第9話:警備上々




「平和だなぁ……、良い事だけど」

「だね。良い事だよ」

「なぁ、もうあの人の二つ名フラグクラッシャーで良いんじゃねえかな」

「誰の事かは大体想像つくけど、それはそれで強そうかもね」



 本当に何の実にもならない話をしながら歩く、ギルド本部の通路。

 大陸を跨ぐ組織の本拠だけあって、長大な廊下や内部は正直ラスボスのいるラストダンジョンでもおかしくない広さ。

 エンカウントする敵も、およそ大陸最高峰の使い手たちだ。


 ……今日で警備は五日目。

 一日目の件もあって、場内警邏の任務をこなす事になった僕達だけど。

 これは、大会議室の周囲を中心としたギルド内部を歩き回ったりするお仕事で。


 主には侵入者の気配を感知したり。

 あとは、魔術的な痕跡がないかを探したりとか。

 正直、かなり可能性の低いものを探し回る為に広いギルド本部をずっと歩き回るっていう中々疲れるものだけど、あの大会議室でずっと気を張り詰めるよりは何倍もマシで。



「―――よーーっす、元気ぃ?」

「元気元気ぃ」



 と、向こうから歩いてきた美緒たちと合流エンカウント

 やっぱり何もなかった様子で。



「特に異常はないみたいです。当然ですけれど」

「大規模な術式がずーーぅっとある以外は、だけどねーー。この魔力反応は大丈夫なんだよね?」

「そっちは多分、逆に解除されると困るものだからね」



 春香は僕たちの中でもとりわけ魔力や感情などの流れに敏感だ。

 ギルド、或いは都市内部へ大規模に展開されている魔術なども、僕以上にハッキリと視えているんだろう。


 無論、これら魔術は危険なものではなく。



「魔物除けの結界を沢山張ってる、ってのは聞いてっけど。具体的にどういうってのは教えてくんなかったな」

「その辺はごく一部しか聞かされないんだろうね」



 僕達、まだ若いし。

 勇者といっても中枢にいるわけではないからしょうがない。

 多分、かなり内部の人間なら知ってるんだろう、先生とか。



「リザさん、頼めば教えてくれんですかねェ」

「流石に今聞きに行くのはマズいっしょ」

「忙しいだろうし。でも……魔物除け。冒険者の都市で、しかも方々から最強って感じの人が集まってくる所に、ね」

「都市内部で発生する事はまずあり得ないですけど。ポーズだけでもする事は大事だと」

「……為政者の思考だよ、もう」



 美緒の将来の夢って何だろ。 

 向こうだったら政治家? こっちだったら……ギルド理事、とか?

 

 合流もした事だし、四人で固まって歩き始めるけど。



 ………。

 ……………。



「―――ははッ。モルトは、変わらないな」

「―――君は随分と礼儀作法が板についたのだな。昔とは見違えるようだ」

「良いものだろう?」

「あぁ。正直虫唾むしずが走る」



 アレは……、スミスさんとモルトさん? 

 二人も警邏を―――スミスさんとかは、モルガンさん放っておいて良いのかな。


 ……意外な組み合わせだ。

 けど、会話から察するにかなり親しい感じ? 

 スミスさんも、僕達に向けるような慇懃いんぎんな感じじゃなくて、凄く砕けたような口調だし。

 


「ちっす、えーきゅうなお二人さん」

「二人はどういう集まりなんですっけ。聞いている限りだと、随分仲が良さそうで古い知り合いみたいっすけど」

「む。君たちか」

「これは、コウタ様にハルカ様―――おや、四人揃い踏みでしたか」



「―――はっや……」

「コミュニケーションの鬼と竜ですね」



 よくもまぁ、二人で話してるところにズカズカと。

 ここぞとばかりに話しかけに行くね、コミュニケーショニストさん達。



「関係……か。まぁ、同期といえば同期だな」

「ナッツバルトやカレン君達のように、パーティーを組んでいたというわけではありませんが。今となっては数少ない戦友ですね。依頼を取り合うこともあれば、窮地に共闘した事も」

「当時のコイツはもっと杜撰ずさんな男だったが」

「はは、言いますね子ウサギ。肉のパイにしますよ」



 仲良いね、確かに。

 先生より高い身長のスミスさんに、春香と比べても圧倒的に小さなモルトさん。

 凄まじい身長差でありながら、二人の間の空気は対等と言った感じで。



「―――そうですね。例を挙げれば【火車轟かしゃごう】モルト、【廻流かいりゅう】スミス、【凋落ちょうらく】シンザン、……【黒刃毒師こくじんどくし】オウル」

「有名処はこの辺が同世代だな」



 いつしか、話は彼等の世代の事になっていて。



「ほへーー。オウルさん、同世代なんだ。会った事ないけど」

「んーー。けど、凋落って人は聞いたこと無いっすね」

「……あーー」

「……はは」



 首を捻る康太に、何故だか苦笑いの彼等。



「あれだ、以前君たちが関わったっていう、セフィーロ王国での一件があるだろう?」

「彼は、その件で死亡が確認されています。どうやら、大規模な奴隷狩り、並びに売買行為を主導していた王国貴族の護衛をしていたようで。共に殺されたのだと」

「「……………」」



 ―――気まずッ!!

 特に顔に曇りがある訳じゃないから、特別親しかったわけではなさそうだけど。


 それでも、同期だ。

 同じスタートラインに立ち、確かに交わった人物の死亡を話させられるのはいい気分ではないだろう。

 こればっかりは地雷だ。



「とは言え、昔からあくどいことしてたからな。ギルドからも一度は追放処分されたようなヤツだ。検分した者からの話だと、武器を抜いた状態で……だが、まともに戦いに発展したような形跡もなく死んでいたというし」

「およそ錆び付いていたんでしょうね、腕は」



 ……んーー、何か引っ掛かるような。

 当時の事を思い返すと、心当たりのようなモノがあるような、無いような……不思議な感じで。


 何を忘れてるだろ。



「そういえば。結局の所、貴族の館を襲撃した存在は捕まってないんですよね?」

「だな。手掛かりが何もなく、早々に追跡なども切り上げられたと聞いている」

「殺害された対象の方が叩けば叩く程、という体たらくだったこともあって。むしろ捜査はそちらがメインに変わってしまいましたからね。義賊の事になど構ってもいられなくなったのでしょう。ギルド支部まで腐敗していた、と来れば……まぁ、さもありなん」

「そもそも、アイツ受付ってガラじゃないだろう」



「―――受付?」


 

 記憶がよみがえってくると同時に、ナンカスゴイ衝撃が全身を駆けた。



「どうかされましたか? リクさま」

「―――ん? あ……あぁ! そっか、あの人だよ!! 受付の!」



 ………。

 ……………。



「―――うっわ、衝撃の事実」

「そういえば、元A級だったという話を先生に伺いましたね。貴族と繋がっていたという話も……こちらの話も繋がりました」

「かんっぜんに忘れてたけどねーー」


 そう、僕達はその人を知っている。

 セフィーロ王国の都市アレフベートで初依頼を受けようとした僕達が……先生が最初に並んだ受付の役人さん。

 あの人が【凋落】シンザンだったんだ。

 確かに、凄く嫌みな人だったし同僚からも不興を買ってたっけ。


 

「フム……。この、点と点が繋がった感じ―――裏で大きな計画が動いてる、な」

「言いたいだけですね」

「もうそういうのお腹一杯なんだけど?」



 うん。

 この前、ギルドの長きに渡る因縁の終止符をーー……とかやったばっかりだからさ?

 世界転覆を狙いつつ、200年以上生きてるっていう魔族の教祖も打倒したし。

 ゲーム的な事情にしても、マンネリになるから違う展開でお願いできないかな。

 


「あ、そだ。先生たちは? どういう代なんです?」

「総長たちはもう一世代上だな」

「えぇ……、ご存じ【暁闇】、【調停者】、【竜喰い】、【赫焔眼】、【天弓奏者】……」

「ねぇ。化け物しかいないんだけど、バグ?」

「何らかの作為的なものすら感じますね。明らかにおかしいです」



 どうなってんの? 先生世代。

 現状、大陸で活動している最上位冒険者の大半がこの世代って事になるんだけど。


 じゃあ、この代でギルドは大きく強化されたわけだ。

 となれば……。



「じゃあじゃあ、その前とかどんな感じだったです? というか、カインさんたちの事って知ってます?」

「―――ッ……」

「―――っぷっっ」



「「はははははッッ―――ッ!」」



「……あれ?」

「変な事言ったかな」



 今度は、春香が問いかけた途端に笑いだす二人。

 面白い話でもあるのだろうか。



「くく……ッ。いやな、知る知らないも何も」

「赤熱、鉛灰、炭塵……。我々の世代で、彼等三拳人を知らぬ者はいないでしょうね。幼少期の英雄譚……熱き物語といえば、彼等の珍道中」

「鍛え上げしは鋼の鎧、磨き上げしは朱き拳。奏でようぞ、紅蓮の賛歌。舞え、血沸き肉躍る戦い。やがては竜とも語り合う、と」

「―――燃料くべ過ぎじゃね?」



 名前や謳い文句からして既に暑苦しい。

 そりゃあ、歓楽街へレッツゴー全力ダッシュもしたくなるよね、なるかな。



「……なる?」

「なるのか? ―――なるんすか?」

「「……………」」



 あっちに居た頃見た漫画とかアニメだと、異世界に来たら「取り敢えず奴隷」だとか、「よし、娼館行くぞ」っていうのも多かったけど。

 男三人かつ、ここまで色がないのも珍しい。

 あっちで言うヒーロー戦隊みたいなものだったのかな。



「―――あーー。私は、何とも」

「私はそもそも人間種はそういう興味の対象外で……むむぅ。」



 色事興味薄い人多いな、上位冒険者。

 まぁ、確かにスミスさんってそういうのあんまり興味なさそうだし……モルトさんは……えぇ、と。 



「なぁ、陸。そういえば、ウサギって年中発情期って……」



「―――あぁ、居たいた」

「あ、リア充さん」

「こら」



 さっきから失礼な言動多くないかな。

 大体合ってるけどさ。


 廊下の向こうから現れ、僕達のもとへ歩いてきたのは、ご存じナッツバルトさん。



「話し中すまないな、君たち。スミスさんに、モルトさんも」

「そろそろ午後の休憩が終わる時間ですか? ナッツバルト君」

「えぇ。貴方も早く戻った方がいいっすね」

「……残りは閉幕式ですが―――さぁ、一番忙しい時間です。もう一仕事と行きましょうか」

「ん。面倒だからもう一回りして戻るとしよう」

「ですね」



 ですねなんだ、早く戻れって言われてるのに。


 本当に、モルガンさんの護衛は良いの?

 商魂たくましい商為政者あきないせいしゃさんの顔を想像しながら首を捻る僕達。

 まさかとは思うけど、モルガンさんまでカインさんみたいに本当は強いとか言わないよね?



「―――あぁ、そうだ」



 連絡事項を伝えるなり、いそいそと去っていくナッツバルトさんの後姿を見送りつつ、歩き出そうとする僕達へモルトさんから声が掛かって。 

 


「時に、君たちもそのまま場内警邏を続けるのか?」

「あ、いや」

「私達も、最終日の後半は会議室の方に配備されるという事になってます」

「やはり、か」

「大々的に喧伝というわけですか」

「ですです。先に会議室向かってますよーー?」

「急ぎましょう」



 思えば、長く話し過ぎたと。

 コレが任務であることを再認識した僕達は急ぎ来た道を戻る事にして。



「トルキン。地の聖女の代弁者として、承認します」

「プリエール。水の聖女の代行者として、承認します」

「……クロウンス。火の聖女の執行者として、承認しよう」

「では、教国ヴアヴ。宗教三国を総括し、承認致しましょう」

「「――――――――」」



「……間に合った?」

「みたいです」



 幾重に重なる拍手と歓声に包まれる室内。


 声を潜め、気配を潜めるままに。

 開け放たれたままの扉を潜り、やってくる大部屋。

 ギルド本部の中でも特に奥まった場所で、普段使われる事の殆どないとされるそこ。


 数日ぶりに入った大会議室の中に集う群雄……主には、目の下に隈を浮かべている人たちが多い印象だ。

 会談以外にも、寝る間を惜しんで色々やってたのかな。



「有り難うございます、皆様。これにて、大陸の方針は定まりました。皆様、五日にまたがるご助力……議席を埋めていただき、誠に有り難うございます」



 ようやくの、終わり。

 そもそも、五日間もぶっ続けでよく話し合う話題があるなぁ……と。


 そう思う事も出来るけど。

 僕達からすれば、まだこれから閉幕式だとか、勇者としての挨拶だとかあるんだよね、一応。


 気配は消していたから。

 多くの面々からすれば、未だ僕達が部屋の中にすでにいることは認識されていないみたいだけど。

 当然、ギルドの頂点に立つ彼女は遅刻寸前の僕達に微笑みかけ。



「……さて」




「つきましては……」

「―――――では」




 ……え?



 ………。

 ……………。



 ………。

 ……………。



「「―――ッ!!」」



 リザさんが先の言葉を述べるより早く。

 それは、誰が予測する事も出来ず、突然に始まった。

 


「我々からも話をさせてもらおうか、人界統べし人間種―――否。大陸に遍く全てを……支配したと勘違いしている、傲慢たる者共」



 ………。

 ……………。



 そうだ。

 それは、まさに突然だった。

 

 まず、大岩を破砕したかのような轟音があり、吹き込む冷たい突風が、瓦礫が、圧力が―――……そして。



 不釣り合いな程の緩やかさ、静かさのままに……コツリ、と。

 巨大な円卓の中央にふわりと現れる影。


 黒晶のような、闇に溶ける鎧。

 継ぎ目からは、遍く光全てを掃討するかのような、全てを呑み込む瘴気がマントのように靡き、溢れ出る。


 そして―――。

 正体を秘匿する兜の隙間からは、真紅の双眸が覗いていた。 

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