第8話:開かれし大陸議会




「オクターヴ外征卿。大陸南部、地下資源をめぐる三国の交渉には進展があったのでしょうか。ゲラルト王国の外政を担う貴方のお考えを伺いたかったのです」

「………我自身、ソレはこの場を借りて話したかった事である。公平を期す、この場で」

「我が国も、そのつもりでしたよ」

「イルヴァ―ドもです。平行線でしかなかった私たち三国が、ここに来て見解の一致ですか」



 現在盛んに工業研究がなされている人界領域において、地下から産出される資源の確保は急務。

 

 獣油や樹木より圧倒的に効率に勝るも、未だ産出地の限られる地下資源を自国から産出する国家などは外政において有利に立てるが。

 近年、大陸南部において他に類を見ない巨大な産油地が発見された。

 この油田地帯が、単一の国家が領するものであったのなら話は単純であったが。


 

「かの地帯は、古くは我が領であったと。宝物庫に収蔵された歴史書にはそう記録されていたと、私自身記憶していたのですが」

「真偽不明、事実無根。不透明に過ぎる400年前の文献、何を言うか。なれば、我が国の前身こそ、正式に領有していたという記録が残存している」

「はははっ。前身といって、国家自体が丸々別のモノになり果てているではありませぬか。二国のそれらが許されるというのであれば、我が国は―――」



 それぞれ、産油地の近郊に存在する国家の外交を取り仕切る者であり、弁舌にも長け。

 三国三様、ある程度の信憑性と正当性を感じさせる来歴を持つ。


 それが、事態をややこしくする。

 そもそも、資源が発見されるまでは三国共に見向きもしなかった土地であるというのだから、正当性を主張しようにも核となる決め手が存在しない事が問題。



 ………。

 ……………。


 

 この件に限らず。

 続いていく議題は、大陸と国家間における資源等の問題が多くを占め。


 需要の上がり続けるゴム等の原材料、或いは加工設備、或いは技術。

 秘匿すべき部分は秘匿しつつ、これらの相場を話し合う場で自分たちに都合の良い条件で合意させる。


 或いは、この場で自国が発見した新資源の発表を行いつつ、有利な貿易に用いられるかを測る。



「プリエール、ビーンズ神官長。クラヴィスの輸出量が年々減少しているのは、やはり国内情勢の影響でしょうか。我が国としては、かの天銀を頂ければ他資源での援助、流通支援は惜しまぬつもりですが」

「申し訳ありませんが、今まで通りですな。我々は、あなた方通商連邦のように商売の為にソレを加工している訳ではないのですよ、モルガン殿。良いですか? そも、天銀とは我が国にとって―――」



 ………。

 ……………。



 特に注目されるは、やはり鉄鋼を始めとする金属類。

 これらの多くは大陸でも北側が主な産地であり、加工技術で言えば西側国家のセフィーロ王国などが挙げられるが。

 今現在、彼等為政者が取り分け重要視しているのは、ある種のレアメタルとされる魔導金属……。

 真金クリューソス天銀クラヴィス、……そして鉄晶エルシディア

 冒険者に限らず、戦いを生業とするものにとっても、これ等金属から生成された武器や武具の類を持つことは一つの目標であり。


 現代においては、戦ではなく機械部品としての活用が模索されている状態だ。

 しかし、これら三種の金属は産出地がごくわずかに限られ。

 特に、最も希少とされるエルシディアに至っては産出地は大陸東部に限定されているかつ、最も巨大な産出地こそ、大陸極東の北部ゆえ。

 まともな手段で多量に手に入れることは至難。


 故に、外交で有利に立つは。

 

 

「―――お分かりですかね。つまり、天銀とは決して俗物的な「手段」などではなく、儀礼の象徴、我が国の歴史と共にですねぇ」

「……えぇ、……えぇ」

「聞いておりますかな」

「……えぇ、ははは」



 水の聖女を擁する国家プリエール。

 国土面積こそ他の国家群には大きく劣るものの、大陸でも産出地が大きく限られる魔導金属【天銀】の生産地であり、同時にインゴット精製の技術を秘匿する国家が持つ影響力は大きく。


 ヴアヴ、トルキン、クロウンスとの繋がりも太い国家であることから、大国にも匹敵する権威を誇る。

 


「あ――……。つまり、商売の話は出来ぬという事で宜しいですかな?」

「むぅ?」



 生来の宗教者と商売人とでは、合わないのも道理。

 話にならぬと理解した為政者は早々に損切を付け。



「そうであったぞ、プリエールの。貴殿の国は内戦中なのであるか?」

「……いえ、いえ。それは真実ではありませんよ。何かの援助を頂く必要もありません。不安定という噂も、あくまで自国で完結できる話です。利権の問題でもない。必要なのは、民の理解だけ」

「ふーーむ。……で、あるか。残念であるな、帝国の」


「……………」



 帝国たるジルドラードと聖国たるプリエールは隣接する国家ではあるが。

 双方が隣接しているのは互いの辺境域であり、自国の中でも開拓の進んでいない森林部や旨味のない域などが主である。

 それは即ち、しようとしたとて、大規模な介入は時間がかかるという事。


 現在の比較的安定している情勢も踏まえ。

 問題ないと国の代表が発言している所に、それ以上踏み込みを見せる事は出来ない。

 


「素晴らしき姿勢、誠意。流石は宗教国」

「全く、その通りだ。力と威光で解決するにも、限度というモノが有りますからな」



 これ迄静観を決め込んでいた筈が。

 便乗するように発言される多くは、およそ帝国に向けられたものなのだろう。


 武力、領有面積。

 単純な国力において、他国を圧倒する国家に唯一足りないもの……国歴。

 比較的新興国とも言える帝国へ向けられる言葉には毒もあり。


 だが、彼等に出来るのはそこまで。

 結局の所、口先と国の歴以外に誇れるもののない国家だけがそのような姿勢に出る。

 彼等は、幾人かの代表から己らへ向けられる視線が帝国へ向けられるソレより冷ややかな事にすら気付いていない。

 


「カイルディン殿」

「……………」

「プリエールへの陰ながらの支援、確かに届いております。感謝しておりますよ」

「……。支援で解決の方向へ導ければそれに越した事は無い、だろう。だが、覚えておくがいい。帝国は、いつでも助けを求める声を聞き逃しはしないと」

「有難く思いますよ」



 聴き取れぬほどの声量で交わされた会話。

 それに気付かぬ、声高々に発言する者たちの言葉は続き。



「世界的にも、現在は最も安定した情勢です」

「その通り、その通り。全ては大陸ギルドのお陰ですな」



 「―――あぁ、そして……と」

 ちらと彼等が視線を向けた先に居るのは、直立不動の体勢で壁際に存在している者達。


 少年、或いは少女。

 年の頃で言えば未だ子供と呼ばれるであろう彼等が、およそ一年程前に異界から召喚された存在であるなどと。

 そして、召喚からたったそれだけの期間で人間種の限界ともされるA級冒険者へと到ったなどと。

 こうして直に触れ合っても、未だに掴み切れない。


 しかし。

 その「有用性」だけは、間違いないと。

 この場にいる多くが、少しでも繋がりをと求め考えているのだ。



「皆皆さま。大の大人が、幼い子供らをジロジロと。無遠慮に過ぎるのではありませんか? 勇者とて、人の子ですよ」

「……ですな」

「これは、したり。国に強く言い含められてしまったもので……お恥ずかしい」

「しかし、エルシード国、セレーネ女王。よもや、貴女が大陸議会の席に就くとは、どのような心境の変化を。何らかの変革の気配でも感じ取りましたか」

「そうです、貴女からも何かしらの議題がおありなのでは?」


 

「―――現状維持、それで構いません」



「皆様が熱く語られている通り。問題は尽きず、先は見えない。けれど、時代が変化を齎してくれます。我々が今血眼にならずとも、必ずや。彼等のような、人間や亜人……異種族などの輪にとどまらず、真に多くを救う勇者は。何度でも、現れるものですよ」



 女王の視線を真っ直ぐに受けても、緊張を感じさせない佇まいで直立する少年たちの姿。


 それは。

 一朝一夕で仲間に引き入れることも出来なければ、長期の逗留を誘えるものでもないという事を感じさせ。

 まるで、聖者オノデラのように。

 今や、今代の勇者たちを自陣へ引き入れることは不可能に近い、という事を示していた。



「……セレーネ殿は、その時まで待つ、と?」

「我がエルシードは永世中立。待ちますとも。私が退位する頃には、次の王。その次の王。やがてその王が退位する頃には―――ふふっ」



 「今、この場に座する国家の幾つがなくなっていますかね……」と。

 薄い笑みと共に発される言葉に、彼等の顔が強張る。

 

 ………。

 ……………。



「では」



 一度場が沈黙したのを頃合いと見たか。

 調停者の異名を持つ女性が、円卓の者達を見渡して口を開く。

 


「一度情報の整理を致しましょう。皆皆様におかれましては、御休息を取られても構いません。再開は14時からとしましょう」




   ◇




 ………。

 ……………。


 

 ………。

 ……………。



 誰の目が届いていないという事を確認してから、僕達はようやく肩の力を抜く。

 皆、抜き過ぎて溶けてる。

 僕や春香なんかはもう少しソファーの吸水性が高かったら、このソファーが革張りでなかったら、そのまま溶けて浸透していっただろう。



「ふぃぃぃぃ……、ね。あのテンションで五日続くってマ?」

「仕方のない事なんですけどね。ここですか?」

「―――あ、あぁ……ぅ。サイコーー。美緒ちゃんテクニシャンンンン……」



 羨ましい。

 まさか、高校生で整体の魅力っていうモノに目覚めてしまうだなんて。


 僕も、是非美人整体師さんにお願いしたい所……。



「―――ん? あ、そこそこ。……んっ、良い感じ」



 不意に、背中に感じる指圧。

 力加減は絶妙で。

 多分、康太かな。意外なほどに上手……。



「お加減如何ですかぁ?」



 康太、髭伸びた?

 朱くたてがみのような髪に、同色の髭。

 筋肉モリモリマッチョマンな巨漢は―――大陸ギルド所属の最高戦力。


 竜を投げ飛ばせるという噂すらある剛腕の持ち主。

 背骨粉砕待ったなし。



「……………」

「へへ……、お兄さん。何時間コースにしますかい? お安くしておきますぜ」

「―――チェンジで」

「ま、そう硬いこと言うなよ。これで、爺ちゃんに褒められる腕だぞ。もう死んでるが」

「それ、死因なんなんすか? ゲオルグさん」



 粉砕骨折でしょ。


 いつから部屋の中に。

 その巨躯や雰囲気に似合わず、凄まじいまでもの隠形術を持つ彼もまた、会場警備に駆り出されている口で。

 本来は、「タヌキの御守りだぁ? やるわけねえだろバーカ」な彼だけど。

 リザさんの頼みと来れば二つ返事だ。


 ゲオルグさんは、そのまま僕の臀部おしりに馬乗り。

 逃げられなくなったところで指圧を再開する。


 

 ―――なんッ……上手い……ッッ!?


 

「くっ……! 幾ら気持ち良くても、マッサージなんかに……、負けませんから……!」

「へへ。いつまで持つかねェ」

「うっわ……。彼女の見てる前でこれは拷問だろ」



 やめて、康太。



「―――ま、速攻で逃げるよな、お前等は」

「ゲオルグさんだってその口ですよね?」

「まーーな」

「だって、すーぐ椅子取りゲーム始めようとしてるんだもーん、あの人たち。こっちこそ見てなかったけど、休憩入った瞬間我先に立ち上がろうとしてたよね?」



 春香の言う通り。


 気配で分かるんだよ、何しようとしてるか。

 国から何か言われているか、或いは自分の権力の為かは分からないけど、国家単位に関わると碌な事がないっていうのは共通認識なんだ。


 彼等の多くは外交官で。

 国へ吉報を持ち帰らねばならない。

 そうで無ければ、この先の立場が危ういから。


 誰も幸せにならないよね、本当。



「ねぇ、ところで悪い大人は?」

「場外警備。自慢のお目目で何か危険物とか、魔術的なサムシングがないかを確認してるんだってーー」

「ふーん」

「一通りぐるっとしたら戻って来るって言ってましたね」



 危険物がないかどうかを巡回して確認しておくのは当然か。


 けど、街中は一般通過冒険者たちが。

 会場に近い位置、場内では上位の冒険者たちが警備を行っている上、各国だって独自に護衛を選出して連れてきている。

 今回に至っては、リディアさんやゲオルグさんだっている。

 危険なんて―――うん。

 


「……ないね」

「無いな」



 鉄壁なんてものじゃない。



「皆さーーん」



 で、マッサージで良い感じに身体がほぐれた頃、部屋の扉を叩き現れる影。

 カレンさんだ。

 視界の端に映る緑髪と気配から察するに、ナッツバルトさんもいる。



「……鉄壁―――いや、絶壁って所だな。……Aか?」

「A……だね」

「お二人共ーー? あははっ、何の話してるんです? お姉さんにも教えてくださいよーー」



 只の冒険者ランクの話ですよ、はは。

 会場警備は万全だね、本当。



「まったく失礼しちゃいますね。この制服、かなーり窮屈な締め付けなんですよ? つまり、お分かりですよね?」

「「……………」」

「何すかその眼は」

「貧相極まりないって目だろ。さ、どいたどいた。入口に立つな」



 で、踏み込んでくる二人は何らかの予定変更を伝えに来たらしく。

 細かく書類に視線をやりながら、指でなぞっている。



「やほーです、カレンさん」

「ナッツバルトさんも、やほー」

「「やほー」」



 変な挨拶が横行してるなぁ。


  

「えーー、じゃあ口頭で伝えちゃいますね。ま、当初の想定通りっちゃあ想定通りなんですけど。やっぱり何処の国のお偉方も皆さん意識しちゃっていらない欲かいちゃってるっぽいんで、午後から最終日前日まで、皆さんは場内警邏に回されるって事になりましたんで、よろしくぅ」

「最終日も場外警邏にならんです? カレンお姉さん」

「ならんのです」



 僕達が居る意味なくなっちゃうからね、それもそれで。

 


「いっやーー。やっぱ理事のジジババ共の意見当てにしたのが間違いなんすよねぇ」

「元より分かり切った話だろ、そんなの」

「理事候補がなんか言ってますね。ナッツーの末路ですよ? アレ」



 やっぱり新人時代からの腐れ縁、仲が良いんだか悪いんだか。

 僕達の日常会話に近いものを感じながら、ソファーから立ち上がるけど。


 なんて言うか。

 いつも張り詰めた感じなのに、今日は随分と雰囲気が軽いなぁ、ナッツバルトさん。



「ナッツバルトさん。何か機嫌よさそうですね」

「―――ん、分かるか」

「いつも表情死んでますからね。生きてたらすぐ気づきますよ」

「失礼すぎね?」



 冗談言えなくなったら平和も終わりだからね。


 そう、かつてない平和。

 何かが起こりうるはずもないんだから、良いんだよ今日は。



「なにあったんすか? 良い事」

「ふふふ……。実は、昔から付き合いのある女性にそろそろと言われてな。大陸議会が終わったら、結婚するんだ」

「「……………」」

「おーー! おめでとです!」

「とても喜ばしい事ですね―――陸君? 康太君? どうかしました?」



 ………。

 ……………。



「「―――オメデトウゴザイマス」」



 うん―――何もないよね?

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