幕間:生物研究紀inまこーこく

第1話:キョクトウミニマオウ




 ………。

 ……………。



 滑らかな石材に舗装された道路、温かな陽気が目に優しく、空は青々と。


 行き交う彼等の特徴として、肌は白く耳は長い。

 ―――エルフ? 

 そうとも言えるかもしれません。

 武戦神の寵児たる長耳の種と、この国に生きる多くの者達……その源流は実は同じ。

 

 ある意味で、彼等はとも言えます。


 ここは、アトラ大陸極東部。

 大陸中で最も魔素の濃度が高いとされるこの地域には他では類を見ない強力な魔物が多数存在し生態系を築いていて、その為国家の類は非常に少ないです。


 固有種も多く、我々にとっては興味深い自然の宝庫ですね―――あ、自己紹介が遅れました。


 どうも皆さん、こんにちは。

 私、アトラ大陸の全てを研究する学者のようなもの。

 博士ですよ、博士。

 親しみを込めて親愛なるハカセと呼んでください。

 因みに、専攻は―――……実際に見てみた方が早いですね。

 

 一緒に覗いてみませんか?

 では、まずは―――あの、一番大きくて一番高いお城の中から。


 今回の調査区域……ここ魔皇国王都へ訪れた時から気に放っていたのですが、随分大きな建築ですね?

 資料によると……ええ、魔王城というらしいです。

 でも、そう呼ぶにはちょっと白過ぎだし、綺麗すぎですね?


 窓も沢山あって、解放感も……。


 ―――おっと。

 この部屋、窓がないですね。

 内装も殺風景で、ベッドと作業机、簡素な棚と入口のコートスタンド……。

 棚には神話や言語学に関する書類のほか、どれもが半ばまでなくなっているお酒の瓶が幾つか。

 見た所、男性の部屋の様です。

 取り敢えずここから中を覗いてみるとして……。


 ……おやぁ?

 家主の見られない部屋、主のいない筈のベッドが揺れていますね?

 なにかがいるのでしょうか?


 もぞもぞ。

 こんもりと小さい……子供くらいの大きさに膨らんだベッド。

 掛っている布団がゴソゴソ、ゴソゴソ…………ぁ!


 もしかしたら面白い生き物がいるのかもしれません!



「―――……ん。んん……、むぅ」



 鳴き声がしますね。

 本当に寝ているんでしょうか?

 ここは生態系の支配層が数多く存在する豊かな国……もしかしたら、とても珍しい生き物が見られるかもしれません。


 

 ―――ごそ、ごそ。

 かちゃり。


 おっと、部屋の扉が。

 どうやら家主が戻ってきたみたいです。



「―――……。はぁ……」



「陛下」

「……………」

「陛下、起きてください。もう昼過ぎです」



 入ってきたのは疲れ果てた顔をした魔族―――魔族?

 いえ、これは……耳が長くありませんね。

 でも、目はとても紅いです。

 まさか半魔? それともただの充血なのでしょうか?


 片膝をついて礼をするのもそこそこ、家主と思われるその人によって布団が取られると―――わぁ、やっぱり!

 体長は130センチ程、毛量のとても多い髪は驚くほど艶やかな銀色。

 間違いありません、魔皇国固有種のキョクトウミニマオウです……!


 

「……シレモノ、ウセイ」

「私の部屋なのですが」

 


 えぇ、えぇ。

 珍しい生き物ですよ? 解説しましょうか。

 キョクトウミニマオウはマオウ科、ミニマオウ属に分類される小動物です。

 とても知能が高く、多くの能力を持ったこの国の固有種ですね。


 でも、どうやらご機嫌斜めみたいです。



「そろそろ機嫌を直して頂かないと。帰ってきたんですよ? 貴方の騎士が」

「フン……!」



 怒ってますね。

 どうやら初対面ではなさそうですけど。

 このキョクトウミニマオウ、過去には類縁種、或いは成体と思われていた「キョクトウマオウ」という近しい種が書庫に登録されていたんですけど、現代ではこの生物が威嚇時に行うであることが分かっています。


 身長、体重、容姿も自由自在。

 それでいて捕食者としての身体能力、魔ほ……魔術の使い手としても優れた食物連鎖の支配層……それがこのミニマオウちゃん。

 まさか調査開始一日目で出会えるなんて……!


 この国にはユウカク科、ヨウマ科など固有の種が多く存在していますけれど、現状マオウ科に分類される生物はキョクトウミニマオウだけなんですって、凄いですね。

 しかも、マオウ科の種は……おっと、部屋の様子が。



 睡眠欲が終わったら食欲。

 どうやらミニマオウちゃん、家主さんが持ってきた包みが気になってるみたいです。



「あ、ソレ私の……」

「ヒカエロ」

「……は」



 ―――ガサゴソ。

 ベッドから飛び起きると、ごく薄い寝具を纏ったまま卓上へ突撃、そのまま漁り始めて。

 良い匂いがするのかな?

 小さな白い手で折り目の付いた紙袋を器用に……ちょっとかなり乱暴にひん剥いて―――中に入っているものを取り出しました。

 どうやらパンみたいです。

 食べられるのかな? 与えて良いものかな?


 あ、家主さんに確認もしないでパクリ。

 そう、キョクトウミニマオウはとても食いしん坊。

 常に冬眠明けくらいお腹を空かせていて、目に付いた良い匂いのものは取り敢えず何でも口に入れてしまうんです。


 でも、これは当然の事。

 パンに名前を書いていなかったのが悪いのですし、名前を書いておいたくらいじゃ安心できないのも自然界の厳しさなんです!



「陛下」

「ヤランゾ」

「私が買ってきたんですが……」

「ヤランゾ」



 そっぽを向いたまま、また威嚇。

 この他にも先程の「ウセロ」や「コロスゾ」など、キョクトウミニマオウは威嚇の際に発する鳴き声の種類が豊富な事でも知られていますね。



「あの。お願いしますから……」

「チカヨルナ、シレモノ、エイユウガウツル」

「英雄が感染る!?」



 フシャー……すっごく警戒されてますね。

 どうにか近寄る事すら許されないような雰囲気、蹂躙される食糧。

 見るも無残に散らかされてしまった紙袋……凄惨な現場です。



「只の謝罪など、既に信用を失ってるのは分かりますが……本当に誤解なんですよ。帰ってきてまたすぐ旅に出てたのは……」

「ダマレ」

「―――今度こそ土産をもってそちらへ伺おうとしていたのですけどね」

「モウナイゾ」



 察するに……今までずっと会えなかった相手がようやく帰って来たのに、またすぐ出て行っちゃったからから凄く怒ってるってことなのでしょうか?

 確かにそれは怒りたくもなりますね。

 また睨みつけるように威嚇を繰り返すミニマオウ、散らかされた紙袋を回収しながら目を合わせる家主さん。



「だから、ソレ私の昼食……、ほら。本当に持っていきたかったのは、これ」

「?」



 取り出されたそれは、乾燥させた葉包み。

 掌に乗るサイズで……ひんやりしているのか、やや冷気を放っています。

 

 くんくん、くんくん。

 キョクトウミニマオウはとっても鼻が良いです。 

 可愛らしいお鼻をすんすんさせて、ソレが何なのかを確かめていますね。


 ……やがて包みが開かれ―――木の実?

 現れたソレは丸々として、成熟した真珠ほどの大粒で、艶のある赤色……。

 えぇ、私の知る通りのものであるのならとても珍しいものではあるのですけど、さっきのパンの方がずっと美味しそうで……。



「……!」



 あれれ? 

 ミニマオウちゃん、木の実を見つけた途端、動きが止まってしまいました。

 もしかしてお腹一杯なんでしょうか。



「―――コレ、ハ」

「原種のマルマリですよ。今じゃ全然見なくなってたでしょう。つい最近、北部で群生地帯が見つかったと報告があったので採ってきたんですよ。記憶違いでなければ、確かにあの当時の……」



 おっと、解説を取られてしまいましたね。


 確かに、確かに……えぇ、これは。

 マルマリはずぅっと昔、千年以上前から存在する野生の果物の一種。

 今では色々な類縁種が市場で売られているけれど、肝心の原種は数百年も昔に絶滅したと言われているものです。


 もし本物なら凄い発見ですね……。

 でもこの二人、まるで絶滅種である筈の個の果物の事を知っているみたいです。

 もしかして凄く長生き―――。



「一緒に食べようか、シオン」

「……ラグナ?」



 おっと。

 おっとおっとおっと……!?


 これは珍しいですね!

 キョクトウミニマオウはとても寂しい時やつらい事があった時にこのように鳴くとされています。

 けれど、この子の寿命はすっごく長くて、すっごくたくましいんです。

 だから、普段は絶対にこんな風に鳴かない筈なんですけど……。

 


「思い出の味と言えば補正がかかるものだけど、流石に山海の珍味を知り尽くした王様に献上するには不足かもしれないけど、ね。品種改良されたものに比べてしまえば味は数段落ちるし種も多いだろうし……」

「食べさせろ」

「はい、あーん」


 

 気難しいミニマオウと打ち解けられるなんて。

 知識と言い手腕と言い、この家主さん……できる。



「うむ……ひんやりと」

「久しぶりに食べると、確かに悪くない―――はい、あーん」

「あー」



 ……いつの間にかベッドに隣り合って口をもぐもぐ。

 警戒心が強くて、強欲で、尊大。

 でも、本当は小さくて寂しがり屋さん……それがキョクトウミニマオウなんです。



「それで?」

「え?」

「まぁ、甘いマルマリに免じて余の機嫌取りは及第点で良いじゃろう。では……戻ってきて、あ奴らとこうして面と向かって共に過ごす時間は作ったのじゃろうな」

「………あーー……むぐッ!?」

「愚か者め」



 今度は食べさせる側が逆転。

 和やかだった雰囲気に、また緊張が戻ります。



「そなたの帰りを待つ者が。無事を願うものがどれだけいると思うておる」

「………はは」

「暫くもすれば、またそのような暇は無くなるのじゃ。余が許すゆえ、悔いのないように過ごせよ、我が騎士」

「今までの塩対応でその時間が減ってたわけなのですが」



「まぁ、主がそう仰るのなら、今からでも予定の確認を……」

「あー」

「……どうぞ」

「もぐもぐ……あー」

「……陛下?」

「あーん」

「……陛下? 言ってる事とやってる事が、まるで……」

「それとこれとは話が別じゃ。撫でろ、夜まで。今日は此処で寝る。明日もな」

「えぇ……?」



 ………。

 ……………。


 これは文字通り明日までかかりそうですね。

 ともあれ、私も家主さんのお陰で貴重なデータもとる事が出来ましたし、今日の調査は大成功と言ってもいいでしょう。


 けれど、未だこの国には希少な生物が沢山! 

 まだまだ私の探求心が鳴りを潜めることはないのです。


 さぁ―――。

 明日はどんな生き物に会うことができるのでしょうかね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る