいう初見殺しの魔物。


 でも、大丈夫だ。


 カウンターを叩きこんでおいたので、無事血だまりに沈んでいる。


 再び無言になった攻略対象。


 そして、「分かった、お前は魔物の生まれ変わりだな」と発言してきた。


 失礼な。







 それからなぜか彼は、私にあまり近づかなくなってしまった。


 他の攻略対象達と合流して、魔境から出る頃には、全員が私を中心にして半径一メートル以内の範囲に近よらなくなってしまっていた。






 無事に学校に戻った私に、殺戮の申し子なんて物騒なあだ名がついてしまったのは、攻略対象達が私の武勇伝を隠すことなく伝えてしまったからだろう。


 学園期間後の終盤に出てくる悪役令嬢キャラにイジメられることはなくなったが、それ以外の人間も近寄らなくなってしまった。 





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