第12話:大陸揺るがす宣告




「―――……。先生……、なんで―――……」



 嫌だ、分からない、そうじゃない……いや、知っている。

 知っているけど、理解したくない。

 脳がソレを拒んでいるかのように考えが纏まらない。


 今、彼の頬に確かに刻まれていた刀傷が消失したのは、魔術の効果によるものではないんだと。

 分かる。

 普通では断じてないとも分かる。


 でも、だからこそ―――だからこそ、理解したくない。


 人間種ではなく。

 亜人族でもなく。

 魔族であっても、それは、それだけはあり得ない。

 でも……でも、僕は、ソレを可能としてしまう存在を……知っている。



「……はは。人間の筈だ―――……か。あぁ、そうだね。君たちなら、そう考えるのが至極当然なんだろう」



 彼は倒れた僕を見下ろすまま、目を細め。

 そして、ゆっくりと口を開く。



「勇者でなし。転生者でなし。武の才も、魔術の才も。只の、何の力も素養も、才能も、運命もない……、そんな人間が、本当に三百年も生きられると思うかい?」

「―――――」

「そうだ」



「私は、人間じゃない」



「無論、魔族でもない」



 ………。

 ……………。



 ―――そんな。それじゃあ。

 いや、そんなバカな。



「君なら、もう分かっている筈だ。私は―――、君たちが忌み、恐れる……なんだよ。私は」



 ―――。

 ―――――。



 先生が……、魔人?

 幾度も戦い、聖剣の力で何度も討ち祓ってきた、あの……異形の怪物?


 嘘だ……、嘘だ。

 だって、そんな兆候も、素振りも。

 僕たちは何も……なにも―――。



「心当たりなら、ある。だろう? キミは聡明だ。答えが出た後なら、幾つも気付きはあるだろう?」



 知らない。

 知らない、僕は本当に何も―――本当に……?


 僕は、知っている?


 彼の、青白い肌には。

 温泉などで見た彼の身体には、冒険者にありふれたソレが。

 歴戦の、叩き上げの冒険者である程に深く刻まれた歴史が―――怪我や傷跡など、全くなくて。



「私が、君たちの―――……!」



 唐突に、騎士が言葉を切って跳び退り……彼の居た場所には、光跡が次々と着弾し、爆裂する。

 続いて、耳をつんざく金属音。

 剣同士がぶつかる音が耳に響いた。



「おい……、ナクラよォ。コイツぁ、どういう事だぁ?」

「……何故、貴方が」

「遅かったじゃないか―――ゲオルグ。それに、リディア」



 そう、現れたのは最上位冒険者【竜喰い】、そして【天弓奏者】

 乱入者は、現状考えうる最高だった。


 でも。

 振り下ろされた大剣を上から長剣で押さえつけた状態の暗黒騎士は、浮かべた薄い笑みを崩さない。



「余程足止めされたと見る。君たちなら、もう少しは早く来ると期待していたんだが……」

「どういう事だって、聞いてんだよ、オイ」

「説明は、勿論あるのでしょうね。―――屋外で総長と刃を交えていた方は魔族……【蒼克】殿と見受けますが」



「「何故、一緒にッッ!!」」


 

 無理やりに引き上げられた大剣が一文字に振るわれ、暴風が壁に亀裂を生む。

 飛び退り、宙を舞う騎士へ目掛け光跡が一条に抜け、天井を穿つ。


 怒りが爆発したように。


 何かを確かめるように。


 リディアさんが矢を射かけ、ゲオルグさんが剣を振るう。

 僕たちと同様の状態なのだろう二人は、しかし……迷いやブレによる乱れた動きが全く存在してはいない。

 最上位冒険者は、己の価値観を曲げないし、戦闘に迷いなど欠片たりとも持ち込まず……本来、連携すら困難な我の強さを有する存在等が、互いを利用する事で曲がりなりにも連携している事実。



「う、らぁぁぁぁぁッッ!!」

「―――流石は竜人。身体能力は上位魔族並みか」

 

 

 全てを断ち斬る圧を纏って振り下ろされた大剣。

 それを、撫でるように完璧に往なした筈の長剣が、―――しかし軋み、震える。



「……!」



 競り合う間もなく、騎士が飛び退る。  

 一発一発が、それこそ大砲の凶弾のように床を穿ち、レーザーのように何処までも突き抜けるそれらは本当に弓から放たれたものか。

 

 一瞬にして十、二十と放たれる光跡。

 鎧の胴部を掠め、或いは抉るように引かれた一本の線は、矢に秘められた恐るべき威力を示していて。



「……これ程か。流石、天弓奏者。賢者ティアナの弟子だ」

「―――ッ! 何故、貴方が……」


「だ、らぁぁぁッ!! “大石晶波”!!」



 大剣が床へ振り下ろされ、石を打ち鳴らす。

 まるで水面みなものように波打ったそれらが千の刃になって騎士へ襲い掛かり。



「本命は……。上か?」

「そうだ―――よぉ!!」 

 


 発動させた魔術の効果など眼中にないというように飛び上がったゲオルグさんが、数センチはあろうかという厚さの大剣を騎士の首目掛けて横に薙ぐ。



「ならば、何の面白味も―――……!!」

「へっ。死んどけ、裏切り者」



 振るわれた大剣に追随するように出現する剛弓の一矢。


 矢が、振られた大剣の真後ろへ重なるように飛来していたんだ。

 刀身の、面での攻撃ならば相手も後ろに何か隠していると疑っただろうけど、まさか数センチの厚さしかない刃の真後ろへピタリと重なるように放たれた流星の一撃。


 完全な意識外からの攻撃で。

 それは、真正面から鎧を纏わぬ騎士の顔面を貫いた……。

 


「「……!!」」

「―――さぁ。次はどうする、冒険者」



 筈だった。

 完全な死角、その筈だった。


 ―――霞みつつある目が、ソレを捉える。


 リディアさんの一撃が。

 騎士の纏う黒鎧すら抉る、激烈なまでもの威力を纏っていたであろう一矢が……鎧小手に掴まれ、晒された騎士の眼前で静止しているのを。



「……ちィッ! ちゃんと本気でやったんだろうなァ!?」

「無論で―――……ゲオルグッ!!」



「返そう。そっくり、そのまま」

「―――はっ?」



 否……静止、していなかったんだ。

 身体を一回転させた騎士は、その勢いで握った貫きの一矢をゲオルグさんへと放る。


 掴まれていて尚、未だ、まるで威力を失っていなかったんだろう。

 鏃は光跡を描くまま、咄嗟に構えられた大剣へ肉薄し。



「―――ぅ―――がァァァァ!?」

 


「ゲオルグッ……!!」

「……る、せェ……、問題、ね……」

「心配ではありませんッ。先の言葉、訂正してください」

「……はい、はい。悪うござんした。本気で撃ってやしたねェ……くそったれがッッ!!」



 荒く息を吐き出す二人。 

 仕切り直しと、最上位冒険者らが態勢を整える、その間際―――、



「「!」」



 外側から屋内の壁が砕け、何かが室内へ転がり込んでくる。

 それは、人型で。

 今に剣を支えとして立ち上がり……。



「「総長!?」」

「―――大事ありません。……ようやく、戻ってこれましたね」


「……はは。成程」



 それは、リザさんだった。

 そしてその口ぶりから、吹き飛ばされてきたのはあくまでも……。


 と。

 納得したように笑う騎士の横へ、あの蒼髪の魔族が現れる。



「申し訳ありません、閣下。誘導されてしまったようです」

「問題ない。こちらも良い具合だ。くくッ―――マーレ。どうだ、最強のは」

「……只の人間だとは、にわかには信じられません」


 

 リザさん、ゲオルグさん、リディアさん。

 最上位冒険者三人に対し、あちらは六魔将と、リザさんとすら互角に渡り合う魔族。

 

 緊張を走らせる冒険者たちに対し。

 未だ、笑みを深める騎士は……。

 


「捨てたものじゃないだろう、人間も」

「は。―――……失礼致します」



 不意に蒼髪の騎士が、耳に手を当てる。

 念話?

 魔族も、やっぱり念話を……。



「―――閣下。黒曜騎士団、全隊の招集が完了致しました」

「そうか……。あぁ、最高にいいタイミングだ。ならば」



 暗黒卿は、今に武器を鞘に収める。



「語りの場として、ここはいささか手狭だな。―――頼む」

「―――は」



 蒼の騎士は武器を一度鞘に収めると……抜刀。

 水平に、縦に、数度薙いだ。

 その動きに遅れ、全てが崩落する―――それこそ、この世の終わりかとすら錯覚するほどの大轟音。

 壁が、床が、天井が。

 一瞬で視界が黒に染まったかと思うと、次の瞬間には光明が見え。


 身動きの取れなかった僕は、浮遊感に包まれていた。



「―――おい、リクッ!」

「……ぅ―――う……ッ」

「その程度でくたばるんじゃねえぞッ。お前等、全員!!」

「……ぁ」



 僕と康太はゲオルグさんに担がれて。

 春香と美緒も、リザさんとリディアさんが護ってくれていたんだ。


 美緒も、春香も、康太も。

 三人も助け出されている。



 ……良かった。

 でも、これって―――ここって。

 青空が全面に伺えるそこは……ここは、今や見る影もないけれど、紛れもなく先程居た部屋そのままで。

 

 それは、つまり。

 大会議室の位置する階より上層が、全て吹き飛ばされたという事。



 ………。

 ……………。



 事実を認識すると同時。

 その、青の大空に―――天空へ、積雲のように巨大な黒影が幾つも出現する。



「―――おい、おい……マジかよ。―――こりゃあ……宝の山、ってやつか?」

「よもや……」

「魔皇国……これ程の……。流石にマズい状況ですね」



 嘗て、僕たちはその魔物を狩った。


 勇者四人でなんとか倒した。


 そんな存在と、同様の種族が……A級冒険者がパーティーで挑む存在が……十、二十―――百?

 あの時の【飛燕竜】と比較しても遜色ない……上位とも言える存在が沢山いると分かって。

 竜は、それぞれがその背に黒鎧を纏った騎士を乗せ。


 先頭に飛翔する、主なき竜は。


 妖精の如く、透き通る二対の飛膜を持ち、こちらを見下ろす黒竜は。

 無数に飛翔する竜と比較しても、あまりに圧倒的―――出会ったこともない程に巨大な力を感じて。



「ありゃあ……」

「黒竜……、アポリオン……」

「―――暗黒卿の騎竜。厄災齎す飛竜の王。……では、やはり貴方が」



「……拡音石、あったか」

「こちらを」


 

 都市上空に顕現した軍勢を前に、膠着する状況。

 正体を秘匿するかのように、新たな兜を出現させた騎士は、悠々と言紡ぐ。



「……さて。本来であれば、見物者はもっと多いつもりだったのだが。こうなってしまっては、致し方あるまい。我々は、行くとしよう」

「あ゛ぁ゛?」

「今更、逃がすと―――……ッ!!」


 

 ゲオルグさん、リディアさんが前へ出るより早く。

 真っ直ぐこちらへ降下する、アポリオンと呼ばれた黒竜。


 視界に映り込む朱、そして熱風。

 紅蓮の焔が目に映る全てを呑み込み。

 


「ざッッけんなァァァ―――――!!」



 ゲオルグさんが大剣を薙ぐ。

 焔が、逃げるように僕達を避けて、霧散するも。


 その間に、既に騎士達は降下してきた飛竜に飛び乗っていて。

 冒険者たちは、只空を見上げるしかなく。


 ……多分、ここだけじゃない。

 逃げ遅れた人、或いは未だ救難に動き続ける冒険者たち―――多くの人たちが、空を見上げている筈で。



「―――ぅ……ぅ」



 意識が何度も明滅する。

 これ―――完全に血を流し過ぎてる。



「………ッ……ダ、メ……。まだ」



 僕自身の意思に反して。


 視界が暗転を繰り返す。



「せん―――せ」



 待って。



「聞こえているか。人界に類する者達。我らの、大敵共よ。我が名は、ラグナ・アルモス。魔皇国エリュシオン六魔将が一」



 飛竜は、何処までも高度を上げる。

 僕達の目の前から、遠くなっていく。



「待って―――」

 


 嫌だ。

 こんな終わり方なんて、絶対に―――。



 

「――――千年、我々は見過ごしてきた。七百年前の大戦も、三百年前の大戦も。人間同士で醜く殺し合い、資源を食い潰し。そして、我が魔皇国へ幾度と攻め上ろうとする愚かしき短命種」




「魔王陛下の代弁者として。我、暗黒卿の名をもって宣言する」




「今日、この時この瞬間より。我ら魔皇国は、大陸に遍く全ての人間国家へ」





「――――――――――宣戦を布告するッッ!!」

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